学位論文要旨



No 217288
著者(漢字) 豊田,昌信
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,マサノブ
標題(和) 大型コンテナ船の構造設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 217288
報告番号 乙17288
学位授与日 2010.01.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17288号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 粟飯原,周二
 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 鈴木,克幸
 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 特任教授 末岡,英利
内容要旨 要旨を表示する

1研究の背景と目的

1950年代に誕生したコンテナ船は、1960年代には700TEU程度のサイズであったが、その後、コンテナ積み個数の増大化の一途をたどっている。1970年代には3,000TEU程度のPanamaxサイズが登場し、今日では同じPanamax船型でもDeck Girderの廃止や倉内コンテナ間隔の縮小により4,800TEUまで運べるようになっている。1990年代にはPanama運河を通らない基幹航路にPanama運河の制限を超えるPost Panamax船型が登場し、当初は4,800TEU程度だった積載個数も、輸送効率を高めるために大型化が進み、今日では8,000TEU~9,000TEUサイズのPost Panamax船型が次々と就航、すでに10,000TEUを超えるサイズも登場している。

近年の安全と環境への関心の高まりから、高い構造信頼性と低燃費が求められている。2007年1月18日英国沖にて、英国籍大型コンテナ船"MSC NAPOLI"の機関室部船側構造が崩壊する損傷事故が発生した。UK MAIB(Marine Accident Investigation Branch)による事故調査が行われ、損傷船の機関室船底外板の座屈強度が不足していることが損傷原因の一つであると結論づけられている。大型コンテナ船でのこのような大事故は珍しく、社会に大きな影響を与えた。一方で、燃料費の高騰により、船主・オペレータにとって運航コストを抑えることが重要となり、燃料消費を削減するために減速運転が一般的となっている。

このような環境の中で、(株)アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(以下、IHIMU)では、同じ積載コンテナ数の他社船と比べ、サイズが小さい船体の開発に取り組み、低燃費を求める顧客の要望に応えている。著者はIHIMUにおいて構造基本設計を担当し、大型コンテナ船の開発に取り組んできた。2006年には開発を担当した8,700TEU大型コンテナ船 が出帆している。本論文は、その中で明らかとなった課題の解決を目的として、著者が取り組んできた手法や研究の成果について述べる。

(1)荷重の変化と船体構造への影響

大型化による船型の変化、特に船首部のバウフレア部の巨大化に伴い、波浪による衝撃荷重が増大する。そのため、船首部のローカル部材のみならず広範囲な船体構造までをも含む波浪衝撃圧による影響を考察することが必要である。つまり、衝撃圧を受けたときの船体梁の応答として発生するWhippingによる縦曲げ強度への影響が懸念されている。とくに疲労強度の低下を定量的に検討し、設計に反映させることが難しく、船級や研究機関でも取り組んでいるところである。筆者らが実施した実船計測では実際にWhippingを観測している。

(2)構造部材配置の最適設計

船体構造強度設計は、応力・疲労・振動に加え、変形量まで含んだ検討が必要である。この中でもコンテナ船は甲板に大きな開口を有し、ハッチカバーやコンテナを積載するため、船体とこれらの相対変位量を適切に把握することが必要である。倉口変形量は荷重と船体の主要構造部材配置である2重船側幅、クロスデッキ前後幅により決定されるため、荷重を正しく設定し、最適な部材配置を求めることが大切である。

(3)新鋼材の適用とアレスト性の確保

コンテナ船は上甲板周りに厚板を使用し、溶接には大入熱溶接を適用しており、さらなるコンテナ船の大型化と工作性の改善のため、より高張力な板が求められている。そのため、これまでのYP390(MPa)に代えて、YP460の適用を行う。高張力鋼の適用には、設計応力と変形量が増大する影響、さらには、上記の倉口変形量まで考慮に入れた検討が必要である。一方で、極厚大入熱溶接を使用するコンテナ船の脆性亀裂に対する安全性が懸念されている。これまで、溶接部で発生した脆性亀裂は母材に逸れ停止すると考えられていたが、亀裂が直進し停止しない例が実験的に示されている。設計応力が増大する新鋼材の適用には、脆性亀裂の発生防止と発生した場合の停止性能を満たすことが条件となっている

2本研究の概要

はじめにコンテナ船の大型化を振り返り、大型コンテナ船の構造基本設計の概略を第2章にて述べる。次の第3章では、大型コンテナ船の主要な荷重である縦曲げモーメントと捩りモーメントを述べる。

第4章にて、倉口変形量を正しく把握するために実施した実船計測とその成果について述べる。実船計測では、大型コンテナ船に計測装置を取り付け、応力・倉口変形量・船首衝撃圧を計測している。この計測データを用いて、荷重や倉口変形の大きさ・位相について検討を行った。さらに、観測したWhippingデータにより現象の解析、疲労強度への影響評価を行い、実設計へ適用を行う。

第5章では大型コンテナ船の構造部材の最適設計について述べる。まず、5.1節に設計初期段階での最適設計について述べる。設計初期段階ではコンテナ船の性能やコストを左右する主要目を決める。つまり、2重船側幅やクロスデッキ前後幅を最適な寸法とすることで、倉口変形量や発生応力をコントロールし、かつ軽量で低コストな船体構造を達成することが求められる。そのため、遺伝的アルゴリズムを用いた最適設計プログラムにより構造配置の検討を行う。

次に、5.2節では開発した3D-CADによる概念設計システムについて述べる。これは、3D-CADを用いて構造配置検討から強度評価・管理量集計までを高速に行うシステムであり、初期設計段階においてデザインスパイラル効率的にまわすことで最適な構造設計を行うことが目的である。システムはFEモデルを作成する機能を有しており、次節で述べる解析で使用する。

縦曲げや捩りモーメントなどの限定された荷重条件を設定し、その荷重を用いて強度評価を行う従来からの手法では、予期せぬ損傷を発生させてしまうことが懸念される。さらに、コンテナ船の大型化とそれに伴う構造配置の変化よる評価を行うため、5.3節にて、あらゆる波条件を考慮した応力応答関数法による評価を行い、信頼性の高い船体構造を実現させる。

第6章では、まず6.2節にて、YP460新鋼材を開発・適用するにあたり、応力・変形量が増大する影響を評価し、新船への適用した結果について述べる。次に、6.3節にて、実船に適用した脆性亀裂に対する安全性を確保する手法について述べる。溶接構造体としての船体構造に用いられている隅肉溶接部には脆性亀裂を停止させる可能性があることが古くから知られているが、長い間検討されていなかった。そのため、最近の大型コンテナ船構造にあわせた構造アレスト性能の検証を行い、実構造への適用を行う。

第7章では、構造設計・解析ツールの変化について考察する。今日の構造設計においては、CSRソフトのような半自動化された構造設計ツールでの強度評価や、3D CADデータによる図面情報の受け渡しが一般的となっている。これらは構造設計にとって強力なツールである反面、これまでの手書きの計算書や2次元の図面に含まれていた設計者のちょっとしたメモ書き、注意書きを付加することができずに、設計者の意図を残すことが困難となってきている。そのため、著者が取り組んでいる意図を残す仕組みについて述べる。

3結論

本論文では、まず、コンテナ船の大型化を振り返るとともに、特に船体中央部での構造部材配置の変化について整理を行った。さらに、設計初期段階での配置検討が重要なことを示した。この大型コンテナ船の構造基本設計において、明らかとなった課題に対して、筆者が取り組んだ手法や研究の成果を以下に述べる。

(1)荷重の変化と船体構造への影響

変形量を考慮した構造部材配置検討、さらに、船体の大型化と荷重の変化による倉口変形量への影響、疲労強度への影響を評価するため、就航中のPost Panamaxコンテナ船を対象に実船計測を行った。計測では応力・倉口変形量・船首衝撃圧のデータを取得し、この得られたデータを基に、FEMと連携させて変形成分を導出し重ね合わせることで倉口変形量の検討を行い、実船の設計に供している。観測されたWhippingによる船体強度への影響を評価し、これまでのサイズのコンテナ船では問題とならないレベルであることを確認するとともに、実船に適用した。

(2)構造部材の最適設計

大型コンテナ船の強度や性能を決定づける構造部材配置の最適設計を検討した。ここでは、遺伝的アルゴリズムを用いた最適設計システム、3D CADを用いた概念設計システム、応力応答関数法による強度評価を行うSPB-HULLシステムを駆使し、大型コンテナ船の構造配置検討から強度評価までを行い、信頼性の高い大型コンテナ船を開発した。

(3)新鋼材の適用とアレスト性能の確保

さらなる大型化に対応するために、YP460鋼材の開発、新しい概念ともいえる構造アレスト設計を開発し、実船への適用を行った。この中で、高張力鋼の適用による課題の抽出と解決を行い、脆性き裂の発生防止と脆性き裂の停止性能を保有するコンテナ船の開発を果たした。

このように、8,000TEUを超える大型コンテナ船の開発の課題を抽出するとともに、課題を解決することで、コンテナ船の大型化を達成した。得られた成果の適用により、大型コンテナ船の安全性の向上と軽量化による環境性能を向上したと確信している。開発した8,000TEU~9,600TEUコンテナ船が順次建造・引き渡しされており、今後の活躍を期待している。

SAKAGUCHI Katsunori, TOYODA Masanobu, INUKAI Yasuhiko: Development of 8700 TEU Type Mega Container Carrier, IHI Engineering Review, Vol.40 No.2, August 2007, pp54-58
審査要旨 要旨を表示する

本学位請求論文は、大型コンテナ船の設計と建造における諸課題を抽出し、それらを解決することにより、コンテナ船の大型化を実現したものである。

はじめに、コンテナ船の大型化を振り返り、大型コンテナ船の構造基本設計の概略を述べた。

次に、大型コンテナ船において、倉口変形量を正しく把握するために実施した実船計測とその成果について述べた。実船計測では、大型コンテナ船に計測装置を取り付け、応力・倉口変形量・船首衝撃圧を計測した。この計測データを用いて、荷重や倉口変形の大きさ・位相について検討を行った。さらに、観測したWhippingデータにより現象の解析、疲労強度への影響評価を行い、実設計へ適用を行った。

続いて、大型コンテナ船の構造部材の最適設計手法について述べた。まず、設計初期段階においてコンテナ船の性能やコストを左右する主要目を決める手法を述べた。つまり、2重船側幅やクロスデッキ前後幅を最適な寸法とすることで、倉口変形量や発生応力をコントロールし、かつ軽量で低コストな船体構造を達成することが求められる。そのため、遺伝的アルゴリズムを用いた最適設計プログラムにより構造配置の検討を行う手法を開発した。

次に、本研究で開発した3D-CADによる概念設計システムについて述べた。これは、3D-CADを用いて構造配置検討から強度評価・管理量集計までを高速に行うシステムであり、初期設計段階においてデザインスパイラル効率的にまわすことで最適な構造設計を行うことを目的としている。システムはFEモデルを作成する機能を有しており、以降に示す解析で使用された。

縦曲げや捩りモーメントなどの限定された荷重条件を設定し、その荷重を用いて強度評価を行う従来手法では、予期せぬ損傷を発生させてしまうことが懸念される。さらに、コンテナ船の大型化とそれに伴う構造配置の変化よる評価を行うため、あらゆる波条件を考慮した応力応答関数法による評価を行い、信頼性の高い船体構造を実現させることを目指した。

次に、YP460新鋼材を開発・適用するにあたり、応力・変形量が増大する影響を評価し、新船へ適用した結果について述べた。まず、実船に適用した脆性亀裂に対する安全性を確保する手法について述べた。溶接構造体としての船体構造に用いられている隅肉溶接部には脆性亀裂を停止させる可能性があるとの知見を応用し、最近の大型コンテナ船構造にあわせた構造アレスト性能手法の検証を行い、実構造への適用を行った。

最後に、構造設計・解析ツールの変化について考察した。今日の構造設計においては、CSRソフトのような半自動化された構造設計ツールでの強度評価や、3D CADデータによる図面情報の受け渡しが一般的となっているが、これらは構造設計にとって強力なツールである反面、これまでの手書きの計算書や2次元の図面に含まれていた設計者のメモ書き、注意書きを付加することができずに、設計者の意図を残すことが困難となっていた。これを改善するための手法について述べた。

以上の研究の成果をまとめると、以下のとおりとなる。

(1)荷重の変化と船体構造への影響

変形量を考慮した構造部材配置検討、さらに、船体の大型化と荷重の変化による倉口変形量への影響、疲労強度への影響を評価するため、就航中のPost Panamaxコンテナ船を対象に実船計測を行った。計測では応力・倉口変形量・船首衝撃圧のデータを取得し、この得られたデータを基に、FEMと連携させて変形成分を導出し重ね合わせることで倉口変形量の検討を行い、実船の設計に供している。観測されたWhippingによる船体強度への影響を評価し、これまでのサイズのコンテナ船では問題とならないレベルであることを確認するとともに、実船に適用した。

(2)構造部材の最適設計

大型コンテナ船の強度や性能を決定づける構造部材配置の最適設計を検討した。ここでは、遺伝的アルゴリズムを用いた最適設計システム、3D CADを用いた概念設計システム、応力応答関数法による強度評価を行うSPB-HULLシステムを駆使し、大型コンテナ船の構造配置検討から強度評価までを行い、信頼性の高い大型コンテナ船を開発した。

(3)新鋼材の適用とアレスト性能の確保

さらなる大型化に対応するために、YP460鋼材の開発、新しい概念ともいえる構造アレスト設計を開発し、実船への適用を行った。この中で、高張力鋼の適用による課題の抽出と解決を行い、脆性き裂の発生防止と脆性き裂の停止性能を保有するコンテナ船の開発を果たした。

上記のとおり、8,000TEUを超える大型コンテナ船の開発の課題を抽出するとともに、課題を解決することで、コンテナ船の大型化を達成した。得られた成果の適用により、大型コンテナ船の安全性の向上と軽量化による環境性能を向上させることができた。開発した8,000TEU~9,600TEUコンテナ船が順次建造・引き渡しされており、今後の活躍が期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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