学位論文要旨



No 217307
著者(漢字) 安江,尚孝
著者(英字)
著者(カナ) ヤスエ,ナオタカ
標題(和) 紀伊水道東部海域におけるカタクチイワシシラスの生態と漁業管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 217307
報告番号 乙17307
学位授与日 2010.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17307号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木原,國雄
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 渡邊,良朗
 東京大学 准教授 山川,卓
 東京大学 准教授 平松,一彦
内容要旨 要旨を表示する

カタクチシラスは産業的に重要であり、これまでいくつかの海域で生態や漁業管理に関する研究が行われてきた。カタクチシラスの生態は生息海域によって異なることが考えられ、さらに、漁業を取り巻く状況も海域ごとで異なることも考慮すると、生態や漁業管理に関する研究は海域ごとに行われる必要がある。しかしながら、紀伊水道東部海域についてはこれらの研究は少ない。また、本海域は日ノ御埼以北の沿岸性 (内域)と以南の外洋性 (外域)の海洋特性を有し、瀬戸内海産と太平洋産のカタクチイワシが混ざるとともに、マイワシおよびウルメイワシのシラスが同所分布する興味深い海域である。本研究では、(1) カタクチシラスの漁獲量と卵密度との関係を調べ、紀伊水道東部海域へのシラスの補給源について検討した。また、成長および食性の季節変化を周年にわたって明らかにした。さらに、カタクチシラスを取り巻く要因の一つとして、同所分布するマシラスおよびウルメシラスとの成長と食性の比較を行った。 (2) 春季の漁期前において、漁獲対象となるカタクチシラスよりも小さい仔魚の分布量を調査し、シラスの漁獲量との関係を調べることによって、漁獲量の予測が可能かどうかについて検討した。また、漁業者が自主的に実施した禁漁について、最適な解禁日の決定方法と禁漁効果の評価方法について検討した。

1. カタクチシラスの生態と漁獲量変動

1-1. 卵密度と漁獲量との関係

内域と外域における、1991年から2004年のカタクチシラスの漁獲量と卵密度との関係を相関分析を用いて明らかにするとともに、両海域へのカタクチシラスの補給源について検討した。

両海域の漁獲量は3月から4月にかけて増加し、5月から6月にかけて減少する春季のピークがあった。その後の夏季から秋季では、春季ほど明瞭なピークは見られず、冬季である12月から2月には漁獲量が少なくなる傾向があった。また、内域の産卵時期は主に4月から9月であり、年変動は大きいものの、6月にピークがあった。一方、外域の産卵時期は主に2月から9月であり、3月にピークがあった。

内域における3-4月の漁獲量は外域の卵密度との間で有意な正の相関があったことから、春季に内域へ加入するカタクチシラスは、主に外域 (黒潮上流域も含む)の産卵に由来するものであると考えられる。また、内域における7-8月の漁獲量は内域の卵密度との間で有意な正の相関があり、その後の9-10月においても正の相関傾向があったことから、夏季から秋季に内域へ加入するカタクチシラスは、主に内域の産卵に由来するものと考えられる。一方、外域の漁獲量と卵密度との相関係数は総じて低く、漁獲量は卵密度より来遊条件の影響を受ける可能性がある。

1-2. 成長

内域と外域において、カタクチシラス (体長14.0 mmから27.9 mm)を2006年4月から2007年3月までの間に採集し、耳石微細構造を解析して成長の季節変化を明らかにするとともに、環境要因が成長に及ぼす影響について検討した。

採集時から過去5日間の平均成長速度 (GR5d) (平均±標準偏差)は1月の0.31±0.04 mm day-1から10月の0.73±0.06 mm day-1、外域においては、1月の0.36±0.05 mm day-1から8月の0.79±0.11 mm day-1の間で変化した。両海域とも、GR5dは11月から1月まで低下し、その後上昇するという季節変化を示し、水温と正の関係があった。両海域における成長の季節変化が類似していた理由として、これら海域間における水温差が、季節間の差と比較して小さかったことが考えられる。

1-3. 餌環境と食性

外域において、カタクチシラス (体長17.0 mmから24.9 mm)と環境中の動物プランクトンを2007年4月から2008年3月までの間に月1回採集し、食性の季節変化を明らかにした。

消化管内容物は主にカイアシ類であり、その組成は月により変化していた。Calanoida (unidentified)は6月から8月、10月および11月に、Oncaeaは4月、9月および3月に、Oithonaは12月および1月に最も捕食された。選択性解析の結果、ある餌種類に対する選択性はcopepod nauplius (負の選択性)を除いて周年一致することはなかった。従って、カタクチシラスは特定の餌種類に対する選好を持たないことが示唆される。餌生物の大きさは、周年にわたって主に体幅0.10 mmから0.40 mmであり、カタクチシラスは環境中から相対的に大きな餌を選んで捕食する傾向があった。

1-4. 同所分布するマシラスおよびウルメシラスとの成長と食性の比較

外域において、2006年11月から2008年4月までの間にカタクチシラス、マシラスおよびウルメシラスを採集し、3種間で成長と食性を比較した。

シラス3種は11月から4月に同時に出現した。同じ月における種間の餌生物組成は、異なる月における同種の餌生物組成よりも類似していた。加えて、シラス3種の餌サイズはかなりの部分重なっているように見えた。それゆえ、3種間で餌生物を巡る競争は起こり得ると考えられる。一方、優占種はカタクチシラス、ウルメシラス、マシラスの順番で季節的に変化する傾向があった。このことは、成育場の使用時期が3種で異なったことを意味している。また、シラス3種間における成長速度の季節変化は類似していた。シラス3種は潜在的に餌を巡る競争関係にあるが、成育場の使用時期の違いと、類似した成長速度の時間変化が、種の共存を可能にしていると考えられる。

2. カタクチシラスの漁業管理

2-1. 春季における内域の漁獲量予測

内域と外域において、2000年から2006年の春季の漁期前に、ボンゴネットの傾斜曳によってカタクチイワシ仔魚 (漁獲サイズ以下を指す)の分布量を調査し、シラスの漁獲量との関係を調べることによって、漁獲量予測が可能かどうかについて検討した。

内域における仔魚の全長は外域よりも大きく、また、採集された仔魚に占める後期仔魚の割合は、外域よりも内域の方が高い傾向があった。このことは、より成長した仔魚が内域に分布していることを意味しており、春季に内域へ来遊するカタクチシラスは、主に外域側の産卵に由来するという1-1の結果を支持する。

1曳網あたりの仔魚数と卵密度を説明変数、漁獲量を目的変数として回帰分析を行った結果、c-AICが最小のモデルは、外域における1曳網あたりの仔魚数のみを用いたものであった。このモデルによる推定漁獲量は実際の漁獲量と良く一致し (r2 = 0.934)、漁獲量の予測が可能であることが明らかとなった。

2-2. 解禁日の決定方法と禁漁効果の評価

内域の漁業者は、シラスが小さい場合は禁漁期間を設けるようになった。例えば、2004年は3月25日に出漁し、漁獲物が小型であったことから4月7日までを禁漁にし、4月8日を解禁とすることに決定した。そこで、上記2004年を例として、加入量あたりの漁獲収益Y/Rを用いて、最適な解禁日の決定方法と禁漁効果の評価方法について検討した。

最適な解禁日は、解禁日をさまざまに変化させてY/Rを計算し、その値が最も高くなる日を探索することによって決定した。また、禁漁効果 (漁獲量増大効果)は、禁漁を行わなかった場合と行った場合のY/Rの比を用いて評価した。Y/Rは解禁を遅らせるにつれて次第に増加し、解禁日が4月10日の時に最大となった後、減少した。従って、漁獲収益を最大にする解禁日は4月10日であり、この時の禁漁効果は1.53倍であった。実際の解禁日は4月8日であり、禁漁効果は1.51倍と試算された。本研究の結果は、漁業者の経験から実施されるようになった禁漁の有効性を支持する。

本研究では、紀伊水道東部海域において、カタクチシラスの生態を主に季節変化の観点から明らかにした。また、漁獲量予測の方法と漁場への加入資源を有効利用する方法について検討した。本研究の成果は、シラス漁業の持続的な発展に貢献すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

カタクチイワシは日本全国沿岸,朝鮮半島からフィリピンまで広く分布し,ほぼ周年にわたり産卵する魚類である.成魚のみならず仔魚(カタクチシラス)も重要な水産資源となっている.本論文は紀伊水道東部海域に出現するカタクチシラスの生態と漁業管理についての研究成果を集大成した.紀伊水道東部海域は瀬戸内海の沿岸水と外海水の影響を受け、カタクチイワシ、マイワシおよびウルメイワシのシラスが同所分布する興味深い海域であるが,この海域に出現するシラス類とりわけカタクチシラスの生態学的研究の蓄積は乏しい.この海域ではカタクチイワシの内海発生群と外海発生群が混在し,季節毎にどちらの発生群が主たる補給源となるかは明らかにされていない.他の海域を含めてもカタクチシラスの生態学的特性を周年にわたって調べた研究はほとんど知られていないし,漁獲量予測や漁業管理に関する研究も十分に行われていない.

本論文「紀伊水道東部海域におけるカタクチイワシシラスの生態と漁業管理に関する研究」は4つの章よりなる.第1章では,緒言として,カタクチイワシの資源特性,当該海域の海洋学的特性,シラス漁業の実態についてのレビューを行った.第2章では,耳石輪紋数からの日齢査定に基づき,盛漁期である春季に産卵する親魚は前年の夏季から秋季に出生した個体よりなることを明らかにした.第3章では,漁獲統計と産卵調査データの分析から主漁場(沿岸水の影響の強い内域)の主たる補給源は春には外域発生群であること,一方,夏から秋には内域発生群であることを示した.また,耳石微細構造の分析,水温や餌生物(動物プラントン)の量など成長に影響を与える可能性のある環境要因のデータの分析から,カタクチシラスの1日あたり成長速度とその季節変化を明らかにするとともに,水温が成長に強い影響を与えることを示唆した.消化管内容物中と環境中の動物プランクトンの組成の分析から,主たる餌生物をカイアシ類と特定し,カタクチシラスには餌生物の種類ではなくその体長に依存した摂餌選択性があることを示した.さらに,同所分布するマイワシシラスおよびウルメイワシシラスと成長と食性の比較を行い, カタクチシラスを含む3種間で成長速度の季節変化は類似していること,シラス3種は潜在的に共通の餌を利用できることを明らかにし,3種共存のメカニズムについて考察した.第4章では,漁獲統計と仔魚分布調査データの分析から,漁期前に外域で漁獲サイズ以下の仔魚数を調査することにより,主漁場である内域の漁獲量を高い精度で予測できることを明らかにした.また,当該海域の漁業者は漁模様が悪い時にはシラス漁解禁日を遅らせる管理を自主的に実施しているが,加入量あたり漁獲重量分析を用いて解禁日遅延が,生残個体数の減少分を個体の増重で補うことにより,漁獲重量を最大で50%増加可能なことを指摘した.自主管理の有効性を立証するとともに,最適な解禁日を提案した.

審査委員会は,5報(うち3報は英文誌)の査読付き原著論文として公表済みであること,多大な研究努力が費やされた労作であること,対象海域のカタクチシラス漁業管理に貢献する成果が示されていること,記述が簡明でよく整理されていることを評価した.また,カタクチシラスの成長・食性などの生態学的特性は地理的な変異に富むので,対象海域におけるこれら特性を詳細に明らかにしたことの学術的な意義は十分にあると判断した.今後は,特定の海域での知見の充実のみならず,カタクチシラスの生態学的研究そのものを進展させる研究を行ってもらいたいとの希望が出された.申請者はそのような研究となるようにこれまで以上に精進していきたいと返答した.

審査委員会委員は全員一致で本論文が博士(農学)の学位論文として十分に価値あるものと認めた.

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