学位論文要旨



No 217314
著者(漢字) 二橋,美瑞子
著者(英字)
著者(カナ) フタハシ,ミズコ
標題(和) 昆虫のテロメラーゼ遺伝子とテロメア配列特異的LINEの機能と進化
標題(洋) Function and evolution of the telomerase reverse transcriptase gene and telomeric repeat-specific LINEs in insects
報告番号 217314
報告番号 乙17314
学位授与日 2010.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 第17314号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 野田,博明
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

序論

ほとんどの真核生物の染色体末端(テロメア)は、テロメア反復配列と呼ばれる単純な繰り返し配列からなっている。テロメア反復配列(ヒトではTTAGGGの繰り返し)はテロメラーゼという酵素によって維持されている(図1)。ところが、昆虫の中にはキイロショウジョウバエなどテロメア反復配列やテロメラーゼが存在せず、代わりにnon-LTR型レトロトランスポゾン(LINE)が染色体末端に転移することで、テロメアを伸長している種も存在する(図1)。当研究室の先行研究から、昆虫にはテロメア反復配列(TTAGG)のある種とない種が混在し、さらにカイコのようにテロメア反復配列(TTAGG)の中に大量のLINEが存在する種も確認された(図1)。興味深いことに、カイコはテロメア反復配列が存在するにも関わらずテロメラーゼ活性が検出できないことから、テロメア配列特異的LINEがテロメラーゼに代わってテロメアの維持に関わっている可能性が考えられた。しかしながら、これまで昆虫ではテロメラーゼ遺伝子が同定されておらず、テロメア配列特異的LINEの転移機構についても不明な点が多かった。

そこで、本研究では、ゲノムが解読されたカイコとトリボリウム(コクヌストモドキ)を用いて、テロメラーゼ遺伝子と、テロメア配列特異的LINEを解析することで、昆虫のテロメア維持のメカニズムの解明および、その多様化の原因を探ることを目的に研究を行った。

1.昆虫におけるテロメラーゼ遺伝子およびトリボリウムにおける新たなテロメア配列の発見

カイコとトリボリウムのゲノム情報を調べた結果、テロメラーゼ遺伝子の断片的な配列がみつかり、その情報を元にRACE法を行うことでテロメラーゼ遺伝子の全長を得ることに成功した。これは、節足動物のテロメラーゼ遺伝子としては初めての報告である。

カイコとトリボリウムのテロメラーゼ遺伝子の構造上の最も大きな特徴は、他の生物種のテロメラーゼ遺伝子と比べてN末端領域が短く、GQモチーフが存在しないことであった(図2)。GQモチーフは、テロメアDNAとの相互作用に重要であり、この部位の欠損はテロメラーゼ活性を減少させることが知られている。トリボリウムにおいても、テロメラーゼ活性を調べたところ、その活性は微弱であった。さらに、カイコのテロメラーゼ遺伝子は転写量が低いことが確認された。以上の結果は、カイコとトリボリウムのテロメラーゼ活性が弱いことを遺伝子レベルで裏付けるものである。

次に、トリボリウムにもテロメア配列特異的LINEが存在するか、ゲノムデータベースを探索した。その結果、SARTBmと系統的に近縁で、反復配列に挿入しているLINE SARTTcが見つかった。しかし、SARTTcは、TTAGGではなく、TCAGG反復配列に挿入していた。昆虫で報告されているテロメア反復配列はこれまでTTAGGのみであるが、甲虫類ではTTAGGが検出されていない種も報告されている。そこで、サザンハイブリダイゼーションにより解析を行ったところ、TCAGGはトリボリウムのテロメア配列であることが判明した(図3)。TTAGGテロメア反復配列は甲殻類など昆虫以外の節足動物からも検出されており、昆虫のテロメア配列の祖先型はTTAGGと考えられる。このことから、トリボリウムは進化の過程でテロメア反復配列がTTAGGからTCAGGへ変化したことが考えられた。

2.カイコテロメア配列特異的LINEの転移における3'UTRの必須領域の解析

前述のように、カイコではテロメア反復配列特異的なLINEが大量に存在しており、テロメアの維持に関わっている可能性が考えられている。LINEは幅広い真核生物のゲノムに存在する転移因子である。転移因子は、ゲノム中に複数のコピーが存在するが、全長ではなく一部のみが存在する場合もある。今回、カイコのゲノム情報を用いて、それぞれの転移因子について、どの部分がゲノム中にどのくらい存在するかを解析した(図4)。その結果、DNAトランスポゾンやLTR型レトロトランスポゾンとは異なり、カイコテロメア配列特異的LINE SARTBmを含むLINEは、コピー数の分布が3'末端に偏っていることが判明した(図4)。

SARTBmの3'側の配列がゲノム中で保存されていたため、一つの可能性として、3'側の配列が転移に重要な役割を担っていることが考えられた。これを明らかにするために、まずSARTBm 3'UTRの様々な部分欠失変異体を発現するバキュロウイルスを作製し、カイコと同じ鱗翅目昆虫であるヨトウガの培養細胞Sf9において転移実験を行った。転移はすべて、SARTBmのORF2の3'側にあるプライマーと、テロメア反復配列に設計したプライマーによるPCRにより検出した。その結果、3'UTRの73ntから295ntの領域を欠失すると、SARTBmは全く転移しなくなった(図5AB)。一方、この領域を含む限りは転移を示すバンドが観察された。そこで、RNase footprinting法により3'UTRの転移に必須な領域の高次構造を調べたところ、ステムループ構造が存在することが判明した(図5C)。

次に、EGFPの下流にSARTBm 3'UTRの配列を持つ融合遺伝子(図5D、EGFP-3'UTR)が、3'UTRを欠くSARTBm Δ3'UTR(単体では転移できない)により相補されるかどうかを解析した。その結果、EGFP-3'UTRは単独では転移不能であるが、SARTBmタンパク質の供給を受けることにより転移することが判明した(図5E)。以上の結果から、SARTBmのタンパク質が3'UTRをもとに自身のmRNAを認識して転移していることが示唆され、その際にはステムループ構造が関与している可能性が考えられた。

3.異なるテロメア配列に転移するカイコとトリボリウムのテロメア配列特異的LINEの比較解析

1章において、トリボリウムではテロメア反復配列がTTAGGからTCAGGへ変化していること、トリボリウムにもテロメア配列特異的LINE SARTTcが存在することを発見した。SARTTcがTCAGGに、SARTBmがTTAGGに転移しやすいかを調べるために、2章でSARTBmの転移実験に用いたSf9細胞に、カイコ、トリボリウムそれぞれのテロメア配列を持つプラスミドTTAGG25-pBSK, TCAGG29-pBSKをトランスフェクションにより導入して、SARTTcとSARTBmの転移の配列特異性を比較した(図6A)。その結果、SARTTcはTCAGGに、SARTBmはTTAGGに特異性を持つという結果となった(図6BC,1-2)。次に標的特異性を担うドメインを探索するため、ORF1とORF2の交換実験を行った。しかし転移を検出することは出来ず、ORF1とORF2の間の認識は、SARTBmとSARTTcの間では成立しないことが考えられた。そこで、次にDNAを切断するエンドヌクレアーゼ(EN)ドメインの交換実験を行った。ENの交換実験は、ENドメインを欠損した変異体を作成し、SARTTcまたはSARTBm由来のENと共に発現させて転移実験を行った。その結果、ENの交換により標的特異性が逆転したことから、SARTBmとSARTTcの標的特異性の違いにはENドメインが強く関与していると考えられた(図6BC,3-5)。

さらに、SARTTcにおいて、転移に必須な3'UTRの領域を決定したところ、1ntから180ntの部分が必要であった。また、SARTTcはSARTBmの3'UTRを認識して転移させることはできなかったが、興味深いことに、SARTBmのタンパク質はSARTTc 3'UTRも認識して転移させた。高次構造予測では、SARTTcの3'UTRの転移に必須な領域にもステムループが存在したことから、SARTTcの蛋白質にとっても、ステムループ構造がmRNAの認識に関わっている可能性が考えられた。

結論

今回、カイコとトリボリウムから昆虫でははじめてテロメラーゼ遺伝子を同定することに成功した。どちらの場合も、他の真核生物でテロメア伸長に重要なGQモチーフが欠損しており、さらに発現量も低いことが示唆され、代わりにテロメア配列特異的LINEが存在していた。これらの結果は、昆虫のテロメラーゼ遺伝子の機能の低下がテロメア配列特異的LINEの出現と関連している可能性を示唆する(図7)。

さらに、今回、甲虫類のトリボリウムではテロメア反復配列自体がTCAGGに変化していた事を発見し、テロメア配列特異的LINEもTCAGGに転移しやすいように対応していることが確認された。カイコとトリボリウムのSARTの比較から、配列特異性にはENが関与していることが示唆された。また、SARTBmとSARTTcの両方において3'UTRが転移には必須であり、RNAの高次構造の解析からステムループ構造が自身のmRNAの認識に関わっている可能性が考えられた。本研究のこれらの結果は、昆虫のテロメア構造の多様性と維持のメカニズムに関して遺伝子レベルで新たな知見を加えるものである。

図1 昆虫の多様なテロメア構造

多くの真核生物ではテロメラーゼがテロメア反復配列を付加するが(上)、ショウジョウバエではHeT-A,TARTというLINEがテロメアを構成している(中)。カイコのテロメアは、テロメア反復配列の中にSARTBmなどのLINEが大量に蓄積しているという両者の中間的な性質を持つ(下)。

図2 テロメラーゼ遺伝子の構造

四角で示したGQ、CP、QFPはテロメラーゼ遺伝子で保存されているモチーフ。

図3 トリボリウムゲノムにおけるTCAGG反復配列の検出

サザンハイブリダイゼーション法によりカイコとトリボリウムのゲノムにおけるTCAGG反復配列とTTAGG反復配列の有無を調べた。HindIII処理したゲノムDNAに、それぞれのプローブをハイブリダイズさせた。テロメアは高分子量に検出される。

図4 カイコゲノム中の転移因子のコピー数分布

各転移因子の典型的なコピー数分布のグラフ。横軸は転移因子の領域(グラフの下の黒い四角はORFの領域)、縦軸はゲノム中の頻度を表す。BMC1はランダムに転移するカイコのLINE。LINEのコピーは3'側(3'UTR)が保存されている。

図5 SARTBmのタンパク質は自身のmRNAの3'UTRを認識して転移する

A:SARTBm 3'UTRに部分欠失を入れた変異体のコンストラクトと、その転移実験の模式図。黒枠は転移に必須な3'UTRの領域を示す。矢印は転移検出に用いたプライマー。B:Aのコンストラクトの転移検出PCRの結果。C:RNase foot printing法により確認された3'UTRの転移に必須な領域の中に存在するステムループ構造。D: EGFP-3'UTRの転移実験に用いたコンストラクトと、その転移実験の模式図。EGFP-3'UTR:EGFPの下流にSARTBmの3'UTRを融合したコンストラクト。E:EGFP-3'UTRの転移検出PCRの結果。EGFP-3'UTRは、SARTBmΔ3'UTRと共発現させると転移した。

図6 SARTTcとSARTBmのTTAGG, TCAGGへの転移の比較実験

A: TTAGG, TCAGGへの転移検出系。標的配列を持つプラスミドTTAGG25-pBSK, TCAGG29-pBSKをSf9細胞に導入し、SARTTc、SARTBmをバキュロウイルスに組み込んで感染させ、プラスミドへの転移をPCRにより検出した。PCRには、SART側のプライマーと、両方のプラスミドに共通するプライマーを用いた。B: SARTBm, SARTTcのコンストラクトの模式図。EN: エンドヌクレアーゼドメイン、RT: 逆転写酵素ドメイン。SARTTcΔEN, SARTBmΔENはENドメインが欠損して転移できない変異体。TcEN, BmEN: SARTTc又はSARTBmのENドメインのみのコンストラクト。C: 標的プラスミドを2種類同時に細胞へ導入した際に、TTAGG, TCAGGへ転移していたSARTTc、SARTBmのクローンの数の割合のグラフ。

図7 昆虫のテロメア構造のまとめ

昆虫の系統関係とテロメア配列、テロメラーゼ活性、テロメラーゼ遺伝子、テロメア特異的LINEの関係。*ハエのテロメア特異的LINEはテロメア反復配列ではなく、染色体末端の構造を認識して転移する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、第1章はカイコとトリボリウムのテロメラーゼ遺伝子の同定、トリボリウムにおける新規なテロメア反復配列の発見とテロメア配列特異的LINEの同定について、第2章はカイコテロメア配列特異的LINE SARTBmの転移における3'UTRの必須領域の解析とその役割について、第3章は異なるテロメア配列に転移するカイコとトリボリウムのテロメア配列特異的LINE、SARTBmとSARTTcの標的配列特異性と3'UTRの認識の比較解析について述べられている。

論文提出者は、第1章において、カイコとトリボリウムから、節足動物で初めてテロメラーゼ遺伝子の同定に成功している。カイコとトリボリウムのテロメラーゼ遺伝子は、テロメラーゼ活性に重要なGQモチーフを欠損していることが判明し、遺伝子構造とテロメラーゼ活性の関連性が強く示唆された。また、これまで鱗翅目昆虫でしか報告されていなかったテロメア配列特異的LINEがトリボリウム(甲虫)にも存在することを明らかにし、テロメラーゼ活性の低下とテロメア配列特異的LINEの獲得の関連性を指摘した。加えて、トリボリウムのテロメア反復配列は、節足動物一般でみられるTTAGGではなく、TCAGGであることも明らかにした。このように、昆虫類においてテロメラーゼ活性とテロメラーゼ遺伝子構造の関連性や、テロメラーゼ活性とテロメア配列特異的LINEの関連性を指摘できた点、テロメア配列が変化している種が存在することを指摘できた点は、昆虫のテロメア構造の進化と多様化を考える上で重要であり、高く評価できる。

第2章では、カイコのテロメア特異的LINE SARTBmの3'UTRの転移における役割を明らかにすることを目的に、必須領域と2次構造の解析を行った。SARTBmの3'UTRでは転移に必須な領域が中央部分に存在し、その中にはステムループ構造と、テロメア配列と相互作用しうる領域が存在した。SARTBmの正確な逆転写・挿入には、3'UTRの必須領域だけでなく、3'末端領域とpolyA配列が必要であった。さらに、SARTBmの3'UTRに外来遺伝子をつないだものに、SARTBmのタンパク質を供給すると、TTAGGテロメア配列に転移することも示した。これは、SARTBmの転移メカニズムにおける3'UTRの役割を明らかにしたという点と、SARTBmをテロメア特異的な遺伝子導入ベクターへの応用化への道筋をつけたという点で高く評価できる。

第3章では、第1章で発見した、トリボリウムのTCAGGテロメア反復配列特異的LINE・SARTTcとカイコのTTAGGテロメア反復配列特異的LINE・SARTBmの、標的配列特異性及び、3'UTRの認識の比較解析を行った。SARTTcとSARTBmはそれぞれTCAGG、TTAGGテロメア反復配列に特異性を持つ、つまり、自身の宿主のテロメア反復配列に特異性を持つことが判明した。SARTTcは、自身の宿主であるトリボリウムのテロメア反復配列のTTAGGからTCAGGへの変化に対応していることが明らかとなった。さらに、SARTBmとSARTTcの標的配列特異性の違いにはエンドヌクレアーゼドメインがかかわっていることが明らかとなった。また、SARTBmのタンパク質は自身の3'UTRのみならず、SARTTcの3'UTRも認識できるが、SARTTcは自身の3'UTRのみを認識していることが判明した。これは、LINEのタンパク質による3'UTR認識機構の進化を解析するうえで重要な知見である。

これまで、昆虫のテロメア構造の進化とテロメア特異的LINEの転移機構は研究が遅れていたが、本論文は、昆虫においてテロメラーゼ遺伝子を初めて同定した点と、昆虫のテロメアの多様化には複数の要因が関わっていることを指摘した点、テロメア配列特異的LINEのエンドヌクレアーゼと3'UTRの役割を明らかにした点が高く評価される。本論文の結果から、昆虫のテロメアの進化・テロメア配列特異的LINEの転移メカニズムの全体像が今後明らかにされることが期待される。

なお、第1章は小島健司氏、二橋亮氏、矢口諭氏、藤原晴彦氏との共同研究、第2章は高橋秀和氏、濱田光浩氏、小島健司氏、藤原晴彦氏との共同研究、第3章は藤原晴彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であったと判断する。

従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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