学位論文要旨



No 217267
著者(漢字) 忠永,修
著者(英字)
著者(カナ) タダナガ,オサム
標題(和) 直接接合擬似位相整合LiNbO3リッジ導波路を用いた中赤外差周波発生に関する研究
標題(洋)
報告番号 217267
報告番号 乙17267
学位授与日 2009.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17267号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 准教授 三尾,典克
 東京大学 准教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

近年の環境や医療への関心の高まりにより、温室効果ガスなどの大気中ガス分析や医療分野では呼気中の成分分析など微量ガス濃度計測の需要が高まっている。工業プロセスや燃焼制御においても対象ガスの濃度変化を監視する必要がある。この様なガス分析装置には、物質選択性が良く、高感度にかつ瞬時に濃度計測を行う事が求められ、環境ガスの地域分布など計測を行う場合には可搬性も求められる。この様な特性を満足できる高感度ガス検出手法として赤外レーザ分光法が最適であり、ガスの強い吸収が存在する中赤外域レーザ光源の需要が高まっている。特に3~4μmの中赤外域では半導体レーザでは室温連続動作が困難であり、非線形光学結晶を用いた差周波発生による中赤外光源が有望だと考えられる。

中赤外域を発生する方法として二次非線形光学結晶を用いた差周波発生がある。非線形光学定数の大きさからLiNbO3(LN)が結晶材料として用いられ、最大の非線形定数を用いる事ができる周期分極反転構造を施した擬似位相整合(Quasi-Phase-Matching, QPM)技術を用いて差周波発生が行われている。この様な非線形光学結晶を用いた差周波発生では、入力光に技術の成熟した近赤外域のレーザを入力光として用いる事ができる。しかしながらこれまで用いられてきた非線形光学結晶はバルク型であったために差周波発生効率が低く入力光強度を強くする必要があったため大型なものとなっていた。実用的な小型の中赤外差周波光源を実現するためには差周波発生効率を高めるために導波路型素子を作製することが有効であるが、これまで中赤外波長域への波長変換は報告例がなく素子の設計指針も明らかにされていなかった。そこで高効率な波長変換素子を実現するための導波路作製法の選択とその設計指針を明らかにするとともに実際に中赤外発生のための素子を作製し、その波長変換特性を明らかにする必要がある。

本研究は、以上述べた背景を考慮し、導波路作製法として直接接合法を用いた導波路型擬似位相整合素子を用いた差周波発生によりガス検知用の中赤外光源を実現することを目指して行われたものである。

以下、本論文の成果を要約する。

(1)中赤外用直接接合QPM-LNリッジ導波路の素子設計及び3μm光発生

直接接合擬似位相整合リッジ導波路の作製方法を明らかにした。直接接合法とはコア層となるLN基板とクラッド層となるLiTaO3基板とを接着剤などを用いずに直接に接合する方法である。この直接接合法を用いた中赤外差周波発生用素子における導波路作製誤差を許容するサイズを元に設計手法を示した。さらに実際に作製したリッジ導波路により作製パラメータの最適化を行った。本論文では励起光波長を固定し通信波長帯である1.55μm帯信号光を可変することによって差周波光を可変発生する方法をとった。3.3μm発生において40%/Wという高効率波長変換を達成した。本効率は、バルク型QPM-LN素子より2桁、APE導波路よりも1桁大きな効率であった。さらに本リッジ導波路を用いてメタンガスの吸収線測定を行い、吸収線が観測可能であることを確認した。これにより炭化水素系分子の吸収線が多数存在する3μm帯において直接接合リッジ導波路による差周波発生は有望な光源になりうる事を確認した。

(2)直接接合リッジ導波路による中赤外発生における諸特性

中赤外差周波発生における懸念問題に関して議論した。測定対象となるガスの種類・用途によって様々な中赤外波長やパワーレベルの光源が必要とされる。しかしながら発生する波長やパワーレベルによっては波長変換に用いるLNあるいは導波路形成法に起因する様々な特性の影響を受けると考えられる。従ってそれぞれ特徴的な条件下での波長変換特性を明らかにする必要がある。

LN結晶には2.8μm帯に結晶中のO-H基に起因する吸収が存在する。本吸収の影響を調べると共に2.7μm帯発生の波長変換特性について評価した。0.98μmの励起光を用いた2.7μm帯発生では87%/Wの高変換効率を達成した。さらに空気中の水の吸収線の観測を行った。続いて同じ2.8μm帯発生において懸念されるLN結晶中のO-H吸収について0.98μm励起光を用いた差周波発生により調べ、長い導波路においても本作製法を取ることによりO-H吸収の影響が出ないことを確かめた。

続いて3μm帯発生素子を用いて高出力特性について評価した。導波路素子では高強度光によりフォトリフラクティブダメージによる位相整合波長のずれが発生し効率低下を招くと言う懸念がある。高耐性ZnOドープLNをコア層に用いることにより65mWという非常に高い中赤外出力を達成した。

最後に広帯域波長変換特性について明らかにした。0.937μmを用いて2.3μm帯発生を行い100%/Wの高い規格化変換効率達成とともに100nmに及ぶ差周波発生帯域が導波路素子で可能であることを示した。本広帯域性を利用しCOアイソトポマー一括観測を実現した。続いて2~3μmの各発生波長帯の波長変換特性を比較し、各波長帯における波長帯域幅及び規格化変換効率の値の差に関して考察した。発生波長による原理的な数値の差と各波長帯での作製誤差緩和に必要コアサイズの違いにより変換効率に差が出ていることを明らかにした。また発生波長帯域幅はLNの材料分散の特性に加えて導波路化による構造分散の影響を反映している事を明らかにした。特に構造分散の影響は、広帯域特性の得られる2.3μm帯発生で大きく、高効率発生素子では広帯域性を抑制していることを示した。

(3)導波路分散制御による広帯域特性への影響

2.3μm帯発生では広帯域波長変換が可能であるが、導波路分散によりその広帯域性が制限されていた。そこでコアサイズを変化させることにより導波路分散を制御し、広帯域性の制限の緩和を行った。まず様々なコアサイズの導波路分散特性を計算により求め、広帯域性制限が緩和するための実現性を確認し、励起光波長0.934μmに固定した場合に大きなコアサイズを用いることにより変換効率を低下させること無く1.55μm帯の信号光波長の広い波長域での差周波変換が可能であることを示した。つぎに計算による予測を元に実際にデバイスを作製し波長変換特性を比較した。15.2 ・m厚×21.7 ・m幅導波路において、173nmにもおよぶ2.3μm帯広帯域波長変換および56%/Wの高い波長変換効率を確認した。本導波路を用いて通信波長帯信号光を波長掃引することによるCOガスの吸収線測定を行い、44本もの2.3μm帯域の吸収線を確認した。

(4)中赤外モジュールおよび中赤外光源

炭化水素系ガスの検出に重要な3μm帯素子に絞って中赤外光源の作製について明らかにした。まず光源化を行うにあたりその要素技術としてファイバピッグテール型中赤外モジュールの作製について明らかにした。V溝接続法を用いて、ファイバ入力光に対する外部変換効率として9.7%/Wを達成した。またV溝接続法を用いることで温度による入力の光結合効率の変動が少なく、出力光強度が素子温度を変化させても変動が小さいことを示した。次にこの中赤外波長変換モジュールを用いて、半導体LDを信号光及び励起光として用いた中赤外光源について明らかにした。各要素部材を偏波保存ファイバで接続し、100×100×180mmのヘッドに収容した。ファイバレーザや固体レーザ等の大出力レーザを用いることなくサブmW出力の得られることを示した。また外部入力端子により信号光LDの注入電流を変調し、簡易にメタンガス吸収スペクトルが測定できることを確認した。

以上、本研究で得られた結果は、直接接合QPM-LNリッジ導波路が、高効率、高光耐性(高出力)、付加吸収の影響が無いという利点を持ち合わせ、ガス検知用を目的とした2次非線形光学効果を用いた差周波発生による2~3μm帯中赤外光発生に現状では最適な素子であると結論付けられる。これらの利点により励起光源及び信号光源の出力を低減でき、小型のサブmW出力の光源化に成功をした。

審査要旨 要旨を表示する

環境問題に関する関心の高まりに応じて,温室効果ガスなど大気中ガスの微量濃度計測の必要性が広く求められている。各種計測法の中でも赤外分光法は物質選択性に優れ,高速で高感度な計測が可能となるので有望視され,開発が進んでいる。二酸化炭素やメタンなど多くの分子の振動遷移の吸収断面積は,波長2から5μmの中赤外域で最大になることはよく知られている。したがって,中赤外光を用いれば検出感度を上げることができる。ところが,この波長域で直接発振する手頃なレーザーは存在せず,もっぱら非線形光学波長変換に頼っている。しかし,従来のバルク結晶を用いた波長変換では変換効率が上がらず,計測機器の小型軽量化を果たす障害となっていた。本研究では,ニオブ酸リチウムを用いた導波路型の位相整合素子を用い,近赤外レーザーを一次光源とした高効率な中赤外コヒーレント光源の開発に成功した。本素子の特徴は,基板と導波路部を直接接合したことにあり,これにより,接着剤を用いた場合に発生する吸収を回避し,導波部の伝搬特性を改善できた。その結果,従来法に比べ格段に波長変換効率を高めることに成功した。

以下,本論文の内容を各章ごとにまとめる。

第1章「序章」では,本研究開発の背景となるガス計測法についての現状をまとめた後,2次非線形光学効果を用いた差周波発生法についての基礎的な事柄が述べられている。特に,導波路型の疑似位相整合素子に着目し,本論文で取り上げる直接接合リッジ導波路構造が最も高性能が期待できることを述べている。

第2章「中赤外用直接結合QPM-LNリッジ導波路の素子設計および3μm光発生」では,分極反転したニオブ酸リチウム板をタンタル酸リチウム基板の上に接着剤を使わず直接接合し,ダイヤモンドブレードでカットしてリッジ導波路を作製する方法と,作製誤差を考慮した素子設計法が述べられる。この素子を用い,波長3.3μmにおいて入力パワー1W換算で40%の変換効率を実現した。この値は報告例のあるバルクの疑似位相整合素子に比べ2桁高く,また,従来の導波路素子に比べ1桁高い値である。この光源を用いたメタン検出の実験例が紹介されている。

第3章「直接接合リッジ導波路による中赤外発生における諸特性」では,中赤外発生にまつわるいくつかの課題を取り上げ詳細に議論している。第1に,ニオブ酸リチウムが2.8μm帯にO-H基に起因する吸収を持つことが報告されているが,その効果を検証した。その結果,この波長帯においても発生効率が落ちることは観測されず,O-H吸収の影響が出ないことを確かめた。次に高出力動作時にしばしば観測されるフォトリフラクティブ効果に起因する光損傷について調べた。ニオブ酸リチウムに酸化亜鉛を添加することによりフォトリフラクティブ効果の発現を抑えられることを確かめ,65mWに達する高出力パワーを実現した。最後に,ニオブ酸リチウムの分散特性から2.3μm帯で100nmに及ぶ広帯域差周波発生が可能であることを示した。

第4章「導波路分散制御による広帯域特性への影響」では,前章の最後に取り上げられた2.3μm帯における広帯域発生において,導波路の構造パラメーターを最適化することにより波長域を173nmまで拡げられることを実証した。これを用い,2.3μm帯にある一酸化炭素の44本の吸収線を測定した結果について述べている。

第5章「中赤外モジュールおよび中赤外光源」では,以上の成果を基に,波長変換素子のモジュール化,および,励起用半導体レーザーを組み込んだデバイス化を実現している。これは直ちに現場において使用可能である。

第6章「結論」は本論文のまとめに当てられている。なお,本編に続く付録で,分極反転周期に変調が加わったときの位相整合曲線の形状変化を定量的に扱っている。

以上を要するに,本論文では,直接接合法という新規の方法で導波路型疑似位相整合素子を作成し,中赤外波長域で従来法に比べ格段に高い波長変換効率を実現し,この光源を用いて,メタンや二酸化炭素を高感度に検出できることを実証した。さらに,本論文の成果は研究試作に留まらず,実際にデバイス化されたことは特筆に値する。よって,本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク