学位論文要旨



No 217289
著者(漢字) 夏目,暁人
著者(英字)
著者(カナ) ナツメ,アキト
標題(和) 抗体エフェクター活性の増強と医薬への応用
標題(洋)
報告番号 217289
報告番号 乙17289
学位授与日 2010.01.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17289号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 准教授 上田,宏
 東京大学 講師 河原,正浩
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

近年、癌等の疾病領域で、細胞表面の分子をターゲット(抗原)とするモノクローナル抗体が医薬に応用されている。抗体は生体内に存在する蛋白質分子であるが、生体は抗体分子内の一部の領域(可変領域)に後天的に無数のバリエーションを生み出す仕組みを有し、マウスなどを用いて所望の抗原に特異的に結合する抗体を取得可能であるため、適切な抗原の選択により癌細胞特異的に反応する抗体を創出することも可能である。非ヒト動物由来の抗体はヒトにとって高い免疫原性を有するが、遺伝子組換え技術を利用して、抗原結合活性を有する可変領域以外(定常領域)をヒト抗体に置き換えることにより免疫原性を抑えることが可能である。ヒト抗体の定常領域にはいくつかのアイソタイプが存在するが、エフェクター活性が強く血中安定性が高いIgG1型の定常領域が一般的に選択される(Fig.1)。1990年代以降、20以上もの抗体が医薬として承認されており、各種の癌患者において、全生存期間や無増悪期間の延長など治療効果の改善が認められている。

抗体分子は、抗原結合活性を有する可変領域と、可変領域以外の定常領域からなり、最近では、抗体が定常領域(特にFc領域)を介して生体内の免疫系を活性化し標的細胞を攻撃する、いわゆる抗体エフェクター活性が抗体医薬の薬効に寄与し得ることが、臨床からの報告により明らかになってきている。中でも、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC)や補体依存性細胞傷害活性(CDC)と抗体薬効の関連を示唆する報告は多い。一方で、薬効不足や高投与量に起因するコスト上昇などが抗体医薬を開発する上で問題となってきており、エフェクター活性を増強する手法が広く研究されている。ADCC活性やCDC活性は、抗原に結合した抗体の定常領域を介して誘導されるため、定常領域のアミノ酸配列や定常領域に付加したN結合型糖鎖(Fc糖鎖:Fig.2)を改変することにより増強可能である。しかしながら、多くの抗体で臨床試験が行われエフェクター活性に関する理解が進むにつれて、様々な要因で個々のエフェクター活性が惹起されにくい場合があることも明らかになりつつあり、エフェクター活性増強の重要性がさらに高まってきているが、単独のエフェクター活性の増強に限界があることからも、さらなる抗体活性の増強には新たなアプローチが必要である。

そのようなアプローチの一つとして、異なるエフェクター活性の増強技術を組み合わせることにより、抗体活性を複合的に増強できる可能性が考えられる。ただし、アミノ酸配列の改変によりADCC活性は増強されたがCDC活性は低下した例の報告もあり、組み合わせる活性増強技術には、互いの活性に影響しないことが求められる。本研究においては、ADCC活性とCDC活性の同時増強による抗体医薬の活性増強の可能性を見極めるため、既存のADCC活性増強手法に関して他の手法との組合せ可能性の検討、ADCC活性増強の手法と組合せ可能な新規CDC活性増強手法の創出、ADCC活性増強とCDC活性増強の組合せによる抗体医薬の活性増強の検証を行った。

2.糖鎖修飾制御によるADCC活性増強手法の応用

Fc糖鎖中のフコース修飾を欠失したヒトIgG1抗体が、高いADCC活性を示すことが近年明らかとなっており、Fc糖鎖中のフコース修飾を司る糖転移酵素α-1,6 fucosyltransferaseをコードする遺伝子FUT8をノックアウトしたCHO細胞(CHO/FUT8-/-)を生産宿主としたヒトIgG1抗体は、Fc糖鎖中のフコース修飾を完全に欠失しており、フコース修飾された抗体に比べ極めて高いADCC活性を有する。このADCC活性増強の手法を他の手法と組み合わせてもさらなるADCC活性増強は認められず、フコース修飾の欠失により抗体のADCC活性はその限界まで増強されていることが報告されている。

本研究においては、このCHO/FUT8-/-を宿主としフコース修飾を欠失した抗体を生産する手法について、他のエフェクター活性増強技術との組み合わせの可能性を見出すべく検討を行った。結果として、CHO/FUT8-/-を生産宿主とすることにより、ヒトIgG1抗体のFcを有する抗体様分子(scFv-FcおよびscFv2-Fc)、またはIgG1以外のアイソタイプのヒトIgG抗体(IgG2、IgG3、IgG4)においても、ヒトIgG1抗体の場合と同様に、Fc糖鎖中のフコース修飾を欠失し、ADCC活性のトリガー分子であるFcγRIIIaへの結合活性および ADCC活性が増強された。また、全てのヒトIgGサブクラスにおいてCDC活性への影響は認められなかった。これらの結果から、CHO/FUT8-/-を生産宿主としADCC活性を増強する手法は汎用性が高く、また、特にヒトIgGサブクラスをベースとしたCDC活性増強の手法と組み合わせの相性が良いことが示唆された。

3.ヒトIgGサブクラスを利用したCDC活性増強手法の創出

ヒトIgG1抗体の重鎖定常領域において適当なアミノ酸配列改変を行うことによりCDC活性が強力に増強されることが知られているが、同時にADCC活性が低下することも報告されており、また、人工的な配列の導入は免疫原性を高める可能性もあることから、天然のヒト抗体由来の配列を用いてADCC活性への影響なくCDC活性を増強することができれば抗体医薬にとって活性増強の有用な手法となり得る。ヒトIgG抗体はサブクラスによって活性が異なり、IgG1はADCC活性、IgG3はCDC活性に優れることが知られている(Fig.3)。

本研究においては、ヒトIgG1抗体の高いADCC活性とヒトIgG3抗体の高いCDC活性を併せ持つような抗体を創出すべく、これらサブクラスを組み合わせた重鎖定常領域(Fig.4)の最適化を試み、結果として、ヒトIgG1抗体の重鎖定常領域のうち、C末端領域を除くFcをヒトIgG3抗体のアミノ酸配列に置き換えた重鎖定常領域が、IgG1と同等のADCC活性を維持しつつ、驚くべきことに、IgG1およびIgG3のいずれをも上回るCDC活性を示すことを見出した。この重鎖定常領域を用いた抗体は、CDC活性のトリガー分子である補体第一因子C1との結合活性が上昇しており、CDC活性感受性が低い腫瘍細胞株に対してもCDC活性を誘導可能であった。また、複数の抗体医薬において本手法によるCDC活性増強が認められた。IgG3抗体はIgG1抗体に比べADCC活性が低いが、ドメイン単位での組合せ検討の結果、IgG3抗体の低いADCC活性はそのヒンジに起因し、IgG3抗体のFcはADCC活性に関してIgG1抗体のFcと同等であることが示された。そのため、IgG3抗体のFcを用いてもIgG1抗体と同等のADCC活性が維持されると考えられる。

4.ADCC活性とCDC活性の同時増強

抗CD20抗体をモデルとして、本研究において新たに見出されたヒトIgG1/IgG3抗体組み合わせの重鎖定常領域を用いCDC活性を増強する手法と、CHO/FUT8-/-を生産宿主としてFc糖鎖中のフコース修飾を欠失させADCC活性を増強する手法とを組み合わせたところ、各活性を単独で増強した場合と同等に両活性を同時に増強可能であることが明らかとなった。また、これらの手法を用いて両活性を同時に増強した抗体は、ヒトおよびサルの血中において、各活性を単独で増強した抗体に比べ高い標的細胞除去活性を示し、同時増強による薬効的なメリットが示された。ヒト血液中において、ADCC活性とCDC活性がともに増強された抗CD20抗体は、それぞれエフェクター活性のバランスが異なるいずれのドナーにおいても最大の活性を示したことから、複数のエフェクター活性を増強した抗体が生体内の環境に個人差があるような場合にも、高い抗体活性を維持し得る可能性が示唆された。

5.総括

本研究においては、抗体のエフェクター活性であるADCC活性とCDC活性に着目し、これら活性を同時に増強することにより抗体医薬の活性を増強することを目指して検討を行った。結果として、CHO/FUT8-/-を生産宿主としてFc糖鎖中のフコース修飾を欠失させADCC活性を増強する既存の手法と組合せ可能なCDC活性増強手法を新たに見出した。本手法は、ヒトIgG1抗体とヒトIgG3抗体を組み合わせた重鎖定常領域を用いることによって抗体のCDC活性を大きく増強するものである。本手法を用いることによるADCC活性への影響は認められず、さらに、CHO/FUT8-/-を生産宿主としFc糖鎖中のフコース修飾を欠失させることにより、ヒトIgG1抗体の場合と同等にADCC活性を増強可能であった。このようにしてADCC活性とCDC活性を増強した抗体は、ヒトおよびサルの血中において、単独の活性を増強した抗体に比べ高い標的細胞除去活性を示し、両活性を増強することによる薬効的なメリットが示された。また、ここで用いた、ADCC活性またはCDC活性を増強する手法はいずれも、天然に存在する微小な差異が特定の活性にのみ大きく作用することを利用しているため免疫原性のリスクが低く、他の抗体にも広く応用可能であった。これらの技術を併用することにより複合的に活性を増強した抗体は、抗体治療における様々な耐性メカニズムを克服し高い薬効を発揮し得るため抗体医薬の新たなプラットフォームとして期待できる。

Fig. 1 ヒトIgG1抗体の構造

Fig. 2 Fc糖鎖の構造

Fig. 3 ヒトIgG1/IgG3抗体の構造

Fig. 4 ヒトIgG1/IgG3を組み合わせた重鎖定常領域

審査要旨 要旨を表示する

モノクローナル抗体は、その優れた結合活性や結合の特異性などから、医薬として広く用いられている。近年、抗体そのものが生体内の免疫系を活性化し癌細胞などを攻撃する、いわゆるエフェクター活性が抗体医薬の薬効に重要であることが臨床からの報告により明らかとなっている。エフェクター活性としては、ナチュラルキラー(NK)細胞など免疫系の細胞を介したADCC活性や補体蛋白質を介したCDC活性などが特に重要であるため、薬効の向上を目指し、これらエフェクター活性を増強する抗体改変研究が広く行われている。しかしながら一方で、抗体薬効に対する耐性を獲得した細胞の存在やそのメカニズムが臨床からの報告により明らかになりつつあり、個々のエフェクター活性増強に関しても限界に近づきつつあるため、抗体エフェクター活性のさらなる増強には新たなアプローチが必要である。本論文は、ADCC活性増強とCDC活性増強を組み合わせることにより、耐性による薬効不足を相補的に補完する、抗体活性の複合的な増強を目指したものである。既存のCDC活性増強技術は一般的にADCC活性を損ない、組み合わせに向かないため、ADCC活性増強技術と組み合わせ可能な新規CDC活性増強技術を創出し、これらを組み合わせることにより薬効増強を達成している。本論文は以下の5章から構成されている。

第1章は序論であり、本研究の背景と目的を述べ、本論文の構成を示している。

第2章では、既存のADCC活性増強技術について組み合わせ可能性を検討している。ADCC活性は、標的細胞に結合した抗体の定常領域(Fc)に、NK細胞がFc受容体(FcγRIIIa)を介して結合することにより惹起される。抗体Fcには糖鎖が付加しており、このFc糖鎖中のフコース修飾を欠失させることにより抗体ADCC活性が最大化されることが知られている。フコース修飾を欠失した抗体は、α1,6-fucosyltransferase(FUT8)をノックアウトした動物細胞を発現宿主とすることにより得ることができる。このADCC活性増強手法の有効性は、これまでヒトIgG1抗体でのみ検証されていたが、本章では、IgG1以外のヒトIgGサブクラス抗体およびFc融合蛋白質での有効性検証を行い、その汎用性を評価している。結果として、いずれにおいても、Fc糖鎖中のフコースを欠失することにより、FcγRIIIa結合活性が上昇しADCC活性が増強されることを見出している。また、IgG1抗体とIgG3抗体はエフェクター活性に優れているが、IgG1はADCC活性、IgG3はCDC活性に特に優れており、ADCC活性を増強した場合にも各サブクラス抗体のCDC活性には影響がないことを報告している。

第3章では、前章の結果に基づき、ヒトのIgG1抗体およびIgG3抗体を用いて、上記のADCC活性増強の手法と組み合わせることが可能な新規CDC活性増強技術の創出を試みている。IgG3抗体の高いCDC活性は、IgG3サブクラスの重鎖定常領域のアミノ酸配列が、CDC活性のトリガーである補体C1との結合に適していることが原因と考えられるため、ADCC活性に優れたIgG1抗体の重鎖定常領域とIgG3抗体の重鎖定常領域を部分的に組み合わせることによって、IgG1の高いADCC活性を維持しつつ、CDC活性を増強することが可能であるか検討を行っている。重鎖定常領域を構成する、CH1、ヒンジ、Fcに関する網羅的なサブクラス組み合わせを検討した結果、CH1とヒンジ部分がIgG1、Fc部分がIgG3となる組み合わせにおいて、IgG1と同等の高いADCC活性を維持しながらも、元となったIgG1およびIgG3を上回るCDC活性を示す重鎖定常領域の組み合わせを見出している。また、網羅的な組み合わせの検討結果より、全ての領域がCDC活性に寄与し、CH1とヒンジ部分についてはIgG1が、Fc部分についてはIgG3が好適であるため、これらの組み合わせによって、元となった両サブクラス抗体のCDC活性を上回る結果が得られたと考察している。また、このCDC活性増強の手法が、特定の抗体に限らず広く応用可能であること、耐性細胞に対しても有効であることを報告している。

第4章では、上記のADCC活性増強手法とCDC活性増強手法を組み合わせた抗体の薬効評価を行っている。結果として、重鎖定常領域をIgG1/3組み合わせのものとし、FUT8KO細胞を発現宿主とすることにより、ADCC活性およびCDC活性が、それぞれ単独で活性増強した場合と比較して相加的に増強されることを見出している。また、主に血液癌などの治療に用いられる抗CD20抗体について、これらの手法を組み合わせてADCC活性とCDC活性を増強することにより、ヒトおよびサルの血液中における薬効が増強されることを見出している。

第5章は研究の総括である。

以上、本研究では抗体医薬のADCC活性とCDC活性を同時に増強することに成功し、また、これらエフェクター活性を同時に増強することによる薬効的なメリットを示している。抗体医薬を用いた癌治療においては、耐性メカニズムや患者ごとの反応性の違いが薬効不足の原因としてあげられるが、複数のエフェクター活性を同時に増強することによりこのような課題を克服し得るため、本ADCC/CDC活性同時増強の手法は抗体医薬の新たなプラットフォームとして期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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