学位論文要旨



No 217266
著者(漢字) アイリス アン ガラロサ マーティネズ
著者(英字)
著者(カナ) アイリス アン ガラロサ マーティネズ
標題(和) 技術要素の分析と統合の反復的手法による合理的な技術移転方法論
標題(洋) Rational Technology Transfer Methodology by Iterative Analysis and Synthesis of Technology Components
報告番号 217266
報告番号 乙17266
学位授与日 2009.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17266号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 帯川,利之
 科学技術振興機構 フェロー 加藤,孝久
 東京大学 特任教授 松島,克守
内容要旨 要旨を表示する

生産活動の国際化の更なる進展を背景に,技術移転は,その重要性を増しているが,いまだに多くの課題を抱えている.最も緊急のものの1つは,技術移転行為そのものを合理的に遂行する方法がいまだ確立されておらず,さらに,技術移転行為における意思決定に関わる部分の取り扱いが議論されていないことにある.本研究は,技術要素の分析と統合の反復的手法による合理的な技術移転方法論を提案するものである.これは,技術譲渡側が移転する技術をその技術要素に分解する「分析」と技術受入側が分解された技術要素を自ら再構築する「統合」の2つのプロセスを結合し,これを反復的に実施することによって,技術移転が首尾良く遂行されるとするものである.

ここで提案している分析と統合の反復的手法は,本研究で新たに提案する2つの考え方にもとづいている:

1.技術は,(a)明示的な技術と(b)暗黙的な技術の2つに分類される.明示的な技術は比較的容易に表現され,記録され,蓄積できる性質を持っている.これに対して,暗黙的な技術は,人と人との間の拡張的接触によってのみ観測されうる性質を持っている.

2.技術は,(a)共通技術と(b)ユーザ特化技術との2つの要素に分類される.共通技術要素は世界で共通の技術としてとらえることができるものである.これに対して,ユーザ特化技術要素は技術を取り扱うユーザによって考え方や扱い方が異なってくるものである.

「技術要素の分析プロセス」は,顧客あるいは技術譲渡側からの入力を得たのちに開始する.顧客からの入力は,製品のサンプル,製品図面,製品仕様書,あるいは他のドキュメントを含んでいる.技術移転側からの入力は,技術を説明するために生産手順,機械操作手順,機械管理手順,あるいは他のドキュメントを含んでいる.これらの入力は,技術譲渡側によって2つ側面,すなわち人間に関わる側面と機械に関わる側面で分析詳細化される.この分析詳細化を行うために,本研究では,HM Modelと称するモデルを提案している.HM Modelの出力は,(i)技術受入側の人間開発レベル(Human Development Level)と(ii)移転される技術の機械集約レベル(Machine-intensiveness)の2つの視点で整理される明示的な技術要素となる.Human Development Levelの技術譲渡側と技術受入側の差異によって,技術の分析詳細化のステップ数を決定し,分析を遂行する.一方,移転技術のMachine-intensivenessの度合いに応じて,機械操作技術やメンテナンス技術に関する情報の分析詳細化の度合いを決定する.ここで出力された明示的な技術要素は,技術譲渡側と技術受入側によってさらに分析詳細化される.この更なる分析詳細化のために,本研究では,二次元階層化モデルを提案している.横軸は技術プロセスの流れを表し,縦軸は各プロセスの詳細化の階層を表す.二次元階層化モデルでは,意志決定プロセスに着目し,意志決定の視点と優先度に基づいて分析詳細化を行う.二次元階層化モデルに基づいた分析詳細化によって,最終的には技術要素を共通技術とユーザ特化技術とに分類することができる.特に,ユーザ特化技術が明確化することによって,移転技術が技術受入側にとって最も適合した形で移転されることになるところに大きな意義がある.すなわち,ユーザ特化技術に相当する部分は技術譲渡側の技術要素をそのまま移転するのではなく,技術受入側に適した形態,内容,レベルに適宜変更を加えて移転することによって,技術適合性を高めることができる.一方,技術移転側と技術特化側との間で共通技術として取り扱うことが可能な技術要素は,なんら調整なくそのままの形で移転すればよい.最終的に,この分析プロセスの結果,技術受入側適合分析モジュールとして出力される.この分析モジュールは,次に述べる統合プロセスの入力情報となる.また,この分析モジュールは,統合プロセスにおける出力が承認されるようになるまで,必要に応じて繰り返し改訂されることになる.

「技術要素の統合プロセス」は,分析プロセスに比べて少ない数のステップで進められる.技術受入側適合分析モジュールを受けて,技術譲渡側による技術のデモンストレーションと統合モジュールテンプレートを入力情報として,技術受入側が移転される技術のストーリー(移転技術の遂行手順)を構築する.構築された技術ストーリーは,技術譲渡側によってレビューされる.もし,レビューの結果承認されれば,技術譲渡側が構築した分析モジュールが完成する.承認されなければ,分析プロセスが再び実行される.この反復的行為はレビュー承認が得られるまで行われる.統合モジュールテンプレートは,分析と統合の反復的手法を初めて適用するユーザに対しては,利用可能とはならない.この場合には,統合プロセスを開始する前に,技術譲渡側と技術受入側とで統合モジュールに含めるべき変数やパラメータについて継続的な議論を進めておくことが重要である.統合モジュールが作成される最初の数回は,試行錯誤を繰り返すことになる.統合モジュールに含めるべき必須の変数とパラメータに関して,技術譲渡側と技術受入側が合意に至れば,技術受入側は統合モジュールテンプレートの作成に取りかかることができる.このテンプレートを作成することによって,技術受入側適合分析モジュールをより迅速に構築できると期待される.

提案した手法の妥当性を検証するために,2つのケーススタディを行った.1つ目のケーススタディは,日本の親会社とフィリピンの子会社の間のソフトウエア開発技術にかかわる技術移転に関するもの,2つ目のケーススタディは,フィリピンの親会社とフィリピンの子会社の間のプラスチック射出成形オペレーション技術に関わる技術移転に関するものである.

1つ目のケーススタディでは,日本の親会社とフィリピンの子会社の双方に対してインタビュー調査を行った.結論から言えば,提案する分析と統合の反復的手法はこのケースにおいては受入可能な手法であることが示された.具体的には,このソフトウエア開発技術に関する技術移転においては,提案する分析と統合の反復的手法に極めて近いプロセスが実行されていることが,分析の結果明らかになった.提案した方法論と異なるところとして,分析プロセスに相当する技術移転活動は技術受入側である子会社によって行われている点であった.この相違点に関しては,本研究の考え方に照らしてみれば,技術受入側が分析プロセスを担当することによって,より高いレベルで技術受入側がその技術を保有することが期待できる.しかしながら,このことが可能になる前提条件として,技術譲渡側と技術受入側との間の技術移転関係が長期にわたるものであり,技術受入側がそれ相当の分析レベルに達していることが必要不可欠である.したがって,そのような条件が整っていない多くの場合には,本研究で提案するように,技術移転譲渡側が分析プロセスを遂行することが効率的でありかつ確実であると考える.

2つ目のケーススタディにおいても,同様に,インタビュー調査を行った.結論から言えば,この場合においても,提案する分析と統合の反復的手法が受入可能な手法であることが示された.まず,親会社(技術譲渡側)と子会社(技術受入側)との間で,移転される技術の分析ステップが全く同じであることが明らかになった.これは,HM ModelにおけるHuman Development Levelが技術譲渡側と技術受入側とで同等であることに起因していると説明できる.また,より多くの機械操作と機械管理情報を含むように分析詳細化が行われていることが明らかになった.これは,移転技術がプラスチック射出成形オペレーション技術であり,すなわち,HM ModelにおけるMachine-intensivenessが高いことに起因していると説明できる.しかしながら,統合プロセスは本研究での提案とは異なっていた.このケーススタディでは,統合プロセスではなく,技術譲渡側による試作行為によって技術の適合度が高められていることが明らかになった.この相違について詳細な検討を行った結果,この技術移転のケースではオペレーション段階であるために,提案する手法の統合プロセスによって享受される効果があまり高くなく,試作行為を数回行うことによっても目的が達成されているものとの分析結果を得た.しかしながら,統合プロセスを導入することも可能であると考える.

以上のケーススタディによって,提案した方法論の妥当性を検証することができたが,さらに,この方法論によって享受される効果が移転技術の段階によって異なることが示唆された.具体的には,移転技術が開発段階や生産段階にあるときに最も大きな効果が期待され,また,予防保全技術よりも事故保全技術の方がより有効であることが示唆された.以上を要するに,すべての議論とケーススタディにより,本研究で提案した技術移転方法論によって,より有効で効率的な技術移転に貢献するという当初の目的が達成されたと結論づけられる.

審査要旨 要旨を表示する

生産活動の国際化の更なる進展を背景に,技術移転は,その重要性を増しているが,いまだに多くの課題を抱えている.最も緊急のものの1つは,技術移転行為そのものを合理的に遂行する方法論がいまだ確立されていないことである.本研究は,技術譲渡側が移転する技術をその技術要素に分解する「分析」と技術受入側が分解された技術要素を自ら再構築する「統合」の2つのプロセスを結合し,これを反復的に実施することによって,合理的に技術移転の遂行を実現する方法論を提案するものである.

「技術要素の分析プロセス」では,技術譲渡側が移転技術を2つの側面,すなわち人間に関わる側面と機械に関わる側面で分析詳細化する.そのために,本研究では,HM Modelと称するモデルを提案している.具体的には,(i)技術受入側の人間開発レベル(Human Development Level)と(ii)移転される技術の機械集約レベル(Machine-intensiveness)の2つの視点で技術の分析詳細化のステップ数を決定し,分析を遂行する.この更なる分析詳細化のために,本研究では,二次元階層化モデルを提案している.横軸は技術プロセスの流れを表し,縦軸は各プロセスの詳細化の階層を表す.二次元階層化モデルでは,意志決定プロセスに着目し,意志決定の視点と優先度に基づいて分析詳細化を行う.二次元階層化モデルに基づいた分析詳細化によって,最終的には技術要素を共通技術とユーザ特化技術とに分類することができる.特に,ユーザ特化技術が明確化することによって,移転技術が技術受入側にとって最も適合した形で移転されることになるところに大きな意義がある.すなわち,ユーザ特化技術に相当する部分は技術譲渡側の技術要素をそのまま移転するのではなく,技術受入側に適した形態,内容,レベルに適宜変更を加えて移転することによって,技術適合性を高めることができる.一方,技術移転側と技術特化側との間で共通技術として取り扱うことが可能な技術要素は,なんら調整なくそのままの形で移転すればよい.最終的に,この分析プロセスの結果,技術受入側適合分析モジュールとして出力される.この分析モジュールは,次に述べる統合プロセスの入力情報となる.また,この分析モジュールは,統合プロセスにおける出力が承認されるようになるまで,必要に応じて繰り返し改訂されることになる.

「技術要素の統合プロセス」では,技術受入側適合分析モジュールを受けて,技術受入側が移転される技術のストーリー(移転技術の遂行手順)を構築する.移転技術の再構築のために,本研究では,統合モジュールテンプレートを新たに提案し,これに基づいた技術譲渡側による技術のデモンストレーションの方法を提案している.統合モジュールテンプレートによって技術のストーリーが効率良く再構築できる.そして,再構築された技術のストーリーにしたがって技術のデモンストレーションが実施され,これが技術譲渡側によってレビューされる.もし,レビューの結果承認されれば,技術譲渡側が構築した分析モジュールが完成する.承認されなければ,分析プロセスが再び実行される.この反復的行為はレビュー承認が得られるまで行われる.ここで,分析と統合の反復的手法を初めて適用するユーザに対しては,統合モジュールテンプレートの作成が必要となる.この場合には,統合プロセスを開始する前に,技術譲渡側と技術受入側とで統合モジュールに含めるべき変数やパラメータについて継続的な議論を進めておくことが重要である.統合モジュールが作成される最初の数回は,試行錯誤を繰り返すことになる.統合モジュールに含めるべき必須の変数とパラメータに関して,技術譲渡側と技術受入側が合意に至れば,技術受入側は統合モジュールテンプレートの作成に取りかかることができる.このテンプレートを作成することによって,技術受入側適合分析モジュールをより迅速に構築できるというのが本提案のポイントである.

提案した手法の妥当性を検証するために,2つのケーススタディを行っている.1つ目のケーススタディは,日本の親会社とフィリピンの子会社の間のソフトウエア開発技術にかかわる技術移転に関するもの,2つ目のケーススタディは,フィリピンの親会社とフィリピンの子会社の間のプラスチック射出成形オペレーション技術に関わる技術移転に関するものである.

1つ目のケーススタディでは,日本の親会社とフィリピンの子会社の双方に対してインタビュー調査を行い,技術移転の検証を行っている.具体的には,このソフトウエア開発技術に関する技術移転においては,提案する分析と統合の反復的手法に極めて近いプロセスが実行されていることを,分析の結果明らかにしている.提案した方法論と異なるところとして,分析プロセスに相当する技術移転活動は技術受入側である子会社によって行われている点であった.この相違点に関しては,受入側が分析プロセスを担当することによって,より高いレベルで技術受入側がその技術を保有することを期待しているが,このようなケースは,技術譲渡側と技術受入側との間の技術移転関係が長期にわたっている背景があり,技術受入側が相当の分析レベルに達していることが必要不可欠であると分析している.したがって,そのような条件が整っていない多くの場合には,本研究で提案するように,技術移転譲渡側が分析プロセスを遂行することが効率的でありかつ確実であると結論づけている.

2つ目のケーススタディにおいても,インタビュー調査を行い,技術移転の検証を行っている.この場合には,親会社(技術譲渡側)と子会社(技術受入側)との間で,移転される技術の分析ステップが全く同じであったことを示している.これは,HM ModelにおけるHuman Development Levelが技術譲渡側と技術受入側とで同等であることに起因していると説明できる.また,多くの機械操作と機械管理情報を含むように分析詳細化が行われていることも明らかにしている.これは,移転技術がプラスチック射出成形オペレーション技術であり,すなわち,HM ModelにおけるMachine-intensivenessが高いことに起因していると説明できる.一方,統合プロセスに相当する活動では,本研究での提案とは大きく異なっていた.それは,正確には統合プロセスではなく,技術受入側による試作行為によって技術の適合度を高めていると分析している.この相違について詳細な検討を行った結果,この技術移転の対象がオペレーション段階であるために,提案する手法の統合プロセスによって享受される効果があまり高くなく,最終製品の試作行為を数回行うことによっても目的が達成されているものとの分析結果を得ている.本研究で提案している統合プロセスの導入可能性とそれによる効果についても議論している.

以上のケーススタディによって,提案した技術移転方法論に照らした技術移転行為の評価が可能になり,その妥当性を検証できることを示している.また,この方法論によって享受される効果が,移転技術の段階によって異なることも示唆している.具体的には,移転技術が開発段階や生産段階にあるときに最も大きな効果が期待され,また,予防保全技術よりも事後保全技術の方がより有効であることである.このケーススタディを通して,提案した方法論のスキームが,部分的あるいは変形的に,実際の技術移転行為に取り込まれていることが明らかになった.実際の技術移転行為の形態は,長年の試行錯誤の結果確立したものであり,本提案がそれらを俯瞰的に合理的に整理した技術移転モデルとなっていることは特筆すべきであり,その妥当性を示唆しているものと評価できる.

以上を要するに,すべての議論とケーススタディにより,本研究で提案した技術移転方法論によって,より有効で効率的な技術移転に貢献するという当初の目的が達成されたと結論づけられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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