学位論文要旨



No 217306
著者(漢字) 堀田,紀文
著者(英字)
著者(カナ) ホッタ,ノリフミ
標題(和) 構成則に基づいた固定床上土石流の遷移機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 217306
報告番号 乙17306
学位授与日 2010.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17306号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 准教授 芝野,博文
 東京大学 准教授 大手,信人
 筑波大学 教授 宮本,邦明
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,多様な土石流の流動を同じ枠組みの中で統一的に理解することを目的として,構成則に基づく指標を用いた土石流の分類を行った.

第1章では,土石流災害及び対策の実態と,これまでの土石流研究を概観した上で研究課題の整理を行い,本研究の目的と方向性を述べた.

土石流はその流動性の高さによって,発生地と被災地の距離が開き得るなどの点で,他の土砂災害に比較して対策が難しいと言える.砂防構造物の配置やハザードマップの作成など,土石流対策を有効に実施するためには,その流動機構を明らかにする必要がある.1970年代に土石流の現地観測が積極的に実施されるようになって以降,土石流の実態が次々に明らかになった.その結果として土石流研究は,「現象としての土石流の分類」と「土石流の流動機構の解明」という2つの方向に大別されて進んだ.前者によって土石流が多様な形態・規模で発生することが明らかになる一方で,後者の土石流の流動機構に関する研究は,レオロジー的観点から行われた古典的な例を除いて,土石流を構成する砂礫粒子間の応力構造をモデル化し,土石流の材料特性を表す構成則を導出することで進展してきた.しかしながら,2つの研究の乖離が進んだために,土石流の多様性について,流動機構に基づいた網羅的な説明が出来ないという問題が生じている.特に,石礫型土石流,掃流状集合流動,乱流型泥流のような,流れの構造に着目して分類されている土石流について,構成則に基づいた理解が必要である.そのためには,一流体モデルとして取り扱われる土石流において,材料特性を表す構成則に基づく形で,相似則を整理することが必要である.以上の観点から,本研究では,構成則を用いた指標によって,多様な条件下での土石流の分類を試みた.

第2章では,土石流における間隙水圧の測定を行い,構成則の妥当性について確認した.

土石流を構成する砂礫の間隙における乱れを等方乱流と仮定すれば,間隙流体の乱れに起因する剪断応力は,レイノルズ応力として間隙水圧と同程度の値を取ることになる.したがって,間隙水圧の測定を行うことが出来れば,既に実験的に確認されている粒子の非弾性衝突による剪断応力と合わせて,土石流の構成則における剪断応力の三成分のうち二成分が既知となり,流れにかかる全剪断力に対して構成則による推定値が実験的に確認できることとなる.

間隙水圧の測定にあたっては,測器への粒子の衝突の影響を極力抑えるために回転円筒水路を用いた.まず,開水路の土石流と同様の流速分布が回転円筒水路でも得られるという結果から,回転円筒水路内での間隙流体の乱れ場が実際の土石流と同様だとみなせることを確認した.また,遠心力による間隙水圧上昇や,土石流粒子の流線と間隙流体の流線の不一致によって生じる圧力勾配に起因する間隙水圧の上昇など,回転円筒水路特有のメカニズムで発生すると考えられる間隙水圧についても検討を行った.その結果,粒径6mm以上の実験ではレイノルズ応力に起因する間隙水圧が他の要因によって生じる間隙水圧に卓越するであろうことが明らかになった.

粒径6mmのガラスビーズとプラスチックビーズの実験では,比重の小さなプラスチックビーズの方で,より大きな間隙水圧が測定された.それぞれについて理論値と比較したところ,ガラスビーズでやや測定値が小さく,プラスチックビーズで測定値が大きいという傾向が見られたものの,両者は良好に対応していることが確認できた.これらの結果は,土石流の間隙における応力が,粒子間応力とは独立に,粒子間隙の構造によって決定されるという特性を反映していると考えられる.また,粒子間隙の空間形状の記述には,濃度による違いを反映していないという点で検討の余地が残されていると考えられた.間隙水圧の分布形に関しても,濃度分布を考慮することによって,再現出来ることが明らかになり,従来の構成則によって土石流の間隙流体における応力が適切に評価できることが示された.

第3章では,既存の水路実験の結果を整理し,土石流における流れの遷移(層流~乱流)が抵抗係数と相対水深(流動深/土砂粒径)によって整理できることを示した.

固定床上の土砂流れの実験データを収集し,さまざまな条件下における抵抗係数と構成粒子による相対水深の関係を整理した.結果として,相対水深が20程度までの流れでは,実験値が石礫型土石流の構成則から導かれる抵抗係数の理論線によく一致すること,相対水深の大きな(1000~10000程度)流れでは,清水乱流の抵抗係数の理論線におおよそ一致することが確認された.相対水深が中程度の(30~300)流れにおける抵抗係数は,乱流の抵抗係数の理論線より大きな値を取った.相対水深が中程度の流れは,乱流型泥流を意図した実験で得られたものであった.しかしながら,個別の実験結果を詳細に検討したところ,流れ全層での乱流構造が十分に発達しておらず,土石流と乱流型泥流の中間的な流れが含まれていることから,層流~乱流への遷移域にあると考えられた.

遷移域にあると考えられる実験ケースにおいて,掃流状集合流動での報告例と同様に,流れ内部にインターフェースを有する場合があった.インターフェース上層で乱流,下層で層流に近いという流れの構造が見られたことから,そのようなインターフェースが流れ内で上下にシフトすることによって,土砂流れにおける層流~乱流の連続的な遷移が生じるとしてモデル化を行った.モデル化された流れの抵抗係数は,遷移域において実験データの分布に近づき,土石流における層流~乱流の連続的な遷移がこのようなインターフェースを考慮することによって説明できる可能性が示唆された.

第4章では,土石流におけるレイノルズ数を提示した上で様々な条件下で土石流を模した水路実験を実施し,レイノルズ数によって流れの遷移(層流~乱流)が記述出来ることを示した.

土石流のレイノルズ数として,バッキンガムのπ定理から求められるレイノルズ数Re1と,運動方程式中の慣性項と粘性項の比から求まるRe2の2つを示した.前者のRe1の形式であれば容易に無次元数が得られ,式形もシンプルであるため取り扱い易い.しかし,ダイラタント流体である土石流ではレイノルズ数から速度項が消失してしまうため,物理的な意味づけが困難であるという問題がある.Re2に関しては,物理的な意味が明確であるが,レイノルズ数中に歪み速度項が組み込まれてしまうために,ある流れ場に対して一つのレイノルズ数を定義するのが困難であるという問題がある.

まず,水路実験での流速分布の測定結果から,本研究で行った実験における土石流の流速分布が,ほぼ直線とみなせることを確認した.次に,さまざまな条件下における土石流の実験結果からRe1,Re2について計算を行い比較した結果,Re1とRe2の間にほぼ直線的な対応関係が見られることが明らかになった.この結果は,もし土石流においてもレイノルズ数を用いて流れの遷移が区分出来るのであれば,Re1,Re2のどちらを適用しても同様の結果が得られることを意味する.

間隙水圧測定の結果からは,粒径1mm以上の土砂を用いたケースで,第2章で確認した土石流構成則から求まる間隙水圧の理論値と同程度の値を取ることが分かった.粒径1mmを下回るケースでは理論値と一致せず,特に粒径0.2mmの土砂を用いた実験では,間隙水圧の測定値は大きな値を取った.それぞれの実験ケースでのレイノルズ数と間隙水圧の値を比較すると,Re1が4000未満の実験では間隙水圧は静水圧及び層流状態での土石流間隙水圧の理論値に近い値を取る一方,Re1が10000を越える実験では,間隙水圧の測定値は全圧と同程度の値を取っていた.乱流状態では間隙水圧がほぼ全圧に等しくなると考えられることから,両者の関係は,土石流においてもレイノルズ数を用いた層流~乱流の区分が可能であることを示唆していると考えられた.

実験結果に基づき,流れの遷移が生じる限界レイノルズ数としてRe1c=4000~10000を定めて,遷移時の流れの条件について検討したところ,それぞれのRe1cにおいて,土石流の濃度と関係なく,相対水深(流動深/土砂粒径)が40~60の間で概ね一定値に近い値になることが明らかになった.このことは,土石流における層流~乱流への遷移が主に相対水深だけで記述可能であることを意味し,第3章の結果と対応する.また,Re1と異なる構造を持つRe2の式形を整理することによって,やはり第3章で示唆された土石流における連続的な流れの遷移を表現可能な指標が得られた.

第5章では,前章までの結果を総括し,結論とした.本研究によって,土石流における層流~乱流への遷移が,構成則に基づいた指標(抵抗係数,レイノルズ数)で整理できることが明らかになった.このような相似則を整理した上で流れの分類を行った結果,土石流の流動状態が主に相対水深だけで整理されることの理論的背景を提示することが出来たと言える.また,流れの連続的な遷移(層流~乱流)に関する検討の結果,土石流を壁面境界層における粘性底層とのアナロジーで理解することが可能であることが明らかになった.第3章と第4章で,流れの遷移が生じていたと考えられる相対水深の領域が異なったことから,応力構造と乱流構造の遷移域にそれぞれ違いがあると考えられることも,境界層とのアナロジーで解釈可能である.これらのことは,土石流が本質的に底面の境界条件の影響を強く受けることを意味していると指摘した.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、多様な土石流の流動を同じ枠組みの中で統一的に理解することを目的として、構成則に基づく指標を用いた土石流の分類を行った。

第1章では、土石流災害及び対策の実態と、これまでの土石流研究を概観した上で研究課題の整理を行い、本研究の目的と方向性を述べた。1970年代に土石流の現地観測が積極的に実施されるようになって以降、土石流の実態が次々に明らかになった。その結果として、「現象としての土石流の分類」が進み、石礫型土石流、掃流状集合流動、乱流型泥流等、流れの構造に着目して分類されているが、その分類について構成則に基づいた理解が必要である。

第2章では、土石流における間隙水圧の測定を行い、構成則の妥当性について確認した。間隙水圧の測定により、既に実験的に確認されている粒子の非弾性衝突による剪断応力と合わせて、土石流の構成則における剪断応力の三成分のうち二成分が既知となり、流れにかかる全剪断力に対して構成則による推定値が実験的に確認できることとなる。回転円筒水路を用いた間隙水圧に成功し、回転円筒水路特有のメカニズムで発生すると考えられる間隙水圧を評価した上で、粒径6mm以上の粒子の実験ではレイノルズ応力に起因する間隙水圧が他の要因によって生じる間隙水圧に卓越することを明らかにした。

第3章では、既存の水路実験の結果を整理し、土石流における流れの遷移(層流~乱流)が抵抗係数と相対水深(流動深/土砂粒径)によって整理できることを示した。相対水深が20程度までの流れでは、実験値が石礫型土石流の構成則から導かれる抵抗係数の理論線によく一致すること、相対水深の大きな(1000~10000程度)流れでは、清水乱流の抵抗係数の理論線におおよそ一致することが確認された。遷移域にあると考えられる実験ケースにおいて、掃流状集合流動での報告例と同様に、流れ内部にインターフェースを有する場合があった。土砂流れにおける層流~乱流の連続的な遷移が生じるとしてモデル化により、層流~乱流の連続的な遷移がこのようなインターフェースを考慮することによって説明できる可能性が示唆した。

第4章では、土石流におけるレイノルズ数を提示した上で様々な条件下で土石流を模した水路実験を実施し、レイノルズ数によって流れの遷移(層流~乱流)が記述出来ることを示した。土石流のレイノルズ数として、バッキンガムのπ定理から求められるレイノルズ数Re1と、運動方程式中の慣性項と粘性項の比から求まるRe2の2つを示した。Re1が4000未満の実験では間隙水圧は静水圧及び層流状態での土石流間隙水圧の理論値に近い値を取る一方、Re1が10000を越える実験では、間隙水圧の測定値は全圧と同程度の値を取っていた。乱流状態では間隙水圧がほぼ全圧に等しくなると考えられることから、両者の関係は、土石流においてもレイノルズ数を用いた層流~乱流の区分が可能であることを示した。実験結果に基づき、流れの遷移が生じる限界レイノルズ数としてRe1c=4000~10000を定めて、遷移時の流れの条件について検討し、それぞれのRe1cにおいて、土石流の濃度と関係なく、相対水深(流動深/土砂粒径)が40~60の間で概ね一定値に近い値になることが明らかになった。また、第3章で示唆された土石流における連続的な流れの遷移を表現可能な指標を得た。

第5章では、前章までの結果を総括し、結論とした。本研究によって、土石流における層流~乱流への遷移が、構成則に基づいた指標(抵抗係数、レイノルズ数)で整理できることが明らかになった。このような相似則を整理した上で流れの分類を行った結果、土石流の流動状態が主に相対水深だけで整理されることの理論的背景を提示した。また、流れの連続的な遷移(層流~乱流)に関する検討の結果、土石流を壁面境界層における粘性底層とのアナロジーで理解することが可能であることを明らかにした。第3章と第4章で、流れの遷移が生じていたと考えられる相対水深の領域が異なったことから、応力構造と乱流構造の遷移域にそれぞれ違いがあると考えられることも、境界層とのアナロジーで解釈可能である。これらのことは、土石流が本質的に底面の境界条件の影響を強く受けることを意味している。

以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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