学位論文要旨



No 217252
著者(漢字) 飯田,雅人
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,マサト
標題(和) Polo-like kinase に作用する薬剤開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 217252
報告番号 乙17252
学位授与日 2009.11.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17252号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 永田,宏次
内容要旨 要旨を表示する

Polo-likekinase(Plk)はDrosophlamelanogasterの分裂細胞に染色体分配の異常を引き起こす原因遺伝子poloの哺乳類ホモログであり、酵母からヒトまで広く保存されているセリン・スレオニンキナーゼである。哺乳類においては4つのPlkが同定されておりC端に共通してPoloboxdomainを保持している。Plkfamilyの中でPlk1についてはG2/M期における重要な細胞周期制御因子として知られている。

Plklはがんとの関連について報告があり、例えば、Plk1の発現と非小細胞肺がんの予後との間に相関があるとの報告や、Plk1の発現と扁平上皮がんの悪性度との関連を示す報告がある。また、NIH3T3細胞にPlk1を導入した場合には形質転換することも知られている。さらにsiRNAや中和抗体を用いてPlk1を阻害することでがん細胞に細胞死を誘導するという報告があり、Plk1の抗がん剤ターゲットの可能性が示唆されている。

現存する抗がん剤の多くのものが、がん細胞の活発な増殖という現象に標的をおいたものであり、細胞周期の特定の時期に作用するものである。これらの中で細胞周期のM期をターゲットとした薬剤としてtaxol、vincristine等が良く知られている。M期は核膜崩壊後に染色体の凝集、分離、分配が空間的・時間的な制御のもとに進行する細胞増殖に必須の過程であり、その阻害は細胞に対し致死的に働く可能性が高いと考えられる。taxolやvincristine等のM期をターゲットとした抗がん剤はいずもtublinに結合することにより細胞の有糸分裂を阻害するものであり、がん細胞に対し強力な致死作用をもたらし、強い腫瘍の退縮をもたらす。これらのうち、taxol及びその誘導体は現在最も広く効果が認められている抗がん剤であり、蘭期作用薬の有効性を証明するものである。その一方で、これらの網期作用薬は、増殖する正常細胞に対しても等しく致死的に作用するため、嘔吐、脱毛、骨髄抑制といった副作用も認められる。さらにtaxolやvincristineは、チューブリンに結合する性質から来る細胞周期非依存の副作用である神経毒性を引き起こす。

このような背景から、M期をターゲットとしたアプローチはがん細胞に対する強い殺細胞効果を期待でき、M期の進行を制御する分子は抗がん剤のターゲットの候補となると考えられる。また、これらM期の制御機構におけるがん細胞と正常細胞の違いを見つけることが出来れば、より毒性の少ない新しいタイプのM期作用薬を期待できる。

M期の進行は主に蛋白質のリン酸化で制御されており、これらのリン酸化を担うproteinkinaseとしてCDK1/cyclinB,Plkl,Aurorakinase等が挙げられる。これらの中でPlklは前述のような特徴をもち、抗がん剤のターゲットの候補となると考えられる。また、Plk1阻害剤はtaxolやvincristineと作用部位が異なるので前述したような神経毒性は生じないと考えられる。さらに最近、RNAiを介したPlk1の除去により、p53が欠損しているがん細胞に選択的に細胞死が誘導されるという報告があることからPlk1阻害剤のがん細胞選択的な薬効が期待される。

そこで、第一に、Plk1の阻害剤開発を目的とする実験系を構築した。酵素阻害剤の研究開発について初期の段階においては、組み換え蛋白質を作製し、酵素の活性を阻害する阻害剤のスクリーニング系を構築する必要がある。系の構築には用いる酵素の活性を十分に検出する系が必要となるため、基質として報告されているCdc25CのSer198を含む配列のアミノ酸を改変し、リン酸化を受けやすい配列を探索した。その結果、-1位、+1位、+2位を疎水性残基に置換した配列が野生型に比べて200倍のリン酸化効率を示すことが分かり、得られた配列を用いてスクリーニング系を構築し、阻害剤を探索した。次に、この阻害剤が細胞内でPlk1の酵素活性を阻害していることを示すためには、PIklの細胞内の基質の同定及び基質のリン酸化を検出する系の構築が必要となる。そこでこの200倍の比活性を示したペプチドをinvitroでPlklによってリン酸化させ、市販の抗リン酸化モチーフ抗体を用いて、クロス反応する抗体を探索した。その結果、抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体を見出し、この抗体がPlk1のキナーゼ活性依存的に細胞内においてシグナルを検出することが分かった。さらに、この抗体を用いて細胞抽出液から免疫沈降した蛋白質をNIALDI-TOFMSにて解析し、この蛋白質がβ-カテニンであることが明らかになった。

Plklによるβ-カテニンのリン酸化を詳細に解析するために、GST融合β-力テニンの欠損変異体△1(1-423アミノ酸残基)、△2(423-781アミノ酸残基)及び△3(1-90アミノ酸残基)を作製した。組み換えPlklがGST融合β-カテニンをリン酸化できるかを確かめるため、invitroキナーゼ反応を行い、オートラジオグラフィーによる[γ-33p]ATPの取り込みを調べるとともに抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体を用いてウエスタンブロットによる解析を行った。ラジオラベルされたATPはβ-カテニンのすべての欠損変異体に取り込まれたことから、Plk1がβ-カテニンのいくつかの領域をリン酸化できることが示唆された。しかしながら、抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体は△2のみに反応した。このことから、Plk1によるリン酸化部位はβ-カテニンのC末端側に位置することが示された。さらに、抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体によって認識されるPlk1によるβ-カテニンのリン酸化部位を同定するために、β-カテニンのC末端のセリン残基について、抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体が認識するモチーフを調べたところ、Ser715、Ser718、Ser721がこれらのモチーフと一致した。よって△2においてS715A、S718A、S721Aの3つの変異体を構築し、組み換えPlk1によるinvitroでのリン酸化を検討したところ、これらの変異体の中で、S718Aにおいてのみリン酸化効率の低下が観察された。このことから、抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体はβ-カテニンのSer718を認識することが示唆された。

さらに細胞内においてもPlk1を介したSer718のリン酸化が起きるかどうかを決定するために、293T細胞においてMycタグ付きβ-カテニンの野生型(WT)又はS718A変異体をPlk1と共に発現させ、Ser718のリン酸化を抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体を用いてモニターした。Plk1-wr(野生型)又はPlk1-CA(活性化型)の発現により、Myc-β-カテニンーWTのリン酸化を誘導したが、Myc-β-カテニンーS718Aのリン酸化は誘導しなかった。よって、invitro及び細胞内でPlk1はβ-カテニンのSer718をリン酸化し、そのリン酸化は抗リン酸化-RX(Y/F)XS抗体によって認識されることが分かり、同定された基質を用いて、細胞内でβ-カテニンの脱リン酸化を指標とする阻害剤の細胞評価系の構築に役立てた。またこの結果は、最近報告されているβ-カテニンのM期における機能を支持し、さらにβ一カテニンのがんとの関連からPlklがβ-カテニンのリン酸化を介してがん化に関わっているのではないかということが示唆された。

次に阻害剤は副作用の軽減からできる限り標的酵素選択的である必要がある。そこで本研究では、阻害剤の選択性を調べるために他のPlkとしてPlk3のスクリーニング系を構築した。系を構築するにあたって種々の蛋白質由来のペプチドを用いてリン酸化レベルを調べたところ、トポイソメラーゼIIα由来のペプチドがPlk3によっては良くリン酸化されるが、Plk1によっては全くリン酸化されないことが分かった。このトポイソメラーゼ11αを改変して、Plk3又はPIklによるリン酸化レベルの変化を詳細に調べたところ、+2位と+4位に酸性残基を好むことはPlk3特異的な性質であること、+1位におけるアミノ酸残基の多様性はPlk3によっては許容されるが、Plklにおいては疎水性残基であることが必須であることが分かった。加えて、Plk3によるトポイソメラーゼ11αの直接的なリン酸化をinvltroのキナーゼアッセイ及び細胞内のPIk3の過剰発現により示した。さらに、Plk3とトポイソメラーゼHαの相互作用を明らかにした。これらのdataからトポイソメラーゼHαがPlk3の新規の基質であり、PlklとPlk3が細胞周期の進行において異なる役割を担うことが示唆された。また、トポイソメラーゼlIαはG2チェックポイントとの関運が知られていることから、Plk3はトポイソメラーゼ11αのリン酸化を介してG2チエックポイントに関与しているのではないかということが示唆された。

続いて、Plk3による増殖阻害のメカニズムを明らかにするために、Plk3の過剰発現の影響を調べたところ、Plk3の高発現は形態変化、アクチンの重合の変化、細胞の脱離をキナーゼ活性依存に誘導した。アポトーシスは観察されなかったが、Plk3の過剰発現は、長期間コロニー形成アッセイにおいて、細胞増殖を阻害した。また、Plk3とRasはf一アクチンの重合に影響を与えるという報告があることから、Plk3とRasの共発現の影響を調べた。その結果、Plk3単独で過剰発現した場合に比べて浮遊する細胞の数が相乗的に増えることが観察された。さらにNIH3T3細胞にH-RasV12を導入し形質転換させた細胞株を作製しPlk3の過剰発現を行った。長期間コロニー形成アッセイにおいて、H-RasV12によって形質転換させたMH3T3細胞は、親株のNIH3T3細胞と比較して、Plk3の過剰発現によりその増殖が阻害された。この阻害活性は、Plk3のキナーゼ活性依存的であった。よって、Plk3の活性化は細胞骨格の再構築をもたらし、Ras経路が活性化されているがん細胞において、より顕著に細胞増殖を抑制した。これらの結果から、Plk3はRasのシグナルに依存して増殖している悪性度の高いがん細胞に形態変化を介して細胞増殖を抑制できるのではないかということが示唆された。Plk3に関して本研究において明らかになった知見を合わせると、チェックポイントや増殖抑制に関与するPlk3の異常はがん細胞の悪性化に何らかの関わりがあるのではないかということが示唆された。

以上、抗がん剤のターゲットとしてPIklは阻害剤の開発が有望であるのに対し、Plk3は発現誘導剤もしくは活性化剤の開発が有望でないかということが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、Polo-likekinase(Plk)の機能解析を中心として、Plkに作用する薬剤開発に関する研究を行ったものであり、5章からなる。

第1章では、Plkfamilyについて、及びPlkに作用する薬剤開発について概説している。概説したPlkfamilyの中でG2/M期における重要な細胞周期制御因子として知られているPlk1についての知見を詳細に述べ、Plk1とがんとの関連を示唆する知見から、Plk1の抗がん剤ターゲットとしての可能性について論じている。また、従来の抗がん剤について述べ、既存の薬剤に対して新たにPlk1阻害剤を開発することの意義について論じている。さらに、他のPlkの一つとして、Plk3についての知見を述べ、本研究においてPlk3の機能解析をすることの重要性について論じている。

第2章では、Plk1の阻害剤開発を目的とする実験系の構築を行っている。酵素阻害剤の研究開発の初期の段階において必要な、組み換え蛋白質の活性を阻害する阻害剤の評価系を構築し、構築した系が高いSIN比を維持したスクリーニングに耐え得ることを示している。また、細胞内において標的酵素の活性を阻害する阻害剤の評価系を構築し、構築した系がメカニズムベースで阻害剤の細胞障害活性を評価できるものであることを示している、さらに、Plk1の新規の基質としてβ-カテニンを見出し、β-カテニンが細胞内でPlk1によってリン酸化されることを明らかにしている。この新たに得られた知見からPlk1のβ-カテニンのリン酸化を介したがんとの関連性について論じている。そして、キナーゼの細胞内基質の同定は、キナーゼ阻害剤の開発及び、キナーゼの機能解析において重要な課題であり、本研究の新たな同定方法は、前記課題について解決方法を提起するものであることを示している。

第3章では、標的酵素阻害剤は副作用の軽減からできる限り標的酵素選択的である必要があるため、他のPlkとしてPlk3のスクリーニング系を構築し、構築した系が高いS/N比を維持したスクリーニングに耐え得ることを示している。当該スクリーニング系を構築する過程で、Plk3とPlk1の基質認識性の違いについて明らかにし、Plk3の細胞内機能はPlk1の細胞内機能とは異なることを示している。また、Plk3の基質認識性が他のキナーゼの基質認識性と類似することを明らかにし、Plk3の基質同定方法において、新たな解決方法を提起している。さらに、Plk3の新規の基質としてトポイソメラーゼIIαを見出し、トポイソメラーゼIIαが細胞内でPlk3によってリン酸化されることを明らかにしている。この新たに得られた知見からPlk3のトポイソメラーゼIIαのリン酸化を介したチェックポイントとの関連性及び未知であったPlk3の細胞内機能について論じている。

第4章では、Plk3の機能解析を目的としてPlk3の過剰発現による形態変化及び形態変化がもたらす細胞増殖の抑制についての解析を行っている。従来報告されていたPlk3の過剰発現によって誘導されるアポトーシスについて詳細に検討し、Plk3がもたらす細胞死における新たなメカニズムについて明らかにし、シグナル伝達においてPlk3が属する経路について論じている。Plk3の過剰発現によりf-アクチンの脱重合が起きることが報告されている一方で、この現象はRasの経路を活性化させることによっても起きることが知られているため、Plk3と活性型H-RasV12との共発現を行い、Plk3単独で過剰発現した場合に比べて浮遊する細胞の数が相乗的に増えることを見出した。さらにNIH3T3細胞にH-RasV12を導入し形質転換させた細胞株を作製しPlk3の過剰発現を行ったところ、細胞増殖が顕著に抑制されることを見出し、Plk3がRasシグナル依存性がん細胞にもたらす形態変化を介した細胞増殖抑制能について議論している。

第5章では、研究の全体を総括し、今後の展望について述べている。本研究においてPlk1とPlk3それぞれにおいて明らかにした基質からPlk1とPlk3それぞれの細胞内機能及びがんとの関わりについて議論している。さらにPlk1とPlk3の基質認識機構の違いについて明らかにし、Plk1とPlk3それぞれの細胞内機能の違いについて論じている。細胞内機能について明らかになっていないPlk3においては、本研究において明らかにした知見から、Plk3に作用する薬剤開発についての意義及び今後研究を進めていく上での問題点とその解決方法について議論している。

以上、本論文は、抗がん剤の標的分子として有用なPlk1阻害剤を開発する上で鍵となる細胞内基質及び細胞内リン酸化検出系についての情報を与えたものであり、また機能が未知であるPlk3の基質認識機構・細胞内基質及び過剰発現についての解析によりPlk3の細胞内機能についての情報を与えたものである。さらに、これらの結果は、両分子を標的とした薬剤開発に有益な情報を与えるものであって、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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