学位論文要旨



No 217262
著者(漢字) 吉田,和司
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,カズシ
標題(和) 梁離散化モデルを用いた紙葉類の変形挙動解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 217262
報告番号 乙17262
学位授与日 2009.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17262号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 樋口,健
内容要旨 要旨を表示する

現在、各種のプリンタや複写機などのOA機器、あるいは自動現金取引装置や各種発券機などの自動化機器は日常生活に必要不可欠なものとなっている。これらの装置ではいずれも紙葉類を取扱っているが、紙葉類はその材質・剛性・雰囲気条件等で挙動が大きく異なるため、開発担当者は装置の信頼性向上に苦労している。一方、これらの装置では、更なる高信頼化はもちろん、低コスト化や開発期間の短縮が重要な課題となっており、従来の実験的手法による技術開発に加え力学に基づいた普遍的な解析的手法による技術開発が必要となっている。

本研究は、特に紙葉類を対象とした簡易的な解析モデルと変形解析手法を考案し、これを紙葉類取扱い装置の設計開発手法の一つとして適用することを目的としたものである。具体的には、(1)紙葉類取扱い装置における搬送路を構成するガイドの形状適正化を目的とした紙葉類搬送路の設計開発手法、(2)集積される紙葉類同士の衝突によって発生するジャムを防止する紙葉類集積機構の設計開発手法、の2つの手法について検討したものである。

○紙葉類搬送路の設計開発手法に関する研究内容

紙葉類を取扱う装置における紙葉類の搬送路では、紙葉類が搬送される際に発生する滞留やジャムを防ぐために搬送路を構成するガイドの形状を適正化する必要がある。このガイド形状の適正化を行う「紙葉類搬送路の設計開発手法」を確立するため、最初に、紙葉類の静的な変形解析手法の構築について検討した。

実用的な紙葉類の変形解析を行うためには、紙葉類の特徴である折れぐせやカール(湾曲)といった初期状態での変形を考慮する必要がある。このため、まず初期たわみを有する梁の検討を行い、変形前は梁の軸に直交する断面は、変形後は必ずしも直交しないという仮定に基づいて、引張り、せん断、曲げの釣り合い式を導出した。釣り合い式は、仮想仕事の原理とポテンシャルエネルギー極小の原理から導出し、これら二つの原理から導出される釣り合い方程式と境界条件が一致することを確認した。

次に、棒要素と、軸方向の剛性を表す引張ばね、曲げ剛性を表す回転ばね、およびせん断剛性を表す軸と直交方向の引張ばねの三種類のばねから構成される梁離散化モデルを導出し、先に導出されたポテンシャルエネルギーと釣り合い式を基に、梁離散化モデルにおけるポテンシャルエネルギーと釣り合い式を導出した。また、紙葉類の端部の角度や変位が拘束されたり、紙葉類の変形がガイド等に接触して制限される場合について、ガイド形状を表す関数やラグランジェの未定定数を追加したポテンシャルエネルギーを用いて静的変形解析手法の定式化を行った。この解析手法の特長点は、紙葉類とガイドとの接触力や位置の拘束により発生する拘束力を解析的に求めることができる点である。

さらに、上述の静的変形解析手法の妥当性について検討した。まず、梁離散化モデルと静的変形解析手法による計算結果とエラスチカ理論による計算結果を比較した。その結果、提案した静的変形解析手法による計算結果は、エラスチカの理論による計算結果とよく一致し、エラスチカのような大変形解析にも適用可能であることがわかった。また、紙葉類の端部を拘束した場合の拘束力や、紙葉類とガイドとが接触した場合の接触力についても実験を行い計算結果と比較検討した。その結果、拘束力や接触力も計算結果と実験結果とはよく一致し、提案した静的変形解析手法で紙葉類の変形形状や拘束力、接触力の計算を行うことが可能であることがわかった。なお、モデル化の際には、紙葉類の種類によってせん断変形を考慮する必要があることがわかった。すなわち、紙葉類の端部が拘束された座屈のような変形の場合、プラスチックフィルムでは端部に作用する拘束力の実験値は紙葉類の長さの2乗に反比例して増加するのに対し、いわゆる紙では単純に長さの2乗に反比例しない。計算結果と実験結果は、紙のせん断変形を考慮し、かつ、紙の横弾性係数の値を非常に小さくした場合によく一致することがわかった。

以上の結果から、紙葉類が搬送中に受ける摩擦抵抗力は、計算で求められる接触力の値に紙葉類とガイド間の摩擦係数を掛け合わせることで事前に推定することが可能となった。

上述の静的解析手法を利用して、搬送される紙葉類の滞留やジャムの推定方法を考案した。これは、ある長さLの紙葉類の条件において、上述の方法によって算出した摩擦による搬送抵抗力と、長さLの条件で求められた紙葉類の先端部の接触点を先端部の拘束位置として、それよりわずかに紙葉類の長さが長いL+ΔLの紙葉類の変形解析を行って得られる紙葉類先端部の拘束力から算出される先端部が進行しようとする力の大小を比較することで滞留やジャムを推定する方法である。

この滞留やジャムの推定方法を、ロール紙を取扱うプリンタの搬送路におけるガイド形状の適正化検討に適用した。これは、ロール紙繰出し部近傍の搬送路における上下のガイド間の空間が広い場合と狭い場合の二つの条件下で、上述した推定方法を用いて先端部にカールがあるロール紙の滞留を検討し、望ましいガイドの形状を定めた事例である。この事例では、上下ガイド間の空間が広いガイド形状の場合にはロール紙先端部が滞留するが、上下ガイド間の空間が狭いガイド形状場合には滞留が見られなかった。したがって、ガイド形状としては上下ガイド間が狭い方が良いことがわかった。

このように、ここで提案した静的変形解析手法や紙葉類の滞留・ジャム推定方法によって、紙葉類搬送路を構成するガイド形状の適正化を図ることが可能となった。

○紙葉類集積機構の設計開発手法に関する研究内容

現金自動取引装置や郵便区分機のように、高速で紙葉類が集積される集積機構では、集積される紙葉類同士の衝突によってジャムが発生する場合がある。これを防止するためには、集積される紙葉類の後端部の変形挙動(落下挙動)を把握し、先行する紙葉類の後端部が後続の紙葉類の先端部と衝突しない集積時間間隔を設ける必要がある。

この「紙葉類集積部の設計開発手法」を確立するために、先の梁離散化モデルと同様な導出方法で、離散化された梁とその運動エネルギと歪エネルギにより表されるラグランジュ関数とハミルトンの原理を用いて梁離散化モデルの運動方程式を導出した。さらにこの梁離散化モデルを基にした集中質量と曲げ剛性を表す回転ばねから構成される紙葉類の梁離散化モデルを用い、この梁離散化モデルに関するポテンシャルエネルギーと運動エネルギーで表されるラグランジュ関数から、ハミルトンの原理を用いて運動方程式と拘束条件を導き、紙葉類の動的な変形挙動解析を行う計算手法を構築した。そして、この紙葉類の動的変形解析手法によって得られる動的な変形挙動の計算結果と実験結果を比較することにより、本手法の妥当性を検討した。

妥当性検討は、紙葉類が滑らかな面に集積される場合の変形挙動の計算結果と実験結果を比較することで行った。その結果、集積される紙葉類の変形形状、およびこの時の紙葉類先端部の水平方向位置、紙葉類後端部水平方向位置、垂直方向位置の計算結果と実験結果はよく一致することがわかった。ただし、先端部の垂直方向位置は、空気による揚力の影響を考慮していないため幾分誤差がある。しかし、後端部の挙動の計算結果と実験結果がよく一致することから、本解析手法を用いることで集積される紙葉類の後端部の挙動を予測することが可能となり、紙葉類同士の衝突によって発生するジャムを防ぐために必要な集積時間間隔の設計を行うことが可能となった。

具体的には本解析を用いた考察から、紙葉類の後端部は先端部から発生する変形が進行して後端部へ到達した後から落下し始めるといった知見が得られた。またこの時の後端部の持ち上げ量の大小は紙葉類の後端部の落下挙動の速度には大きく影響しない知見を得た。そしてこの知見を郵便区分機の集積機構の設計へ適用し、郵便物同士の衝突によるジャムが発生しない集積機構を実現した。

審査要旨 要旨を表示する

工学修士吉田和司提出の論文は、「梁離散化モデルを用いた紙葉類の変形挙動解析に関する研究」と題し、6章と付録からなっている。

現在、各種のプリンターや複写機などのOA機器、あるいは自動現金取引装置や各種発券機などの紙葉類を取扱う装置では、紙葉類の材質・剛性、雰囲気条件等で、その挙動が大きく異なるため、装置の確実な作動を保証することが設計上の大きな課題である,また、これらの装置では、低コスト化や開発期間の短縮が重要な課題となっており、従来の実験的手法による技術開発に加え、力学的考察に基いた高精度の解析手法による技術開発が必要となっている。

本論文は、紙葉類を対象とした簡便な解析モデルと変形解析手法を考案し、これらを紙葉類取扱い装置の設計開発に適用することを目的としている。具体的には、(1)紙葉類取扱い装置において、搬送路を構成するガイドの形状適正化を目的とした紙葉類搬送路の設計開発手法、(2)集積される紙葉類同士の衝突によって発生するジャムを防止する紙葉類集積機構の設計開発手法、の2つの手法について詳細に検討したものである。

第1章は緒論であり、紙葉類取扱い装置の設計における課題を述べ、紙葉類を取扱うための機構および紙葉類の変形解析手法に関する従来の研究をまとめている。その上で,本論文の目的と意義を明らかにしている。

第2章では、紙葉類の搬送路の設計開発手法を確立するために、まず紙葉類の静的な変形解析手法を構築している。紙葉類の実用的な変形解析を行うためには、紙葉類の特徴である折れぐせやカールといった、初期変形を考慮する必要がある。このため、初期たわみを持つ梁について、ポテンシャルエネルギーを求め、エネルギー原理から釣り合い式を導出している。次に、棒要素と、軸方向の剛性を表す引張ばね、曲げ剛性を表す回転ばね、およびせん断剛性を表す軸と直交方向の引張ばね、の三種類のばねから構成される梁離散化モデルを導入し、先に求めたポテンシャルエネルギーと釣り合い式を基に、このモデルにおけるポテンシャルエネルギーと釣り合い式を導出している。次に、紙葉類の端部が、ガイド等に接触して角度や変位が拘束される場合について、ガイド形状を関数で表わし、ラグランジュの未定定数を付加したエネルギー原理を用いて、静的変形解析の定式化を行っている。

第3章では、前章で導いた梁離散化モデルによる静的変形解析手法の妥当性を検証するため、まず片持ち梁および両端単純支持梁の大変形問題について、梁離散化モデルによる解析結果をエラスティカ理論による結果と比較し、良い一致を示すことを確認している。さらに、実験を行い、紙葉類の端部を拘束した場合の拘束力や、紙葉類とガイドとが接触した場合の接触力を求め、それらが梁離散化モデルによる計算結果と良く一致することも確かめている。また、計算結果と実験結果は、紙のせん断変形を考慮し、かつ、厚さ方向の弾性係数を小さく見積もると、より良く一致することを見出している。

第4章では、前章までに示した静的解析手法を利用して、紙葉類の挙動についての数値計算例を示すとともに、紙葉類取扱い装置への具体的な応用例として、搬送される紙葉類の滞留やジャムの予測方法を考案している。さらに、この予測方法を、ロール紙を取扱うプリンターの、搬送路におけるガイド形状の適正化検討に適用し、望ましいガイドの形状を定めることに成功している。

第5章では、提案したばねと棒要素からなる梁離散化モデルを、紙葉類の動的問題に拡張するため、このモデルを基に、集中質量と曲げ剛性を表す回転ばねから構成される新たな梁離散化モデルを提案している。これを用い、紙葉類が滑らかな面に集積される場合の動的な変形挙動について、数値解析結果と実験結果を比較し、集積される紙葉類の変形形状、および紙葉類先端部の水平方向位置、紙葉類後端部の水平方向位置、垂直方向位置の予測結果と実験結果が良く一致することを確かめている。これにより、紙葉類同士の衝突によって発生するジャムを防ぐために必要な、集積時間の間隔を決定することが可能になり、この結果を実際に郵便区分機の設計に適用し、郵便物同士の衝突によるジャムの発生がない集積機構を実現している。

第6章は結論であり、本論文で得られた成果を総括している。

以上要するに、本論文は、紙葉類取扱い装置の開発において不可欠な、紙葉類の挙動予測のための扱い易く、かつ信頼性の高い挙動解析手法を提案し、その実用性を示したもので、この手法は柔軟な板状構造などの挙動予測にも幅広く応用可能であり、従って、軽量構造力学、宇宙構造工学に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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