学位論文要旨



No 217293
著者(漢字) 田沼,敏弘
著者(英字)
著者(カナ) タヌマ,トシヒロ
標題(和) CFC代替フロン(ジクロロペンタフルオロプロパン)合成用触媒の開発と関連化合物のNMR解析
標題(洋) Development of Catalysts for the Production of Dichloropentafluoropropanes as a CFC-Alternative, and NMR Analysis of the Related Compounds
報告番号 217293
報告番号 乙17293
学位授与日 2010.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17293号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 教授 村田,滋
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

1974年に米国のRowlandらは、大気中に放出されたCFC(フロン)類がオゾン層を破壊する可能性を指摘した。1985年には南極上空にオゾンホールが観測されたことから、1987年にフロン規制のための国際的な枠組みを定めるモントリオール議定書が採択され、1996年までの特定フロン全廃が決まった。一方、オゾン層保護に関する国際的なプロジェクトとして、世界17の主要化学企業が協力し、代替フロンの環境への影響を研究するプロジェクトと、8種の代替フロンの毒性試験プロジェクトが行われた。1987年の時点で、特定フロンのうち洗浄溶剤用途の1,1,2・トリクロロ・1,2,2・トリフルオロエタン(CC12FCCIF2:CFC-113)のみ代替化合物が見つかっていなかった。1989年に旭硝子株式会社は、ジクロロペンタフルオロプロパンCF3CF2CHCl2(HCFC-225ca),CClF2CF2CHClF(HCFC・225cb)が有力な代替候補となり得ると発表し、これらは、オゾン層破壊係数(ODP)が特定フロンの数十分の一で、人体への影響も非常に小さいことが国際的に確認された。このHCFC・225ca,cbの開発は世界的にも評価され、米国EPA(環境保護庁)より「オゾン層保護賞(1994年)」、「Best of the Best オゾン層保護賞(1997年)」を受賞した。現在、HCFC・225ca,cbは工業生産され、多くの分野で使用されているが、HCFC類は温室効果ガスであることから、その後のモントリオール議定書の改正で、先進国では2020年までに、開発途上国では2030年までに生産を中止することが定められている。

本研究は、代替フロンHCFC・225ca,cb合成用のルイス酸触媒に関する研究と、開発の過程で得たハロゲン化エタン、プロパン類の1H,13C,19NMR化学シフトの分子構造相関、化学シフト計算に関する研究をまとめたものである。

2.ジクロロペンタフルオロプロパン合成のための金属ハロゲン化物触媒

1,1・ジクロロ・2,2,3,3,3・ペンタフルオロプロパンCF3CF2CHC12(HCFC-225ca),1,3・ジクロロ・1,1,2,2,3・ペンタフルオロプロパンCClF2CF2CHClF(HCFC-225cb)は、ルイス酸であるAlCl3を触媒とし、ジクロロフルオロメタン(CHCI2F)のテトラフルオロエチレン(CF2=CF2)への付加反応で得られる(Scheme1)ことは知られていた1)。しかし、AlCl3を触媒として用いると反応副生物としてHCFC・225ca,cbの構造異性体である2,2・ジクロロー1,1,1,3,3・ペンタフルオロプロパンCF3CC12CHF2(HCFC-225aa),1,2・ジクロロ・1,2,3,3,3・ペンタフルオロプロパンCF3CClIFCHClF(HCFC-225ba)が多く生成する問題があり、これらの副生物の毒性などは不明なことから、反応副生物の少ないHCFC-225ca,cbの合成法を開発する必要があった。

Table1に示すように、種々の金属ハロゲン化物触媒を探索した結果、TiCl4,HfCl4,ZrCl4の触媒活性が高く、異性体副生成物が少ないことを見出した。触媒の活性、入手容易性からZrCl4を選定し、HCFC-225ca,cbの工業的製造法を確立した。アルミニウムクロロフルオリド等に関する2006年のKrahlらによるレビュー2)の中で、ZrCl4は触媒としての可能性はあるものの、触媒活性は認められなかったと報告されていた。CHCl2FのCF2=CF2への付加反応にZrCl4を用いると反応誘導期が見られるが、トリクロロフルオロメタン(CCl3F)で前処理したZrCl4を用いると誘導期はなくなることから、ZrCl4が触媒活性を発現するためにはCCl3Fとのハロゲン交換反応によりジルコニウムクロロフルオリド(ZrClxF4-x)となることが必要であることを明らかにした。CC13Fで前処理したZrCl4触媒のX線回折と熱重量/示差熱同時分析(TG-DTA)分析から、触媒はアモルファス状態で、塩素原子はZrCl4としては存在していないことを示した。またTiCl4は常温で液体であるが、CCl3Fで前処理すると固体のチタニウムクロロフルオリド(T'iClxF4-x)となり、ルイス酸触媒として有用であることも見出した。

3.ジクロロペンタフルオロプロパン合成のための金属酸化物触媒

毒性試験によりHCFC・225ca,cbの実用上の安全性は証明されたが、これらの異性体のうち、より安全性の高いHCFC-225cbの選択性を高める検討を行った。種々の金属酸化物について検討した結果、CHCl2FのCF2=CF2への付加反応に対し、部分フッ素化したZrO2,TiO2,HfO2,Al203に触媒活性があり、常温でも反応が進行することを見出した。部分フッ素化したAl203、Cr203は、CFC,HCFC類のフッ素化反応、異性化反応、不均化反応等での触媒として研究されていたが3)、反応はすべて350℃以上の高温で行われ、部分フッ素化した酸化物触媒を用いる常温での炭素一炭素結合の生成反応は知られていなかった。部分フッ素化した酸化物触媒を用いた場合、生成するHCFC-225cb/HCFC-225caの比は、対応する金属クロロフルオリド触媒の場合より大きくなり、部分フッ素化したzro2触媒で2.05、TiO2触媒では最大3.03とHCFC-225cbの選択性を高められた。フッ素ガスにより部分フッ素化した酸化ジルコニウム(F・ZrO2)について元素状態分析を行った。比較試料ZrO2,ZrF4の分析結果ともに、ナロースキャンX線光電子分光(XPS)スペクトルをFig.1に、分析結果のまとめをTable2に示す。これらとZr3dスベクトルのカーブ・フィッティング解析の結果から、F・ZrO2は、ZrO2(18at.%),ZrF4(59at.%)と部分フッ素化ZrO2(23at.%)から成ることを示した。F-ZrO2とZrClxF4.xについて、CHC12FのCF2=CF2への付加反応に対する触媒活性を1,1,1-トリクロロ-2,2,3,3,3・ペンタフルオロプロパン溶媒中での反応速度を測定することで比較した。その結果、部分フッ素化酸化ジルコニウムの方が、初期の活性は高く、CHCI2Fと触媒の反応で副生するクロロホルムの割合も少ないことを見出した。

4.代替フロン関連化合物、ハロゲン化エタンおよびプロパン類の1H,13C,19FNMR化学シフトの計算機化学を利用した分子構造相関解析

代替フロン関連化合物、ハロゲン化エタンおよびプロパン類に対し、MOPAC5.0プログラムを用い構造最適化を行い、MNDOまたはAM1計算法により分子の安定な立体配座解析を行い、分子構造とNMR化学シフトとの相関を解析した。CF3基を有するプロパン類(CF3-CXY-R)のCF3基の19FNMR化学シフトは、CXY基の磁気異方性の影響を受ける。CF2基を有するプロパン類(R1-CF2-R2:R1,R2=CXYZ,X,y,Z:H,Cl,Fの全組合せ)のCF2基の19FNMR化学シフトについては、CF2基に対してゴーシュの位置にあるR1,R2に含まれる原子のペア(X,Z or Y,Z)の磁気異方性が影響し、E,F>H,F>Cl,F>H,Cl>Cl,Cl>H,Hのペアの順に高磁場シフトさせる効果が大きい。また、R1が立体的に嵩高くなると末端基R1,R2の空間を通しての相互作用が大きくなり、反対側末端のR2のigFNMR化学シフトは低磁場シフトする。CH3基を有するプロパン類(CH3-CF2-R)、エタン類(CH3-R)のCH3基の1HNMR化学シフトも末端基Rが嵩高くなると低磁場シフトする。13C NMR化学シフトについても解析し、CF3基を有するプロパン類(CF3-CXY-CHCI2)のCXY基の化学シフトはX,Yの電気陰性度に依存し、CF3基の化学シフトはX,Yの磁気異方性に依存することを見出した。

5.代替フロン関連化合物、ハロゲン化エタンおよびプロパン類の13C,19FNMR化学シフト計算

GAUSSIAN94プログラムを用いたab initio GIAO計算によりCF3基を有するエタン類(CF3-CXYZ)の19F NMR化学シフト}こりいて必要な計算レベルを検討した。計算値と観測値の相関は、HF16-31G(d)〃HF16-31G(d)レベルの計算結果が、密度汎関数法によるB3LYP/6・31G(d)//B3LYP/6-31G(d)レベルの計算結果よりも高かった。そこでHF16-31G(d)レベルで、CF3基を有するプロパン類(CF3-CF2-R)、CF3基を有する2,2・置換プロパン類(CF3-CXY-CHC12)、CCIF2基を有するプロパン類(CCIF2-CF2-R)について、13C,igFNMR化学シフトを計算したところ、計算値と観測値の間に良好な相関が得られた。本研究は、一連の化合物についてNMR化学シフト計算の精度を初めて系統的に検証したものであり、この結果、ハロゲン化エタン、プロパン類の13C,19F NMR化学シフトの計算には、HF/6・31G(d)レベルの計算が実用レベルとして有用であることを示した。

(1)0.Paleta,A.Posta,and K.Tbsarik,Colleet.Czech.Chem、Commun.,1971,36,1867-1875.(2)T.Krahl,R.Strosser,E Kemnitz,G.Scholz,M.Feist,G.Silly,andJ.-Y.Buzare,Inorg.Chem.,2003,42,6474-6483.(3)E.Kemnitz and D-H.Menz,Prog.Solid St.Chem.,1998,26,97-153.

Scheme1.Synthesis of dichloropentafluoropropanes(HCFC-225s).

Table 1 Rcactions of CHChF with CF2=CF2 using metal chloride catalysts.

Flg.1.Narrow-scan XPS spectra of Zr3d spectra for(a)ZKO2,(b)F-ZrO2,and(c)ZrF4.

Table 2,XPS amalytical resutts of ZrO2、F-ZrO2.and ZrF4.

Fig.2.Gauche positions(X,Y)toR1.

Table 3.Observed and calculated 19F NMR chcmical shifts(ppm)of CF3 in CF3-CXYZ(X,Y,Z,H,Cl o rF).

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は序論、代替フロン合成用の触媒として、第2章では金属ハロゲン化物触媒、第3章では金属酸化物触媒について述べ、代替フロン関連化合物について、第4章では半経験的分子軌道(MNDO)法計算による配座解析を用いたNMR化学シフト解析、第5章では非経験的分子軌道法を用いたNMR化学シフト計算について述べ、そして第6章では結論および今後の展望について述べている。

第1章では、代替フロン開発の背景にあるCFC類による南極オゾン層破壊のメカニズムについて概要を解説し、続いてCFC、HCFCコードの命名法について説明し、さらにCFC類とその代替化合物の開発の歴史について述べている。

第2章では、1,1,2-トリクロロ-1,2,2-トリフルオロエタン(CCl2FCClF2: CFC-113)代替化合物であるジクロロペンタフルオロプロパン(CF3CF2CHCl2: HCFC-225caとCClF2CF2CHClF: HCFC-225cbの混合物)の合成反応における金属ハロゲン化物 (TiCl4, ZrCl4, HfCl4, AlCl3) 触媒の利用について述べている。ジクロロフルオロメタンの四フッ化エチレンへの付加反応に対し、四塩化ジルコニウムはジルコニウムクロロフルオリド(ZrClxF4-x)となることで、高い触媒活性を発現すること、また従来の塩化アルミニウム触媒を用いる場合と比べ、反応副生物が非常に少なくなることを見出した。さらに、反応副生物の生成メカニズムを明らかにし、触媒(ZrClxF4-x)のX線回折と熱重量/示差熱同時分析(TG-DTA)により、触媒が四塩化ジルコニウムを含まないアモルファスであることを示している。

第3章では、フッ素化処理した金属酸化物 (TiO2, ZrO2, HfO2, Al2O3) が、金属ハロゲン化物の場合と同様に、ジクロロフルオロメタンの四フッ化エチレンへの付加反応に高い触媒活性を示すことを示している。この反応について反応速度解析を行い、四塩化ジルコニウムより、酸化ジルコニウムを触媒に用いた場合の活性化エネルギーが小さく、反応速度が大きいことを明らかにした。また、主生成物の一つであるHCFC-225cbの選択性が、金属酸化物触媒を用いると対応する金属塩化物触媒を用いる場合よりも大きくなることも示している。さらに触媒のX線光電子分光(XPS)分析を行い、酸化ジルコニウムでは触媒表面が四フッ化ジルコニウムにまでフッ素化されやすいが、酸化チタンでは、四フッ化物はほとんど生成していないことを示している。

第4章では、半経験的分子軌道法計算により代替フロン関連のハロゲン化プロパン類の立体配座解析を行い、分子構造とNMR化学シフトの相関解析を行っている。その結果、ジフルオロメチレン基の19F NMR化学シフトは隣接置換基の磁気異方性が影響し、末端置換基の1H, 19F NMR化学シフトは、反対末端の置換基からのファンデルワールス相互作用を受けていることを示した。13C NMR化学シフトについても解析し、メチレン基の化学シフトは、メチレン基炭素に結合する原子の電気陰性度に依存し、末端基の化学シフトは、反対末端の置換基からのファンデルワールス相互作用と隣接炭素に結合する原子の磁気異方性に依存することを示した。

第5章では、非経験的分子軌道法計算によるNMR化学シフトの計算を行い、CF3基を有するエタン類 (CF3-CXYZ) の19F NMR化学シフトの計算値と観測値の相関は、HF/6-31G(d)//HF/6-31G(d)レベルの計算結果が、密度汎関数法によるB3LYP/6-31G(d)//B3LYP/6-31G(d)レベルの計算結果よりも高いことを示した。また、CFC及び代替フロン類の13C, 19F NMR化学シフト計算の精度を系統的に検証し、HF/6-31G(d)レベルでの計算値が置換基効果を精度よく再現し、化学シフト予測にも適用可能であることを示した。

なお、本論文は森川眞介・大西啓一・岡本秀一・入澤潤・鈴木俊夫・宮島隆との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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