学位論文要旨



No 217302
著者(漢字) 加藤,眞理子
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,マリコ
標題(和) 経済成長期インドにおける人口移動と送金動機の経済分析
標題(洋)
報告番号 217302
報告番号 乙17302
学位授与日 2010.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17302号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 教授 丸山,真人
 東京大学 教授 中西,徹
 東京大学 教授 佐藤,俊樹
 東京大学 准教授 清水,剛
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、1993年度に採取されたインドの大規模家計標本調査である49thNSS(National Sample Survey)の移住者統計を用いた実証分析を行うことにより、経済成長期のインドにおける移住の類型と移住の要因を明らかにし、さらに、家計単位において、人口移動に伴う所得移転である送金の持つ経済機能、および送金の経済的動機の解明を目的とする。

重要な結論は、以下のとおりである。

第一に、インドの人口移動の類型は、ハリス-トダロ・モデルが想定するような、経済発展期において農村-都市への一方的な人口移動が顕在化するという仮説に対して、かなり適合的な部分を示すものであるが、必ずしも農村-都市という一方的な流れを示すものではない。すなわち、農村と都市の経済水準の間には、少なくとも約20%程度の絶対的なギャップが存在するために、そのような部門間の経済的差異は、農村部から都市部へと向かう人口移動の誘因となる。なお、この場合、人口移動の主体は労働を目的とした男性である。しかし、インドにおいては、農村から都市部に対して、一方的に人口が流出しているのではなく、農村-農村への人口移動量は、農村-都市への人口移動量に匹敵する。このように、インドにおいて、農村-農村と農村-都市の移住がほぼ同等のボリュームを持つ理由としては、都市部と農村部という部門間のみに、絶対的な経済格差が存在するのではなく、農村部門内において、農業先進地域である北部に対する、農業後進地域である東部というような、地域間における絶対的な経済水準の差異が存在するからであると考えられる。

第二に、インド農村部から移出する人口移動の類型については、家計の低い経済水準によって、農村から「押し出される」push migrationが広汎に成立していると考えられる。農村部の非差別階層ではない家計、及び被差別家計に属するスケジュールド・カースト(指定カースト:SC)の農村部家計においては、家計の構成員が国内へ移出している場合には、家計の平均消費水準は移住者のいない家計よりも低い水準に分布し、さらに、家計が移出者から送金を受けている場合には、家計の平均消費水準は、移住者のいない家計と比較すると、かなりの低水準に集中している。つまり、これは、農村から「押し出された」移住者から、農村に残る家計が送金という追加的所得を得たとしても、それは十分に所得補填とはなっておらず、相対的な低所得状態が継続していることを示しており、pushされた移住者によってなされる所得移転は、家計の低所得を十分に補填できるものではなく、低所得状態や貧困を改善するためには不十分であると考えられる。一方、都市部では、送金を受けている家計の平均消費水準の分布は、全く移住者がいない家計よりと同等か、やや上方に集中している。より高い賃金などが誘因となって生じるpull migrationは、都市部家計のような、既に十分に高い消費水準を実現している家計のみに適合的である。つまり、都市部では既に改善された経済的環境が実現され、もしくは、より有利な労働市場に直面しているために、農村に比較して絶対的に経済的優越性を持つために、貧困により「押し出される」のではなく、移住による便益が十分な場合、つまりpull factorが強力に作用する場合のみに、移住を選択すると考えられるからである。このような農村部家計と、都市部家計との移住形態の差異は、経済発展のスピルオーバー効果の部門間の差異、すなわち農村部の経済的後進性を反映していると考えられる。

第三に、確率モデルを用いた実証結果によれば、経済的階層に従って、もしくは、インド特有の社会的階層(STや被差別階級、及びそれ以外)に従って、家計と移住者は移住に対して異なる送金動機を有していると考えられる。実証分析においては、「送金する」「送金しない」という選択的行動を従属変数とし、家計の平均消費水準をはじめ、家計の性質を説明変数とする確率的バイナリ・モデルの推計を行い、家計内の所得移転モデルである交換モデルおよび利他的モデルの適用可能性を検討した。被差別階層ではなく、一定水準以上の土地を有する農村家計では、送金確率と家計の平均消費水準との間に逆U字の関係が観察されるなど、州外移住者からの家計への送金は、交換的動機によって行われていると推測される結果を得た。しかし、土地無し層を対象とした場合には、送金確率と家計の平均消費水準との間には、理論適合的な関係性を得ることができなかったことから、土地無し層にとっては、州外への移出は単なる人減らしとしてのpush migrationという機能を持つ可能性が否定できない。一方で、社会的後進階級である農村部SC家計では、州外移住者から送金を受け取る場合には、純粋な交換動機モデルは適合せず、むしろ利他的なモデルと整合的である結果が導かれた。つまり、インド農村部における部門内の経済的・社会的格差は、人口移動そのものにも影響を与えるが、人口移動に伴う所得移転に対しても、異なる経済的動機付けを与えるものであると考えられる。一方で、都市部家計においては、出稼ぎ者からの送金と所得水準との間に交換モデルを積極的に支持するような結果は認められなかった。さらに、都市部、農村部を通じて、教育水準と送金の間に逆進的な関係が観察されたことから、低い人的資本水準はpush factorとして機能すると考えられる。

第四に、インド農村が部門内に内包する格差は、社会的階層だけではなく、地域的な経済格差が貢献する部分が大きく、地域性によって、人口移動の類型と送金の動機は異なる。貧困率が高く、経済的に後進的である東部の農業労働者は、被差別階級に属さない家計であっても、低所得階層出身であり教育水準の低い層が、経済的に「押し出され」ると考えられ、その送金動機を利他的動機によって説明することが可能である。南部では、家計の所得階層が低くとも、比較的高い教育水準を有している移住者が送金を行う傾向があり、さらに、女子の教育水準が上昇すると、家計が送金を受け取る確率が上昇することから、利他的動機と交換的動機の両者によって解釈することが妥当であると考えられる。このような農村における地域による差異は、地域から人口を押し出すpush factorとしての低経済水準、および社会構造と、出稼ぎ「先」の地域のpull factorとしての経済水準と社会構造のミックスによって生じると考えられる。

第五に、インド農村部門内においては、経済的差異をもたらす要因として、地域性と深く関わる、ジェンダー・バイアスの影響を否定しきれない。事後的データであるというNSSデータの性質による制約から、一定の分析上の限界を有するが、北部において、被差別層ではなく、小規模の資産を有する家計では、教育水準の低い未婚女子が家計に存在することにより、送金を受け取る確率が上昇するが、他地域では、そのような傾向はみられない。すなわち、北部では、女性の労働参加率は極めて低く、結婚のための持参金(dowry)といった社会背景によって、家計は女性を家計にとってのliabilityと捉えられがちであるため、未婚の女性の存在は家計の経済価値を減価するために、その補填としての送金を必要としているとも考えられる。あくまで仮説ではあるが、dowryという慣習や、liabilityとしての未婚女子の存在といったような、地域に独特の社会的制約条件が移住・送金へのpush factorとして機能している可能性がある。

インドの経済成長期における人口移動と所得移転の動機および効果は、農村、都市、地域、社会階層などによって大きく異なる。経済発展期においては、経済発展による利益が一様に得られなくとも、様々な物や資産の価値は不可避的に増大するために、相対的に経済資源に恵まれない地域や部門において、所得水準の低い層は、増価した生活資源に対応するために追加的所得の必要性に迫られるために、外部に経済資源を求めざるを得ず、もしくは家計から人を減らす必要が生じるために、農村から人口が押し出され(push)、結果として州外移住や、出身家計への送金を行うようになると考えられる。また、「被差別階層ではない低所得・低資産保有家計」を対象とした場合に、特に経済合理的な解釈が可能な実証結果が得られる点は非常に興味深い。すなわち、経済成長期においては、経済的、社会的に後進的である地域や階層、さらに後進的であるジェンダーに属する人々は、相対的に社会制度の変化に対する経済的な影響に晒されやすくなり(vulnerable)、そのような外的環境の変化は、低資産・低人的資産保有層への更なるpush migrationへの圧力として転化していると考えられる。つまり、あらゆる経済的価値が増大する局面において、社会的制約条件の多い集団内において、後進階層に属するという性質自体が、家計にとっての追加的なliabilityとなっている可能性がある。そのような家計や家計の構成員の減価的な属性がpush migrationに伴う人口移動や、送金を強制する圧力となるのであれば、自由化によってもたらされたインドの急速な経済成長は、むしろ低位に位置する社会・経済階層を固定化すると考えられる。つまり、市場経済的な「自由」は、必ずしも社会的「自由」を自動的に導くものではない。本論文は、インドの経済成長期における人口移動と人口移動に伴う所得移転についての考察を示したものであるが、同時に、経済成長の効果が自動的にトリックル・ダウンされ、社会的自由がもたらされるとする、トリックル・ダウン・アプローチの実現性に対し、疑問を呈するものでもある。

審査要旨 要旨を表示する

提出論文は、「経済成長期インドにおける人口移動と送金動機の経済分析」と題され、結論を含む4つの章からなる。論文は、1993年の大規模家計標本調査データ、移住者統計を用い、家計の意思決定と移住後の所得移転を分析して、人口移動の要因となる社会制度の役割を解明している。すなわち、農村、都市といった部門や地域ごとに、人口移動の要因、送金の動機および送金による経済効果が異なることを示し、部門や地域内における社会階層や家計の社会・経済状況の差異が、移住にともなう所得移転に大きな影響を及ぼしている点を明らかにしている。具体的には、差別されない家計と被差別家計という社会階層による差異、北部、南部や東部の地域的差異は、経済成長期における階層的な硬直性を示唆するものであり、ゆえに、経済発展に伴う市場の役割の増大による経済の「自由化」がかえって「社会の規範による硬直性」を担保し、固定化させる役割を担うという側面を指摘している。その結果として、本論文は社会全体の経済成長によって自動的に個々の人々に社会的な自由がもたらされるとする、トリックルダウンアプローチの現実への妥当性に対し疑問を呈している。

長距離の州外移住は多大の費用がかかるものの、収入の増加も大きく、家計の意思決定は、短距離移住の場合と比較して移住による利益とその費用において、より正確な経済的な判断を農村の家計に強いている。つまり、農村からの州外移住という行動は、経済発展による人口流動化を反映している家計の行動であり、経済成長期においては、資源に恵まれない地域や階層、そして女性は、相対的に社会制度の変化に影響されやすい。興味深い事実は、経済合理的な行動という解釈が可能なのは、差別されない家計だけであり、被差別階層に属する家計では、経済合理的というより利他的な行動である。北部の家計への送金は、持参金という社会制度に促されている可能性があり、社会・経済的な状況を反映している。また、女性の生涯の生計費用の増大が、家計への出稼ぎ送金の増加をもたらしており、貨幣経済の浸透は、ヒンドゥー教の道徳規範のもとで、市場化された物的・人的資産に対する貨幣的な価値の増大をもたらし、経済資源や所得の分配や、保険としての家族制度の変化をもたらす。すなわち、賃金の上昇にもかかわらず労働市場に女性が参加しないことから生じる不利益の増大が経済発展の浸透により人口を流動化させる一方、人口移動によって経済成長が進展するにともない、送金による所得移転が相対的な後進地域に波及する。

本論文の各章の要旨は以下の通りである

第1章「本研究で使用するデータの特色」と第2章「移住者の概況」では、データの基礎的な分析を行い、1990年代初頭おける移住形態とその経済的要因を明らかにした。インドにおいて、農村から都市へという人口移動では、人口の動態が説明できない。インドでは、農村から農村への短期雇用の農業労働を理由とする人口移動が、州内や州外を問わず盛んであり、その量はほぼ農村から都市部への人口移動に匹敵しており、都市と農村の部門間の格差のみならず農村の部門内格差が、人口移動を誘発する要因となっている。

農村からの人口移動の類型に関して、出稼ぎ者からの送金を受ける差別されない家計と被差別カーストでは、相対的に低い所得にある家計の構成員が、都市やより豊かな州外の農村、さらには海外へと向かう出稼ぎ者として「押し出され」ている。さらに、「押し出された」移住者から送金を受けている場合に、送金を受ける家計の消費水準は、移住者のいない家計よりも低いことから、「押し出された」家計の構成員からの送金という追加的所得を家計が得ても、十分に所得補填とはなっておらず、相対的な低所得状態は継続している。農村において、送金が相対的な貧困を改善するには不十分であるという結果は、従来の研究と整合的なものである。

その一方で、都市の差別されない家計および被差別カーストにおいて、送金のある家計は、移住者のいない家計よりも相対的により高い所得水準にあり、農村に対して経済的な優位を持つ都市に居住する家計は、貧困により「押し出される」のではなく、移住による便益が十分な場合にのみに移住を選択する。農村と都市の家計との移住形態の差異は、経済発展による影響が都市に集中していることを表している。なお、農村における被差別階層の指定部族の家計の場合は、送金のある家計の消費水準の分布が、移住者のいない家計や送金のない家計と比較して高い水準にあることから、インド独特の社会階層の存在が、農村部の人口の流動性への重要な要因である。

第3章「1990年代における州外移住者における送金と家計の関係」では、家計における長距離の移住の意思決定にかかわる動機の解明のため、州外移住者による送金行動に対して、確率モデルに統計数値を利用して分析している。すなわち、「送金する」「送金しない」という選択行動を従属変数とし、家計の平均消費水準や家計の性質を説明変数とする確率的バイナリモデルによる推計を行っている。そして、部門間もしくは部門内の格差という経済要因に直面する家計の行動において、所得水準、社会階層やジェンダーなどの社会的差別などの条件が、人口移動およびその後の所得移転に対して異なる動機を与えていることを指摘している。

一定の土地を有する農村家計では、送金確率と家計の所得水準との間に逆U字に近い関係が観察されるが、この逆U字の関係は、ある一定の消費水準が確保されるまで送金額が増加し続け、十分な消費水準が確保された時点で送金額が減少するということを示しており、経済合理的な交換モデルを支持する結果となっている。さらに、土地無し層にほぼ該当する層では、送金と所得水準との間には相関は全く見いだせず、土地を有する階層のみに、送金と所得水準との関係性が観察されたことから、土地無し層では、州外への移出は単なる人減らしとしての機能が否定できず、資産を有する場合のみに、利他的であれ、交換的であれ、家計と移住者の暗黙の契約が結ばれやすくなる。また、農村の被差別カーストの家計が、州外移住者から送金を受け取る場合には、交換モデルは適合せず、家計の所得が増加するにつれて送金が減少するという、利他的モデルと整合的である。

インド農村には、部門内に格差が存在するが、その格差は、社会的階層によるものだけではなく、地域性によってもたらされる格差もまた大きな割合を占めている。とりわけ農村の地域格差は深刻であり、貧困率が高く、経済的に後進的である東部の農業労働者は、被差別階層に属さない階層であっても、低所得階層が「押し出され」、利他的な送金を行う。言い換えると、社会的・地縁的な制約の強い指定部族のような階層を除き、農村からの移住動機として、経済的に恵まれない階層では「押し出し」効果が大きく、出身家計への送金は利他的である。

都市の家計出身の出稼ぎ者を対象とした送金の確率モデル分析によれば、農村の結果とは異なり、送金と所得水準との間に交換モデルを支持するような結果は認められない。また、都市から移出して送金を行っている家計の消費水準は、移出者のいない家計よりも高い、という1章と2章の結果を考慮すると、既に都市に居住している場合には、農村よりは相対的に恵まれた経済資源へのアクセスが可能であり、都市を敢えて離れて「押し出される」効果は農村の家計ほどにはない。

また、第3章では、地域性やジェンダー・バイアスに代表される社会的な条件が送金に影響を及ぼすことも示唆されている。もっとも、データの性質上の制約から、あくまでも仮説にとどめるべき結果ではあるが、確率モデルを用いた分析では、ヒンドゥー教徒がその多くを占める差別されていない階層の家計は、未婚女子が存在することにより送金が増加する。この結果は、女性の相対的な地位の低さや結婚のための持参金といった社会背景によって、家計は、女性を家計にとり生涯生計費用が高いと捉えるために、送金を必要とするようになるためである。

たとえば、農村の差別されていない家計において「教育のない10代の女子が家計の構成員として存在する場合」には、出稼ぎ者から送金を受け取る確率が高まるが、男女を問わず、家計内の児童に初等教育以上の教育の支出をしている場合には、送金を受け取る可能性は減少する。家計に女児が存在する場合、送金は増加するが、増加した送金分は女児の教育に投資されているわけではない。インド農村の家計では、きわめて男児への選好が強いにもかかわらず、教育のない女児が存在する場合に送金の必要性が増加しており、女児が家計にとって経済負担を増加させる一因となっている。インド農村の家計において女児が家計の負担となるが、その要因は2つある。第一は女児の低い労働価値であり、第二は持参金である。都市の差別されていない階層の家計においても、子供の教育水準こそ負の影響を及ぼさなかったが、女児の存在が送金を増加させるという推計結果が得られている。

他方、結婚において持参金が生じる可能性の低い被差別カースト家計では、農村と都市において女児の存在は送金を増加させない。持参金がもっとも問題化している北部の農村の差別されていない家計を対象とした分析結果では、相続可能な資産である土地をごく小規模において有する場合にのみ、未婚女性が送金を増加させる効果を持つ。経済成長下では、急速に資産、とりわけ労働と土地の経済的価値が上昇するため、北インド地域では、土地の価値が増大するとともに維持管理の費用も生じ、女子が労働に参加しないことによる逸失利益が増大するので、女子への相続資産の生前贈与としての持参金の必要性と持参金額の増大が生じている。また、持参金は本来都市部の高カーストのヒンドゥー教徒における慣習であり、それが経済発展につれて、農村で資産を有するヒンドゥー教の家計へと広まったので、少ないながらも相続可能な資産を保有している家計にも経済成長とともに広まっていったと見なされる。

本論文の主要な貢献は、インドにおける1993年の大規模家計標本調査データ、移住者統計を用い、家計の意思決定と移住後の所得移転の要因を計量モデルを利用して分析し、社会制度の定性的な役割を解明したことにある。すなわち、農村、都市といった部門や地域ごとに、人口移動の要因、送金の動機および送金による経済効果が異なることを示し、部門や地域内における社会階層や家計の社会・経済状況の差異が、移住にともなう所得移転に影響していることを分析した。具体的には、差別されない家計と被差別家計という社会階層による差異、北部、南部や東部の地域的差異は、経済成長期における階層的な硬直性を示唆するものであり、ゆえに、経済発展に伴う市場の役割の増大による経済の「自由化」がかえって「社会の規範による硬直性」を担保し、固定化させる役割を担うという側面を指摘している。さらに、「送金する」「送金しない」という家計の選択行動を従属変数とし、平均消費水準や家計の性質を説明変数とする確率的バイナリモデルによる推計を行っている。そして、部門間もしくは部門内の格差という経済要因に直面する家計の行動において、所得水準、社会階層やジェンダーなどの社会的差別などの条件が、人口移動およびその後の所得移転に対して異なる動機を解明した。

しかしながら、本論文の問題点は、まさにその利用されたデータの信頼性にある。州外移住を行った家計の所得が、移住しない家計よりも低い水準にあり、より貧しい家計が州外への出稼ぎへと押し出されて行くという結果を導いているが、この結果は平均的な値を反映したものであり、真に貧困状態にある農村家計では、移住のための費用を負担することは不可能である。そのような絶対的な貧困の「質」は、分析で利用された大規模な計量データでは、最初から排除されてしまっているので、本論文の分析は限界をもっている。

本論文は、このような分析の限界を有しているが、博士(学術)の学位を受けるにふさわしい水準に達していると認め、審査委員全員により合格と判定した。

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