学位論文要旨



No 217308
著者(漢字) 吉田,めぐみ
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,メグミ
標題(和) オオムギ赤かび病の品種抵抗性および防除適期に関する研究
標題(洋)
報告番号 217308
報告番号 乙17308
学位授与日 2010.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17308号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 准教授 鈴木,匡
 東京大学 特任准教授 大島,研郎
 東京大学 特任准教授 濱本,宏
内容要旨 要旨を表示する

麦類赤かび病(Fusarium head blight)は、コムギ、オオムギなどのムギ類の穂に発生する病害で、ムギの登熟期間中に雨の多い日本では避けることのできない病害である。近年では世界的にも発生地域が広がり、国際的に大きな問題となっている。本病を引き起こす病原菌は、デオキシニバレノール(DON)やニバレノール(NIV)といった人畜に有害な「かび毒」を産生することから、問題がさらに深刻なものとなっている。本研究ではオオムギの赤かび病について、まず精度の高い抵抗性検定法を新たに開発し、またそれを用いて各種穂形質の赤かび病抵抗性への影響を解明し、抵抗性品種育成の推進に資するとともに、登熟期間中のオオムギ品種の感受性の変動を明らかにし、その知見をもとに、二条オオムギの薬剤散布適期について検討し、効果的な赤かび病およびかび毒低減技術の開発を図った。

1. 高精度抵抗性検定法「ポット検定」法の開発

精度の高いオオムギの赤かび病抵抗性検定法を開発する目的で、ポット栽培したオオムギの開花(受粉)期の穂に赤かび病菌を噴霧接種した後、温度・湿度条件を菌の感染・進展に適した条件に制御する「ポット検定」法を新たに提示し、本方法と、他の検定法(「切り穂検定」法、および圃場のムギの開花期頃の穂に噴霧接種を行う「圃場検定」法)による抵抗性評価の精度等について比較検討した。

その結果、「ポット検定」法によるオオムギの抵抗性評価は、「切り穂検定」法および「圃場検定」法による抵抗性評価と相関が高く(それぞれr=0.77-0.82、r=0.68-0.74)、また年次間でも抵抗性評価が安定しており(r=0.79-0.89)、 「ポット検定」法により精度の高い抵抗性検定が可能であった。そこで本法を新たな一つの赤かび病抵抗性検定法として提案した。

ただし「ポット検定」を含めそれぞれの検定法において長所・短所があり、目的や労力、設備の条件等により使い分け・併用すればよいと思われる。本研究で開発した「ポット検定」法は、比較的労力を要する方法ではあるが、人工条件下で確実に発病させられ、また材料の出穂期を調整することにより、検定を圃場の出穂期以前に終わらせることができるため、圃場作業との労力分散ができる利点がある。また、必要に応じて、接種後の材料を成熟期まで登熟させ穀粒のかび毒蓄積量まで評価することが可能な方法であり、オオムギの赤かび病抵抗性に関する各種基礎的研究推進の上で、また抵抗性育種の場面において、非常に有用な方法であると考えられる。実際に、現在わが国のオオムギ育種場所において、育成系統の抵抗性評価や基礎研究の場面で「ポット検定」法(およびその改変法)が活用されている。また本論文における以降の試験においても、「ポット検定」法(およびその改変法)を用いている。

2. 赤かび病抵抗性に関わる穂形質の究明

オオムギの赤かび病抵抗性に関わる各種穂形質の影響について明らかにするため、準同質遺伝子系統(特定の形質のみが異なりその他の遺伝的背景がほぼ同じ系統)を用いた解析を行った。すなわち、閉花受粉性の二条品種を遺伝的背景(親品種)とし、そこに各種穂形質(六条性、開花受粉性、穎のワックス変異、密穂性、渦性、deficiens(側列欠条性))をそれぞれ単独で導入した準同質遺伝子系統を作出し、それら系統について、開花(受粉)期における赤かび病抵抗性を親品種と比較することにより、各穂形質が赤かび病抵抗性に及ぼす影響を評価した。その結果、調査した形質中、開花受粉性と六条性に赤かび病抵抗性を弱める効果が認められ、開花受粉性の効果のほうが、六条性の効果より高く、かつ安定していた。従って、二条閉花性オオムギの赤かび病抵抗性は、条性の影響よりも、閉花受粉性であることの影響による部分が大きいことが示唆された。その他の穂形質(穎のワックス変異、密穂性、渦性、deficiens)については、抵抗性への効果は判然としないか認められず、赤かび病抵抗性に大きく影響しないと考えられた。

3. かび毒蓄積を決定する感染時期の究明

コムギにおいては、開花期、あるいは開花期から乳熟初期にかけての期間が最も赤かび病に対し感受性が高い時期であり、開花期に抽出した葯が主要な感染経路であることが、従来から知られている。オオムギについても開花期頃が赤かび病の感染に重要な時期であると考えられていたが、主要な感染時期について十分に検討されているわけではなかった。特に、前章の試験より、オオムギの閉花受粉性は開花(受粉)期の赤かび病抵抗性を強める形質であることが示されたが、閉花受粉性の二条オオムギでは、開花(受粉)期の10日後頃に、受粉を終えた葯(葯殻)が穎花の先端から押し出される形で抽出してくることが観察されたため、この時期の感受性について検討する必要があると考えられた。

そこで、赤かび病菌の感染時期が発病とかび毒蓄積に及ぼす影響について、開花習性の異なるオオムギ品種を用いて検討したところ、その影響は、開花受粉性品種と閉花受粉性品種とで大きく異なることが示された。すなわち、発病とかび毒蓄積のいずれについても、開花受粉性品種は開花期頃に最も感受性が高く、その後徐々に感受性が低下するのに対し、閉花受粉性品種は、開花(受粉)期には強い抵抗性を持つが、その10日後頃の葯殻抽出後には感受性が顕著に高まることが示された。さらに、開花習性にかかわらず、品種によっては、開花(受粉)20日後の感染により、発病が判然としない場合にも穀粒中に高濃度のかび毒が蓄積することが示された。

以上の結果から、従来はコムギに倣ってオオムギでも品種によらず開花期頃の感染が重要視されてきたが、閉花受粉性の二条オオムギでは、開花期よりも葯殻抽出以降の期間の感染が発病およびかび毒蓄積に重要であることが示唆された。したがって、従来二条オオムギの赤かび病防除時期は穂揃い期(ほぼ開花(受粉)期に相当)とされてきたが、これを再検討する必要があると考えられた。

4. かび毒低減化防除技術の確立

閉花受粉性である二条オオムギの赤かび病防除適期を調べるための圃場試験を2005年および2006年の2年間行った。二条閉花性品種「ニシノチカラ」を供試し、赤かび病菌培養トウモロコシ粒の散布と定期的なスプリンクラー散水を組み合わせた接種法により、出穂期以降の登熟期間中、常に感染が可能な条件を設定した。薬剤はチオファネートメチル水和剤を供試し、散布時期を、穂揃い・開花(受粉)期の3日前~30日後の9時期とし、各時期の薬剤散布の効果を比較した。その結果、発病程度の異なった両年ともに、葯殻が押し出されてくる開花(受粉)10日後頃の散布で、発病穂率、発病度、褐変粒率、かび毒蓄積量(DON+NIV)の全てについて最も高い防除価(低減率)が得られた。よって二条オオムギの赤かび病防除適期は、従来言われていた穂揃い期ではなく、その10日後頃の、葯殻抽出始め(葯殻抽出期)であると結論づけられた。さらに、開花(受粉)20日後以降の散布は発病低減には効果がないが、かび毒低減には効果があることが示された。

本研究結果に基づき、九州を中心とした二条オオムギ栽培各県において、2008年産オオムギより既に防除基準が変更され、本研究で提示した新たな防除適期が現場レベルで普及しつつある。

以上を要するに、本研究ではまず精度の高いオオムギの赤かび病抵抗性検定法である「ポット検定」法を開発した。本法を用いてオオムギの主要な穂形質が開花(受粉)期の赤かび病抵抗性に及ぼす影響を調査し、開花受粉性と六条性に抵抗性を弱める効果があり、開花受粉性のほうが六条性よりもその効果が高いことを示した。また、赤かび病菌の感染時期が発病とかび毒蓄積に及ぼす影響は、開花受粉性品種と閉花受粉性品種とで大きく異なり、閉花受粉性品種は、開花(受粉)期には強い抵抗性を持つが、その10日後頃の葯殻抽出後には感受性が顕著に高まることを示した。また、開花習性にかかわらず品種によっては、登熟後期の感染により、発病が判然としない場合にも穀粒中に高濃度のかび毒が蓄積することを示した。さらに圃場における薬剤散布試験を行い、閉花受粉性である二条オオムギの赤かび病防除適期は、従来言われていた穂揃い期(開花(受粉)期)ではなく、その10日後頃の葯殻抽出期であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

麦類赤かび病(Fusarium head blight)は、コムギ、オオムギなどのムギ類の穂に主に発生する病害で、登熟期間中に雨の多い日本では避けることのできない病害である。その病原菌は、デオキシニバレノール(DON)やニバレノール(NIV)といった人畜に有害な「かび毒(マイコトキシン)」を産生することから、深刻な問題となっている。本研究ではオオムギの赤かび病について、1)精度の高い抵抗性検定法の開発、2)各種穂形質と赤かび病抵抗性との関係の解明、3)登熟期間中のオオムギ品種の感受性変動の解析、を行い、これらの知見をもとに赤かび病の防除適期を解明することにより、かび毒と農薬使用量の低減化に成功した。

1. 高精度抵抗性検定法「ポット検定法」の開発

高精度な赤かび病抵抗性検定法を確立する目的で,ポット栽培したオオムギの開花(受粉)期の穂に赤かび病菌を噴霧接種し抵抗性を評価する「ポット検定法」、切り穂に接種し評価する「切り穂検定法」、圃場の開花(受粉)期のムギ穂に接種し評価する「圃場検定法」を比較検討した結果、精度の高いオオムギの赤かび病抵抗性検定法として「ポット検定法」を確立した。

2. 赤かび病抵抗性に関わる穂形質の究明

オオムギの赤かび病抵抗性に関わる各種穂形質の影響について明らかにするため、準同質遺伝子系統(特定の形質のみが異なりその他の遺伝的背景がほぼ同じ系統)を用いた解析を行った。すなわち、閉花受粉性の二条品種を遺伝的背景(親品種)とし、そこに各種穂形質(六条性、開花受粉性、穎のワックス変異、密穂性、渦性、deficiens(側列欠条性))をそれぞれ単独で導入した準同質遺伝子系統を作出し、それら系統について、開花(受粉)期における赤かび病抵抗性を親品種と比較することにより、各穂形質が赤かび病抵抗性に及ぼす影響を評価した。その結果、調査した形質中、開花受粉性と六条性に赤かび病抵抗性を弱める効果が認められ、しかも開花受粉性の効果のほうが、六条性の効果より安定的、かつ高かった。従って、二条閉花性オオムギの赤かび病抵抗性は、条性よりも、閉花受粉性によるものであることが示唆された。

3. かび毒蓄積を決定する感染時期の究明

コムギにおける研究より、オオムギにおいても開花期が赤かび病の感染に重要な時期であると考えられていたが、開花時期と感染時期の関係の詳細については明らかではなかった。そこで、オオムギの開花時期が赤かび病菌の感染時期と発病、かび毒蓄積に及ぼす影響について、開花習性の異なるオオムギ品種を用いて検討したところ、開花受粉性品種と閉花受粉性品種との間で大きく異なることが示された。すなわち、発病とかび毒蓄積のいずれについても、開花受粉性品種は開花期頃に最も感受性が高く、その後徐々に感受性が低下するのに対し、閉花受粉性品種は、開花(受粉)期には強い抵抗性を示すにもかかわらず、その10日後の葯殻抽出後には感受性が顕著に上昇した。また、開花習性に関係なく、品種によっては、発病が判然としないにもかかわらず穀粒中にかび毒が高濃度で蓄積する例が認められた。従って、従来穂揃い期(ほぼ開花(受粉)期に相当)とされてきたオオムギの赤かび病防除時期の再検討が必要であると判断された。

4. かび毒低減化防除技術の確立

オオムギの中でも特に閉花受粉性である二条オオムギの赤かび病防除適期を調べるため、出穂期以降の登熟期間中、常に感染が可能な接種条件を設定し、チオファネートメチル水和剤を穂揃い・開花(受粉)期の3日前~30日後に時期を変えて一度だけ散布しその効果を比較した。その結果、開花(受粉)10日後頃の散布で、発病穂率、発病度、褐変粒率、かび毒蓄積量(DON+NIV)の全てについて最も高い防除価(低減率)が得られた。従って,閉花受粉性のオオムギの赤かび病防除適期は、従来言われていた穂揃い期ではなく、その約10日後の、葯殻抽出期であると結論づけられた。

以上を要するに、本研究は、オオムギの赤かび病の効果的防除技術の確立とそれによるかび毒と農薬使用量の低減化を実現することを目的に行った。まず高精度な赤かび病抵抗性検定法として「ポット検定法」を開発し、オオムギの赤かび病抵抗性と開花習性との関係を明らかにした。この知見をもとに、開花(受粉)10日後頃の殺菌剤散布により、発病度・農薬使用量・かび毒の低減化を実現することに成功した。以上の成果は、2008年より現場における防除歴に反映され、閉花受粉性のオオムギが栽培される国内各県に普及しつつある。これらの成果は、学術上のみならず、実用上にもきわめて価値が高いと判断された。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた。

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