学位論文要旨



No 217253
著者(漢字) 小田巻,俊孝
著者(英字)
著者(カナ) オダマキ,トシタカ
標題(和) ビフィズス菌の整腸作用を介した免疫調節作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217253
報告番号 乙17253
学位授与日 2009.11.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17253号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 特任准教授 八村,敏志
 東京大学 准教授 三坂,巧
内容要旨 要旨を表示する

日本におけるアレルギー性疾患の有病率はおよそ38%であり、最も頻度の高い生活習慣関連病と認識されている。特にスギ花粉症はIgEが関与するI型アレルギーで、日本人の約20%が罹患する深刻な国民病となりつつある。様々な要因が複合的にアレルギー発症を引き起こすと考えられるが、その増加原因のひとつとして、1989年にイギリスのStrachan博士によって提唱された衛生仮説が挙げられる。これは過度の衛生状態で育った子どもたちは、微生物による刺激を充分に受けていないため、免疫系が正常に発達せずにアレルギーを発症する、という説である。最近では、抗生物質の使用や食生活の変化に伴い腸内細菌叢が撹乱され、正常な免疫寛容が行われなくなるという「腸内細菌叢仮説」も提唱され、腸内細菌叢とアレルギー疾患との関連性が示唆されている。これらの仮説に基づき、世界各国でプロバイオティクス投与によるアレルギーの予防および治療が試みられている。被験者、投与時期、投与菌株等の違いにより、結果に差があるものの、総じてプロバイオティクスの摂取はアレルギーを予防もしくは症状を緩和する作用があると考えられている。

我々は、プロバイオティクスとして多くの生理調節機能を有することが解明されているBifidobaterium longumBB536株(以下BB536)に注目し、花粉飛散の少なかった2004年と、大量に飛散した2005年春のスギ花粉飛散シーズンに二重盲検並行2群比較試験を実施し、BB536摂取による花粉症改善効果について検討した。2004年はスギ花粉症患者40名を2群に分け、BB536配合もしくは非配合ヨーグルトを1日200グラムずつ摂取してもらい、自覚症状および血中マーカーの変動を調べた。その結果、BB536配合摂取群は、非配合群に比べて、目、鼻の自覚症状が有意に改善され、血中のINF(interferon)-γの減少および好酸球比率の上昇が抑制された。2005年にはスギ花粉症患者44名を対象にBB536菌体粉末またはプラセボ粉末を摂取する試験を実施した。症状の悪化により試験を早期離脱した被験者は、プラセボ粉末摂取群では22名中9名だったのに対し、BB536摂取群では22名中2名と有意に少なかった。また、BB536摂取群はプラセボ群と比較して、水性鼻汁、鼻閉などの自覚症状が有意に改善され、鼻、目、のどの6つの症状を含む総スコアも有意に改善された。花粉飛散に伴って、血中ThlマーカーであるIFN一γは著しく減少し、Th2マーカーであるTARC(Thymus-andactivation-regulatedchemokines)は顕著に上昇していたが、BB536摂取群では、IFN-γの減少緩和と、TARCの上昇抑制が認められ、血中好酸球比やスギ花粉特異的IgE(lmmunoglobulin-E)の上昇も抑制される傾向を示した。これらの結果は、BB536が花粉飛散に伴って生じる体内免疫バランスの歪みを抑制することで、花粉症の自覚症状が改善されることを示唆している。

摂取されたプロバイオティクスは、腸管上のバイエル板に存在するM細胞などから取り込まれ,免疫担当細胞と接触し、腸管免疫から全身免疫へと働きかけることにより、抗アレルギー作用を発揮することが作用機序のひとつであると推測されている。さらに本試験に用いたBB536は、優れた整腸作用を有していることから、腸内細菌叢のバランスを改善することで宿主免疫に影響を与えているのではないかとの仮説を立て、臨床試験参加者の腸内細菌叢を解析することで、間接的な免疫調節作用について検証を行った。

まずは2004年の臨床試験参加者のなかから、腸内細菌叢解析に同意して頂いた花粉症患者23名の腸内細菌叢の全体像をT-RFLP(Terminal-RestrictionFragmentLengthPolymorphism)法により解析した。健常成人の腸内細菌叢は安定したものと考えられているが、花粉症患者の腸内細菌叢は花粉の飛散に伴い季節的な変動を起こすことが明らかとなった。中でもBacteroides(Ba.)fragilisグループは花粉の飛散に伴い増加しており、プラセボ群においてはBifidobacteriumが減少していた。BB536配合ヨーグルトを摂取した群はプラセボ群と比較し、Ba.fragilisグループ/Bifidobacterium比が試験期間を通じて有意に低い値を示した。

次にこれら腸内細菌の違いが、宿主免疫にどのような刺激を与えるかを推測するため、花粉症患者のヒト末梢血単核球(PBMC)に対するBa.fragilisグループ21株、Bifidobacterium31株、計52株のサイトカイン産生能を比較した。その結果、BifidobacteriumはThlサイトカインであるIFN一γやIL12p40、Ba.fragilisグループは炎症性サイトカインであるIL-6を多く誘導したため、Ba.fragilisグループ/Bifidobacterium比が高いほど花粉症症状が悪化するのではないかと推測した。

しかしこの結果で得られた花粉シーズンにおける腸内細菌叢の変動は、花粉症患者特有の現象であるかどうか、BB536非配合ヨーグルトにも含まれる乳酸菌の影響はどの程度であるかなどが明らかではなかった。そこで2005年の臨床試験においては、BB536以外の乳酸菌を含まない菌体粉末を試験食品とし、花粉症患者44名に加えて比較対照である非花粉症の健常者14名についても腸内細菌叢の解析を実施した。本解析では数百種類に及ぶ腸内細菌叢を丸ごと捉えるため、T-RFLPデータに関するそれぞれのピークを比較するのではなく、主成分分析を用いた。BB536摂取群、プラセボ摂取群、健常者群で比較を行ったところ、スギ花粉の飛散前には大きな違いが見出せなかったが、飛散末期にはプラセボ群と健常者群との間でグルーピングに差が認められた。プラセボ群のグルーピングに寄与するTRFLPピークを解析したところ、3つの細菌グループに分けられ、うちひとつが前年にも観察されたBa.fragilisグループであった。花粉飛散末期のBa.fragilisグループ占有率と、自覚症状及び血中のスギ花粉特異的IgEとの間に正の相関が認められたことは、Ba.fragilisグループとアレルギーとの関連を示唆する結果であった。また、BB536の摂取によりBa.fragilisグループ占有率の上昇が抑制されたことから、BB536の整腸作用を介した間接的な免疫調節作用も示唆された。

被験者における腸内細菌叢の違いが、花粉シーズン前ではなく終了時のみに確認されたことから、この違いがアレルギー発症に影響を及ぼしたのではなく、アレルギー発症の結果、健常者と異なる菌叢を有したと考えられる。しかしこれほど大きな変動を示したBa.fragilisグループは、アレルギー発症ともなんらかの関与があるのではないかと推測し、花粉シーズン前後について、このグループに関する詳細な解析を実施した。

Ba.fragilisグループはヒト腸管内に生息する最優勢菌の1グループであり、近年の分子生物学的手法の発達により、毎年新種が分離・提唱されている。そのため、以前より分類されている菌種以外については、ヒト腸管内におけるこれら各菌種の動態・分布が明らかにされていなかった。そこでヒト糞便より分離・同定された14菌種を対象に特異的プライマーを作成し、定量PCRにて解析を実施した。Ba.,fragilisグループに属する菌種はすべての被験者から少なくとも1種類以上、9割以上の被験者からは3~7種類が検出された。中でもBa.fragilisとBa.intestinalisは、花粉シーズン前から花粉症患者で有意に高い菌数を示し、試験前後における菌数が花粉症の自覚症状スコア及び花粉シーズン末期における血中スギ花粉特異的IgEレベルと有意な正の相関を示したことから、これらの菌種と花粉症発症との関連が示唆された。花粉シーズン中に自覚症状などのストレスが引き金となって増加したと考えられる菌種のなかには、この2菌種も含まれているため、アレルギー症状を重篤化させる悪循環が生じているのではないかと考えられた。BB536摂取によりこれら2菌種の増加が抑制されたことから、この悪循環が防止され、花粉症症状の軽減に繋がっているのではないかと推測された。

本研究により、プロバイオティクスであるBifidobacteriumlongumBB536の継続摂取が、花粉症症状を緩和させるのに有効であることが示された。またその作用機序としては、菌体成分の免疫細胞に対する直接的な刺激だけではなく、腸内細菌叢を安定化させ、症状の悪化を防止する間接的な機序の存在が示された。今後の更なる検討は、科学的に確かなエビデンスを有するプロバイオティクスBB536を使用した機能性食品の開発に繋がることを確信している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、スギ花粉症患者を対象とした臨床試験により、高い整腸作用を有するプロバイオティクスBifidobacteriumlongumBB536株(以下BB536)を用いた花粉症症状緩和作用を確認するとともに、その作用機序解明にむけた腸内細菌叢を解析したもので、論文は3章からなる。

第1章では、花粉飛散の少なかった2004年と、大量に飛散した2005年春のスギ花粉飛散シーズンに二重盲検並行2群比較試験を実施した結果、BB536摂取群は、プラセボ摂取群に比べて、目の自覚症状が有意に改善され、血中のIFN-γの減少および好酸球比率の上昇が抑制されたことを述べている。2005年は、プラセボ摂取群では22名中9名だったのに対し、BB536摂取群では22名中2名と有意に少なかった。また、BB536摂取群はプラセボ群と比較して、水性鼻汁、鼻閉などの自覚症状および各種分析スコアが有意に改善された。花粉飛散に伴って、Th2ケモカインであるTARC(thymus-andactivation-regulatedchemokines)は顕著に上昇したが、BB536摂取群では、有意な抑制が認められ、血中好酸球比やスギ花粉特異的IgEの上昇、IFN-γの減少も抑制される傾向を示した。

第2章では、臨床試験参加者の腸内細菌叢を解析することで、BB536摂取による間接的な免疫調節作用について検証を行った。まず、2004年の臨床試験参加者から23名の腸内細菌叢の全体像をT-RFLP(temina1-restriction丘agmentlengthpolymorphism)法により解析した。健常成人の腸内細菌叢は安定と考えられているが、花粉症患者の腸内細菌叢は花粉の飛散に伴い変動を起こすことが明らかとなった。中でもBacteroides(Ba.)fragilisグループは有意に増加しており、BB536摂取群はプラセボ群と比較し3,4月の時点でBitidobacteriumが有意に高く、Ba.fragilisグループ/Bifidobacterium比は試験期間を通じて有意に低い値を示した。そこでこれら腸内細菌のヒト末梢血単核球に対するサイトカイン産生能を比較したところ、BifidobacteriumはTh1サイトカインであるIFN-γやIL12p40、Ba.fragilisグループは炎症性サイトカインであるIL-6を多く誘導したため、Ba.fragilisグループ/Bifidobacterium比が高いほど花粉症症状が悪化すると推測された。2005年の臨床試験では、花粉症患者44名に加えて非花粉症の健常者14名についても腸内細菌叢の解析を実施した。主成分分析の結果、4月の時点でプラセボ群と健常者群の腸内細菌叢バランスが異なることが示され、プラセボ群ではBa.fragilisグループが増加していた。4月のBa.fragilisグループ菌数と、自覚症状及び血中のスギ花粉特異的IgEとの間に正の相関が認められたことから、Ba.fragilisグループとアレルギーとの関連が示唆された。また、BB536の摂取によりBa.fragilisグループ菌数の上昇は抑制された。

第3章では、Ba,fragilisグループに属する14菌種について、16SrRNA遺伝子を標的とした菌種特異的プライマーを作成し、菌種レベルでの動態を解析した。定量PCRの結果、BafragilisとBa.intestinalisは、花粉シーズン前から花粉症患者で有意に高い菌数を示し、試験前後における菌数が花粉症の自覚症状スコア及び花粉シーズン末期における血中スギ花粉特異的IgEレベルと有意な正の相関を示した2菌種は、花粉シーズン終了時には菌数を増加させてアレルギー症状を重篤化させる悪循環が生じていた。BB536摂取によるこれら2菌種の増加の抑制は、この悪循環の防止すなわち、花粉症症状の軽減に繋がっていると推測された。

以上、本研究は、BB536の継続摂取が花粉症症状を緩和させるのに有効であり、通常プロバイオティクスの作用機序として考えられている菌体成分の免疫への直接的な刺激とは別に、腸内細菌叢を安定化させ、症状の悪化を防止する新たな機序の存在を示したもので、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク