学位論文要旨



No 217297
著者(漢字) 太田,貴裕
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,タカヒロ
標題(和) 非侵襲的脳機能画像を用いた言語および計算機能の側性化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217297
報告番号 乙17297
学位授与日 2010.02.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17297号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 小山,博史
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 准教授 坂井,克之
内容要旨 要旨を表示する

序文

脳神経外科医にとって温存すべき脳機能の局在を個々の症例で検討し,機能温存を目指して最大限の病変摘出を行うことが臨床的に最重要課題となっている.

最も重要なのは言語優位半球の同定である.言語優位半球に関しては右利き健常人の場合言語優位半球は93%以上が左であることが示されている.脳腫瘍やてんかんの患者では必ずしも典型的な半球優位性を示すとは限らない.

一方,計算能力も日常生活において重要で基本的な能力の一つである.これまで計算能力には頭頂間溝(IPS)と下頭頂葉(IPL)が強く関連していると考えられてきた.病変の存在する症例報告と覚醒下手術における計算機能マッピングについての報告はあるが,脳疾患を有する患者における非侵襲的な計算機能マッピングについての報告はほとんど行われていない.

現在行われている脳機能マッピングとしてはWada testや皮質電気刺激などの侵襲的検査が一般的であるが,検査による危険性,時間的制約などの問題が残されている.

本研究では高次脳機能の中で前頭側頭葉に局在する言語機能,頭頂葉に局在する計算機能に着目し,3テスラ機能MRI(fMRI), 脳磁図(MEG), 近赤外線光トポグラフィー(NIRS)を用いて各機能の側性化の検出についての有用性について検証した.言語機能に関しては(1) Wada testで優位半球を決定,(2)上記3つのモダリティによる優位半球の検出結果をWada testと比較,(3)各モダリティ単独また組み合わせによるWada testに対する妥当性の検討を行った.計算機能に関しては(1)足し算課題fMRIの確立,(2)頭頂葉病変を有する症例において術前後でfMRIと計算機能を経時的に評価する病巣研究を行った.

方法

言語機能側性化の検討に関してはコントロール群として正常成人19名にfMRI, MEG, NIRSを行った.疾患群として2007年1月から2009年3月までに東京大学医学部附属病院で脳神経外科術前にWada testを行った28名を対象とした.疾患は脳腫瘍13例,てんかん13例,脳動静脈奇形2例であった.fMRI, MEGではひらがな3文字を黙読させる文字読み課題を行い,NIRSでは単語想起課題を行った.文字読み課題fMRI, 単語想起課題NIRSでは前頭葉に,文字読み課題MEGは側頭葉に関心領域を設定し,有意な活動の側性化指数を計算して優位半球を決定した.

計算機能側性化の検討に関してはコントロール群として正常成人9名,疾患群として2007年1月から2008年6月までに頭頂葉病変を有する3例を含む脳神経外科疾患患者11名で足し算課題によるfMRIを施行した.関心領域として上頭頂小葉,IPL,IPSを設定し,有意ピクセル数の左右比(L/R ratio)を求め2群間での比較を行った.頭頂葉病変を有する3例においては手術前後でfMRIと計算機能の評価を行った.

結果

言語機能側性化については疾患群全28例ではWada testによる言語優位半球は左,右,両側がそれぞれ20,3,5人であった.文字読み課題fMRIについては両群とも全例課題を遂行でき,有意な活動を示したピクセル(active pixel)は主として両側前頭葉(特に下前頭回,中前頭回)に側性をもって認められた. 文字読み課題fMRIによる優位半球は左,右,両側がそれぞれ22, 2, 4例であった.特にWada testで左優位半球を示した症例に限ると,文字読み課題fMRIの感度は 95.0%, 特異度は 62.5%という結果であった.

文字読み課題MEGについては両群で全員が課題を遂行できた.感覚性言語機能について左優位を示したものが18人(94.7%)であり,1名のみ両側性となった.疾患群では言語優位半球は左21例,右3例,両側4例であった.特にWada testで左優位半球を示した20例では, 文字読み課題MEGで感度100%,特異度は87.5%と良好な結果を得られた.しかし非左優位である場合Wada testとの一致率は文字読み課題fMRI, 文字読み課題MEG共に60%に低下した.

単語想起課題NIRSについては、疾患群で2例において課題期間内で酸化ヘモグロビンの有意変化が認められず以降の解析から除外したため26名で解析を行った.NIRSによる優位半球は左16例,右4例,両側6例であった.左優位半球の症例を解析するとWada testとは75%の一致率であった. 感度 75.0%となりfMRI, MEGと比較して低い値を示したが、特異度は87.5%でありMEGと同じ結果であった.単語想起課題NIRSの結果がWada testと一致した群(Group I)と一致しなかった群(Group II)間での測定条件の違いをさらに解析した.NIRSが成功するかどうかに関しては課題の影響が大きいと考えられた.

fMRI, MEG, NIRSは単独でのWada testとの一致率がそれぞれ85.7%, 89.3%, 71.4%でありfMRI, MEGは信頼性が高く術前評価として有用と考えられた.右優位半球の3例では全例NIRSとWada testの結果が一致していた.2つ以上のモダリティで優位半球が一致した症例では全例Wada testと側性化の結果が一致しており、感度、特異度、陽性予測値、陰性予測値すべて100%と信頼度が高いことが示された.

足し算課題fMRIの結果では,コントロール群でactive pixelは両側IPSに5例,両側IPSと左IPLに4例認められた.IPSにおけるL/R ratio(IPS-L/R ratio)を計算すると,コントロール群では1.63±0.57であった.両側性の活動が認められたが文字読み課題fMRIで言語優位を示した左側においてより強い活動が見られた.脳疾患を有する患者においても両側IPSで足し算課題fMRIの活動がはっきり認められ,IPS-L/R ratio は1.60±0.72であった.コントール群と疾患群の間でIPS-L/R ratioに有意差を認めなかった(p = 0.49).また術前後で足し算課題fMRIを行った3例において術後の計算機能の低下あるいは増加とfMRIの活動変化の程度に関連が認められた.

考察

言語機能に関してはfMRI, MEG, NIRSのうち,2つ以上のモダリティで言語優位半球が一致すればWada testの結果と同じであり,Wada testを省略することが可能になると考えられた.しかしNIRSはfMRIとMEGに対して補完的役割を果たすものでありそれ単独でWada testに替わるモダリティとなることは難しいと考えられた.足し算課題fMRIは簡単なタスクであり脳疾患を有する患者にも施行できた.術前後で経時的に変化を追った症例では術後の計算機能とfMRIの所見との間に関連がみられた.

fMRIは汎用性が高くWada testと比較して85.7%の一致率で言語優位半球を同定できるため最も信頼性の高い検査方法として期待される.

MEGは病的脳においての神経活動を直接捉えることができる唯一の機能画像検査法である.MEGを言語優位半球同定に用いている報告は少ない.今回の文字読み課題MEGの結果も言語優位半球同定において信頼度が高く有用であると考えられ今後の応用が期待できる.

NIRSは非侵襲的に血中の酸化ヘモグロビン,脱酸化ヘモグロビンを別々に計測することができ,その計測は簡便であり検査時の被検者の拘束性も低いのが利点である.言語優位半球同定法としてのNIRSに関する報告はMEG同様少ないが,fMRIや MEGを行うことが難しい症例においてはNIRSと組み合わせることで非侵襲的に言語優位半球を同定できると考えられる.今後は各モダリティに関して、検査方法・データ解析の標準化を行うことが重要である.それにより今後言語機能局在の画像化へのさらなる応用が期待できると考えられる.

足し算課題fMRIの結果から優位側の左IPSが計算には最も重要であり,術前に解剖学的なIPSの同定に応用することもできると考えられた.特に頭頂葉病変を有する脳神経外科患者で計算機能の局在を本法により画像化していくことが腫瘍摘出方法,摘出範囲など術前戦略を立てる上で非常に重要である.

今後はさらに術後の計算機能とfMRIの結果を詳細に検討し、病巣研究である頭頂葉病変を有する多数の患者で検討する必要がある.また課題も足し算だけではなく,四則演算課題を用いたfMRIを研究することが重要と考える.さらに覚醒下手術における皮質電気刺激の結果と比較検討することで計算機能ネットワーク全体の画像化が可能になる.

結論

言語と計算という2つの高次機能に関して非侵襲的脳機能画像を用いた機能側性化の画像化に関する検討を行った.言語優位半球同定に関してはfMRI, MEG, NIRSという機序の異なる3つのモダリティを使用することで,侵襲的検査であるWada testを省略できる可能性について示すことができた.さらに計算課題に関しては足し算課題を用いたfMRIを行い,足し算課題遂行には両側IPSが重要であることを示し、経時的変化を追った症例からは足し算課題fMRIの活動の程度と計算機能の関連性を認めた.

今後の課題としては、データ解析方法の標準化に向けた検討の必要性と本研究で示した高次脳機能の側性化の検証方法をもとにした機能ネットワークに関する画像化手法の開発の必要性である.これにより脳機能画像は手術戦略・治療方針において今まで得ることが困難であった症例ごとの高次脳機能の大脳局在部位を正確に把握する上での有用な情報を提供する可能性が期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は高次脳機能の中で前頭側頭葉に局在する言語機能,頭頂葉に局在する計算機能に着目し各機能の側性化の画像化を行うことを目的として、非侵襲的脳機能画像(3テスラ機能MRI(fMRI), 脳磁図(MEG), 近赤外線光トポグラフィー(NIRS))の有用性について検証したものであり、下記の結果を得ている.

1.Wada testで左優位半球を示した症例に限ると,文字読み課題fMRIの感度は 95.0%, 特異度は 62.5%、文字読み課題MEGは感度100%,特異度87.5%となった.一方NIRSの感度 75.0%となりfMRI, MEGと比較して低い値を示したが、特異度は87.5%であった.fMRI, MEGは信頼性が高く術前評価として有用と考えられた.

2.言語機能に関しては2つ以上のモダリティで優位半球が一致した症例では全例Wada testと側性化の結果が一致しており、感度、特異度、陽性予測値、陰性予測値すべて100%と信頼度が高いことが示された.これらの非侵襲的脳機能画像を行うことによりWada testを省略することが可能になると考えられた. NIRS単独では信頼度が低い結果であったが、fMRIや MEGを行うことが難しい症例においてはNIRSと組み合わせることで非侵襲的に言語優位半球を同定できると考えられる.

3.足し算課題fMRIの結果では頭頂葉に両側性の活動が認められたが文字読み課題fMRIで言語優位を示した左側においてより強い活動が見られた.優位側の左頭頂間溝(IPS)が計算遂行には最も重要であり,術前に解剖学的なIPSの同定に応用することもできると考えられた.

4.術前後で経時的に変化を追った3症例では術後の計算機能の低下あるいは増加とfMRIの活動変化の程度に関連がみられた.

以上、本論文は言語優位半球同定に関してはfMRI, MEG, NIRSという機序の異なる3つのモダリティを使用することで,侵襲的検査であるWada testを省略できる可能性について示すことができた.さらに計算課題に関しては足し算課題を用いたfMRIを行い,足し算課題遂行には両側IPSが重要であることを示し、経時的変化を追った症例からは足し算課題fMRIの活動の程度と計算機能の関連性を認めた. 本研究は、非侵襲的脳機能画像が手術戦略・治療方針において今まで得ることが困難であった症例ごとの高次脳機能の大脳局在部位の画像化に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク