学位論文要旨



No 217258
著者(漢字) 板屋,寛
著者(英字)
著者(カナ) イタヤ,ヒロシ
標題(和) コリネ型細菌における異種タンパク質分泌生産に関する基盤研究及びその応用
標題(洋)
報告番号 217258
報告番号 乙17258
学位授与日 2009.11.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17258号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 西山,賢一
内容要旨 要旨を表示する

これまで有用タンパク質の生産系として、Escherichiacoli、Bacillus等の原核生物、酵母、糸状菌等の真核生物、昆虫細胞、動物細胞等の高等真核生物、無細胞合成系や生物体そのものの利用など、現在までに様々な生産系が開発されてきており、目的に応じて各発現系が選択されている。一方で産業利用に関しては生産量とコスト面を考慮すると、一般的には微生物を用いたタンパク質生産系が好ましいと考えられており、更にはダウンストリームプロセスまで考慮に入れると、培地中に目的タンパク質を分泌生産させる系が望ましいと考えられている。しかしながら、実用化レベルに達している異種タンパク質分泌系は、いずれも未だ、全ての異種タンパク質を効率よく生産できる汎用的な系としては確立されておらず、産業的に効率的な生産方法が望まれていながら既存の系では生産できないタンパク質も数多く存在する。そこで本研究は、従来よりアミノ酸発酵に用いてきたCorynebaeteriumglutamicumATCC13869株を用いた新規タンパク質分泌生産系を、より効率的で汎用的な系へと発展させていく事を目的として検討を行った。

第1章では、序論として、分泌生産させる放線菌Streptomycesmobaraensis由来のトランスグルタミナーゼ(MTGase)、並びに原核生物におけるタンパク質輸送系について述べた。トランスグルタミナーゼは、タンパク質中のGln残基とLys残基との間にε-(γ-Glu)-Lys架橋を形成させる酵素であり、これまで食品産業においてタンパク質改変用途で多方面に利用されている一方で、今後は更にファインケミカル分野等、幅広い分野での産業利用が期待されている。現在、MTGaseの商業生産はMTGaseの由来菌株であるS.mobaraensisにて行われているが、より効率的な生産方法が望まれている。

原核生物におけるは、最も一般的なタンパク質の膜輸送系としてSec系輸送経路が存在しており、E.coliやC.glutamicumのみならず高等動物まで広く進化的に保存されている。これまでに、このSec系を用いて様々な産業用酵素・タンパク質が生産されている。このSec系分泌経路の特徴は、細胞内で立体構造をとらない"unfold"な状態の新生ポリペプチド鎖が、細胞膜上ないしは細胞内に存在する専用の装置(SecYEG及びSecA,SecDFなど)を介してATPの分解エネルギー依存的に膜輸送される事にあり、Sec系により膜透過した新生ポリペプチド鎖は、膜輸送後に然るべき立体構造を形成して"fold"したタンパク質となる。ところが、近年になって新しい分泌経路であるTwin Arginine Translocationpathway(Tat系)が、植物細胞の葉緑体のチラコイド膜輸送において見出された。このTat系はSec系とは異なり、細胞内で予め"fold"された分泌タンパク質がそのまま細胞膜を透過する事、及びプロトン濃度勾配のエネルギーを利用する点を最大の特徴としている。Tat系には、Sec系とは異なる専用の分泌装置が必要であるが、その構成については生物種によって多様性に富んでおり、例えばE.coliでは、膜タンパク質であるTatA、TatBそしてTatCがTat系の機能発現に必須であるとされている。一方、C.glutamicumにおけるTat系についての解析はこれまで報告されていない。

第2章では、C.glutamicumATCC13869株以外の他のコリネ型細菌におけるSec系輸送経路を用いたタンパク質分泌能を調べた。プロ配列部分を含むプロMTGaseの分泌能を指標として調査した結果、ほとんど全てのコリネ型細菌において効率的なプロMTGaseの分泌生産が可能である事を見出し、様々なコリネ型細菌が異種タンパク質分泌能に優れている事を明らかにした。また、用いるシグナルペプチドの違いにより各コリネ型細菌のプロMTGase分泌量に違いが見られた。その中でも、特にC.ammoniagenesATCC6872株のプロMTGase分泌能が最も高く、ジャーファーメンターを用いた培養にて培養71時間で約2.5g/LのプロMTGase分泌量となる事を確認し、工業スケールのタンパク質生産における有望な宿主となりうる事を示した。

第3章では、C.glutamicumにおけるTat系輸送経路についての解析を実施した。C.glutamicumのゲノム配列を調べた結果、tatA遺伝子,tatB遺伝子とtatC遺伝子に加えてtatE遺伝子が見出されたが、これまでtatE遺伝子ホモログはグラム陰性腸内細菌のゲノム中でしか見つかっていない。C.glutamicumのTat系が機能しているかを評価する為に、C.glutamieumATCC13869株のtatA、tatB、tatC及びtatE遺伝子をクローニングし、各々のtat遺伝子の単独欠損株及びtatAとtatEの2重欠損株を構築した。さらにE.coliのTorA(トリメチルアミン-N-オキシド還元酵素)タンパク質由来のTat系シグナルペプチドと融合させたGFPを用いる事によって、Tat系輸送経路が機能する為にはTatAとTatCが必須である事、そしてTatAとTatEは機能的に重複している事を明らかにした。C.glutamicumのTatAのC末端には特徴的なグルタミン残基クラスターが存在するが、TatAの機能にはこのグルタミン残基クラスターは必要でない事を示した。また、グラム陰性細菌のTatBとは異なり、C.glutamicumのTatBは必須ではないが、Tat系を用いた最も効率の良いタンパク質分泌には必要である事を見出した。一方、Arthrobacter globiformis由来イソマルトデキストラナーゼ(IMD)のシグナルペプチドには、Tat系シグナルペプチドに共通の典型的な"Arg-Arg"モチーフが含まれるているが、自身のIMDシグナルペプチドを持つIMDおよび、このIMDシグナルペプチドと融合させたプロMTGaseとGFPの全てがC.glutamicumのTat系輸送経路にて分泌される事を示した。これらから、C.glutamicumにおけるTat系輸送経路の存在を明らかにし、異種タンパク質の工業生産にC.glutamicumのTat系が利用出来る可能性について示した。

第4章では、グラム陰性細菌Chryseobacterium proteolyticum由来のプロテイングルタミナーゼ(PG)のC.glutamicumにおける分泌生産を検討した。PGは、不溶性の小麦グルテンを含む多くの基質タンパク質中のグルタミン残基の脱アミド化が可能であり、食品産業において潜在的な利用可能性があるが、Chryseobacterium proteolyticum自身のPG分泌生産量は非常に少なく、工業生産する上での大きなネックとなっている。そこで、C.glutamicumにおいて、プロ配列部分を含むPG生産の可能性について評価を行った。まず、PG自身のシグナルペプチドを用いてSec系にて生産を試みたところ、PGの分泌生産は見られなかった。一方、シグナルペプチドをTat系依存シグナルペプチドに置換して、Tat系にて生産を試みたところ、プロPGの効率的な分泌生産に成功した。また、これまで主にSec系の宿主として用いてきたC.glutamicum ATCC13869株由来の高分泌変異株YDKO10株から野生株に変更する事でプロPGの蓄積量は183mg/Lに達した。更に放線菌S.albogriseolus由来サチライシン様セリンプロテアーゼであるSAM-P45によってプロPGのプロ配列部分を切断する事により、プロPGを活性型PGに転換する事に成功した。以上により、Sec系など他の輸送経路では分泌されないタンパク質を工業スケールで生産させる方法として、C.glutamicumのTat系輸送経路の利用が有効である事を初めて示した。

第5章では、C.glutamicumにおける各tat遺伝子の過剰発現の効果について検討を行った。プロPGを用いた検討の結果、TatCもしくはTatACを過剰発現させるとプロPGの分泌量が3倍以上になり、TatABCを過剰発現させると10倍以上のプロPG分泌量になる事を発見した。この結果により、C.glutamicumにおけるTat系依存性タンパク質の分泌発現においては、Tatc量が最初のボトルネックでTatB量が2番目のボトルネックである事を示していると考えられた。加えて、C.glutamicumにおいてTorAシグナルペプチドを用いてTat系輸送経路にて分泌されたプロMTGaseの分泌量はTatABCを過剰発現させる事により、Sec系輸送経路での分泌生産時を上回る高い分泌量となる事を見出した。これらから、TatABCを過剰発現させる事によりTat系輸送経路を利用した異種タンパク質の分泌効率を大幅に改善できる事を明らかにした。

第6章では本研究結果を総合的に考察した。本研究において、Corynebacterium属細菌が全般的に高いプロMTGase分泌能を有し、Corynebaeterium属細菌が異種タンパク質分泌の宿主として有用である事を見出し、中でもC.ammoniagenesATCC6872が今後の有望な宿主となりうる事を見出した。また、C.glutamicumにおけるTat系が機能している事を明らかにし、その最小機能単位はTatAとTatCであるが、最大機能の発現にはTatBも必要である事を明らかにした。更に、Tat系を用いる事によってSec系では分泌されないGFP,プロPGの分泌発現に成功し、Tat系をC.glutamicumのタンパク質生産に応用できることを初めて明らかにした。そして、TatABCの増幅によりプロPG及びプロMTGaseの高分泌化に成功し、Tat系を用いた異種タンパク質発現では、分泌装置が律速因子となる事を見出した。これらの知見は、今後のC.glutamicumを用いた工業的なタンパク質分泌生産への応用が大いに期待される。

審査要旨 要旨を表示する

様々な生産系によって有用タンパク質の生産が試みられているが、生産母とコストを考慮すると微生物を用いた分泌生産系が好ましいと考えられている。一方、これまでに実用化レベルに達している異種タンパク質分泌系では生産できない有用タンパク質も数多く存在する。本研究は、産業的に利用されているCorynebacterium属細菌に着目し、新しい有用タンパク質分泌系の宿主としての可能性を検討したものであり、6章よりなる。

第1章は序論であり、各種の有用蛋白質生産系、Corynebacterium属細菌の性質と産業利用、本研究で分泌生産を試みるトランスグタミナーゼ、並びに原核生物のタンパク質分泌系であるSec輸送系とTat輸送系の概略が述べられている。Tat輸送系は、シグナルペプチドのアミノ末端領域にアルギニン残基が2個連続していることが特徴であり、そのため、Twinargininetranslocationpathway(Tat輸送系)と呼ばれる。Tat輸送系は、Sec輸送系とは異なり、細胞内で高次構造を形成したタンパク質を分泌することが特徴である。

第2章では、放線菌Streptomyces mobaraensisのトランスグルタミナーゼをCorynebactenriumのSec輸送系で分泌生産させることを検討した。トランスグルタミナーゼは、食品の物性・風味の改善、肉の結着やゲル化食品など、食品産業において利用されている。S.mobaraensisを用いてトランスグルタミナーゼの商業生産が行われているが、より効率的な方法が望まれている。プロ配列部分を含むプロトランスグルタミナーゼを、コリネ型細菌のSec系によって分泌生産させた結果、ほとんどのコリネ型細菌が効率良くプロトランスグルタミナーゼを分泌生産する事を見出した。中でも、C.ammoniagenes.ATCC6872株の分泌能が最も高く、ジャーファーメンターを用いた培養によって、71時間の培養で約2.5g/Lのプロトランスグルタミナーゼが分泌生産され、工業スケールのタンパク質生産における有望な宿主となりうる事が示された。

第3章では、C・glutamicumにおけるTat輸送系の機能を解析し、有用タンパク質生産に利用する可能性について検討した。C.gtutamicumのTat系遺伝子群は、tatA、tatB,tatCに加えてtatEを含む。これまでにTatEホモログはグラム陰性腸内細菌のゲノム中でしか見つかっていない。C.glutamicumATCC13869株のtat遺伝子欠損株を構築し、EscherichiaeoliのトリメチルアミンーN-オキシド還元酵素(TorA)タンパク質に由来するTat輸送系シグナルペプチドと融合させたGFPを用いて解析した結果・Tat経路が機能する最小構成単位としてはTatAとTatCが必須である事、TatBは活性を促進すること、TatAとTatEは機能的に重複している事を明らかにした。また、CglutamicumのTatAのC末端には特徴的なグルタミン残基クラスターが存在するが、機能には必要ない事が示された。一方、Tat輸送系で分泌されると考えられるArthrobacter globiformisのイソマルトデキストラナーゼや、このシグナルペプチドと融合させたプロトランスグルタミナーゼ並びにGFPがC.glutamicumのTat輸送系で分泌される事を示した。これらの結果から、高次構造を形成した異種タンパク質の工業生産にC.glutamicumのTat輸送系が適用出来ることが示された。

第4章では、C.glutamicumのTat輸送系を用いて工業スケールでの異種タンパク質生産が可能である事を示した。グラム陰性細菌Chryseobacterium proteolyticumによって分泌されるプロテイングルタミナーゼ(PG)は、不溶性の小麦グルテンを含む多くの基質タンパク質中のグルタミン残基の脱アミド化が可能であるため、食品産業において潜在的な利用の可能性がある。そこで、C.glutamicumにおいて、プロ配列部分を含むPGの分泌生産について検討した。PG自身のSec輸送系シグナルペプチドを用いて生産を試みたが、PGは分泌されなかった。一方、Sec輸送系のシグナルペプチドを様々なバクテリア由来のTat輸送系シグナルペプチドに置換したところ、プロPGの効率的な分泌生産に成功した。また、宿主を検討することにより、プロPGの分泌生産量は183mg/Lに達した。更に放線菌S.albogriseolus由来サチライシン様セリンプロテアーゼであるSAM-P45によってプロPGのプロ配列部分を切断する事により、プロPGを活性型PGに転換する事に成功した。これらの結果は、Sec輸送系では分泌されないタンパク質を工業スケールで生産させる方法として、C.glutamicumのTat経路が有望であることを示している。

第5章では、C.glutamicumにおいてTatABCを過剰発現させる事により異種タンパク質の分泌効率を大幅に改善できる事を明らかにした。Chryseobacterium proteolyticum由来プロPGはTatABCの過剰発現により、10倍以上の分泌量になる事を明らかにした。さらに、TorAシグナルペプチドによるプロトランスグルタミナーゼの分泌は、TatABCを過剰発現させると、Sec輸送系を上回る高い分泌轍となる事を見出した。

第6章は以上の研究を総合的に考察したものであり、産業的に利用されているCorynebacterium属細菌が有用タンパク質の分泌生産の宿主として優れていることを考察している。

以上本論文は、Corynebacterium属細菌が有用タンパク質分泌生産系に優れた宿主となりうることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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