学位論文要旨



No 217279
著者(漢字) 日下部,敬之
著者(英字)
著者(カナ) クサカベ,タカユキ
標題(和) 大阪湾に出現するイカナゴの資源管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 217279
報告番号 乙17279
学位授与日 2010.01.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17279号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小松,輝久
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 渡邊,良朗
 東京大学 准教授 平松,一彦
 東京大学 准教授 山川,卓
内容要旨 要旨を表示する

大阪湾に出現するイカナゴ資源を有効かつ持続的に利用するため,漁況予測の精度向上を目的として,仔魚の鉛直分布様式の把握と採集方法の検討,耳石による成長解析を行った。また,イカナゴ仔魚の資源量を定量的に把握する方法を開発するとともに,加入量に影響を与える諸要因についてモデルを用いて検討を加えた。さらに,資源量に応じた経済的最適解禁日についても検討した。研究成果の概要は以下のとおりである。

1.イカナゴ仔魚の鉛直分布様式とその形成要因

漁況予測のための仔魚採集方法検討の基礎資料とすることを目的として,大阪湾におけるイカナゴ仔魚の鉛直分布および摂餌と環境要因との関係を調べ,飼育実験により得られた光強度と摂餌量との関係とあわせて解析することにより,イカナゴ仔魚の鉛直分布様式とその形成要因について検討した。

イカナゴ仔魚は,日中水深5mを中心として,10m深層以浅の層に集中的に分布していた。また,1,5,10,20,40m深層の順に,浅い層の仔魚ほど多くの餌料を摂食していた。しかし同時に行なった水温,塩分,および主餌料であるカイアシ類幼生の鉛直分布調査の結果からは,これら仔魚分布と摂餌量の鉛直変化を説明できなかった。一方,摂餌実験では,平均全長6.8mmのイカナゴ仔魚が摂餌したワムシの平均個体数は光量子束密度が高いほど多く,光量子束密度1.3μmol m2s-1以上の区では,それより低い,暗い区よりも有意に多かった。これらのことと,現場で日中測定した水中の光量子束密度が16~22m深層以深で1.3μmolm-2s-1を下回っていたこと,さらに活発に摂餌を始める全長以上の個体で浅い水深帯への集中が顕著であったことから,イカナゴ仔魚が日中10m深層以浅に分布するのは,摂餌に適した明るい層に鉛直移動を行った結果だと考えられた。したがって,本種の発生量規模を把握するための採集調査を行う際には,一定の水深帯に偏ることなく,傾斜曳きか鉛直曳きにより水柱全体から仔魚を採集する必要があることが明らかとなった。

2.仔魚調査における採集方法の検討

イカナゴ漁況予測のための仔魚採集調査方法を改良するため,大型リングネットの鉛直曳きとボンゴネットの往復傾斜曳きによるイカナゴ仔魚の採集効率を比較検討した。

大阪湾内の5調査点において,口径130cm,目合い0.335mmリングネットの海底上3mから水面までの鉛直曳きと,口径60cm,目合い0.335mmボンゴネットの水面から海底上3mまでの往復傾斜曳きを連続して行い,両ネットで採集された単位ろ水量あたりイカナゴ仔魚数を全長階級別に比較した。その結果,ボンゴネットに対するリングネットの採集数の比は全長3mm台で0.47,4mm台で0.59,その後は急激かっ単調に減少し,6mm台で0.16,9mm台で0.02となった。リングネット鉛直曳きの採集効率が,ボンゴネット往復傾斜曳きに較べ,特に大きな仔魚で低かった原因は,リングネットではブライドルと曳索が網口の前方に位置し仔魚の逃避行動を促進すること,ワイヤー巻き上げ時の対水速度がボンゴネットより遅いことにより仔魚の網口逃避がより多くなったためであると考えられた。これらの結果から,漁況予測には,全長の大きな仔魚に対してもリングネット鉛直曳きより採集効率の高いボンゴネット往復傾斜曳きによる採集調査の方が適していると判断された。

3.成長予測を目的とした耳石日周輪によるイカナゴ仔稚魚の成長解析

大阪湾・播・磨灘では漁期前に試験操業を行い,漁獲されたイカナゴの全長をもとに成長予測によって解禁日を決定している。しかしこれまで当海域では漁獲物平均全長推移を参考にして求めた群成長速度しか算出されておらず,仔魚の実際の成長速度は明らかになっていなかった。そこで,耳石の日周輪を観察し,個体ごとの成長解析手法として多く用いられるBiological intercept法をイカナゴ仔魚へ適用できることを飼育実験によって確認したうえで,複数年の解禁日の漁獲物からその成長履歴を解析し,試験操業日前後の成長速度と水温の関係を検討した。

飼育実験において,耳石輪紋径からBiological intercept法によって逆算した成長履歴が,定期的にサンプリングして直接測定した成長軌跡とよく一致し,イカナゴ仔魚の成長解析に本手法を使用してもよいことが明らかとなった。次に,4年間の解禁日に漁獲されたイカナゴの成長履歴をBiological intercept法で解析し,Richardsの成長式をあてはめた。成長式のパラメータ値から,イカナゴの初期成長はlogistic曲線に近いことがわかった。得られた成長式によれば,試験操業実施時期にあたるふ化後37日目における日間成長量は0.64~0.89mm day-1の範囲であった。この日間成長量(GR)と2月上旬の大阪湾10m深層平均水温(WTlo)の関係はGR=0.1142WT10-0.323で表され(R2=0.82),水温が高いほど仔魚の成長が速かった。このことから,試験操業から解禁日までのイカナゴ仔魚の日間成長量を水温から推定可能であることが示された。

4.漁獲努力量を用いたチューニングVPAによるイカナゴ0歳魚の資源尾数推定

イカナゴ資源を定量的に管理するため,資源尾数をVPAにより推定した。イカチゴの資源管理においては,翌年の親魚となる資源を一定量残す必要があることから,終漁時の資源尾数も把握するために漁獲努力量データを用いたチューニングVPAを新たに開発し,これにより漁の始めと終りの資源尾数を推定した。

大阪湾に出現するイカナゴは,播磨灘および紀伊水道に出現するイカナゴと同一の地域個体群であると考えられるため,大阪湾,播磨灘紀伊水道の3海域をあわせて対象海域とし,1990~1995年の6年間にっいて資源尾数推定を行った。漁開始前の2月1日の資源尾数を初期資源尾数とし,終漁後の6月1日の資源尾数を最終残存尾数とした。まず,通常の後退法VPAにより,仮の最終残存尾数を与えて旬別解析で初期資源尾数を求めた。次に,得られた各旬の漁獲尾数を通常の漁獲方程式に当てはめ,各旬の漁獲係数Fを求めた。漁獲係数Fと漁獲努力量Xの間に,漁獲効率qを介してF=gXの関係があることを利用し,qを期間中一定と仮定することによりXの旬別値の変化傾向を真のFの変化傾向とみなして,最終残存資源尾数を増減させて,漁獲方程式から求めた旬別Fの変化傾向を旬別Xの変化傾向に可能な限り近づけた。こうして初期資源尾数と最終残存資源尾数を推定した結果,対象海域全体で毎年1,600億尾あまりの初期資源があり,そのうち約60%が漁獲され,30%が漁期中に自然死亡し,10%あまりが生き残ると推定された。また,6年間の初期資源尾数推定値の増減傾向は,漁業操業日誌等から推定された資源量増減傾向と一致していた。今回開発したチューニング法は,通常のVPAと異なり終漁時の資源尾数が算出可能であることから,翌年以降の親魚資源を確保するために適切に終漁することが必要なイカナゴの資源管理にとって有効なものであると考えられた。

5.ニューラルネットワークによるイカナゴ加入尾数予測

イカナゴの加入尾数を漁期前に予測する手法を確立するため,加入尾数に影響を及ぼすと考えられる気象・海象・生物に関するデータを入力変数とし,大阪湾,播磨灘,紀伊水道3海域合計の0歳魚加入尾数を実績値として,階層型ニューラルネットワークモデルにより予測モデルを構築した。そして,入力層細胞と中間層細胞との問のシナプス荷重値を比較することにより,加入尾数を大きく左右している入力変数について考察した。

解析対象期間は1985~1994年の10年間とし,前年9月の大阪湾底層水温,産卵時期,産卵期前後の西風平均風速(12月下旬と1月上旬),1月の大阪湾底層の水温と塩分,および仔魚採集調査の結果(1月と2月の播磨灘と大阪湾それぞれの1調査点あたり平均採集尾数)の10項目を入力変数とした。1985~1991年の7年間を学習期間としてモデルを構築し,1992~1994年の3年間について推定値と実績値との比較を行なったところ,実用上十分な精度の予測結果が得られた。出力値に対して大きな影響を及ぼすシナプス荷重値をもつ入力変数は,正の要因として西風平均風速(12.月下旬,1月上旬とも)と大阪湾の2月仔魚採集尾数,および負の要因として前年9月大阪湾底層水温であり,イカナゴ仔魚資源量に及ぼす機構において重要な働きをするものであった。このようにシナプス荷重値の大小を調べることで入力変数のスクリーニングができることから,漁況予測のために実施すべき調査項目検討のツールとしてもニューラルネットワークモデルは有効であるのみならず,入力変数の個数がデータ年数の規制を受けず,また入力変数相互の独立性も考慮する必要がないという点で,実際の資源管理の現場に適したモデルであった。

6.漁獲シミュレーションによるイカナゴ漁の最適解禁日推定

大阪湾のイカナゴの最適解禁日について,漁期の総漁獲金額と資源尾数との関連で数値的に検討されたことはこれまでなかった。そこで,漁獲シミュレーションモデルを作成して,まず対象年の漁獲を再現し,つぎにその再現過程から得られたパラメータを用いて,解禁日を変化させたシミュレーションを行って,対象年の初期資源尾数の下で漁期の総漁獲金額が最高となる解禁日を求めた。

漁獲シミュレーションの対象海域を大阪湾とし,イカナゴ仔魚の初期資源尾数が少なかったと考えられる2003年を対象年として,まず,漁獲能率と操業時間の積で表される漁獲係数と,その日の当初資源尾数から漁獲方程式によって漁獲尾数を計算し,その後自然死亡係数を用いてその日の自然死亡を減じて翌日当初の資源尾数を算出する方法によって,標本漁船の2003年の漁獲尾数と漁獲重量実績値が再現される初期資源尾数と漁獲能率を探索的に求めた。次に,求めた初期資源尾数と漁獲能率を用い,解禁日を変えて漁獲尾数と重量を計算し,さらに漁獲金額を推定した。その結果,漁期の総漁獲金額のピークは2003年の実際の解禁日よりもかなり遅い解禁日で出現した。すなわち,資源量が特に少ない年には,従来の解禁基準全長よりも大きい全長で解禁した方が有利であることが示された。

以上,本研究により,大阪湾に出現するイカナゴ仔魚は,日中に視覚により動物プランクトンを摂餌し,10m深以浅の明るい層に分布すること,成長速度が水温に大きく影響されること,前年夏季の高水温は加入資源尾数に負の影響を与えることなど,生態的な新知見を得た。また,漁況予測に適した採集方法の検討,資源量の定量的把握と予測,最適解禁日推定手法の開発を行い,漁況予測と資源管理に反映させることにより,漁期総漁獲金額を増大させることができることを数値的に示した。これらの成果は漁業解禁日の設定などに活用され,持続的なイカナゴ漁業の実現に大きく貢献するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

持続的に資源を利用する漁業の実現が強く求められている現在,科学的な知見に基づく資源管理が特に重要になっている。本論文は、大阪湾をフィールドとして、沿岸域における小型浮き魚類重要魚種の一つであるイカナゴの資源管理のために行った研究をまとめたもので、その骨子は以下の6項目である。

1イカナゴ仔魚の鉛直分布様式とその形成要因

仔魚採集法検討のため、大阪湾に出現するイカナゴ仔魚の鉛直分布、摂餌、環境要因との関係を調べた。1昼夜の現場調査では、イカナゴ仔魚は、日中10m深層以浅の層に集中的に分布し、餌餌していた。摂餌実験では、イカナゴ仔魚が摂餌したワムシ個体数は光量子束密度が高いほど多く、イカナゴ仔魚は日中摂餌に適した明るい10m深層に移動すると考えられた。本種の発生最を把握するための採集調査では、傾斜曳きか鉛直曳きにより水柱全体から仔魚を採集する必要があることが明らかとなった。

2仔魚調査における採集方法の検討

仔魚採集法改良のため、大型リングネット鉛直曳とボンゴネット往復傾斜曳とによるイカナゴ仔魚採集効率を比較検討した。前者の採集効率は、後者に較べ、特に大きな仔魚で低かった。リングネットでは網口の前方のブライドルと曳索が仔魚の逃避行動を促進すること、ワイヤー巻き上げ時の対水速度がボンゴネットより遅いことにより仔魚の網口逃避が多かったと考えられた。漁況予測には、リングネット鉛直曳より採集効率の高いボンゴネット往復傾斜曳による採集調査の方が適していると判断された。

3成長予測のために耳石日周輪によるイカナゴ仔稚魚の成長解析

大阪湾・播磨灘ではこれまで、仔魚の実際の成長速度は明らかになっていなかった。そこで、飼育実験により耳石の日周輪を観察し、Biological intercept(BI)法をイカナゴ仔魚へ適用できることを確認した。BI法を用いて複数年の解禁日の漁獲物からその成長履歴を解析し、試験操業日前後の成長速度と水温の関係を検討したところ、水温が高いほど仔魚の成長が速かった。このことから、試験操業から解禁日までのイカナゴ仔魚の日間成長量を水温から推定可能であることが示された。

4漁獲努力量を用いたチューニングVPAによるイカナゴ0歳魚の資源尾数推定

漁獲努力量データを用いたチューニングVPAを開発し、漁期終了時の資源尾数を推定した。大阪湾、播磨灘、紀伊水道を合わせた資源について、1990~1995年の6年間の資源尾数推定を行った結果、毎年1、600億尾あまりの初期資源があり、そのうち約60%が漁獲され、30%が漁期中に自然死亡し、10%余りが生き残ると推定された。また、6年間の初期資源尾数推定値の増減傾向は、漁業操業日誌等から推定された資源量増減傾向と一致した。今回開発したチューニング法は、通常のVPAと異なり終漁時の資源尾数が算出可能であり、翌年以降の親魚資源を確保する必要があるイカナゴ資源管理に有効である。

5ニューラルネットワークによるイカナゴ加入尾数予測

イカナゴの加入尾数を漁期前に予測する手法を確立するため、加入尾数に影響を及ぼすと考えられる気象・海象・生物に関するデータを入力変数とし、大阪湾、播磨灘、紀伊水道3海域合計の0歳魚加入尾数を実績値として、階層型ニューラルネットワークモデルを構築し、シナプス荷重値を比較し、加入尾数に大きな影響を及ぼす入力変数を調べた。1985~1991年の7年間を学習期間、1992~1994年の3年間を検証期間とし検討した結果、実用上十分な精度の予測が得られ、実際の資源管理に適したモデルを構築できた。

6漁獲シミュレーションによるイカナゴ漁の最適解禁日推定

大阪湾のイカナゴの最適解禁日を、漁獲シミュレーションモデルを作成し、検討した。まず、対象年の漁獲を再現し、つぎに得られたパラメータを用いて、解禁日を変化させ、対象年の初期資源尾数の下で漁期の総漁獲金額が最高となる解禁日を求めた。その結果、イカナゴ仔魚の初期資源尾数が少なかった2003年漁期の総漁獲金額のピークは実際の解禁日よりも遅い時期に出現した。資源最が特に少ない年には、従来の解禁基準全長よりも大きい全長で解禁する方が有利であることが示された。

以上、大阪湾に出現するイカナゴ仔魚について、漁況予測に適した採集方法の検討、資源量の定量的把握と予測、最適解禁日推定手法の開発を行い、これらの結果を漁況予測と資源管理に反映させることにより、漁期総漁獲金額を増大させることができることを示した。本論文の結果は、漁業解禁日の設定などに活用され、持続的なイカナゴ漁業の実現に大きく貢献するものと期待され、水産資源学上の貢献は大きい。よって、審査委員一同は本論文を博士(農学)の学位論文としての価値があるものと判断した。

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