No | 217312 | |
著者(漢字) | 朴,泰 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | パク,ヒョンテ | |
標題(和) | 高齢者における日常身体活動と運動器疾患に関する研究 | |
標題(洋) | Yearlong physical activity and the musculoskeletal health in older adults | |
報告番号 | 217312 | |
報告番号 | 乙17312 | |
学位授与日 | 2010.03.03 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(教育学) | |
学位記番号 | 第17312号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 加齢に伴う骨量の減少(骨粗鬆症)および筋量の減少(サルコペニア)は転倒、股関節部骨折、ひいては寝たきりの重大な原因であり、超高齢化社会において医療費を削減するためにも、骨粗鬆症およびサルコペニアなどの運動器疾患予防のためのガイドラインの確立が急がれている。高齢者においては、習慣的な身体活動は健やかなライフスタイルの最も重要な構成要素の一つであり、特に、運動器疾患予防にも有効であると考えられているが、活動の至適強度や総量については不明なままである。 勿論、高齢者における運動器の機能維持のための運動介入研究は多くあるが、その殆どは、筋力トレーニングなどの高強度の負荷を用いた運動介入である。しかしながら、このような重い負荷を必要とする運動を高齢者が長く実施するには困難である。一方、最近では、低―中強度の有酸素運動および筋力トレーニングも運動器疾患の予防に有効であることが明かになりつつある。したがって、運動に限らず日常生活での身体活動全体が運動器疾患予防に関連する可能性があると考えられる。 日常生活時の身体活動に関する多くの研究では、身体活動に関するアンケート法が用いられている。これは高齢者個々人の主観的判断に基づくため信頼性が低いこと、日常生活での身体活動全体を把握できないことなどから、日常生活時の身体活動全体を定量化するには不十分である。これに対し、歩数計や加速度センサを用いれば高齢者の日常身体活動を客観的かつ正確に把握することができる(図1)。長期間測定することも可能であるため、活動の季節変動なども考慮することも可能である。 これらを背景に、本論文では、地域在住高齢者を対象とし、日常身体活動と運動器疾患との関係を検討した。まず、健常高齢者を対象とした低-中強度の運動介入研究(第2章)を実施し、健常高齢者での1年間の身体活動と骨粗鬆症(第3章)及びサルコペニア(第4章)との関係に関する研究を実施した。これらの結果を踏まえ、運動器疾患予防に効果的な日常身体活動に関する方策を提言した。 健常高齢者を対象とした低-中強度の運動介入研究 運動器疾患予防を目的とした多面的運動介入を48週間実施し、運動介入が骨量・骨代謝および歩行機能に及ぼす影響を検討した。地域在住高齢者50名を対象とし、無作為に運動群・対照群に割り付け、運動群では低―中強度の運動介入プログラムを実施した。運動プログラムは最大酸素摂取量の65-70%(中強度)の運動、低強度の筋力トレーニングなどを週3回実施した。その結果、介入後では、大腿骨頚部の骨密度、骨代謝、歩行機能が有意に改善した。したがって低―中強度の身体活動が運動器疾患予防に有効であることを確認した。 日常身体活動と骨粗鬆症 高齢者172名(男性:76名、女性:96名)を対象として1年間の日常身体活動と骨量の関係を調べた。日常身体活動は1軸加速度センサ内蔵の身体活動計(体動計)を用いて、1年間計測した。骨量は、定量的超音波法を用いて踵骨の骨量評価パラメーターである音響的骨評価値 [音響的骨評価値=通過指標×音速2]により評価した。その結果、骨粗鬆症予防のための日常身体活動閾値は、男性では6,900歩/日、女性では6,800歩/日かつ/または中強度身体活動時間 18分/日、16分/日であった。これらの基準を満たした調査対象者のうち、数名の女性を除いて全員が骨粗鬆症ではなかったか、あるいは骨量は骨折のリスク増加に関連する基準を超えた (図2)。一方、男女とも、歩数が6,800歩未満/日の人は8,200歩以上/日の人よりも5~8倍、中強度の活動時間が15分未満/日の人は25分以上/日の人に比べて2~3.5倍も骨折しやすいと見積もられた(表1)。これらをまとめると、日々の日常身体活動を約7,000歩以上あるいは15分以上の中強度活動時間を維持することは骨粗鬆症予防に有効的であると考えられた。 日常身体活動とサルコペニア 高齢者175名(男性:78名、女性:97名)を対象として、1年間の日常身体活動と筋量の関係を調べた。日常身体活動は体動計を用いて1年間計測した。筋量は二重エネルギーX線吸収法を用いて全身および四肢の筋量を調べた。その結果、本研究対象者のサルコペニア有病率は男性23%、女性26%、前期高齢者19%、後期高齢者38%であった。身体活動は上肢よりも下肢の筋量と関連性が高く、歩数より中強度活動時間のほうが筋量と関連性が大きかった。サルコペニア予防のための日常身体活動閾値は、男女とも7000~8000歩/日以上かつ/または中強度活動時間18~20分/日以上であった。これらの基準を満たした調査対象者のうち、数名の女性を除いて全員がサルコペニアを有しなかった。一方、男女とも歩数が5600歩未満/日の人は7800歩以上/日の人よりも1.5~3倍、中強度の活動時間が15分未満/日の人は23分以上/日の人に比べて3~4.5倍もサルコペニアを有しやすいことが見積もられた(表2)。 以上の結果より、骨粗鬆症およびサルコペニアのような運動器疾患の予防に有効な身体活動水準は7,000歩/日以上かつ/または15分/日以上の中強度身体活動時間を維持することであると示唆された。健康日本21の調査では、高齢者の日常生活において身体活動を増やす具体的な手段は、歩行を中心とした身体活動を増加させるように心掛けることであり、日々の歩数および中強度活動時間の目標値を設定することは有用であると提案されている。本研究で得られた基準値を用いて日々の身体活動の目標設定とすれば、高齢者に多く見られる運動器疾患とこれに起因する骨折ひいては寝たきりの予防に有効である可能性があると考えられた。 図1 高齢者における一日生活パターンの例(保健師ジャーナル 青柳、朴ら 印刷中) 図2 音響的骨評価値によるTスコアと1年間平均歩数と3METs(代謝量)以上の中強度活動時間の関係: 線形及び指数モデルは有意(p<.05): 男性(76名), 歩数 y=-1.90+5.80E-05x (r2=0.052) 及び y=-1.23-2.71e-x/2884.24 (r2=0.146), 中強度活動時間 y=-1.91+2.05E-02x (r2=0.163)及び y=-1.03-1.21e-x/17.07 (r2=0.193); 女性(96名), 歩数y=-2.57+9.62E-05x (r2=0.320) 及び y=-1.21-1.72-x/6989.63 (r2=0.342), 及び強度活動時間y=-2.31+2.03E-02x (r2=0.254)及び y=-1.43-1.08e-x/20.88 (r2=0.285). 表1 1年間の平均身体活動と骨折リスクに関する多重ロジスティック回帰分析 表2 1年間の平均身体活動とサルコペニアに関する多重ロジスティック回帰分析 | |
審査要旨 | 本論文は、高齢社会において寝たきり、要介護をきたす要因ともなる骨粗鬆症や筋量の減少(サルコペニア)に伴う股関節部骨折等の運動器疾患の予防に資する実証的研究をとりまとめたものである。 まず、関連する先行研究を丹念に収集・整理して、高齢者における運動器の機能維持のための運動介入のほとんどが、高強度の負荷を用いたものであり、その継続性の困難さ並びに運動に伴う傷害・事故のリスクの高さがあること、日常生活での身体活動全体が運動器疾患の予防に関連するとされてはいるものの、十分に実証されていないことを明確にしている。 その上で、次の3つの実証的研究を行っている。第1に、地域在住の健常女性高齢者50名を対象として、介入群、対照群に割り付け、48週間にわたる低-中強度の多面的運動プログラムを実施したところ、大腿骨頚部骨密度、骨代謝指標、歩行機能が有意に改善したことを明らかにしている。 第2に、地域在住高齢者172名(男性:76名,女性:96名)を対象として、1年間にわたり、1軸加速度センサ内蔵の身体活動計(体動計)を用いて、日常身体活動を計測すると共に、定量的超音波法による踵骨の骨量評価を行い、男女とも歩数が一日6,800歩未満の者は、8,200歩以上の者に比して5~8倍、中強度の活動時間が一日15分未満の者は、25分以上の者に比して2~3.5倍骨折しやすいと見積もられることを示した。 第3には、地域在住高齢者175名(男性:78名,女性:97名)を対象として、1年間にわたり、日常身体活動を体動計を用いて計測すると共に、二重エネルギーX線吸収法を用いて、全身及び四肢の筋量を評価し、男女とも一日の歩数が5,600歩未満の者は、7,800歩以上の者に比して、1.5倍~3倍、一日の中強度の身体活動時間が15分未満の者は23分以上の者に比して、3~4.5倍もサルコペニアを有しやすいことが見積られることを示した。 以上より、高齢者の股関節部骨折、寝たきりをきたす要因ともなる骨粗鬆症やサルコペニア等の運動器疾患の予防のためには、日常の身体活動水準が一日7,000歩以上か15分以上の中強度の身体活動を維持することが有効であることが示唆された。 このように、本論文は、多数の高齢者を対象として、長期にわたる介入や計測により、ある特別な高強度の負荷の運動プログラムによらずとも、歩行を主体とした日常的な身体活動を意識的に継続することで、運動器の機能を維持し得ることを実証し、臨床的意義のある新たな知見を提示した。一方、既存の体動計を用いての身体活動の計測についての方法論上の限界や得られた結果の解釈上の潜在的な危険性の論議は必ずしも十分とはみなされないが、高齢者の運動処方の研究を一歩進め、身体教育学の分野に新たな知見を加えた点で高く評価された。よって博士(教育学)の学位にふさわしいと判断された。 | |
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