学位論文要旨



No 217287
著者(漢字) グエン ティ バン ハ
著者(英字)
著者(カナ) グエン ティ バン ハ
標題(和) ベトナム国サイゴン川水系の水質に影響を及ぼす因子に関する統合的研究
標題(洋) Integrated Study on Factors Affecting Water Quality of the Saigon River System in Vietnam
報告番号 217287
報告番号 乙17287
学位授与日 2010.01.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17287号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 准教授 片山,浩之
 東京大学 講師 小熊,久美子
 神戸大学 教授 大石,哲
内容要旨 要旨を表示する

サイゴン川は、ベトナム南部の水田地帯を灌漑するための最も重要な水源であるとともに、ドンナイ川と並んでベトナム第一の都市であるホーチミン市の水道水源となっている。しかし、近年、ホーチミン市、ビンドン県、テイニン県などの急速な経済成長に伴いサイゴン川の水質が悪化し、水道水供給の障害となっている。

サイゴン川の総延長は280 km、流域面積は4,717 km2で、上流には灌漑を目的としたベトナムで三番目に大きなヨウティン貯水池が存在する。サイゴン川は感潮河川であり、潮位の変化の影響で一日に二度、潮位の変化を繰り返す。また、上流に存在するヨウティン貯水池からの放流水や、灌漑用の運河からの水により流量が規定されている。その為、サイゴン川の水質に影響を与える因子を調べるためには、サイゴン川流域の様々な要素の相互関係を解析する必要があり、流域全体を俯瞰した統合的な研究が必要である。

本研究の目的は、ヨウティン貯水池を含むサイゴン川システムの水質の現状と影響因子を明らかにし、水質の維持・改善のための方策の立案を支援する科学的なデータを提供することである。そのため、本研究では以下の項目についての調査を行った。

(1)ヨウティン貯水池の水質の季節変動に関する研究

(2)サイゴン川の鉄とマンガン濃度の変動因子に関する研究

(3)Hoa Phu取水所におけるサイゴン川水質の連続モニタリング

(4)ニューラルネットワークによるサイゴン川の水質の時間変動に関する研究

ヨウティン貯水池における水質調査は2005年3月から2006年3月にかけて月に一度行った。ヨウティン貯水池はmonomictic(年1回循環貯水池)であり、水質が季節的に変動し、局所的にpHが低下して酸性化する現象が観察された。特に雨季の流入水はpHが低く、窒素・りんなどの栄養塩が多く含まれるために水質の悪化を招いていた。水質測定結果をもとに、ヨウティン貯水池は三つの区域に分画されることが示された。すなわち、西の支流、東の支流、及び貯水池中央部である。全体として、ヨウティン貯水池の水質は、pH 4.7 - 8.72, EC(電気伝導度) 2 - 8 ・S/cm, 濁度 2 - 77 NTU, 溶存酸素 0 - 12.5 mg/L, 溶解性物質 0.20 - 0.85 g/L, ORP -169 - 326 mV, BOD5 0.1 - 3.4 mg/L, COD 0.1 - 9.0 mg/L, アンモニア性窒素 0 - 0.50 mg/L, 亜硝酸性窒素 0.001 - 0.021 mg/L, 硝酸性窒素 0.001 - 0.77 mg/L, 全窒素 0.11 - 6.83 mg/L, オルトリン酸 0.001 - 0.057 mg/L, 全りん 0.001 - 0.334 mg/L, chlorophyll a 0.226 - 15.45 mg/m3, E. coli 0 - 12 CFU/100mL, and 大腸菌群 0 - 295 CFU/100mL.ヨウティン貯水池の水質は、ベトナムの水道水源の水質基準(TCVN 5942-1995 -Type A)に照らし合わせると、測定したサンプルの51%がアンモニア性窒素の基準を超過し、26%が溶存酸素の基準を超過し、20%が亜硝酸性窒素の基準を超過し、15%が大腸菌群の基準を超過していた。2005年時点での、ヨウティン貯水池への全窒素(TN)の負荷は4,729トンであり、全りん(TP)の負荷は412トンであった。これを貯水池の水面あたりに換算すると、17.5g TN/m2および1.52 g TP/m2と計算され、これらは、Vollenweiderにより提案された富栄養化を引き起こす限界負荷量に対して、それぞれ6倍及び8倍高い値であった。これらの影響分負荷量に対して、人間活動は大きな影響を与えていた。貯水池の流域からの流入水による窒素負荷は、全窒素負荷量の73%にあたり、全りん負荷量の24%に相当した。同じく、養殖漁業からの窒素負荷は全体の15%、りん負荷は39%に相当し、家畜からの窒素負荷は4%、りん負荷は13%に相当した。このように、りん負荷については、養殖漁業の占める割合が高かった。このため、養殖漁業の生簀の削減により、ヨウティン貯水池への窒素負荷を低減できることが分かった。

2005年から2006年にかけて4回のサイゴン川水質調査を行った。その結果、サイゴン川を水質により、上流、中流、下流に分けられることを示した。上流区間、即ちヨウティン貯水池からサイゴン市の境界までの河川区間では、土壌流出により濁度が高く、土壌の流出抑制が重要であることが判明した。ホーチミン市境界からBinh Phuoc橋までの中流区間では、硫酸酸性土壌(ASS)からの酸性流出水の影響で、河川のpHが低下するとともに、マンガンと鉄の濃度が上昇した。下流区間では、ホーチミン市からの下水排水により、アンモニア、全窒素、全りん、などの濃度が上昇し、溶存酸素濃度が低下していた。さらに中流区間と下流区間では、ともにE. coli や大腸菌群が高濃度で検出された。

さらに2008年3月には、サイゴン川とその支流に相当する多数の運河から採水した水と低泥及び周辺土壌の分析を行った。低泥及び土壌については、回分式の鉄・マンガン溶出試験を行った。その結果、マンガンと鉄の発生源については、硫酸酸性土壌からの溶出と、河川低泥からの溶出の二つが考えられることが示された。河川中流域では、ASSからのマンガンと鉄の溶出が主たる発生源であり、下流域では河川低泥からの溶出が主たる発生源であった。全体的にみると、マンガンについては、河川低泥はASSの10倍の含有量があり、溶出率は14倍の量があることから、最も重要な発生源であることが解明された。これに対して、上流のヨウティン貯水池や、河岸の浸食によるマンガンの発生量は僅かであることが示された。

マンガンと鉄の土壌からの溶出実験から、pHは土壌からの溶出を促す最も重要な因子であり、pHが3以下になると、鉄が溶解し、それに伴って鉄に付着したマンガンも溶解することが示された。ASSを水に浸すと極めて強い酸が生成するため、鉄やマンガンの発生を引き起こしている。例えば、溶液のpHを4から1.5に引き下げると、潜在的な酸性土壌(PASS)からのマンガン溶出は10倍に、鉄の溶出は14倍に増加した。

土壌からのマンガンと鉄の溶出が同時に起こったのに対して、河川低泥からのマンガン溶出は、鉄の溶出とは独立して起こった。マンガンの溶出は比較的短時間にpHや酸化還元電位などの条件にかかわらず起こったのに対して、鉄の溶出は、酸化還元電位が低い嫌気的な条件のみでゆっくりと発生した。この実験の結果をEh-pHダイアグラムで解析したところ、サイゴン川の水質条件ではマンガン溶出は酸化還元電位には依存せず、pHも6以下では、同様にマンガンの溶出には影響をしていない。但し、回分溶出実験の結果から、マンガン溶出後にはpHが上昇する傾向が見られ、実際の河川低泥中でのpHは、河川水中よりも高く、このためマンガンはMnCO3の形で存在していることが示唆された。実際には、低泥が巻き上げられるなどの乱れが生じると、低泥がpHの低い河川水に曝されてマンガンの溶出が起きているものと考えられた。 これに対して、鉄の溶出はpHとEh両方に依存しており、特に実験結果から、Ehが低い嫌気的な条件で大量の鉄が低泥から溶出した。このとき、マンガンの溶出は起きていないことから、鉄とマンガンは異なった形態で独立して低泥中に存在していることが示唆された。

このような回分実験や、流域の水質調査の結果と、連続的な水質変化との関係を調べるため、ホーチミン市の浄水場の取水地点であるHoa Phu取水所で2006年4月から2008年4月まで水質の連続観測を行った。その結果、pHとDOは年間を通じてベトナムの浄水水源水質を満たしていないことが明らかとなった。また、1時間ごとの水質測定結果から、サイゴン川の水質は以下の範囲であることが示された。pH 3.83 - 6.84, EC 0.002 -1.171 mS/cm, 水温26.23 - 31.89oC, DO 0 - 6 mg/L, 塩分濃度 0 - 0.54 ‰, TDS 0.01 - 0.713 mg/L, Eh 211 - 698 mV, chlorophyll a 1.21 - 11.12 mg/m3, 濁度 6.7 - 198.2 NTU. 特に、雨季にはpH と DO が低下し、4月にはchlorophyll a が増加、乾期には塩分濃度が上昇した。

pH、流速、水位を用いてANNモデルによりサイゴン川の塩分濃度を予測するプログラムを開発したところ、観測結果によく一致することが示された。このプログラムは欠損したデータの推定に役立つことや、さらに拡張すれば、将来の水質予測にも役立つことが示された。

本研究の結果、サイゴン川は様々な自然由来及び人間活動に由来する汚染物質の影響を受け、水道水源としての継続的な利用が危ぶまれる状態にあることが示された。そこでは、上流から下流までの複雑なプロセスが相互に関係していることが示されており、このようなプロセスの解析には、ANNモデルが有効であることも明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

サイゴン川は総延長280 km、流域面積は4,717 km2、ベトナム南部の最も重要な水源で、上流には灌漑を目的としたベトナムで三番目に大きなヨウティン貯水池が存在する。上流から中流にかけては養殖漁業や牧畜、砂利の採取など、サイゴン川は様々な目的で利用されているだけでなく、下流ではホーチミン市の水道水源となっている。しかし、近年の上流域での様々な活動や、下流域の経済成長に伴いサイゴン川の水質が悪化し、水道水供給の障害となっている。

グエン・ティ・バン・ハ氏は、ヨウティン貯水池を含むサイゴン川システムの水質の現状と影響因子を明らかにし、水質の維持・改善のための方策の立案を支援する科学的なデータを提供することを目的として、以下の項目についての調査を行った。

(1)ヨウティン貯水池の水質の季節変動と水質汚濁負荷の発生原因に関する研究(第4章)

(2)サイゴン川の鉄とマンガン濃度の変動因子に関する研究(第5章)

(3)Hoa Phu取水所におけるサイゴン川水質の連続モニタリング(第6章前半)

(4)ニューラルネットワークを用いたサイゴン川の水質の時間変動に関する研究(第6章後半)

論文は7章からなり、1章は研究の背景、目的が、2章は既存の研究のまとめが、また3章には研究の報告が記載されている。

第4章では、ヨウティン貯水池における水質変動とその原因についての調査結果が記載されている。水質調査は2005年3月から2006年3月にかけて行った。ヨウティン貯水池はmonomictic(年1回循環貯水池)であり、水質が季節的に変動し、局所的にpHが低下して酸性化する現象が観察された。特に雨季の流入水はpHが低く、窒素・リンなどの栄養塩が多く含まれるために水質の悪化を招いていた。ヨウティン貯水池の水質は、ベトナムの水道水源の水質基準(TCVN 5942-1995 -Type A)に照らし合わせると、測定したサンプルの51%がアンモニア性窒素の基準を超過し、26%が溶存酸素の基準を超過し、20%が亜硝酸性窒素の基準を超過し、15%が大腸菌群の基準を超過していた。2005年時点での、ヨウティン貯水池への全窒素(TN)の負荷は4,729トンであり、全りん(TP)の負荷は412トンであった。これを貯水池の水面あたりに換算すると、17.5g TN/m2および1.52 g TP/m2と計算され、これらは、Vollenweiderにより提案された富栄養化を引き起こす限界負荷量に対して、それぞれ6倍及び8倍高い値であった。これらの影響分負荷量に対して、養殖漁業からの窒素負荷は全体の15%、りん負荷は39%に相当し、家畜からの窒素負荷は4%、りん負荷は13%に相当した。

第5章では、2005年から2006年にかけて4回のサイゴン川水質調査を行った。その結果、サイゴン川を水質により、上流、中流、下流に分けられることを示した。上流区間では、土壌流出により濁度が高く、土壌の流出抑制が重要であることが判明した。中流区間では、硫酸酸性土壌(ASS)からの酸性流出水の影響で、河川のpHが低下するとともに、マンガンと鉄の濃度が上昇した。下流区間では、ホーチミン市からの下水排水により、アンモニア、全窒素、全りん、などの濃度が上昇し、溶存酸素濃度が低下していた。さらに中流区間と下流区間では、ともにE. coli や大腸菌群が高濃度で検出された。

さらに2008年3月には、サンゴン川流域の低泥及び周辺土壌の分析を行った結果、河川中流域では、ASSからのマンガンと鉄の溶出が主たる発生源であり、下流域では河川低泥からの溶出が主たる発生源であった。全体的にみると、マンガンについては、河川低泥はASSの10倍の含有量があり、溶出率は14倍の量があることから、最も重要な発生源であることが解明された。これに対して、上流のヨウティン貯水池や、河岸の浸食によるマンガンの発生量は僅かであることが示された。

第6章では、このような回分実験や、流域の水質調査の結果と、連続的な水質変化との関係を調べるため、ホーチミン市の浄水場の取水地点であるHoaPhu取水所で2006年4月から2008年4月まで水質の連続観測を行った結果が記載されている。その結果、pHとDOは年間を通じてベトナムの浄水水源水質を満たしていないことが明らかとなった。また、1時間ごとの水質測定結果から、サイゴン川の水質は以下の範囲であることが示された。pH 3.83 - 6.84, EC 0.002 -1.171 mS/cm, 水温26.23 - 31.89℃, DO 0 - 6 mg/L, 塩分濃度 0 - 0.54 ‰, TDS 0.01 - 0.713 mg/L, Eh 211 - 698 mV, chlorophyll a 1.21 - 11.12 mg/m3, 濁度 6.7 - 198.2 NTU. 特に、雨季にはpH と DO が低下し、4月にはchlorophyll a が増加、乾期には塩分濃度が上昇した。

pH、流速、水位を用いてANNモデルによりサイゴン川の塩分濃度を予測するプログラムを開発したところ、観測のプログラムは欠損したデータの推定に役立つことや、さらに拡張すれば、将来の水質予測にも役立つことが示された。果によく一致することが示された。こ

これら一連の研究成果は、今後はホーチミン市の貴重な水源であるサイゴン川の水質管理に対して貴重な情報を提供するだけでなく、その方向性を示唆するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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