学位論文要旨



No 217233
著者(漢字) 熊木,健二
著者(英字)
著者(カナ) クマキ,ケンジ
標題(和) キャリアグレードISPネットワークにおけるMPLSシステム・運用アーキテクチャに関する研究
標題(洋)
報告番号 217233
報告番号 乙17233
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第17233号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 准教授 瀬崎,薫
 東京大学 准教授 中山,雅哉
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,キャリアISPで広く普及しているMPLSネットワークを対象に,キャリアISPネットワークの設計者および運用者として,安定した実システム運用という視点から実装の曖昧性や機能の不足に対して改善することを目指し,既存プロトコルの拡張・参照アーキテクチャ・参照レイヤ構造を導入することで,システム運用要件に基づいた実装の明確化や機能の充実化を実現する手法について論じる.

第1章では,本研究の背景とキャリアISPのMPLSネットワークアーキテクチャの現状・課題に関して述べている.その中で,現状のMPLSネットワークアーキテクチャの課題に対して,現状のMPLSネットワークアーキテクチャを変更・修正すべき項目を抽出した. また,変更・修正すべき項目に対し,実装の明確化や機能の充実化を実現するための具体的なシステム運用要件を整理した.

第2章では,大容量トラヒックの制御に関して,リンクの抽象化およびそのリンク上へのMPLSパスの設定手法・管理手法に関する問題としてIETFにおいて,既存プロトコルの拡張を記述することで明確化し,左記拡張を用いたMPLS TEパス経路選定手法を提案した.既存プロトコルの拡張ではRFC3630で定義されるTraffic Engineering LSAのLink TLV(Type 2)内にOSPF Unconstrained TE LSP Count sub-TLVとしてRFC5330に定義した.左記OSPF Unconstrained TE LSP Count sub-TLVを用いたMPLS TEパス経路選定手法に関して実ネットワークに近い環境を想定するため,3つのパターンに対してシミュレーションを用いた評価を行った.また,実際のキャリアISPで使用されるルータベンダの実装およびランダムに経路を選定するためにシミュレーションを用いた評価をし,上記提案手法と比較した. その結果,提案手法により,実運用で求められているルータ間に複数のリンクが並列に存在するECMP環境において,静的な経路選定によって確立されたMPLS TEパスの本数や既に確立されたMPLS TEパスの本数を考慮してMPLS TEパスを複数の並列リンクに対して均等に確立することが可能となった.これらの結果から,実運用およびネットワーク設計の観点より,効率的にネットワーク資源を有効活用し,1つのリンクに偏らずMPLS TEパスを確立することが可能となり,実装の曖昧性や不適切性を排除した手法を実現した.

第3章では,ネットワーク統合手法に関して,リンクの抽象化およびそのリンク上へのGMPLSパスの設定手法・管理手法に関する問題としてIETFにおいて,参照アーキテクチャや具体的な要求仕様および参照アーキテクチャに基づく実装のためのネットワークアーキテクチャを記述することで明確化し,実際にベンダと共同で実装することにより実装の曖昧性や不適切性を排除する手法を実現した.具体的には,MPLSネットワークを統合するにあたり課題となっている項目を満足する参照アーキテクチャを提案した. 参照アーキテクチャではMPLSクライアントネットワークとGMPLSサーバネットワークというクライント・サーバモデルを展開し,MPLSクライアントネットワークとGMPLSサーバネットワークの連携をノードであるボーダルータで行うアーキテクチャとした.次に,GMPLSネットワークを用いてMPLSネットワークを統合するためにキャリアISPからの要求仕様を列挙した.参照モデルおよびキャリアISPの要求仕様からネットワークアーキテクチャとしてボーダピアモデルの提案を行った.また,本提案モデルと他の3つのモデル(オーバレイモデル,Augmentedモデル,ピアモデル)に関して,キャリアISPがネットワーク制御・運用する上で必須となる項目を比較し,本提案モデルであるボーダピアモデルが全ての要求を満たしていることを示した.また,ボーダピアモデルをベンダと共同で実装したため,ボーダピアモデルの実装例を示した.これらの結果から,キャリアISPがGMPLSネットワークを用いて既存MPLSネットワークを統合するにあたり,キャリアISPの要求仕様を満足したアーキテクチャを示し,そのアーキテクチャに基づいた実装をベンダと共同で行い,実装の曖昧性や不適切性を排除したネットワーク統合手法を実現した.

第4章では,バックアップパスの自動監視に関して,MPLSシステム管理に関する問題としてキャリアISPのシステム設計仕様書の策定において,既存プロトコルの拡張を記述することで明確化し,左記拡張を用いたバックアップパスデータプレーン疎通確認手法を提案した.既存プロトコルの拡張では実システムのインパクトを最小限にするため,障害時に起こるラベルプッシュ動作(MPラベルおよびバックアップパス出力ラベル)をエミュレートする手法を選択した.また,本手法はFRRが動作している場合と同様に,バックアップパスに疎通を確認するパケットを送出することを特徴とする. 本バックアップパスデータプレーン疎通確認手法に対し,実運用に近いネットワークを想定するため,解析的な評価を行った.また,解析結果を用いたバックアップパスデータプレーン疎通確認時間を評価するためシミュレーションを用いた.バックアップパス1本あたりのパケット処理時間はルータの数に関係なく数百μsec程度であり,現状の運用における1本あたりのMPLS TEパスデータプレーン疎通確認時間(数msec~数十msec)に影響を与えなかった.これらの結果から,現在の実システムにインパクトを与えることなくFRRが動作している場合と同様に,バックアップパスに疎通を確認するラベル付きのパケットを送出することで実現し,現実的な処理時間で動作可能なことから,MPLS TEネットワークの実運用安定化に資する手法であり,不足している機能の充実化に貢献した.

第5章では,MPLS TEパス/P2MP MPLS TEパスとユーザの同時監視に関して,MPLSシステム管理に関する問題としてキャリアISPのシステム設計仕様書の策定において,参照レイヤ構造として階層型サービスネットワークアーキテクチャを提案した.本階層型サービスネットワークアーキテクチャでは,3つの管理モジュール(サービス管理モジュール,パス管理モジュール,エレメント管理モジュール)にコリレーションモジュールを組込み,従来サービス管理システムとMPLSパス管理システムが運用者を介して連携していた部分をコリレーションモジュールとすることでシステム連携とした.具体的には,ユニキャストサービスとしてIP-VPNサービスとMPLS TEパスおよびマルチキャストサービスとしてMulticast VPNサービスとP2MP MPLS TEパスを階層型サービス管理システムに適用し,それぞれのサービスモデルに対してコリレーションアルゴリズムを提案した.その提案アルゴリズムに対して,論理的な評価を行った. その結果,本階層型サービス管理システムを商用MPLSネットワークにおいて適用するにあたり十分スケーラビリティがあることを確認した.また,提案アルゴリズムに対して,実際キャリアISPのシナリオに従いシミュレーションを用いた評価を行った.シミュレーションにおける評価では,IP-VPNサービスおよびMulticast VPNサービスにおいてほぼ同等の検索時間(数百μsec)を示しており,本階層型サービス管理システムはキャリアISPが展開するIP-VPNサービスおよびMulticast VPNサービスにおいて十分スケーラビリティがあった.従来のサービス管理システムとMPLSパス管理システムが別々に運用され,そのシステム間の連携は運用者が行っていたため,影響するユーザを特定するにあたり数時間単位の時間を必要としていた.しかし,上記で述べた通り,本連携部分をシステム連携することにより数百μsecで影響したユーザを特定できた.そのため,現状の運用管理システムに対して不足している機能の充実化を実現し,運用工数の削減に貢献した.

第6章では,本研究の結論として以下を述べた.キャリアISPネットワークの設計者および運用者として,安定した実システム運用という視点から現在のMPLSネットワークアーキテクチャの実装の曖昧性や機能の不足に対して改善することを目指し,具体的にIETFにおける標準化活動およびキャリアISPにおける設計仕様書の策定を通じて,既存プロトコルの拡張・参照アーキテクチャ・参照レイヤ構造を導入することで,システム運用要件に基づいた実装の明確化や機能の充実化を実現する手法を提案し,評価を通じてその有効性と実用性を明らかにした.その結果,キャリアISPで問題となっていたMPLS技術の運用に対してキャリアISPのシステム運用要件を満たした運用しやすい技術となった.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「キャリアグレードISPネットワークにおけるMPLSシステム・運用アーキテクチャに関する研究」と題し、キャリアISPで広く普及しているMPLSネットワークを対象に,キャリアISPネットワークの設計者および運用者として,安定した実システム運用という視点から実装の曖昧性や機能の不足に対して改善することを目指し,既存プロトコルの拡張・参照アーキテクチャ・参照レイヤ構造を導入することで,システム運用要件に基づいた実装の明確化や機能の充実化を実現する手法について論じたものであり、全体で6章から構成されている.

第1章は「緒論」であり,本研究の背景とキャリアISPのMPLSネットワークアーキテクチャの現状・課題に関して述べている.その中で,現状のMPLSネットワークアーキテクチャの課題に対して,現状のMPLSネットワークアーキテクチャを変更・修正すべき項目を抽出した. また,変更・修正すべき項目に対し,実装の明確化や機能の充実化を実現するための具体的なシステム運用要件を整理した.

第2章は,「MPLS TEパス確立に関するロードバランシングアーキテクチャ」と題し,大容量トラヒックの制御に関して,リンクの抽象化およびそのリンク上へのMPLSパスの設定手法・管理手法に関する問題として,既存プロトコルの拡張を記述することで明確化し,MPLS TEパス経路選定手法を提案した.既存プロトコルの拡張ではRFC3630で定義されるTraffic Engineering LSAのLink TLV(Type 2)内にOSPF Unconstrained TE LSP Count sub-TLVとしてRFC5330に定義した. OSPF Unconstrained TE LSP Count sub-TLVを用いたMPLS TEパス経路選定手法に関して実ネットワークに近い環境を想定するため,3つのパターンに対してシミュレーションを用いた評価を行った.また,実際のキャリアISPで使用されるルータベンダの実装およびランダムに経路を選定するためにシミュレーションを用いた評価をし,上記提案手法と比較し,提案手法により,実運用で求められているルータ間に複数のリンクが並列に存在するECMP環境において,静的な経路選定によって確立されたMPLS TEパスの本数や既に確立されたMPLS TEパスの本数を考慮してMPLS TEパスを複数の並列リンクに対して均等に確立することが可能となったことを確認した.

第3章は「GMPLSネットワークと連携する上でMPLS TEパスを提供するアーキテクチャ」と題し,ネットワーク統合手法に関して,リンクの抽象化およびそのリンク上へのGMPLSパスの設定手法・管理手法に関する問題として,参照アーキテクチャや具体的な要求仕様および参照アーキテクチャに基づく実装のためのネットワークアーキテクチャを記述することで明確化し,実際にベンダと共同で実装することにより実装の曖昧性や不適切性を排除する手法を提案した.具体的には,MPLSネットワークを統合するにあたり課題となっている項目を満足する参照アーキテクチャを提案した. 参照アーキテクチャではMPLSクライアントネットワークとGMPLSサーバネットワークというクライント・サーバモデルを展開し,MPLSクライアントネットワークとGMPLSサーバネットワークの連携をノードであるボーダルータで行うアーキテクチャとした.次に,GMPLSネットワークを用いてMPLSネットワークを統合するためにキャリアISPからの要求仕様を列挙した.参照モデルおよびキャリアISPの要求仕様からネットワークアーキテクチャとしてボーダピアモデルの提案を行った.本提案モデルと他の3つのモデル(オーバレイモデル,Augmentedモデル,ピアモデル)に関して,キャリアISPがネットワーク制御・運用する上で必須となる項目を比較し,本提案モデルであるボーダピアモデルが全ての要求を満たしていることを示した.また,ボーダピアモデルをベンダと共同で実装したため,ボーダピアモデルの実装例を示した.これらの結果から,キャリアISPがGMPLSネットワークを用いて既存MPLSネットワークを統合するにあたり,キャリアISPの要求仕様を満足したアーキテクチャを示し,そのアーキテクチャに基づいた実装をベンダと共同で行い,実装の曖昧性や不適切性を排除したネットワーク統合手法を実現した.

第4章は「バックアップパス疎通確認アーキテクチャ」と題し,バックアップパスの自動監視に関して,MPLSシステム管理に関する問題としてキャリアISPのシステム設計仕様書の策定において,既存プロトコルの拡張を記述することで明確化し,左記拡張を用いたバックアップパスデータプレーン疎通確認手法を提案した.既存プロトコルの拡張では実システムのインパクトを最小限にするため,障害時に起こるラベルプッシュ動作(MPラベルおよびバックアップパス出力ラベル)をエミュレートする手法を選択した.また,本手法はFRRが動作している場合と同様に,バックアップパスに疎通を確認するパケットを送出することを特徴とする. 本バックアップパスデータプレーン疎通確認手法に対し,実運用に近いネットワークを想定するため,解析的な評価を行った.また,解析結果を用いたバックアップパスデータプレーン疎通確認時間を評価するためシミュレーションを用いた.バックアップパス1本あたりのパケット処理時間はルータの数に関係なく数百μsec程度であり,現状の運用における1本あたりのMPLS TEパスデータプレーン疎通確認時間(数msec~数十msec)に影響を与えなかった.これらの結果から,現在の実システムにインパクトを与えることなくFRRが動作している場合と同様に,バックアップパスに疎通を確認するラベル付きのパケットを送出することで実現し,現実的な処理時間で動作可能なことから,MPLS TEネットワークの実運用安定化に資する手法であり,不足している機能の充実化に貢献した.

第5章は「階層型サービス管理システムアーキテクチャ」と題し,MPLS TEパス/P2MP MPLS TEパスとユーザの同時監視に関して,MPLSシステム管理に関する問題としてキャリアISPのシステム設計仕様書の策定において,参照レイヤ構造として階層型サービスネットワークアーキテクチャを提案した.本階層型サービスネットワークアーキテクチャでは,3つの管理モジュール(サービス管理モジュール,パス管理モジュール,エレメント管理モジュール)にコリレーションモジュールを組込み,従来サービス管理システムとMPLSパス管理システムが運用者を介して連携していた部分をコリレーションモジュールとすることでシステム連携とした.具体的には,ユニキャストサービスとしてIP-VPNサービスとMPLS TEパスおよびマルチキャストサービスとしてMulticast VPNサービスとP2MP MPLS TEパスを階層型サービス管理システムに適用し,それぞれのサービスモデルに対してコリレーションアルゴリズムを提案した.その提案アルゴリズムに対して,論理的な評価を行った. その結果,本階層型サービス管理システムを商用MPLSネットワークにおいて適用するにあたり十分スケーラビリティがあることを確認した.また,提案アルゴリズムに対して,実際キャリアISPのシナリオに従いシミュレーションを用いた評価を行った.シミュレーションにおける評価では,IP-VPNサービスおよびMulticast VPNサービスにおいてほぼ同等の検索時間(数百μsec)を示しており,本階層型サービス管理システムはキャリアISPが展開するIP-VPNサービスおよびMulticast VPNサービスにおいて十分スケーラビリティがあった.従来のサービス管理システムとMPLSパス管理システムが別々に運用され,そのシステム間の連携は運用者が行っていたため,影響するユーザを特定するにあたり数時間単位の時間を必要としていた.しかし,上記で述べた通り,本連携部分をシステム連携することにより数百μsecで影響したユーザを特定できた.そのため,現状の運用管理システムに対して不足している機能の充実化を実現し,運用工数の削減に貢献した.

第6章は「結論」であり,本論文の主たる成果をまとめるとともに、今後の課題と展望について述べている.

以上の要するに、本論文は、キャリア品質の運用性と管理性を実現するためのMPLSネットワークアーキテクチャの提案と評価を行っており、次世代インターネットアーキテクチャなど、電子情報学関連分野の今後の進展に寄与・貢献することが少なくない.

よって本論文は,博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク