学位論文要旨



No 217257
著者(漢字) 成田,幸夫
著者(英字)
著者(カナ) ナリタ,ユキオ
標題(和) ローヤルゼリーのホルモン制御機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 217257
報告番号 乙17257
学位授与日 2009.11.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17257号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 特任教授 加藤,久典
 東京大学 特任准教授 朝倉,富土
 東京大学 特任准教授 中井,雄治
 東京大学 准教授 三坂,巧
内容要旨 要旨を表示する

ローヤルゼリー(royaljelly:RJ)はミツバチの下咽頭腺および大あご腺から分泌される乳白色のクリーム様物質で、女王蜂の成長に欠かせないものである。現在、RJは機能性食品素材として広く利用されており、血圧降下作用、コレステロール低下作用、抗炎症作用など様々な機能が確認されている。また、臨床研究においてRJによる更年期障害症状の改善が報告されており、RJがホルモン様作用、ないしはホルモン制御機能に対する作用を介して、ホルモンバランスの改善を促す機能を持つ可能性がある。本研究では、RJのホルモン様作用、ホルモン制御機能に対する作用の検証を行うとともに、そのメカニズムの解明を目的とした。

第1章では、RJのエストロゲン様作用についてinvivoでの効果を検証するため、骨代謝への影響を調べた結果を述べてある。これまでにinvitroにおいて、RJのエストロゲン受容体結合活性などが確認されている。エストロゲンの機能は多岐にわたり、骨代謝にも深く関与している。その欠乏は骨吸収を促進し、これは閉経後骨粗霧症の原因となる。

雌SAMR1マウスにRJの凍結乾燥粉末を4%含む飼料を9週間自由摂取させた。陽性対照には、17β一estradio1(E2)を週5日3pg/kg皮下投与した。その結果、RJを含まない飼料を与えた対照群と比較して、E2群及びRJ群で脛骨の骨灰分重量の増加が認められた。この効果の作用機序を調べるため、RJ、E2、対照群の大腿骨RNAを用いて網羅的な遺伝子発現変動の解析を実施した。RJ群で発現上昇した317遺伝子の約70%は、E2群においても共通して発現上昇がみられた。発現上昇した個々の遺伝子について注目すると、5つのタイプのコラーゲン遺伝子が含まれていた。このうち、ProcollagentypeI,alphal(Colla1)遺伝子は骨の主要な基質タンパク質であり、定量PCRによってもRJ群で有意に発現上昇することが確認された。したがって、RJ摂取によって骨組織の足場となるコラーゲンが増加し、そこに沈着するミネラル量が増すことにより骨灰分重量が増加したと考えられる。

マイクロアレイ解析の結果から、RJの骨に対する作用の一部はエストロゲンに類似することが推測された。そこで、マウス骨芽細胞様細胞MC3T3-Elを用いて、RJのエストロゲン様作用について検討した。MC3T3-E1細胞はE2添加により、その増殖が促進される。一方、RJを添加した場合にも細胞増殖の促進が認められた。このRJによる増殖促進作用は、エストロゲン受容体阻害剤の同時添加によって抑制された。したがって、RJはエストロゲン受容体を介して骨芽細胞に作用し、その増殖を促進すると考えられる。また、RJ添加によって培地中のコラーゲン濃度の増加も確認された。この結果は、マウス骨におけるCollal遺伝子の発現上昇とも一致する。

以上より、RJは骨芽細胞に作用し、骨形成を促進することによって骨灰分量を増加させると考えられ、骨代謝の乱れにより骨量が減少する骨粗霧症の予防、改善に役立つことが示唆された。

第2章では、これまでにinvitro試験系においてRJ中に含まれるエストロゲン受容体結合活性を示す成分が同定されていることを受け、これら成分についてinvivoにおけるエストロゲン様活性を確認するため、未成熟ラットを用いた子宮肥大試験を実施した。

雌ラットは生後20日から27日にかけて血中E2濃度が低く、子宮は未発達ながらエストロゲン受容体が発現しており、外来性のエストロゲンに高感度に反応して重量増加を起こすことが知られている。RJ及びRJの各成分10-hydroxy-trans-2-decenoicacid(10HDA)、10-hydroxydecanoicacid(10HDAA)、trans-2-decenoicacid(2DEA)、4-methylenecholesterol(24MET)1g/kgを20日齢の未成熟雌ラットの背部に3日間皮下投与した。対照群と比較して、陽性対照である17α一ethynylestradiol(17αEE2)0.1及び3μg!kg投与群では子宮重量の増加が認められたが、RJ及び各成分では子宮重量への影響はみられなかった。組織レベルでの影響を評価したところ、17ctEE23pg/kg群では子宮内膜上皮細胞の顕著な肥厚、170diE20.1pg/kg群では軽微な肥厚が観察された。一方、子宮重量の増加が認められなかったRJ及び4成分についても、子宮内膜上皮細胞の軽微な肥厚が認められた。4成分の肥厚の程度はいずれも同程度であった。

次に、遺伝子レベルでの影響を調べるため、RJ、10HDA、17αEE2、対照群の子宮RNAを用いて網羅的な遺伝子発現解析を実施した。10HDAはRJに特有の脂肪酸で、上記4成分の中ではRJ中の含有量が最も多い。17αEE2群では子宮重量の増加を裏付けるような細胞周期、細胞増殖に関連する遺伝子が多数発現変化していたが、RJ及び10HDA投与群では、変動候補遺伝子が特定のカテゴリーに分類されることはなかった。しかしながら、RJ群と17αEE2群では、共通してinsulin-1ikegroWthfactorbindingproteinl(IGFBPl)遺伝子の発現低下が認められた。IGFBP1はIGFの活性制御に関与し、その発現低下によりIGFが活性化し、これが子宮内膜上皮細胞の肥厚に働く可能性が考えられる。なお、IGFBP1はタンパク質栄養状態の悪化に伴って血中濃度および肝臓中でのmRNAが増加することが知られており、RJ投与によって栄養学的に有利な状態になった事がIGFBP1の発現低下を引き起こしたのかもしれない。

エストロゲン様作用は、有用性がある反面、強すぎればリスクにもなりうる。RJおよび4成分に関しては、高用量を皮下投与しても子宮重量の増加は認められず、子宮内膜上皮細胞の軽微な肥厚が認められるのみであった。したがって、これらの子宮に対する作用は非常に弱く、エストロゲン様作用としてのリスクは極めて低いと考えられる。

第3章では、直接的なエストロゲン様作用以外に、RJがホルモン制御機能を担う下垂体や視床下部に対して影響を及ぼすかを調べるため、加齢ラットの内分泌系機能への作用について検討した。

約11ヵ月齢の雌ラットに、RJ凍結乾燥粉末を5%含む飼料を7ヶ月間自由摂取させた。成熟雌ラットは4日ごとに発情期を示すが、老化に伴い発情周期に乱れが生じるようになる。対照群、RJ群とも発情周期数は月齢が進むにつれて低下し、RJは発情周期には影響を与えなかった。また、体重及び肝臓、脾臓、子宮、卵巣の体重あたりの組織重量にも顕著な違いは認められなかった。しかしながら、下垂体重量は対照群と比較してRJ群で有意に小さかった。

そこで、下垂体についてより詳細に検討するため下垂体から分泌されるホルモン、prolactin(PRL)、growthhormone(GH)、pro-opiomelartocortin(POMC)、thyroid-timulatinghomlone(TSHβ)、luteinizinghormone(LHβ)、fbllicle.stimulatinghormone(FSHβ)遺伝子の相対発現量を測定した。その結果、RJ群のPRLmRNAの発現量は対照群の74%であり、発現低下傾向を示した。加齢に伴う下垂体重量の増加は、PRL分泌細胞の増加に起因すると考えられている。したがって、RJは加齢に伴うPRL分泌細胞の増加を抑え、これにより下垂体重量の増加が抑制されたと推察される。また、TSHβmRNAは対照群と比較して、RJ群では1.4倍の発現上昇を示した。TSHは甲状腺に作用し、甲状腺ホルモンの分泌を促す。甲状腺機能の低下により視床下部からのCorticotropin-releasinghorrnone(CRH)分泌が亢進するとの報告がある。そこで、間脳CRH遺伝子の発現解析を行ったところ、若いラットと比較して加齢ラットではCRHmRNAの発現上昇が認められた。一方、対照群に対してRJ群ではCRHの発現抑制が認められ、RJによる甲状腺機能の低下抑制作用が示唆された。なお、下垂体GH、POMC、LHβ、FSHβmRNAについては群間で顕著な差はみられなかった。一方、血清中PRL及び甲状腺ホルモンT4(thyroxine)濃度については、RJ摂取による明確な影響はみられなかった。このmRNAと血清タンパク質との結果の乖離は、転写後調節や分泌の制御、血液採取のタイミングなどによるものと考えられる。

下垂体重量や遺伝子発現の変化から、RJが下垂体及び甲状腺の加齢に伴う機能低下を抑制する可能性が示唆された。

以上を要するに本研究において、RJの骨形成促進作用、下垂体・甲状腺の機能低下抑制作用が示唆された。すなわち、RJはホルモン制御系の維持機能を有する可能性がある。また、子宮に対するRJのエストロゲン様作用は限定的で、リスクは極めて低いと考えられた。したがって、高齢化社会を迎えた日本において、RJはより多くの人々の健康維持、QOLの向上に貢献するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

ローヤルゼリー(royaljelly:RJ)はミツバチの下咽頭腺及び大あご腺から分泌される乳白色のクリーム様物質で、女王蜂の成長に欠かせないものである。これまでに様々なRJの機能性が確認されており、すでに機能性食品素材として広く利用されている。また、臨床研究においてRJ摂取による更年期障害症状の改善が報告されており、RJはホルモンバランスの改善を促す機能を持つ可能性がある。本研究では、RJのホルモン様作用、ホルモン制御機能に対する作用の検証を行うとともに、そのメカニズムの解明を目的とした。

第1章の研究では、RJのエストロゲン様作用について、invivoでの効果を検証するため、骨代謝への影響を調べた。雌マウスにRJ混餌飼料を摂取させたところ、対照群と比較して、RJ投与群で脛骨の骨灰分重量の増加が認められた。大腿骨を用いた網羅的な遺伝子発現解析の結果、RJ投与群で発現上昇した317遺伝子の約70%について、陽性対照である17β-estradiol(E2)投与群においても発現上昇が認められた。骨の主要な基質タンパク質であるprocollagentypeI,alpha1遺伝子はRJ投与群で有意に発現上昇していた。また、マウス骨芽細胞様細胞MC3T3-E1を用いた試験では、RJ添加により細胞増殖の促進が認められ、この効果はestrogenreceptor(ER)阻害剤の添加によって消失した。以上より、RrはERを介して骨芽細胞の増殖を促進し、骨基質となるコラーゲンの産生を増やすことによって骨灰分重量を増加させることが示唆された。したがって、RJは骨代謝の乱れにより骨量が減少する骨粗霧症の予防、改善に役立つと期待される。

第2章では、これまでにinvitroにおいてエストロゲン様活性が確認されているRJ成分10-hydroxy-trans-2-decenoicacid(10HDA)、10-hydroxydecanoicacid(10HDAA)、trans-2-decenoicacid(2DEA)、4-methylenecholesterol(4MET)及びRJについて、invivoにおけるエストロゲン様活性を確認するため、未成熟ラットを用いた子宮肥大試験を実施した経緯を述べている。対照群と比較して、陽性対照である17α一ethynylestradio1(17αEE2)投与群で子宮重量の増加が認められたが、RJ及び4成分では子宮重量への影響はみられなかった。しかし組織レベルでの観察においては、RJ及び4成分による子宮内膜上皮細胞の軽微な肥厚が認められた。子宮の網羅的な遺伝子発現解析の結果、17αEE2投与群では子宮重量の増加を裏付けるような細胞周期、細胞増殖に関連する遺伝子が多数発現変化していたが、RJ及び10HDA投与群ではそのような傾向は見られず、エストロゲン作用の明確な証は得られなかったeしかしながら、RJ投与群ではinsUlin-likegroWthfactorbindingprotein1(IGFBP-1)mRNAの発現抑制が認められ、これが子宮内膜上皮の肥厚に関与することが示唆された。以上より、RJ及びその4成分の子宮に対する作用は非常に弱く、食品の安全性の観点からいえば、RJのエストロゲン様作用によるリスクは極めて低いと考えられた。

第3章では、直接的なエストロゲン様作用以外に、RJがホルモン制御機能を担う下垂体や視床下部に対して影響を及ぼすかを調べるため、加齢雌ラットにRJを長期間摂取させる試験を実施した結果を記している。内分泌系機能のひとつの指標として発情周期への影響を調べたが、加齢による発情周期の減少に対してRJの影響は認められなかった。一方、RJ投与群では下垂体重量が対照群と比較して有意に小さかった。下垂体は加齢に伴ってprolactin(PRL)分泌細胞が増加することにより重量増加を示すと報告されている。RJ投与群の下垂体PRLmRNAの発現量は対照群の74%であり、RJは加齢に伴うPRL分泌細胞の増加を抑制し、これによって下垂体重量の増加が抑制されたと推察された。また、RJ投与群において甲状腺機能に関与する下垂体thyroid-stimulatinghormoneβ(TSHβ)mRNA及び間脳corticotropin-releasinghormone(CRH)mRNAの発現変化が認められたことから、RJの甲状腺機能の低下抑制作用が示唆された。以上より、RJはホルモン制御系の維持機能を有する可能性がある。

以上、本研究は健康基礎食品としてのRJの機能性をホルモン制御の視点から解析したものであり、学術的・応用的意義は大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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