学位論文要旨



No 217271
著者(漢字) 三宅,美加
著者(英字)
著者(カナ) ミヤケ,ミカ
標題(和) 高重合度プロシアニジンの自己免疫疾患改善作用
標題(洋)
報告番号 217271
報告番号 乙17271
学位授与日 2009.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17271号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 八村,敏志
 東京大学 准教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

免疫のインバランスが原因である疾患は数多くあるが、特に自己免疫疾患は難治性の疾患であり、治療法としては、副作用が懸念されるステロイド剤の投与や高額な費用を必要とする抗体療法が主であり、QOL改善が大きな課題となっている。

医薬品開発が進む一方で、フードケミカルバイオロジーという概念が提唱されはじめ、食品中に含まれる成分と生体との相互作用に関する研究も盛んになってきた。特に植物抽出物中に豊富に含まれるポリフェノール類の機能性研究は、素材の身近さと機能性の多様性のためか多くの研究がなされ、様々な知見が得られている。ポリフェノールは緑茶やワイン、ココアなど様々な食物にも見出され、その作用として抗動脈硬化、抗高血圧、抗腫瘍などが良く知られている。

本研究では、ハーブの一種であるサマンバイアが民間伝承的に抗炎症剤として使用されていたことや、自己免疫疾患の一種である乾癬の治療に利用されてきたことに着目し、ハーブ抽出物に自己免疫疾患を改善するような作用がないか選抜することにした。結果、豆科の樹木であるジャトバの抽出物に自己免疫疾患を改善するような作用を見出し、その活性本体が5量体以上のプロシアニジンであることを明らかにした。得られた成果の概要は以下の通りである。

1.自己免疫疾患抑制活性の検出

6種類のハーブ(キャッツクロー、ジャトバ、ヘルゴンサッチャ、ムリャカ、サマンバイア、シジューム)からエタノール抽出物を調製し、多発性硬化症のモデルマウスである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)について抑制効果を評価した。結果、これらのうちの1つ、ジャトバと呼ばれる豆科の樹木からの抽出物に、発症率を50%、平均スコアを90%抑制するという強いEAE抑制活性が見出された。また、用量依存性、及び本疾患に特徴的な脱髄の抑制もあわせて確認された。更に、脾細胞、及びリンパ節細胞において抗原特異的サイトカイン産生(IFN-y,TNF一α)の抑制も認められたため、脾細胞におけるIFN一γ、及びTNF一α産生細胞の存在比率を調べたところ、ジャトバ抽出物投与でこれらのTh1サイトカイン産生細胞の存在比率が顕著に低下していた。以上のことから、ジャトバ抽出物は抗原特異的なTh1細胞を抑制し、疾患の改善に寄与していることが示唆された。

2.プロシアニジン活性本体の精製

ジャトバはもともと豆科に属することから、抽出物中にポリフェノール類が多く含まれることが予想された。そこでEAE抑制活性に対するポリフェノール類の寄与を調べることにした。ポリフェノールを吸着、除去する目的でジャトバ抽出物をPVPP膜で処理し、活性を測定したところ、顕著な活性低下がみられた。このことから、抽出物中のポリフェノール類が免疫調節作用に関与していることが示唆された。しかしながら、同じ系で緑茶から抽出したポリフェノール類を評価したところ、EAE抑制活性は認められず、同じポリフェノール類でも自己免疫疾患の制御には構造特異性があることが示唆された。樹木に含まれるポリフェノールは高度に重合しており、プロシアニジンの構造を有していることが知られている。このため、ジャトバ抽出物中のポリフェノール含量、及びその平均重合度を調べた。その結果、ジャトバ抽出物中のポリフェノール含量は71%に及び、その平均重合度は8.2と非常に高いことが明らかとなった。そこで、どの程度の重合度が本活性に必要であるかを調べるために、抽出物中のプロシアニジンを重合度毎に分画することにした。しかしながら、プロシアニジンを動物実験に供することができるほどの量を、高純度で重合度別に分画する技術は無かった。そこで、種々の分画条件を検討した結果、Rapidfractionation法とPEGカラムを用いることで、3量体から9量体までのプロシアニジンを非常に純度高く、大量に精製することができた。得られた単量体から6量体までの精製標品をEAEモデルマウスを用いて評価し、脾臓細胞の抗原特異的サイトカイン産生能を測定した。結果、サイトカイン産生は5量体で50%程度、6量体では完全に消失したが、4量体以下のプロシアニジンでは全く抑制作用が認められなかった。これらのことから5量体以上のプロシアニジンがEAE抑制活性を有していることが示された。

3.関節炎モデルでの効果

最後に、ジャトバ抽出物の食品への応用、及び汎用性を考え、比較的患者の多い慢性関節炎リウマチのモデルであるコラーゲン誘導性関節炎モデルマウスを用いて経口投与での評価を行った。その結果、ジャトバ抽出物を経口投与することによって、血漿中の抗体価が抑制され、リウマチの疾患スコアが改善された。更に、慢性関節炎リウマチにおける活性抑制も単量体のポリフェノールでは認められず、重合度に依存した活性抑制がみられた。

以上、本研究により、植物抽出物中に含まれるプロシアニジンに免疫調節活性が認められることが明らかとなった。更にプロシアニジンの活性には構造特異性があり、5量体以上が活性に寄与すること、経口摂取によって関節炎などの発症、症状緩和に効果があることが示唆された。食品素材の生体との相互作用を探る上で重要な知見となった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はジャトバと呼ばれる豆科の樹木の抽出物に自己免疫疾患改善作用を見出し、その作用機構と活性成分の構造を解析したもので、論文は3章からなる。

第一章では、自己免疫疾患モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)誘導マウスを用いて6種類のハーブ抽出物の症状改善作用を評価している。その結果、ジャトバ抽出物の腹腔内投与が強いEAE改善作用を示し、発症率を50%、平均スコアを90%抑制することが示された。更に、ジャトバ抽出物投与によるEAE改善作用には用量依存性があること、本疾患に特徴的な脱髄を抑制することも明らかにした。また、ジャトバ抽出物投与時に見られる免疫学的な変化を調べるために脾臓細胞、リンパ節細胞を詳細に解析した結果、脾臓、リンパ節において抗原特異的なサイトカイン産生αFN-◎,TNF一α)抑制が起こること、この作用はTh1免疫抑制に基づくものであることを示した。更に、脾臓においては、CD4陽性T細胞、樹状細胞の割合の低下、表面抗原発現の低下したマクロファージの割合の増大が起こることを認めた。これらの結果から、マクロファージなどの抗原提示能が低下することが疾患改善の主たる原因であろうと考察している。

第二章では、ジャトバ抽出物中の活性成分を明らかにするために、その分画・精製を行っている。ジャトバは豆科の樹木であることから、抽出物中にポリフェノール類が多く含まれることを予想し、EAE改善活性に対するポリフェノール類の寄与を調べた。ポリフェノールを吸着・除去する目的でジャトバ抽出物をPVPP(polyvinylpolypyrrolidone)で処理し、ポリフェノール除去試料を活性測定に供したところ、顕著な活性低下がみられたことから、抽出物中のポリフヒノール類が免疫調節作用に関与していることが示唆された。しかしながら、緑茶ポリフェノール類にはEAE抑制活性は認められず、同じポリフェノール類でも自己免疫疾患の制御には構造特異性があることが示唆された。樹木に含まれるポリフェノールは高度に重合しており、プロシアニジン構造を有していることが知られている。このため、チオール開裂という手法を用いて.ジャトバ抽出物中のポリフェノール含量、及びその平均重合度を調べた。その結果、ジャトバ抽出物中のポリフェノール含量は71%に及び、その平均重合度は8.2と非常に高いことが明らかとなった。そこで、どの程度の重合度が本活性に必要であるかを調べるために、抽出物中のプロシアニジンを重合度毎に分画することを試みた。動物実験に供することができるほどの量のプロシアニジンを高純度で重合度別に分画する技術はこれまで無かったことから、種々の分画条件を検討した結果、RaPidfractionation法とPEGカラムを組み合わせることで、3量体から9量体までのプロシアニジンを高い純度で大量に精製することに成功した。得られた単量体から6量体までの精製標品について、EAEモデルマウスを用いて評価することにし、脾臓細胞の抗原特異的サイトカイン産生能を測定した結果、サイトカイン産生は5量体で50%程度、6量体では完全に抑制されたが、4量体以下のプロシアニジンでは全く抑制作用が認められなかった。これらのことから5量体以上のプロシアニジンがEAE抑制活性を有していることが示・された。また、他のプロシアニジン高含有素材との比較により、プロシアニジンの構造特異性についても評価を行ったが、プロシアニジンの構成単位や結合様式による差異は認められず、重合度が最も重要な活性要因であることが示唆された。

第三章では、ジャトバ抽出物の食品への応用、及び汎用性を考え、比較的患者数の多い関節炎リウマチのモデルであるコラーゲン誘導性関節炎モデルマウスを用いて経口投与での評価を行っている。その結果、ジャトバ抽出物を経口投与することによって、血漿中の抗体価が抑制され、リウマチの疾患スコアが改善された。更に、慢性関節炎リウマチにおける活性抑制が単量体のポリフェノールでは認められず、重合度に依存した活性抑制がみられたことから、EAEと同様の作用機作によるものではないかと考察している。

以上、本研究は、植物抽出物中に含まれるプロシアニジンに自己免疫疾患改善作用があることを明らかにした。更にプロシアニジンによる免疫調節活性には構造特異性があり、5量体以上が活性に寄与すること、経口摂取によって関節炎などの発症、症状緩和に効果があることを示したもので、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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