学位論文要旨



No 217284
著者(漢字) 朴,泰勲
著者(英字)
著者(カナ) パク,テフン
標題(和) 競争戦略と組織間システム : 中国における日韓独自動車メーカーの比較分析
標題(洋)
報告番号 217284
報告番号 乙17284
学位授与日 2010.01.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 第17284号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,章
 東京大学 教授 田嶋,俊雄
 東京大学 教授 中村,圭介
 東京大学 教授 丸川,知雄
 京都大学 教授 塩地,洋
内容要旨 要旨を表示する

日本の自動車メーカーが展開したアウトソーシング競争戦略は、外部環境と内部資源(71制約と絡み合いながら、自動車メーカーと部品メーカーの間の協力的な組織間システムの形成に影響を及ぼしたため、日本企業は欧米より高い業績をあげてきた。

しかしながら、先行研究では国際比較の分析単位が主に国であったため、日米欧各国の環境が異なるにもかかわらず、同一線上で日米欧の自動車メーカーの競争戦略が組織間システムの形成に及ぼす影響について比較分析が行われてきた。その結果、各国の外部環境が競争戦略と複雑に絡み合いながら、組織間システムの形成に影響を及ぼした。したがって、自動車メーカーの競争戦略が組織間システムの形成にどのような影響を及ぼしたのかについて、必ずしも踏み込んだ国際比較分析がなされてきたとは言えなかった。

また、先行研究では組織間開発システム及び組織間生産システムを国際比較する際に組織間契約システムが組織間開発システム及び組織間生産システムに有機的に連携されているとされてきた。そのため、組織間契約システムが必ずしも独立した変数として扱われてきたとは言い難い。その結果、競争戦略が組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムの形成に及ぼす影響についてはあまり明確にされなかった。

さらに、自動車メーカーの競争戦略が階層的分業下にある1次部品メーカーと2次部品メーカーの間の組織間システムの形成にどのような影響を及ぼすのかについてあまり充分な議論が行われてこなかった。その結果、自動車メーカーの競争戦略が階層的分業構造全体の組織間システムの形成にどのような影響を及ぼすのかという全体像が見えてこなかった。そこで、本研究では外部環境が組織間システムの形成に及ぼす影響をある程度取り除くため、世界の有力自動車メーカーが揃って進出している中国市場を取り上げて、一汽VW、天津トヨタ、北京現代の競争戦略が階層的分業の組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムの形成にどのような影響を及ぼすのかについて調べた。その結果、次の点が明確になった。

第1に、中国でVWはトヨタやGMなどに勝つため、すべての人々のための移動手段である標準的な大衆車を付加価値化して適切な価格で販売するという競争戦略を展開した。このようなVWの中国での瀞戦略はドイツの競争戦略と基本的な枠組みが同じであった。したがって、中国の競轍略はVWと1次部品メーカーの間の組織間システムの中国移転を促進した。そして、VWの中国での欝戦略は一汽VWと1次部品メーカーの間の組織間システムの形成に影響を与えた。そのため、中国の外部環境と内部資源の制約がドイツと異なるにもかかわらず、VWと1次部品メーカーの間の組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムはドイツと同様に相互調整型一独立分業型一短期更新型となった。こうしたVWの中国の競争戦略は外部環境及び内部資源と絡み合いながら、一汽VWの1次部品メーカーと2次部品メーカーの間の相互調整型組織間生産システムと長期安定型組織間契約システムの形成にも影響を及ぼした

第2に、中国でトヨタはVWやGMなどに勝つため、最も良い車を、安くタイムリーに、かっ長期安定的に販売するという競争戦略を進めた。このようなトヨタの中国での競争戦略は、日本の競争戦略を踏襲するものであった。したがって、中国の競争戦略はトヨタと1次部品メーカーの間の組織間システムの中国移転を促す働きをした。そして、トヨタの中国での競争戦略は天津トヨタと1次部品メーカーの間の組織間システムの形成に影響を与えた。その結果、外部環境と内部資源が異なる中国でも、天津トヨタと1次部品メーカーの間では日本と同様に相互調整型組織間開発システム、相互調整型組織間生産システム、長期安定型組織間契約システムが構築された。こうしたトヨタの競争戦略は外部環境及び内部資源と絡み合いながら、天津トヨタの1次部品メーカーと2次部品メーカーの間の相互調整型組織間生産システムと長期安定型組織間契約システムの形成にも影響を与えた。

第3に、中国で現代は日米欧の自動車メーカーに勝つため、価格に見合う価値を付けて顧客に信頼される車を販売するという競争戦略を展開した。このような現代の中国での競争戦略は韓国での競争戦略とほとんど変わらなかった。したがって、中国でも現代と1次部品メーカーの間の組織間システムの形成は競争戦略によって影響された。その結果、韓国と同じく、北京現代と1次部品メーカーの間の組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムは相互調整型一独立分業型一長期安定型となった。そして、現代の競争戦略は外部環境及び内部資源と絡み合いながら、北京現代の工次部品メーカーと2次部品メーカーの間の独立分業型組織間生産システムと長期安定型組織間契約システムの形成にも影響を及ぼした。

本研究の分析結果をまとめると、次の通りである。

外部環境の影響が組織間システムの形成に及ぼす影響をある程度取り除いた状況でも、自動車メーカーの競争戦略は自動車メーカーと1次部品メーカーの間の組織間システムの形成に影響を及ぼす要因の1つであった。

ただし、階層的分業の下位階層にある2次部品メーカーの多くは開発能力を持っていない貸与図部品メーカーであるため、1次部品メーカーと図面の設計を行わなかった。そのため、1次部品メーカーと2次部品メーカーの間では本格的な組織間開発システムが形成されていなかった。したがって、外部環境の影響をある程度除去した状況で、自動車メーカーの競争戦略が1次部品メーカーと2次部品メーカーの間の組織間システムの形成に影響を及ぼすところは、組織間生産システムと組織間契約システムのみであった。

本研究が先行研究に対して新しく貢献した点は、次の3点である。

第1に、本研究は本国と外部環境が異なる状況でも競争戦略が組織間システムを形成する要因の1つであるのかどうかについて調べたところ、中国における日韓独の自動車メーカーの競争戦略が組織間システムの形成要因の1つであることを明らかにした。っまり、組織間システムの形成要因として、外部環境、内部資源、製品アーキテクチャ、部品取引方式、経営戦略、事業戦略などに加えて、競争戦略が挙げられることが明確となった。

第2に、先行研究では組織間開発システムと組織間契約システム、もしくは組織間生産システムと組織間契約システムが相互間で有機的に形成されるとされてきた。そのため、日本の自動車メーカーの相互調整型一長期安定型と米国自動車メーカーの独立分業型一短期更新型を対比させて分析が行われてきた。それに対して、本研究では組織間契約システムを独立した変数として捉えて、組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムという3つの軸で組織間システムを分析した。その結果、組織間システムとして天津トヨタのような相互調整型一相互調整型一長期安定型以外にも、一汽VWのような相互調整型一独立分業型一短期更新型及び北京現代のような相互調整型一独立分業型一長期安定型があることが分かった,つまり、組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムの形成が相互間で強い相関関係を持ちながら形成されるとは必ずしも言えず、むしろ競争戦略、外部環境、内部資源などの影響を受けながら独立的に形成されることが明らかとなった。

第3に、自動車メーカーの競争戦略が階層的分業全体における組織間システムの形成に及ぼす影響について明らかにした。先行研究では主に自動車メーカーと1次部品メーカーの問の組織間システムの形態について研究がなされてきた。そのため、階層的分業全体における組織間システムの形成がどのような要因によって影響されるのかが明らかにされてこなかった。それに対し、本研究では自動車メーカーと1次部品メーカーの問の組織間システムの形成に影響を及ぼす要因と、1次部品メーカーと2時部品メーカーの問の組織間システムの形成に影響を及ぼす要因の違いを明確にした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、自動車メーカーにおける競争戦略と組織間システムの関連を、中国市場における日本・韓国・ドイツの代表的メーカー、すなわちトヨタ自動車・現代自動車・フォルクスワーゲン=VWという3社の事例に即して解明したものである。

本論文は序章および本論7章(第I部3章、第II部3章、第III部1章)、そして結論からなる。まず本論文の内容を簡単に紹介する。

序章「問題意識と分析の枠組み」では、競争戦略と組織間システムとの関連をめぐる先行研究の検討を通じて、本論文の課題および分析の枠組みが設定される。先行研究では、日本の自動車メーカーが展開した競争戦略が、外部環境および内部資源による制約との関連のもとで、自動車メーカーと部品メーカーの間の協力的な組織間システムの形成に影響を及ぼし、このことをつうじて日本企業は欧米より高い業績をあげてきたとされる。しかしながら、先行研究では、第1に、日米欧の自動車メーカーの競争戦略が組織間システムの形成に及ぼす影響について、それぞれの本国における事例についての比較にとどまっており、同一の市場におけるそれぞれの事例の比較は軽視されてきた。第2に、組織間契約システムは組織間開発システムおよび組織間生産システムにたいするいわば従属変数として扱われており、競争戦略が組織間開発システム、組織間生産システムのみならず組織間契約システムの形成に及ぼす影響については明確にされなかった。第3に、組織間関係の対象が本社と一次部品メーカーとの関係に限定され、その下位にある一次部品メーカーと二次部品メーカーとの間については十分に検討されてこなかった。以上が、氏による先行研究の検討の結果である。

そこで本研究では、外部環境が組織間システムの形成に及ぼす影響をある程度取り除くため、世界の有力自動車メーカーが揃って進出している中国市場を取り上げるとする。具体的には、VWおよびその子会社である一汽VW、トヨタおよびその子会社である天津トヨタ、および現代およびその子会社である北京現代が取り上げられ、それらの競争戦略が組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムの形成にどのような影響を及ぼすのかが検討される。その際、VWないし一汽VW、トヨタないし天津トヨタ、現代ないし北京現代とそれらの一次部品メーカーとの関係のみならず、それぞれの一次部品メーカーと二次部品メーカーとの間の組織間システムにまで降りて検討される。序章ではこのような分析枠組みの設定と同時に、それに基づく調査項目が詳細に示される。ちなみに競争戦略の内実としては、価格、品質、モデルチェンジの頻度などが重視されている。

さて、第I部「VW、トヨタ、現代の組織間システムと競争戦略」では3章にわたって、一汽VW(第1章)、天津トヨタ(第2章)、北京現代(第3章)各社の、本国における本社・一次部品メーカーの組織間システムおよび一次部品メーカー・二次部品メーカー間の組織間システムが、本社の採用する競争戦略との関連において検討される。

これに続く第II部「中国におけるVW、トヨタ、現代の組織間システムと競争戦略」でもやはり3章にわたって、VW(第4章)、トヨタ(第5章)、現代(第6章)各社における、本社・一次部品メーカーの組織間関係および一次部品メーカー・二次部品メーカー間の組織間関係が今度は中国市場ではいかなるものであったかが、本社の採用する競争戦略との関連において検討される。

第III部「本国と中国の組織間システムと競争戦略の比較分析」は第7章「VW、トヨタ、現代の本国と中国の組織間システムと競争戦略」の1章のみから成るが、それは上記第I部および第II部を踏まえ、本論文の実質的な総括を与えるものである。第III部における比較分析の結果は次のごとくである。

中国における日韓独3社の競争戦略は、それぞれの本国におけるそれと基本的に同一であった。それにともなって、本国における組織間システム、とくに本社と一次部品メーカーの間のそれの中国への移転が促進され、その結果、中国における組織間システムは基本的には本国におけるそれと同一であった。このことから、外務環境が組織間システムに及ぼす影響をある程度取り除いて観察すれば、競争戦略が組織間システムを規定する要因であることが確認できる。このことは、中国における一次部品メーカーと二次部品メーカーとの間の組織間システムについてもほぼ同様に妥当する。ただし、中国における二次部品メーカーの多くは開発能力を持っていなかったため、一次部品メーカーと二次部品メーカーとの間の組織間開発システムについては、上記の観察は妥当しないとされる。

終章「結論」では、上記のような分析結果を、3社それぞれに即して次のようにまとめている。

VWは中国において、すべての人々のための移動手段である標準的な大衆車を付加価値化して適切な価格で販売するという競争戦略を展開した。このような戦略はドイツ本国におけるそれと基本的に同じであった。そのため、本国における本社と一次部品メーカーの間の組織間システムの中国への移転が促進された。その結果、中国では外部環境と内部資源の制約がドイツにおけると異なるにもかかわらず、一汽VWと一次部品メーカーの間の組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムはドイツと同様に相互調整型-独立分業型-短期更新型となった。こうしたVWの中国の競争戦略は外部環境及び内部資源と絡み合いながら、一汽VWの一次部品メーカーと二次部品メーカーの間の相互調整型組織間生産システムと長期安定型組織間契約システムの形成にも影響を及ぼした。

トヨタは最も良い車を、安くタイムリーに、かつ長期安定的に販売するという競争戦略を進めた。これは日本での競争戦略を踏襲するものであった。したがって、それはトヨタと一次部品メーカーの間の組織間システムの中国移転を促し、天津トヨタと一次部品メーカーの間の組織間システムの形成に影響を与えた。その結果、外部環境と内部資源が異なる中国でも、天津トヨタと一次部品メーカーの間では日本と同様に相互調整型組織間開発システム、相互調整型組織間生産システム、長期安定型組織間契約システムが構築された。こうしたトヨタの競争戦略は外部環境及び内部資源と絡み合いながら、天津トヨタの一次部品メーカーと二次部品メーカーの間の相互調整型組織間生産システムと長期安定型組織間契約システムの形成にも影響を与えた。

現代は価格に見合う価値を付けて顧客に信頼される車を販売するという競争戦略を展開した。このような現代の中国での競争戦略は韓国での競争戦略とほとんど変わらなかった。したがって、中国でも現代と一次部品メーカーの間の組織間システムの形成は競争戦略によって影響された。その結果、韓国と同じく、北京現代と一次部品メーカーの間の組織間開発システム、組織間生産システム、組織間契約システムは相互調整型―独立分業型―長期安定型となった。そして、現代の競争戦略は外部環境及び内部資源と絡み合いながら、北京現代の一次部品メーカーと二次部品メーカーの間の独立分業型組織間生産システムと長期安定型組織間契約システムの形成にも影響を及ぼした。

以上が本論文の要旨であるが、本論文は以下の点で高く評価することができる。

まず何よりも第1に、中国市場という同一の市場を観察対象として設定したうえで、そのもとでのVW・トヨタ・現代3社の競争戦略と組織間システムを比較し、その結果として、総じて本社における競争戦略が中国市場でも踏襲され、それにともなって本国における組織間システムの中国への移転が促進されたこと、このような意味において競争戦略による組織間システムへの規定性を確認つの組織間システムについて詳細に検討したうえで確認していること、さらにこの点を、下位の一次部品メーカーと二次部品メーカーとの組織間システムにまで降りたうえで確認していることが挙げられる。したこと、しかもこの点を、開発・生産・契約という3

第2に、上記のような一般的な確認にとどまらず、競争戦略と組織間システムの関連をめぐるVW・トヨタ・現代3社間での差異にも着目している点が挙げられる。とくに、開発・生産・契約に関する組織間システムについて、天津トヨタのように相互調整型―相互調整型―長期安定型をとる事例のほかにも、一汽VWのように相互調整型―独立分業型―短期更新型をとる事例、および北京現代のように相互調整型―独立分業型―長期安定型をとる事例があるという事実発見は、組織間開発システム・組織間生産システム・組織間契約システムの形成が相互に強い相関関係を持ちながら形成されるとは必ずしもいえず、むしろ競争戦略、外部環境、内部資源などの影響を受けながら独立的に形成されるという事実解釈とともに注目に値する。また、中国における一次部品メーカーと二次部品メーカーの間では本格的な組織間開発システムが形成されなかった、言い換えれば、競争戦略が一次部品メーカーと二次部品メーカーの間の組織間システムの形成に影響を及ぼすのは、組織間生産システムと組織間契約システムのみであったという事実発見も、二次部品メーカーの多くが開発能力を持っていない貸与図部品メーカーであるところに求める事実解釈とともに注目される。

総じて本論文は、明確な分析枠組みを前提とし、包括的な比較分析を遂行し、先行研究の欠を埋めたものであると評価できる。付言すれば、日韓独各企業の中国における事業活動につき、質問票の作成などの周到な準備を経て調査・インタビューのすべてを自力で遂行したエネルギー、そしてそれを可能にした言語習得のための努力は驚嘆すべきものがあり、そのような意味で文字通りの労作でもある。

ただし、いくつかの問題点をも指摘しておかねばならない。

第1に、競争戦略と組織間システムとの関連づけについての不十分さである。組織間システムの「形成要因」として、氏自身、「外部環境、内部資源、製品アーキテクチャ、部品取引方式、経営戦略、事業戦略」などを挙げ、それらとの関連において競争戦略による規定性を明らかにしようとしているが、この点はなお十分に明らかにされているとは言い難い。競争戦略による組織間システムへの規定性は、あるいは他の要因によって本論文におけるよりも相対化されるべきものかもしれない。

第2に、競争戦略と組織間システムの関連という枠組みを前提にして質問票を作成し、それによって中国市場における3社の事業活動を調査・分析するという手法に、やや機械的な処理ないし判断に流れる部分があることである。この点はこの種の調査方法には避けがたい困難とすべき面もあるが、少数の事例の深い分析によって補完するなどの工夫が必要であろう。

このように若干の問題点がなお残されているものの、これらの問題点が本論文の価値を損なうというわけではなく、それらはむしろ本論文によって獲得された認識を踏まえ、よりいっそうの検討を要する課題ということができる。また氏自身、終章の「残された課題」においてそれらの問題点を認識していることを考えれば、氏の今後の研究に期待してよい。したがって、本審査委員会は全員一致をもって、本論文が博士(経済学)の学位を授与するに値するものと判断した。

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