学位論文要旨



No 217296
著者(漢字) 金井,輝人
著者(英字)
著者(カナ) カナイ,テルト
標題(和) 非線型結晶による波長変換を用いた超短パルス光及び深紫外光の発生
標題(洋)
報告番号 217296
報告番号 乙17296
学位授与日 2010.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17296号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 辛,埴
 東京大学 准教授 三尾,典克
内容要旨 要旨を表示する

超短パルスレーザーの特徴として、時間的・空間的な高光子密度特性が挙げられる。応用としては、超高速現象の高時間分解能測定、高精度加工などがある。特に、近年の超短パルスレーザーやその増幅技術の進歩は、高次高調波発生や光電場による直接電離を用いたX線レーザーの実現など高強度電場と物質の相互作用に関する研究を急速に進展させつつある。フェムト秒レーザーより3桁短いアト秒パルスにより、新たな分野が開拓されようとしている。

アト秒パルスを発生するには、光の周波数を高くする、すなわち波長を短くすることが必要となる。高次高調波発生はアト秒パルス発生の有力な手段である。また、高調波は超短パルス性と空間コヒーレンスを兼備するため、極端紫外・軟X線の高光電場を生成することができる。高次高調波の出現により、極端紫外・軟X線領域の光源として利用可能となった。

本研究では、高次高調波の隣り合う次数の周波数間隔を広げ、スペクトルの重ならない、孤立したアト秒パルスを発生させるために、波長が短く(周波数が高く)、パルス幅の短い(サブ10 fs)青色レーザーパルス光源を開発した。非線型結晶による広帯域波長変換により帯域を基本波の2倍に拡げ、基本波の半分のパルス幅を2倍波で得た。これが本論文の第1部を成す。

実際にこのレーザー光源はアト秒発生実験に使用され、2004年に950 asの高次高調波パルスの自己相関波形を計測した。更に、2006年に、860 asの高次高調波パルスを周波数分解光ゲート法(FROG)法で計測した。

一方、非線型結晶を用いた波長変換は、超短パルス化のみならず、産業応用に期待が大きい深紫外光の発生にも有用である。現在の45-nm node半導体リソグラフィー用光源はArFエキシマレーザーであるが、固体レーザーの非線型結晶を用いた波長変換は、その波長(λ = 193.5 nm)のマスクパターンの検査光源、あるいはArFエキシマレーザーの種光としてのポテンシャルを有する。

非線型結晶による波長変換により深紫外光を得るためには、深紫外域で広帯域に透過率を有し、第2高調波で深紫外光を発生させるために大きな複屈折性を有し、位相整合により波長変換させるために大きな非線型性を有することが条件である。深紫外域において155 nmまで透過し、その波長まで位相整合条件を満たし、また非線型定数が大きい非常に優れた新しい非線型結晶、KBBF(KBe2BO3F2)が中国科学院の陳教授らによって開発された。KBBF結晶は、第2高調波でコヒーレントな真空紫外光(VUV)を発生させる事が可能な唯一の非線型結晶である。この非線型結晶KBBFを用いて位相整合による最短波長な光源および高出力な深紫外光源の開発を行った。これが第2部を成す。

第1部非線型結晶を用いた短パルス化(サブ10 fs光の発生)

群速度ミスマッチ問題を解決するため、図1のような光学系を用いて、全帯域SHGを試みた。

まず、回折格子1(G1)の角度分散を利用して、波長毎に位相整合角で結晶に入射させる。レンズの働きは縮小率を決めると同時に回折格子上の像を結晶に転写することである。発生したSHGの角度分散を補償するために、結晶を中心に折り返した光学系で、逆の転写を行う。回折格子2は、半分の波長の角度分散を補償するため回折格子1の2倍の溝本数を持つ。これにより、全帯域の変換することができる。

ここで、dβ/dλはG1の角度分散であり、dθ/dλは非線型結晶の位相整合角分散であり、拡大倍率M=b/aである。aとbはそれぞれ回折格子からレンズまで、レンズからBBO結晶までの距離である。この光学系を用い青色(400 nm)の8.5 fsパルスを得る事ができた。パルス幅12 fsのとき、平均出力は5 kHzで1.6 W、1 kHzで1.9 Wであった。ピークパワーは1 kHzのときに0.16 TWで、パルスエネルギーは1.9 mJであった。広帯域波長変換光学系のスループットは22~23 %であった。

更に高出力化を図るために、ビーム径を拡げると顕著になる収差を補正した以下の図2のような望遠鏡型光学系を組んだ。

この光学系を用いることにより、収差が補正されたことが、光線追跡による計算と、干渉計によるパルスフロント測定の実験により確かめられた。この光学系で得られたパルスの幅は10 fs、ピークパワーおよびパルスエネルギーはそれぞれ、1.4 TW、14 mJであった。

第2部非線型結晶を用いた短波長化(深紫外光の発生)

中国科学院の陳教授らによって開発されたKBBF結晶は透過波長が小さく、短波長の高調波を生み出せ、非線型光学定数が大きい理想的な非線型結晶である。特にSHGの最短波長が164 nmもの短波長であることは極めて魅力的である。現状でKBBFは200 nm以下をSHGで発生させる事が出来る唯一の結晶である。

唯一の欠点は現状では光軸方向に最大でも2~3 mm程度までしか結晶成長させられない事である。また、それによって面のカットも制限されてしまう。そのため、位相整合条件を満たすような角度でレーザー光を結晶に入射させようしても表面で全反射してしまう。

このような問題を回避するため、KBBFをCaF2のプリズムで挟み込み、オプティカルコンタクトさせ、それによって位相整合を満たす手法を考案した。それをPrism couplingと呼び、この素子をKBBF-PCD(KBBF prism coupling device)と呼ぶ事にする。図3にその概要を示す。

KBBF-PCDを用いて、波長変換により深紫外光を発生させた。まず、KBBF結晶が発生させ得る最短波長に挑戦した。シングルモードのTi:sapphireレーザー(基本波780 nm)の5ωとして156 nmを発生させた。これは非線型結晶を用いた位相整合による最短波長である。

図4にその発生光学系を示す。Ti:sapphireレーザーからの基本波ωの出力4.2 Wは、2.5 Wと1.7 Wに分割される。2.5 Wのビームは更に分割されて、1 Wが4ω発生に、1.5 Wは5ω発生に使用される。Quartz rotatorは偏光を縦方向に戻し、結晶のZ軸に垂直になるようSHG、SFMの前に挿入されている。ω、4ωともに焦点距離300 mmのレンズで1.2 mm厚のKBBF結晶に集光される。なお、KBBF結晶は、乾燥窒素で満たされたチャンバー中にセットされた。LBO結晶で2ωを発生させ、その2ωと波長変換されずに残ったωの和周波3ωをBBO結晶で発生させる。その3ωと予め切り分けておいたωとで和周波4ωをBBO結晶で発生させる。その4ωとωとの和周波として5ωをKBBF-PCDで発生させるスキームである。

またKBBF-PCDを用いてNd:YVO4準CWレーザーの6ω光(177.3 nm)を発生させ、超高分解能光電子分光用の光源を開発した。光電子分光の時間分解の記録を塗り替え、現在も物性研究の無二のツールとして使用され、多くの成果を挙げている。

最後に深紫外光の高出力化を目指した。実用性のある光源とするため、産業用に需要の高い193.5 nmで平均出力ワット以上の光源開発を行った。Ti:sapphireレーザー774 nmの4ωとして193.5 nm、5 kHzで平均出力1.05 Wを得た。またチューナブルな深紫外光源として200 nmから185 nmまでの深紫外を発生させた。200 nmで1.2 W、188 nmで0.72 W、185 nmで0.2 Wが得られた。非線型結晶を用いた波長変換で得られた200 nm以下の深紫外光としては最高出力である。これらの結果を図5に示す。

図1 広帯域SHG発生(Broadband Frequency Doubling)光学系

図2 望遠鏡型広帯域SHG発生(Broadband Frequency Doubling)光学系

図3 KBBF-PCD

図4 5ω発生光学系

図5 波長毎の4ω深紫外光の発生強度および対する入射2ω光強度

審査要旨 要旨を表示する

レーザーの超短パルス化や短波長化の進展はめざましく、高次高調波発生によるアト秒パルス光や極端紫外光が光源として使用されるフェーズに入ってきている。本論文は、非線型結晶による波長変換を用いた超短パルスの発生と深紫外光の発生について述べたものであり、超短パルス化と短波長化の2部構成に成っている。超短パルス光はアト秒パルス発生用の光源として、また深紫外光は高分解能光電子分光用の光源としてそれぞれ実際に使用されている。

序章では、本研究における背景や目的、及び開発された光源を用いた成果を述べている。超短パルス光源は、アト秒発生実験に使用され、2004年に950 asの高次高調波パルスの自己相関波形を計測し、2006年には860 asの高次高調波パルスを周波数分解光ゲート法(FROG法)で計測された。深紫外光源は、光電子分光用光源のみならず、半導体リソグラフィーのマスクパターンの検査光源、あるいはArFエキシマレーザーの種光としてのポテンシャルを有し、産業応用にも期待が大きいことが、それぞれ述べられている。

第1章では非線型結晶BBOを用いた広帯域波長変換を行い、周波数帯域をTi:sapphireレーザーの基本波の2倍に拡げた。全波長域で位相整合条件を満たす角度でBBOに入射するように光学系を組み、基本波の約半分のパルス幅を2倍波で得た。この手法を用い8.5 fsの超短パルス青色レーザー光源が開発された。波長変換光学系のスループットは23 %であり、パルスエネルギーは1.9 mJが得られ、高調波発生用光源として充分な出力を有していることが説明されている。

第2章ではこの光源の更なる高出力化がなされ、テラワット級の青色レーザーパルスを発生させた。高出力化のためには、光学素子の損傷を避けるため、ビーム径の拡大が不可欠であるが、その時に光学系の収差の問題が顕著になってくる。このパルスフロントの歪みを無くすために、単ミラー光学系から望遠鏡型光学系に改良された。実験的にも収差が補償されていることが確認され、10 fs、1.4 TWのパルス光が得られた。

第3章では深紫外光発生のための単一モード波長可変狭帯域Ti:sapphireレーザーシステムの概要と諸元が記述されている。この章以降は、中国科学院の陳教授によって開発された新非線型結晶KBBFを用いた波長変換による深紫外光発生について述べている。

第4章は、まずKBBF結晶の性質や他の非線型結晶に対する優位性、および欠点などが述べられている。KBBF結晶は200 nm以下を2次高調波で発生させる事が出来る現状では唯一の結晶である。欠点は、結晶軸方向にmm程度しか結晶成長させられず、板状の薄い結晶しか出来ないことである。そのために通常の非線型結晶のように位相整合角でカットすることができず、条件を満たした入射角度では全反射してしまうことになる。この問題を解決するために、深紫外光に透過性のあるCaF2プリズムでKBBF結晶を挟み込みオプティルコンタクトさせたデバイスを開発した。このデバイスをKBBF-PCD(Prism-Coupled Device)と呼ぶことにする。深紫外光の発生実験はすべてこのKBBF-PCDを用いて行われた。

この章ではTi:sapphireレーザーの2倍波をLBO結晶で発生させ、更にその2倍波をKBBF-PCDで得ることにより4次高調波を発生させている。非線型結晶を用いた2倍波としては最短の170 nmを発生させ、また深紫外域を初めて測定したことにより屈折率分散のSellmeier式を修正した。

第5章ではTi:sapphireレーザーの5次高調波を発生させ、KBBF結晶の吸収端155 nmに出来るだけ近い真空紫外光の発生に挑戦している。2次高調波をLBO結晶で、3次・4次高調波をBBO結晶によりそれぞれ発生させ、5次高調波をKBBF-PCDにより発生させている。Ti:sapphireレーザーの基本波780 nmの5次高調波として156 nmを発生させた。これは非線型結晶を用いた位相整合による最短波長である。

第6章ではNd:YVO4準CWレーザーの6次高調波(177.3 nm)をKBBF-PCDを用いて発生させ、超高分解能光電子分光用の光源を開発した。光電子分光の時間分解の記録を塗り替え、物性研究の無二のツールとして使用され、多くの成果を挙げている。また、2002年以降現在に至るまで、温度や乾燥窒素雰囲気などのKBBF-PCDの環境を変化させて発生効率の向上を図り、逐次改良を進めていき、より洗練された光源へ進化している事が述べられている。

第7章では深紫外光の最高出力の記録に挑戦した。同時に実用性のある光源とするため、産業用に需要の高い193.5 nmで平均出力ワット以上の光源開発を行った。Ti:sapphireレーザーの基本波774 nmの4次高調波として193.5 nmを発生させ、5 kHzで平均出力1.05 Wを得た。また波長可変な深紫外光源として200 nmから185 nmまでの深紫外を発生させた。200 nmで1.2 W、188 nmで0.72 W、185 nmで0.2 Wが得られた。非線型結晶を用いた波長変換で得られた200 nm以下の深紫外光としては最高出力である。

第8章は以上の研究に対するまとめである。非線型結晶BBOによる広帯域波長変換を用いた超短パルス光源を開発し、アト秒発生に貢献したこと、及びKBBF結晶のもてる可能性を最大限に引き出し、最短波長と最高出力の記録更新を達成したことが述べられている。

以上要するに、筆者は記録を伴う特徴的な光を発生させたのみならず、それが有用な光源として実際に研究に使用されている事は高く評価される。よって、この研究は物理工学に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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