学位論文要旨



No 217295
著者(漢字) 大畠,康平
著者(英字)
著者(カナ) オオハタ,コウヘイ
標題(和) チオラクトマイシンおよびその誘導体の合成と生物活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217295
報告番号 乙17295
学位授与日 2010.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17295号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 准教授 杉田,和幸
 東京大学 講師 横島,聡
 東京大学 客員講師 宮嵜,洋二
内容要旨 要旨を表示する

チオラクトマイシン(TLM,1)は、放線菌の一種、Nocardia sp.、から単離された中程度の抗菌活性を示す抗生物質であり、その作用メカニズムとしては、タイプII脂肪酸合成酵素(FAS)を阻害すると報告されている。この作用メカニズムを活用した抗菌薬は今日までに上市されていないため、臨床上問題となっている耐性菌に対しても効果を示すことが期待されている(Figure)。また、最近になって、1やその誘導体がタイプIFASを阻害することも報告されており、抗肥満薬や抗がん剤としての可能性も有している。

1の全合成はこれまでに6グループにより報告されているが、創薬を指向した誘導体合成を視野に入れた場合、これらの合成法は、1の5位イソプレノイド部分を変換した誘導体の合成などを行う上で、必ずしも簡便で効率的なものではないと考えられた。

著者は、様々な誘導体の効率的な合成を念頭においた1の簡便な合成法を開発すること、さらたは開発した合成法を用いて種々の誘導体を合成し、それらの抗菌活性およびタイプIFAS阻害活性を解明することを目的として本合成研究を開始した。1を簡便に合成しうる鍵反応として、求電子的脱共役不斉α-スルフェニル化反応を考案した。すなわち、スルフェニル化剤5を用いた4の不斉α-スルフェニル化反応が進行すれば、効率よく1の4置換炭素を構築でき、次いで種々の官能基変換を行うことによって1を簡便に合成できるものと期待した(Scheme1)。

求電子的脱共役不斉α-スルフェニルついて、4を反応基質として種々の反応条件を検討した結果、HMPA存在下でナトリウムヘキサメチルジシラジドを作用させ、その後、スルフェニル化剤として3,3-ジメトキシプロピルメタンチオスルホネート5を反応させると、目的のα-スルフェニル成績体6が74%で得られることが判明した。

得られた6をエステル化および脱保護を行って10を得、さらにレトロマイケル反応に続いてプロピオニル化およびディークマン縮合を行い、目的の1へ導くことに成功した(Scheme2)。また、10をレトロマイケル反応に付した後、アセチル化とディークマン縮合を行うことで1の誘導体である3-デメチルチオラクトマイシン(13)を合成することにも成功した。次に、ent-4を用いることにより、同様の合成経路で非天然型チオラクトマイシン(ent-1)およびその3-デメチル体(ent-13)も合成した。

今回開発した簡便な合成法を用いて合成した以上の4種の化合物1、ent.1、13およびent..13について、抗菌活性およびタイプIFAS阻害活性を測定した。その結果、抗菌活性に関しては天然物である1のみが活性を示すことが明らかとなった。一方、大変興味深いことに、タイプIFAS阻害活性については、天然型である1および13は活性を示さないが、非天然型であるent-1およびent-13は中程度の活性を示すことが明らかとなった(Table1)。

以上の結果を踏まえ、次に抗菌活性およびタイプIFAS阻害活性の向上を目的として、今回開発した簡便な合成法を用いた1の5位誘導体の合成を検討した。すなわち、5位のイソプレノイド部分が如何に活性に関与しているか、また、他の誘導体においても非天然型のみがタイプIFAS阻害活性を有するのかなどを解明するため・5位にアルケニル基およびジエン部分が環状構造に含まれるシクロアルケニリデンメチル基を有する誘導体17a-fおよび17g-iについて両対掌体の合成に着手した。

5-アルケニル誘導体(17a-f)の合成においても1の合成と同様、求電子的脱共役不斉α-スルフェニル化反応の条件の検討を行ったところ、塩基としてカリウムヘキサメチルジシラジドを用い、HMPAを添加させない条件が最適であった(Scheme3)。また、この場合、1の合成の際に用いた4の場合とは異なった立体を有する化合物が得られた。そのため、不斉補助基に(5)-配置を有する14のような化合物を出発物質として用いた。以上のようにして得られたα-スルフェニル体15から、1の合成と同様の経路で5-アルケニル誘導体(17a-fiおよび3-デメチル体(18a-fiを合成した。また、同様にして、それらの対掌体ent-17a-fおよびent-18a-fに関しても合成した。

次に、5-シクロアルケニリデンメチル誘導体(17g-i)に関して求電子的脱共役不斉α-スルフェニル化の検討を行った結果、環の大きさによって反応基質の反応性や基質の塩基に対する安定性などが異なり、それぞれの基質について最適な反応条件が異なることが判明した(Scheme4)。それぞれの反応条件に付して得られたα-スルフェニル体20は、構築した合成経路を用いて、5-シクロアルケニリデンメチル誘導体17g-iへと導くことができた。また、3-デメチル体18g-iや対掌体ent-17g-iおよびent-18g-iに関しても、同様に合成した。

合成した誘導体は抗菌活性およびタイプIFAS阻害活性試験に供した(Table2)。全ての誘導体で抗菌活性はほとんど認められなかったが、タイプIFAS阻害活性に関しては、ほとんどの誘導体が阻害活性を示し、誘導体の5位の立体化学は活性にほとんど影響されないことが分かった。なかでも置換基R2にプロピル基を、また3位には水素原子を有し、(5)-配置を有する誘導体ent-18dにおいて、タイプIFAS阻害薬として知られているC75とほぼ同等の活性を有することが判明した。

以上述べたごとく、著者は求電子的脱共役不斉α-スルフェニル化反応を機軸としたチオラクトマイシン(1)の簡便な合成法を確立した。また、新しい抗菌剤あるいはタイプIFAS阻害薬の創出を目指して、確立した合成法を用いて様々な誘導体の合成を行った。その結果、数多くの誘導体の合成に成功し、新たに開発した1の合成経路が効率的で柔軟性に富んでいることを証明するとともに、タイプIFAS阻害薬として知られているC75と同等のタイプIFAS阻害活性を示す誘導体を見出すことにも成功した。これらの知見がチオラクトマイシン(1)およびその誘導体の創薬研究に今後役立つことを念願している。

Figure.structure of thiolactomycin(TLM,1)

Scheme 1. Deconjugative asymmetric a-sulfenylation of the chiral 3-(α,β,γ,δ-unsaturated acyl)oxazolidin-2-one 4. (a) (i) tBuOLi, (EtO)2P(0)CHMeCO2Et, hexane, rt; (ii) 10%NaOH aq., EtOH, 50°C, 87%; (b) tBuCOC1, Et3N, THF, -15°C, then LiC1, (R)-4 benzyl-2- oxazolidinone, it 91%; (c) (i) NaHMDS, HMPA, THF, -78°C; (ii) (MeO)2CHCH2CH2SSO2Me(5), -78°C-rt, 74% (6), 9% (7), 8% (8).

Scheme 2. Synthesis of (R)-(+)-thiolactomycin 1 and its 3-demethyl derivative 13. (a) Ti(OiPr)4, BnOH, 70°C, 83%; (b) 6%HCI aq., THF, it, 97%; (c) (i) Cs2CO3, EtOH, 4°C; (ii) EtCOC1 or AcC1, TEA, CH2C12, 4°C, 75% for 11, 68% for 12; (d) Li1FVIDS, THF, -78 °C-rt, 63% for 1, 59% for 13.

Table 1. In vitro antibacterial and mammalian type I FAS inhibitory activity of enantiomeric pairs of TLM and its 3-demethyl derivative (1, ent-1, 13 and ent-13 ).

Scheme 3. Synthesis of (R)-5-alkenyl-TLM and (R)-3-demethyl-5-alkenyl-TLM(17a-f and 18a-f)

Scheme 4.Synthesis of 5-cycloalkenylidenemethyl-TLM and 5-cycloalkenylidenemethyl-3-demethyl-TLM (17g i and 18g-i)

Table2.In vitro mammalian type I FAS inhtbitory activity of some enantiomeric pairs of TLM and its congeners.

審査要旨 要旨を表示する

チオラクトマイシン(TLM,1)は、放線菌の一種、Nocardia sp.から単離された中程度の抗菌活性を示す抗生物質であり、その作用メカニズムとしては、タイプII脂肪酸合成酵素(FAS)を阻害すると報告されている。この作用メカニズムを活用した抗菌薬は今日までに上市されていないため、臨床上問題となっている耐性菌に対しても効果を示すことが期待されている(Figure)。また、最近になって、1やその誘導体がタイプIFASを阻害することも報告されており、抗肥満薬や抗がん剤としての可能性も有している。

大畠康平は、様々な誘導体の効率的な合成を念頭においた1の簡便な合成法の開発、開発した合成法を用いた種々の誘導体の合成、1;thiolactomycin(TLM)さらにはそれらの抗菌活性およびタイプI FAS阻害活性を解明することを目的として本研究を開始した。まず1の不斉全合成は、Scheme1およびScheme2に記す方法で達成された。

次に10をレトロマイケル反応に付した後、アセチル化とディークマン縮合を行うことで1の誘導体である3-デメチルチオラクトマイシン(13)を合成することにも成功した。また、ent-4を用いることにより、同様の合成経路で非天然型チオラクトマイシン(ent-1)およびその3-デメチル体(ent-13)も合成した。

4種の化合物1、ent-1、13およびent-13について、抗菌活性およびタイプI FAS阻害活性を測定した。その結果、抗菌活性に関しては天然物である1のみが活性を示した。一方、大変興味深いことに、タイプI FAS阻害活性については、天然型である1および13は活性を示さないが、非天然型であるent-1およびent-13は中程度の活性を示すことが明らかとなった(Table1)。

以上の結果を踏まえ、次に抗菌活性およびタイプIFAS阻害活性の向上を目的として、1の5位誘導体の合成を検討した。すなわち、17a-fおよび17g-iにっいて両対掌体の合成を行った(Scheme3およびSchem4)。

合成した誘導体は抗菌活性およびタイプIFAS阻害活性試験に供した(Table2)。全ての誘導体で抗菌活性はほとんど認められなかったが、タイプIFAS阻害活性に関しては、ほとんどの誘導体が阻害活性を示し、誘導体の5位の立体化学は活性にほとんど影響しないことが分かった。なかでも置換基R2にプロピル基を、また3位には水素原子を有し、(S)-配置を有する誘導体ent-18dにおいて、タイプIFAS阻害薬として知られているC75とほぼ同等の活性を有することが判明した。

以上の研究成果は、今後の医薬開発に重要な知見を提供しており、博士(薬学)の論文に値すると判断した。

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