学位論文要旨



No 217274
著者(漢字) 高居,宏武
著者(英字)
著者(カナ) タカイ,ヒロタケ
標題(和) 肝がんにおけるグリピカン 3 (GPC3) 発現によるtumor-associated macrophage(TAM)の動員ならびに TAM を介した腫瘍微小環境の調節
標題(洋)
報告番号 217274
報告番号 乙17274
学位授与日 2009.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17274号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 准教授 久和,茂
 東京大学 准教授 内田,和幸
 日本生物科学研究所 副部長 上塚,浩司
内容要旨 要旨を表示する

グリピカン3(GPC3)は,ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)であるグリピカンファミリーの一員であり,そのC末端が糖化フォスファチジルイノシトールと共有結合することで細胞膜上に繋留されている。一方,GPC3を含むHSPGは,そのコアタンパクやヘパラン硫酸糖鎖への結合を介して,ケモカインや細胞増殖因子など様々なサイトカインの調節に関わっていることが知られている。近年の研究から,GPC3は肝がんにおいて高発現していることが明らかとなり,その機能に関する研究が進められているものの,いまだその全貌は明らかにされていない。そこで,本研究では,肝がんにおけるGPC3の機能に関する新たな知見を得ることを目的に,GPC3非発現および発現肝細胞がん組織ならびに抗GPC3抗体(GC33)を投与したGPC3発現肝がん移植モデル腫瘍組織を病理組織学的に解析した。得られた結果は下記の通りである。

1.GPC3免疫染色のための組織プロセッシング法の最適化

GPC3の機能を解析する上でGPC3細胞膜発現プロファイルは重要なパラメーターの一つと考えられたため,まず始めに,GPC3抗原の細胞膜発現を免疫染色により的確に捉えるための組織プロセッシング法を検討した。検討した方法のうち,PLP-AMeX標本が最も良好な細胞膜発現を示し,免疫染色に対する反応性(IR)を示すスコアはいずれも高値であった。ホルマリン固定時間の検討では,7日間固定標本は,24時間固定標本よりもGPC31Rが劣っていた。また,ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)標本を用いた抗原賦活化法の検討では,検討した3法(オートクレープ,マイクロウェーブ及びプロテアーゼ処理)のうち,プロテアーゼ処理した標本において,最も良好なIRが得られた。なお,PLP-AMeX標本は,形態学的評価ならびに種々の免疫染色,酵素化学的染色,分子病理学的解析に適していることが示されている。以上から,病理組織学的手法を主軸にGPC3の機能を解析する場合,多角的な解析が可能になるPLP-AMeX標本を用いて行うことが最も妥当であると考えられた。一方,FFPE標本を用いてGPC3の機能を解析する場合には,ホルマリンによる長期間固定は避け,プロテアーゼ処理を第一選択とした抗原の賦活化が不可欠であると考えられた。

2.抗ヒトGPC3抗体(GC33)のGPC3発現肝がん移植モデル腫瘍組織における抗腫瘍効果

抗ヒトGPC3抗体であるGC33(ADCC活性を有する)をGPC3発現肝がん移植モデルに投与し,腫瘍組織における病理組織学的変化の経時的推移を精査した。その結果,移植腫瘍細胞の変化として,細胞死,円形細胞(RC)及び多核細胞(MNC)の増加,それ以外の細胞の変化として,小型の紡錘形or類円形細胞{SSC;大部分はマクロファージ(Mφ)}ならびに好中球の増加が認められ,この変化はGC33投与後3~5日にピークに達した。GC33の抗腫瘍効果の機序を探るため,過去にGPC3との関連が報告されている細胞増殖活性とECMを評価した。前者については,増殖系マーカーを用いて検討をしたが,GC33による腫瘍細胞の増殖活性への影響は認められなかった。後者については,GC33投与群でECMのリモデリング亢進を示唆する変化が観察されたが,同所見はSSCの浸潤増加が顕著な領域において強く認められる傾向があったことから,SSC(Mφ)浸潤に伴う二次的変化であると考えられた。次いで,GC33投与によるMφの浸潤増加とGPC3の機能修飾との関係について検討した。GC33投与前にMφの枯渇化処理をすると,GC33の抗腫瘍効果が大幅に減弱,またはほぼ完全に消失したことから,Mφの浸潤増加は細胞死に対する二次的反応ではなく,抗腫瘍効果発現に対して中心的な役割を果たしていることが強く示唆された。一方,Mφによる抗腫瘍メカニズムとしては,「ADCC」と「GPC3の機能修飾」の2通りが想定された。マウス腹腔内Mφを用いたinvitroADCCアッセイでは,細胞傷害活性はほとんど確認されなかったことから,前者の可能性は考えにくく,後者の可能性が想定された。換言すれば,GPC3とMφとの間に何らかの生物学的な関係があり,GC33がそれに対して修飾を加えた可能性が考えられた。

3.ヒト肝細胞がんにおけるGPC3発現プロファイルとマクロファージ浸潤との関係

肝がんにおいて,GPC3発現とMφ浸潤との間の関係を検討するため,肝細胞がん患者由来の肝臓(n=30)を用いて行った。まず,各肝細胞がんサンプルをGPC3発現パターンに基づき3群に分類した。すなわち,GPC3陰性の標本をGPC3-,GPC3陽性で全周性の細胞膜陽性を示す腫瘍細胞の割合が少ない(陽性細胞の20%未満)標本をGPC3+/unclear(UC),この割合が多い(同20%以上)標本をGPC3+/clear(C)とした。次いで,組織孤在性及び汎Mφ(rMφ及びpMφ)マーカーを用いた免疫染色を行い,上記のGPC3発現パターンによる群間で陽性細胞数を比較した。肝細胞がんの76.7%がGPC3+であった。rMφマーカー陽性細胞数は,肝細胞がん組織の各群間で差はみられなかったのに対して,pMφマーカー陽性細胞数は,GPC3+/Cの肝細胞がん組織でGPC3-及びGPC3+/UCと比較して有意に増加していた。さらに,GPC3非発現(GPC3-)・発現(GPC3+/C)肝細胞がん移植モデル腫瘍組織間の比較では,後者で浸潤Mφ数の有意な増加が観察された。以上の結果から,肝細胞がん組織の腫瘍細胞におけるGPC3の細胞膜発現と同組織へのMφ動員との関連が考えられた。

4.GPC3関連Mφのphenotypeとその動員に関与する候補因子の同定

GPC3+/Cパターンの肝細胞がん組織で浸潤増加がみられたMφのphenotype(MIorM2)とMφの動員に関わる走化性因子を明らかにすることを目的として,GPC3非発現(SK-HEP-1:GPC3-)及び発現(SKO3:GPC3+/C)肝細胞がん移植モデル腫瘍組織を用いて,関連遺伝子発現プロファイルを比較した。SK-HEP-1及びSKO3移植組織間におけるM1ならびにM2Mφ関連遺伝子発現プロファイルについて階層的クラスタリングを行ったところ,M2Mφ関連遺伝子についてのみ,SK-HEP-1とSKO3の2つの明確なクラスターに分かれた。また,これらM2Mφ関連遺伝子の多くは,SKO3移植組織で有意に発現が上昇していた。さらに,SKO3移植組織中のMφのほとんどは,M2Mφ特異的マーカーに対して陽性であった。これらの結果から,SKO3移植組織に動員されたMφはM2Mφであることが強く示唆された。腫瘍組織中のM2Mφは,一般にtumor-assceiatedmmcrophage(TAM)に分類され,腫瘍の進展や転移を促すとされている。また,SKO3移植組織では,血管・リンパ管新生や基質リモデリングがSK-HEP-1移植組織と比較して亢進していたことから,同移植組織に動員されたM2MφはATMの機能を備えていると考えられた。一方,腫瘍細胞由来でMφの動員に関わることが報告されている因子のうち,SK-HEP-1と比較しSKO3移植組織で有意に発現が上昇していた遺伝子は,CCL5,CCL3及びCSF1であった。これら3つの因子が,SKO3移植組織におけるMφの動員に関わっている可能性が考えられた。

以上,本研究により,肝がん組織の腫瘍細胞におけるGPC3の細胞膜発現により,肝がん組織へのMφの動員が促されることが明らかになった。また,同Mφは,腫瘍の進展や転移を促すことが知られているM2タイプのTAMであり,GPC3は,これらTAMの機能を介して,血管・リンパ管やECMなどの腫瘍微小環境を調節し,肝がんの進展や転移を促している可能性が示唆された。加えて,これらを動員するための走化性因子として,CCL5,CCL3及びCSF1が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,ヒトの肝がんで高発現しているグリピカン3(GPC3)の機能を主に病理組織学的手法を用いて解析した。

まず始めに,GPC3の機能を解析する上でGPC3の細胞膜発現プロファイルは重要なパラメータの一つと考えられたため,GPC3抗原の細胞膜発現を免疫染色により的確に捉えるための組織プロセッシング法を検討した。その結果,PLP-AMeX標本が最も良好な細胞膜発現を示した。従って,GPC3の機能を病理組織学的に解析する場合,多角的な解析が可能になる同標本を用いて行うことが最も妥当であると考えられた。

次に,抗ヒトGPC3抗体であるGC33をGPC3発現肝がん移植モデルに投与し,同モデル腫瘍組織を病理組織学的に解析した。その結果,腫瘍細胞の変化として,細胞死,円形細胞および多核細胞の増加,それ以外の細胞の変化として,マクロファージ(Mφ)ならびに好中球の増加が観察された。次いで,GC33投与によるMφ浸潤増加とGPC3の機能修飾との関係について検討した。GC33投与前にMφを枯渇化すると,その抗腫瘍効果が大幅に減弱,またはほぼ完全に消失したことから,Mφの浸潤増加は細胞死に対する二次的反応ではなく,抗腫瘍効果発現に対して中心的な役割を果たしていると考えられた。一方,Mφによる抗腫瘍メカニズムとしては,「ADCC」と「GPC3の機能修飾」の2通りが想定された。マウス腹腔内Mφを用いたinvitroADCCアッセイでは,細胞傷害活性はほとんど確認されなかったことから,前者の可能性は考えにくく,後者の可能性が想定された。換言すれば,GPC3とMφとの間に何らかの生物学的な関係があり,GC33がそれに対して修飾を加えた可能性が考えられた。

上記の結果を受け,肝がんにおいて,GPC3の機能とMφ浸潤との間に生物学的な関係が認められるかどうかをしらべるための検討を肝細胞がん患者由来の肝臓を用いて行った。まず,各肝細胞がんサンプルをGPC3発現パターンに基づき3群(GPC3陰性:GPC3-,GPC3陽性だが細胞膜発現は不明瞭:GPC3+/UC,GPC3陽性で細胞膜発現明瞭;GPC3+/C)に分類した。次いで,汎Mφ(pMφ)マーカーを用いた免疫染色を行い,上記のGPC3発現パターンによる群間で陽性細胞数を比較した。その結果,pMφマーカー陽性細胞数は,GPC3+/Cの肝細胞がん組織でGPC3一及びGPC3+/UCと比較して有意に増加していた。また,ヒト肝細胞がんマウス皮下移植モデルを用いた検討でも同様の現象が再現された。以上の結果から,肝細胞がん組織の腫瘍細胞におけるGPC3の細胞膜発現と同組織へのMφ動員との関連が考えられた。

上記のMφのphenotype(MIorM2)を決定することは,肝がんにおけるGPC3発現と腫瘍の進展・転移との関係を明らかにする上で重要と考えられたことから,これにづいて検討した。加えて,Mφの動員に関わる走化性因子についても検討を行った。GPC3非発現(SK-HEP-1:GPC3-)および発現(SKO3:GPC3+/C)肝細胞がん移植モデル腫瘍組織を用いて,遺伝子発現プロファイルを比較したところ,SKO3移植組織でM2Mφ関連遺伝子の発現上昇がみられた。さらに,SK-HEP-1移植組織と比べてSKO3移植組織で浸潤が増加していたMφの大部分はM2Mφ特異的マーカーに対して陽性であった。これらの結果から,SKO3移植組織に動員されたMφはM2Mφであることが強く示唆された。腫瘍組織中のM2Mφは,一般にtumor-ssociatedmacrophage(TAM)に分類され,腫瘍の進展や転移を促すとされている。実際に,SKO3移植組織では,TAMの機能としての血管・リンパ管新生や基質リモデリングの充進が観察された。一方,Mφの動員に関わることが報告されている因子のうち,SKO3移植組織で有意に発現が上昇していた遺伝子は,CCL5,CCL3及びCSF1であった。これら3つの因子が,SKO3移植組織におけるMφの動員に関わっている可能性が考えられた。

以上の成績から,肝がん腫瘍細胞におけるGPC3の細胞膜発現により,肝がん組織へのM2タイプのTAMの動員が促されることが明らかになった。また,GPC3は,これらTAMの機能を介して,血管・リンパ管やECMなどの腫瘍微小環境を調節し,肝がんの進展や転移を促している可能性が示唆された。加えて,これらを動員するための走化性因子として,CCL5,CCL3及びCSF1が考えられた。本研究の成果は,ヒト肝がんの病態発現機序を考える上での基礎的知見として極めて重要である。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク