学位論文要旨



No 217291
著者(漢字) 伊藤,崇之
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タカユキ
標題(和) 自走式搬器の自動化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217291
報告番号 乙17291
学位授与日 2010.02.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17291号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 准教授 仁多見,俊夫
 東京大学 准教授 芋生,憲司
 東京農学大学 教授 豊川,勝生
内容要旨 要旨を表示する

我が国における架線集材技術が,集材機から自走式搬器やタワーヤーダ・スイングヤーダへと発展するにともなって,架線集材の最大の短所である架設撤去の手間が大きく改善され,生産性を向上させることが可能となった。さらに,油圧式動力伝達・電子制御・リモコン操作の導入により操作性や安全性の向上にも寄与してきた。今後,これらのさらなる向上を図るためには自動運転の導入による作業の無人化が効果的であり,不可欠である。本論文では,固定主索式でありながら安価なため導入が容易で,架設撤去も簡単な自走式搬器に関して,荷あげ~実走行~荷おろし~空フック巻き上げ~空搬器返送の一連の工程を完全に自動化することを目的に自動運転装置を開発し,制御の正確さや有用性について検討し,実用化を目指した研究を行った。

自走式搬器作業は通常,先山側と土場側で操作を分担しており,土場では専任または連携するグラップルローダやプロセッサなどのオペレータが,搬器が到着する度にリモコン操作や荷外し作業を行っている。このため荷かけ手から実走行開始の連絡を受けた後は,常に搬器の接近に留意しながら他の作業を行うこととなり,この間作業能率は低下していると考えられる。さらに荷おろし土場では,人や丸太,機械などが交錯して危険度が高く,災害発生の可能性も高い。本研究では,荷おろし土場における作業を自動化して専任の荷おろし手を不用とすることで,土場の人員削減あるいは作業者を連携する機械の操作に専念させることによって災害の受け手を排除し,災害の発生率を低下させるとともに,作業の省力化および能率の向上を図る。

自走式搬器の自動運転は,走行用エンドレスドラムを制御して走行・停止動作ならびに速度管理を行う「自動走行」と,荷吊索ドラムを制御して荷おろし動作とその速度管理を行う「自動荷おろし」に大別できる。まず,自動走行では走行距離計測装置と停止位置誤差累積抑制機構を開発し,安定して正確な自動停止を実現した。走行距離計測装置は主索に接する滑車を追加してその回転数をロータリーエンコーダで計測するもので,3種類の試作と試験を行った。その結果,片持ち式として構造を単純化するとともに中間サポートの乗り越えを可能とし,ステーダンパで測距滑車を主索に押しつけるタイプの計測装置が,支間傾斜角や搬送質量などの条件に影響を受けず,最も安定して誤差の少ない計測が可能であることが明らかとなった。停止位置誤差累積抑制機構は搬器位置の基準点を設置し,定期的に搬器を通過させることで走行距離計測装置から算出した搬器位置とのずれを修正するもので,搬器が通過可能なクランプを走行区間外の主索上に設置して基準点とする方式と,走行区間内の地面からラインレーザーを照射して基準点とし,搬器に装備した受光器で感知する方法を開発した。クランプを使用した方式は毎回搬器を通過させると作業時間の係り増しとなるため頻度を下げ,通過しない間はそれまでに得られた計測誤差値から次の誤差を予測して計測距離を補正することとして走行試験を行った。その結果,30往復における停止位置誤差は0.4~2.4mと,補正前の5.5~8.2mに比べ大幅に縮減することができ,補正の効果が良好であることが確認された。レーザーを使用した方式では照射距離が長くなると減衰により感知が困難になることが予想されることから,照射距離を変化させてそれぞれ搬器を100往復させて感知率を算出したところ,直線距離で45mまでは100%という結果を得て十分実用可能であることを確認した。

次に,常に正確な自動荷おろしを行うためには,吊荷が着地して荷吊索にかかる負荷が無くなったことを検知する必要がある。このため,改造の容易さや本来の機構を損なわないという観点から,荷吊索にかかる負荷を荷吊索ドラム駆動用油圧モータの圧力として計測する方法を考案し,圧力が減少し始めた時を接地,無負荷になった時を着地として荷下げの自動停止を行う制御手法を構築した。この方法では吊荷が軽い場合には油圧の変化が小さくなって検知が不可能となるため,検知可否の境界を計算によって求め,重錘を使用した荷おろし実験により確認を行った。実験結果はおおむね計算値通りであることが確認され,境界値は搬器高10mで約100kg以上,40mで147kg以上と若干大きな値になったものの,この値に注意すれば作業を行うことは可能であると考えられた。また,丸太を重心からある程度離れた位置で吊り上げた場合において,接地直後に丸太の倒伏速度と索降下速度との差から荷吊索が緩んで差圧が一時的に著しく低下することが明らかとなった。シミュレーションの結果,これにより着地の誤検知が発生する可能性があることが明らかになったため,接地時のフック高が一定値以上の場合には接地直後の着地検知を無視するように制御することとした。さらに,接地後に索降下と搬器走行を交互に行うことで,丸太を主索方向に揃えることができるため,これを自動で行う制御プログラムを作成して制御に組み込んだ。丸太を使用して自動荷おろし試験を行ったところ,荷おろし動作は正確に行われ,長さの異なる丸太でも荷吊索およびスリングロープの緩み具合に過不足のない的確な位置で荷おろしを自動停止することができた。また荷おろし後の丸太を想定したとおり主索方向に並べることができ,土場における丸太の散乱を防止するとともに,自動運転を行うための必要土場面積を抑えることが可能となった。

さらに,千葉県内の民有林において自動制御による集材試験を行った。搬器はそれまで開発した装置にいくつかの改良を加えて新たに製作し,停止位置誤差累積抑制機構はクランプ式とレーザー式を併用することとした。集材試験では荷おろし土場における搬器高が低かったために材揃え制御は行われず,また自動脱荷フックの不具合でフックの開放に失敗した場合があったものの,開発した自動運転技術に起因する不具合は見られなかった。レーザー基準点方式における停止位置誤差は平均集材距離228mに対し最大約5mであったが,プログラム修正により2m程度まで低減可能で,レーザー位置を停止予定位置に近づけることができれば更に低減させることも可能であると推察された。また,クランプ基準点方式が行われた場合の停止位置誤差は,試行回数が5回と少なかったものの最大0.22mであり,十分実用に耐える性能を備えていることが確認された。

本研究で開発した装置・器具類はすべて安価な汎用品で構成されており,製品化に際しても資金的な負担を最小限にして導入することが可能であると考えられる。装置を安価で簡単なものにするためにウインチ負荷や索降下量の計測方法に間接的な方法を採用することとなり,いくらかの誤差が発生することとなったが,パラメータの検討や補正方法の開発によって実用可能な範囲に抑えることができた。

本研究により,荷あげ工程から空搬器返送工程までの作業をすべて自動で行うことが可能となった。土場作業が人力から機械に置き換わることとなるため,試算によれば作業時間全体の10~30%の省力化が可能となり,生産性向上に大きく寄与する。また,グラップルローダやプロセッサ,フォワーダなどの連携機械についても自動化が進めば,所要人工数の最小化や稼働率の向上等を通してさらに大きな効果が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

山岳地における木材搬出システムとして、空中にワイヤロープ架線を張る架線集材技術が複雑な地形を克服する一手段として有用である。ウィンチで構成される固定式集材機に対して、伸縮式タワーを搭載した車両移動式のタワーヤーダなどが開発され、架線集材の短所である架線の架設撤去の手間が大きく改善され、生産性が向上した。本論文で対象とする自走式搬器は、固定主索上を走行し木材を吊り下げる搬器に動力とウィンチを搭載することにより、搬器の移動を担う引寄せ索などを省いて架線の架設を簡易にしたものである。自走式搬器作業は、荷をかける先山側と荷を下ろす土場側で操作を分担し、土場側ではオペレータが搬器到着の度にリモコン操作しながら荷外し作業を行っている。このため、搬器の接近に留意しながら他の造材などの連携作業を行わなければならず、この間作業能率が低下し、線下作業によって木材落下などによる災害も過去に発生している。今後、さらなる生産性の向上と作業の安全化を図るためには、自動運転の導入による作業の無人化が効果的かつ不可欠であり、災害の受け手を排除することによる安全向上の意義は大きい。本論文では、自走式搬器に関して、一連の作業工程を完全に自動化する自動運転装置の実用化を目指した研究を行った。

自走式搬器の自動運転は、走行用ドラムを制御して走行・停止動作ならびに速度管理を行う「自動走行」と、荷吊り索ドラムを制御して荷下ろし動作とその速度管理を行う「自動荷おろし」に大別できる。まず、自動走行では走行距離計測装置と停止位置誤差累積抑制機構を開発した。走行距離計測装置は主索に接する滑車の回転数をロータリーエンコーダで計測する方式とし、片持ち式として構造を単純化するとともに中間サポートの乗り越えを可能とし、ステーダンパで測距滑車を主索に押しつけるタイプの計測装置とすることにより、支間傾斜角や搬送質量などの条件に影響を受けず、最も安定して誤差の少ない計測を可能とした。停止位置誤差累積防止機構は、搬器位置の基準点を設置し、定期的に搬器を通過させることで走行距離計測装置から算出した搬器位置とのずれを修正するものであり、搬器が通過可能なクランプを基準点とする方式と、ラインレーザーを照射して基準点とする方式を開発した。クランプを使用した方式では,計測誤差値から次の誤差を予測して計測距離を補正する方式を考案し、停止位置誤差を0.4~2.4mに大幅に縮減することができた。もう一つのレーザーを使用した方式では、直線距離で45mまでは100%という十分実用可能な結果を得た。試作機を用いて実際の現場で集材試験を行い、クランプ式とレーザー式を併用することにより、停止位置誤差は平均集材距離228mに対し、最大0.22mと十分実用に耐える性能を発揮していることが確認された。

次に、常に正確な自動荷下ろしを行うためには、従来のドラム回転数から索降下量を計測する方法だけでなく、吊荷が着地して荷吊索にかかる負荷が無くなったことを検知する必要があり、荷吊索にかかる負荷を、荷吊索ドラム駆動用油圧モータの圧力として計測する方法を考案し、圧力が減少し始めた時を接地、無負荷になった時を着地として荷下ろしの自動停止を行う制御方式を考案した。この方式は油圧モータに圧力変換器を取り付ける改造だけで実現可能という長所がある。吊荷が軽い場合の油圧の変化に対して検知可否の境界条件を明らかにし、計算値通りの実験結果を得た。また、接地直後の丸太の倒伏速度と索降下速度との差から荷吊索が緩んで差圧が一時的に著しく低下することによる着地の誤検知に対しては、接地時のフック高が一定値以上の場合には接地直後の着地検知を無視するように制御することで解決した。さらに、接地後に索降下と搬器走行を自動で交互に行う制御プログラムを作成して、脱荷異常を検知し、様々な材の大きさや載荷状態に応じて荷下ろし動作を正確に行い、丸太の散乱を防いで主索方向に揃えることを可能とした。このことは初めての成功例である。

以上、本研究により、自走式搬器の自動化に関して、十分な操作精度と耐久性を実現し、むずかしかった荷下ろしの自動化も可能にし、作業時間全体の10~30%の省力化と最大50%の労働生産性向上が可能となることが提示された。本研究で開発した装置は、すでに市販の機械にも安価で搭載可能であり、今後の普及も容易で実用的である。自動荷下ろし制御により線下作業を排除し、作業員の安全を高めた社会的意義も極めて大きい。今後、最新のセンサーを組込んで軽量化と精度向上を図りながら、各地の林業現場の作業に大きく貢献するものであり、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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