学位論文要旨



No 217249
著者(漢字) 田邊,樹郎
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,タツロウ
標題(和) 角膜形状解析検査による異常検出法に関する定量的検討
標題(洋)
報告番号 217249
報告番号 乙17249
学位授与日 2009.10.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17249号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
 東京大学 准教授 玉置,泰裕
 東京大学 講師 張,京浩
内容要旨 要旨を表示する

眼球の全屈折力の約2/3は角膜が担っており、眼球屈折系の乱視や収差などの大部分が角膜に由来することになる。すなわち、角膜形状のわずかな歪みや変化が網膜面での結像状態に大きく影響し、結果として視機能の質(quality of vision: QOV)に密接に関連しているため、角膜形状の正確な把握は、臨床上極めて重要である。従来の角膜形状情報の測定は、ケラトメーターと呼ばれる簡易測定機器を用いて角膜前面のカーブ(屈折力もしくは曲率半径)を測定していた。ケラトメーターは臨床的に有用で、正常眼の角膜中心部ということでいえば、相当に正確な曲率半径測定値を与える。しかし、角膜前面の形状がトーリック光学系から離れてしまった場合や角膜表面に不整がある場合など、正常から外れた角膜形状を有する眼では正確な情報を得ることはできないといった欠点を有していた。このケラトメーターの欠点を補い、角膜全体の形状を正確に把握するため、1984年に角膜形状解析装置が開発された。角膜形状解析装置は角膜前面の形状情報を約8700の測定点で取得し、その結果をカラーコードマップ形式で表示する装置である。カラーコードマップの登場により、角膜形状の定性的評価が可能となった。

そして近年、屈折矯正手術の普及や白内障手術の技術進歩に伴って術後のQOVが問われるようになり、QOVを規定する要因を定量的に解析する試みが行われるようになった。フーリエ解析を用いた角膜不正乱視定量法もそのひとつである。角膜形状データをフーリエ解析することにより、角膜屈折力を球面成分、正乱視成分、非対称成分、高次不正乱視成分の4つの屈折成分に分離定量することが可能となった。これらの成分の中で、球面成分と正乱視成分は、球面レンズと円柱レンズ(いわゆる眼鏡)により矯正可能であり、非対称成分と高次不正乱視成分は矯正され得ない屈折異常である。このように角膜の不整性を定量できるようになったことで、各種統計処理(平均値測定、群間比較など)が可能となり、QOV向上を目的とした臨床研究が行われるようになった。フーリエ解析を用いた眼光学的な角膜形状調査は、これまでに円錐角膜眼、翼状片眼、photorefractive keratectomy (以下PRK)やLASIKといった屈折矯正手術後、白内障手術後、角膜移植後、緑内障手術後、網膜剥離術後で行われている。

本研究では、角膜形状のスクリーニングテスト開発と結果判定の簡略化を目的として、正常眼200眼のデータから、フーリエ成分の正常域を決定した。同時に、各種疾患でフーリエ成分がどのように変化するか定量的に検討し、それぞれの角膜形状の特性を示した。また、フーリエ解析を用いた角膜形状調査はこれまで多数なされているが、これらはすべて疾患が角膜形状にどのように影響し、治療によってどのように変化するのかを定量的に検討した報告であった。そこで、本研究では新しい試みとして、フーリエ解析を角膜疾患の病態生理解明のために応用した。具体的には、円錐角膜を取り上げ、円錐角膜における角膜形状の経年変化を定量的に解析した。

フーリエ成分の正常域設定・各種疾患との比較

本研究において、正常群200眼のデータからフーリエ成分の正常域を決定した。各フーリエ成分の正常域を、正常群の平均値±2×標準偏差(SD)と定義した。その結果、正常域は球面成分で40.81~47.13D、正乱視成分で0~1.04D、非対称成分で0.02~0.68D、高次不正乱視成分で0.05~0.17Dとなった。また、得られた正常域を利用して、フーリエマップという形で結果を出力するソフトを東京大学、大阪大学、宮田眼科病院、トーメー社の共同研究で開発した。フーリエマップ表示した際に各成分の実測値が示されるように設定し、その値が正常域(平均値±2SD未満)ならば緑色、異常疑い値(2SD以上3SD未満)ならば黄色、異常値(3SD以上)ならば赤色で表示されるように設定した。このシステムの開発により、角膜形状のスクリーニングテストとその結果判定の簡略化が可能となった。加えて、正常群と円錐角膜眼、円錐角膜疑い眼、LASIK眼、PRK眼、角膜移植眼との比較検討も行い、その生理的かつ病的な角膜形状の特徴を定量的に示唆できた。それぞれの群における角膜形状の特徴を理論的に考えると、正常域からの逸脱の方向や大きさは、妥当な傾向を示していたと思われる。今回の我々の結果は、この分野における今後の研究に役立つと考えられた。

円錐角膜の進行と角膜形状の変化

円錐角膜は進行性、非対称性、非炎症性の角膜変性疾患で、角膜の前方突出(steepening)、歪曲(distortion)、局所的菲薄化(apical thinning)を特徴としている。一般的に、思春期に発症して徐々に進行し、ある段階において自然停止すると考えられている。円錐角膜が進行すると中等度から高度の視力障害が出現するため、円錐角膜の進行は患者にとって大きな問題である。しかし、進行を定量的な指標で評価した報告はこれまでになく、従来は(1)コンタクトレンズ装用の可否、(2)角膜移植必要性の有無、(3)急性水腫の出現といった大まかな定義によって進行と判断されていた。角膜形状の経時的変化を示した報告も存在するが、カラーコードマップの見かけが変化したというような定性的な症例報告に過ぎなかった。患者、医師ともに、疾患による視力障害がどれくらいの速度で、どの程度まで進行するかについて強い関心をもっている。それらを解明するため、円錐角膜の進行を判定するための客観的評価法の確立が重要であった。そこで今研究では、円錐角膜における角膜形状の経年変化を、フーリエ解析を用いて定量的に解析した。その結果、円錐角膜の明らかな進行は球面成分の増大、すなわち角膜の突出に反映され、一方で明らかな進行はなくても、円錐角膜の自然経過に伴う高次不正乱視の増大およびそれに相関する眼鏡矯正視力の低下が生じることがわかった。本研究により、円錐角膜の病態生理の一環を解明することができた。

まとめ

屈折矯正手術の普及や小切開創白内障手術の登場によりQOVが議論される機会が増え、高い精度の角膜形状検査が要求されるようになった。このような現在、QOV障害の大きな原因となる角膜不正乱視や収差を定量的に検討することは必須であると考えられる。本研究でも、角膜形状解析装置の特性をさらに生かし、角膜形状データにフーリエ解析を用いることによって、従来の検査法では得ることが出来なかった角膜形状についての新しい知見を得ることができた。

本研究では、正常眼200眼を対象にフーリエ成分の正常域を決定したことにより、効果的な角膜形状スクリーニングテストを開発することができた。近年、TMS-2N(トーメー社)という市販の角膜形状解析装置に、フーリエマップ形式で結果の出力するためのソフトウェアが組み込まれた。このソフトウェアを利用して角膜形状調査を行うと、より簡単に角膜異常を検出できると考えられ、臨床上有意義と考えられる。また、各種疾患群との比較検討も行い、その生理的かつ病的な角膜形状の特徴をフーリエ解析を用いて定量的に示せた点で、重要な結果が得られたと考えられる。

次に、1年間隔で少なくとも2回以上の角膜形状解析検査ができた円錐角膜患者85眼を対象としてフーリエ係数を用いた定量的解析を行った結果、円錐角膜の経年変化について新知見が得られた。すなわち、円錐角膜の明らかな進行は球面成分の増大、つまり角膜の突出に反映され、一方で明らかな進行はなくても、円錐角膜の自然経過に伴う高次不正乱視の増大およびそれに相関する眼鏡矯正視力の低下が生じることがわかった。その形状変化の発生機序は不明であるが、得られた結果は円錐角膜の病的特性を示唆している。角膜形状解析装置は侵襲が少なく、検査時間も短いことから、多数の生体眼での検査が可能であった。特に高次不正乱視成分に関しては、これまでカラーコードマップを用いて進行[-]と判断されていた円錐角膜症例においても有意な経年変化を示していたことを考えると、重要な新知見が得られたと思われる。このような新知見が得られ、円錐角膜進行に関する病態生理の一環を解明することができたことは、臨床上有意義と考えられる。

以上、本研究では、従来検討されていなかった正常眼における角膜不正乱視量の正常域や円錐角膜の経年変化を、角膜形状データのフーリエ解析を用いて明らかにした。個別化医療(オーダーメード医療、テーラーメード医療)という言葉が使われるようになっているが、眼科の分野でもwavefront-guided refractive surgeryや不正乱視を考慮した白内障眼内レンズ手術といった、ある種の個別化医療がすでに視野に入っている。これらの医療を効果的に行うには、まず個別眼の情報を詳細に収集する必要があるが、屈折に関する情報では角膜の詳細な形状、不正乱視の程度などが、その最もたるものである。この分野の研究と臨床医療へのフィードバックは、患者のQOVに直結するものであり、今後の発展が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、角膜形状解析装置の特性を生かし、角膜形状データにフーリエ解析を用いることによって、従来の検査法では得ることが出来なかった角膜不正乱視について下記の結果を得ている。

1.フーリエ成分の正常域設定・各種疾患との比較

本研究において、正常群200眼のデータからフーリエ成分の正常域を決定した。各フーリエ成分の正常域を、正常群の平均値±2×標準偏差(SD)と定義した。その結果、正常域は球面成分で40.81~47.13D、正乱視成分で0~1.04D、非対称成分で0.02~0.68D、高次不正乱視成分で0.05~0.17Dとなった。また、得られた正常域を利用して、フーリエマップという形で結果を出力するソフトを東京大学、大阪大学、宮田眼科病院、トーメー社の共同研究で開発した。フーリエマップ表示した際に各成分の実測値が示されるように設定し、その値が正常域(平均値±2SD未満)ならば緑色、異常疑い値(2SD以上3SD未満)ならば黄色、異常値(3SD以上)ならば赤色で表示されるように設定した。このシステムの開発により、角膜形状のスクリーニングテストとその結果判定の簡略化が可能となった。加えて、正常群と円錐角膜眼、円錐角膜疑い眼、LASIK眼、PRK眼、角膜移植眼との比較検討も行い、その生理的かつ病的な角膜形状の特徴を定量的に示唆できた。

2.円錐角膜の進行と角膜形状の変化

円錐角膜は進行性、非対称性、非炎症性の角膜変性疾患で、角膜の前方突出(steepening)、歪曲(distortion)、局所的菲薄化(apical thinning)を特徴としている。一般的に、思春期に発症して徐々に進行し、ある段階において自然停止すると考えられている。円錐角膜が進行すると中等度から高度の視力障害が出現するため、円錐角膜の進行は患者にとって大きな問題である。しかし、進行を定量的な指標で評価した報告はこれまでになく、従来は(1)コンタクトレンズ装用の可否、(2)角膜移植必要性の有無、(3)急性水腫の出現といった大まかな定義によって進行と判断されていた。角膜形状の経時的変化を示した報告も存在するが、カラーコードマップの見かけが変化したというような定性的な症例報告に過ぎなかった。患者、医師ともに、疾患による視力障害がどれくらいの速度で、どの程度まで進行するかについて強い関心をもっている。それらを解明するため、円錐角膜の進行を判定するための客観的評価法の確立が重要であった。そこで今研究では、円錐角膜における角膜形状の経年変化を、フーリエ解析を用いて定量的に解析した。その結果、円錐角膜の明らかな進行は球面成分の増大、すなわち角膜の突出に反映され、一方で明らかな進行はなくても、円錐角膜の自然経過に伴う高次不正乱視の増大およびそれに相関する眼鏡矯正視力の低下が生じることがわかった。本研究により、円錐角膜の病態生理の一環を解明することができた。

以上、本論文は、従来検討されていなかった正常眼における角膜不正乱視量の正常域や円錐角膜の経年変化を、角膜形状データのフーリエ解析を用いて明らかにしたものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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