学位論文要旨



No 217264
著者(漢字) 中野,宏幸
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,ヒロユキ
標題(和) 地域交通戦略のガバナンス構造に関する研究 : 規制緩和・民営化の下における「新たなガバナンス・フレームワーク」の導出
標題(洋)
報告番号 217264
報告番号 乙17264
学位授与日 2009.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17264号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 准教授 堀田,昌英
 東京大学 准教授 加藤,浩徳
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景及び問題意識

少子・高齢化や人口減少、産業構造の変化、中心商店街の衰退、地球温暖化をはじめとする環境問題など、我が国の都市・地域交通を巡る状況は、大きな転換期を迎えている。こうした中、都市部における道路渋滞によるバス走行環境の悪化、地方部での不採算路線廃止による交通空白地帯の出現など、公共交通の諸問題が深刻化しており、住民の移動手段の確保が重要な課題となっている。

地域公共交通については、規制緩和や民営化が進展しているが、本論文では、こうした環境下で、「目指す「公益」の実現に向けた道筋をどう発見し、実現・展開していくのか」「政府・地方自治体・事業者など、位置づけと役割の異なるプレーヤーは、『公益の実現』に対し、どのような役割を果たすべきか」といった問題意識に立っている。規制構造は事後規制へと変化したが、経済活動の自由化は、必ずしもコミュニティにとっての公益の実現を保証せず、経済を構成する各主体が、担うべき役割を自覚しつつ、公益の実現を目指す「ソフトなマネジメントの仕組み」が求められている。

英国では、我が国とは異なる制度の下で、制度改革を含めて大きな社会実験ともいえる取組みを行っているが、「ガバナンス構造の特徴」を観察事象としてとらえつつ、英国のアプローチにつき、因果関係分析を行ったものである。

2.研究のアプローチと分析評価手法

本研究は、交通政策を「ガバナンス」という仕組みの面からとらえている。英国と我が国では、輸送・政策動向など、多くの類似点があり、ともに、輸送動向やサービス状況の変化が「ガバナンス構造及びその変化」と密接な関係がある。

アプローチとしては、公共的課題に対応するための主体間連携の仕組みづくりのあり方につき、「政策効果の発現」との因果関係を示す研究命題を設定するとともに、この分析に資するツールとして、「3つのファクター」(行政の機能的・地域的分化の度合(Fragmentation)、行政の地方分権化の度合(De-Centralization)、市場原理の導入等を通じた行政の関与限定・縮小の度合(Privatization))を設定した。分析に当たっては、(1)サッチャー政権下で民営化等の施策が本格稼動した1980年代後半、(2)行政改革や民営化の進行に伴って3つの動きが進行した1990年代前半、(3)労働党政権の下で方向転換が図られた1990年代後半以降、の状況を対比させた。そして、第1部において、英国の地域交通戦略のガバナンスの特徴やその成果を整理することにより、規制緩和と民営化が進む中で、地域交通に必要な「新たなガバナンス・フレームワークの構成要素」等を抽出し、第2部では、第1部の分析結果を解釈して、我が国への示唆を述べるとともに、今後の展開に関するポイントとなる事項に言及した。

なお、本論文での検証範囲は、ロンドンや大都市圏、一部のイングランド地域であり、さらに分析を深化させていくためには、大都市圏以外のイングランド地域のバス事業の状況と取組みに関するさらなる調査が期待される。また、本論文で設定した研究命題は、ガバナンスの基本構成要素として、主要な枠組みを提示したものであるため、これらの要素を構成する因子の分解と、政策成果との関連性について、さらなる因果関係の分析が望まれる。

3.英国の地域交通戦略のガバナンス構造分析のアウトプット

「新たなガバナンス・フレームワーク」は、(1)関係主体での公益の定義づけとそのコレクティブ化:政府・基礎自治体・事業者の各主体において、それぞれ主体的に目指す公益」を定義し、住民対話等を通じて、「コレクティブ」化(集合化)し、共有できるものとしていくこと、(2)パートナーシップの形成と関係主体間の合理的ネットワークの存在:一定のアウトカムの下に、パートナーシップが構築されるとともに、戦略の策定・推進主体、サービスの提供主体、住民との間で、戦略推進、サービス提供・アカウンタビリティのフレームワークを構築すること、(3)中核的主体とパートナーシップ等関係主体との力学関係の存在:基礎自治体等をハブとして、パートナーシップ形成とあいまって、求心的・牽引的力学関係が機能発揮していくこと、といった要素から構成される。

こうしたフレームワークを実効あるものとするための「関係主体間のコラボラティブ・プラットフォーム」としては、(1)主体間で緊張関係の働く仕組み:競争力強化や魅力度向上のため、主体的に考える仕組みや「顧客主義」的考え方の浸透、(2)公共交通事業者のマネジメント・システムの強化:地域に対する継続的かつ定期的なコミュニケーション機会の確保、客観的かつ説得力のあるデータと説明、(3)リージョン・レベルにおける戦略機能の補完:「地域の競争力や魅力」発揮のためのリーダーシップ、といった取組みが重要となる。

4.我が国への示唆等

我が国へのインプリケーションとしては、(1)地方自治体レベルでの取組みとして、魅力づくりのための自治体間での競争環境の整備、(2)ブロックレベルでの取組みとしては、「アジア・マーケットの中での競争」を意識した地域ブロックレベルでの「地域のあるべき理想像」を提示し、地域ブロックレベルでの優先順位付け等を通じて、地方自治体間の緊張的環境の造成、(3)各事業者の取組みとしては、主体的に「サービスの質」を問い、フィードバックして「魅力創造」する仕組みの組み込み、が重要である。

英国の経験から参考となる今後の変化の方向性は、(1)競争力や魅力度向上等の緊張感によって支えられた関係主体の自律化とこれが実質的に機能しうるガバナンス構造の構築、(2)利用者と公的主体や事業者が対等の立場に立って、顧客主義に立脚しつつ、「公益の実現」に向けて主体的に行動するガバナンスの仕組みの導入、である。換言すれば、これからは「規制(Regulation)」主導ということではなく、各主体がマネジメント・サイクルを自律的に活用して、サービス改善を図っていく仕組みとしていくことが求められていく。

この仕組みの中で、新たな「公共」の役割としては、公共サービスについて、以下のような環境づくりと、その仕組みの中でのイニシアチブの発揮が求められていく。1つめは、「フラット化(水平的環境)」と「カスタマイズ化(顧客主義的環境)」の枠組みの調整者ということであり、競争原理の導入によって、市民が比較・選択しつつ、コミュニティの個性に対応した「最適な解」を導出しうる環境づくりを進めることが期待される。2つめは、「公益実現」に向けた推進・調整者という役割であり、対等の関係者の「水平思考」の枠組みの中で知見を結集し、ソフト・パワーを発揮しながら、その実現を先導していくことが求められていくことになる。これらのガバナンスの実現に向け、政策当局や関係主体の取組み姿勢も変えていくことが求められる。できるだけ客観的かつ説得力のある説明機会を設けることにより、関係者間でのコミュニケーションの強化を図りつつ、ガバナンスの仕組みを実効性のあるものとしていくことが重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、地域の公共交通サービスを維持向上するに当たって、特に地方自治体などの公共団体が果たすべき機能を明らかにするため、英国のいくつかの都市を対象にしてガバナンス・フレームワークという視点から調査分析を行い、そこで得られた知見を体系的に整理するとともに、わが国の公共交通政策への示唆をとりまとめたものである。まず、本論文の要点を取りまとめると以下のとおりである。

我が国の都市・地域交通を巡る状況は、少子・高齢化や人口減少、産業構造の変化、中心商店街の衰退、地球温暖化をはじめとする環境問題など大きな転換期を迎えている。こうした中、都市部における道路渋滞によるバス走行環境の悪化、地方部での不採算路線廃止による交通空白地帯の出現など、公共交通の諸問題が深刻化しており、住民の移動手段の確保が重要な課題となっている。地域公共交通については、規制緩和や民営化が進展しているが、本論文では、こうした環境下で、「目指す「公益」の実現に向けた道筋をどう発見し、実現・展開していくのか」「政府・地方自治体・事業者など、位置づけと役割の異なるプレーヤーは、『公益の実現』に対し、どのような役割を果たすべきか」といった問題意識に立っている。規制構造は事後規制へと変化したが、経済活動の自由化は、必ずしもコミュニティにとっての公益の実現を保証せず、経済を構成する各主体が、担うべき役割を自覚しつつ、公益の実現を目指す「ソフトなマネジメントの仕組み」が求められている。英国では、我が国とは異なる制度の下で、制度改革を含めて大きな社会実験ともいえる取組みを行っているが、「ガバナンス構造の特徴」を観察事象としてとらえつつ、英国のアプローチにつき、因果関係分析を行ったものである。

研究アプローチとしては、公共的課題に対応するための主体間連携の仕組みづくりのあり方につき、「政策効果の発現」との因果関係を示す研究命題を設定するとともに、この分析に資するツールとして、「3つのファクター」(行政の機能的・地域的分化の度合(Fragmentation)、行政の地方分権化の度合(De-Centralization)、市場原理の導入等を通じた行政の関与限定・縮小の度合(Privatization))を設定している。分析に当たっては、(1)サッチャー政権下で民営化等の施策が本格稼動した1980年代後半、(2)行政改革や民営化の進行に伴って3つの動きが進行した1990年代前半、(3)労働党政権の下で方向転換が図られた1990年代後半以降、の状況を対比させている。そして、第1部において、英国の地域交通戦略のガバナンスの特徴やその成果を整理することにより、規制緩和と民営化が進む中で、地域交通に必要な「新たなガバナンス・フレームワークの構成要素」等を抽出し、第2部では、第1部の分析結果を解釈して、我が国への示唆を述べるとともに、今後の展開に関するポイントとなる事項に言及している。調査対象は、ロンドンや大都市圏、一部のイングランド地域である。

ガバナンス・フレームワークを実効あるものとするための「関係主体間のコラボラティブ・プラットフォーム」としては、(1)主体間で緊張関係の働く仕組み:競争力強化や魅力度向上のため、主体的に考える仕組みや「顧客主義」的考え方の浸透、(2)公共交通事業者のマネジメント・システムの強化:地域に対する継続的かつ定期的なコミュニケーション機会の確保、客観的かつ説得力のあるデータと説明、(3)リージョン・レベルにおける戦略機能の補完:「地域の競争力や魅力」発揮のためのリーダーシップ、といった取組みが重要となるものと捉えられている。

我が国への示唆としては、(1)地方自治体レベルでの取組みとして、魅力づくりのための自治体間での競争環境の整備、(2)ブロックレベルでの取組みとしては、「アジア・マーケットの中での競争」を意識した地域ブロックレベルでの「地域のあるべき理想像」を提示し、地域ブロックレベルでの優先順位付け等を通じて、地方自治体間の緊張的環境の造成、(3)各事業者の取組みとしては、主体的に「サービスの質」を問い、フィードバックして「魅力創造」する仕組みの組み込み、が重要であるとしている。

英国の経験から参考となる今後の変化の方向性は、(1)競争力や魅力度向上等の緊張感によって支えられた関係主体の自律化とこれが実質的に機能しうるガバナンス構造の構築、(2)利用者と公的主体や事業者が対等の立場に立って、顧客主義に立脚しつつ、「公益の実現」に向けて主体的に行動するガバナンスの仕組みの導入、とされている。換言すれば、これからは「規制(Regulation)」主導ということではなく、各主体がマネジメント・サイクルを自律的に活用して、サービス改善を図っていく仕組みとしていくことが求められていくとしている。

この仕組みの中で、新たな「公共」の役割としては、公共サービスについて、以下のような環境づくりと、その仕組みの中でのイニシアチブの発揮が求められていく。1つめは、「フラット化(水平的環境)」と「カスタマイズ化(顧客主義的環境)」の枠組みの調整者ということであり、競争原理の導入によって、市民が比較・選択しつつ、コミュニティの個性に対応した「最適な解」を導出しうる環境づくりを進めることが期待される。2つめは、「公益実現」に向けた推進・調整者という役割であり、対等の関係者の「水平思考」の枠組みの中で知見を結集し、ソフト・パワーを発揮しながら、その実現を先導していくことが求められていくとしている。

地域の公共交通サービスの維持・向上というテーマは従来から広く研究されてきたものではあるが、その多くは交通経済学や交通事業経営学という視点、もしくは交通工学的な視点に立ったものであり、本研究のような地方自治体のガバナンスの組織やあり方という切り口からの研究は極めて少なかった。また、それを英国の具体的な都市をサンプルにして緻密に調査し貴重な資料を得ている点はとりわけ有意義なものとなっている。また、そこから得られた知見はわが国の交通政策の改善という面でも有用性の高いものとなっている。研究テーマの性格上、仮説の十分な検証には今後とも更なる継続的研究が必要とは考えられるものの、博士(工学)の学位請求論文としては十分な成果をもたらしたものと考える。また、論文審査と並行して行った口頭試問により、申請者が十分な学力を持つことを確認した。以上より、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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