学位論文要旨



No 217318
著者(漢字) 神谷,奈津美
著者(英字)
著者(カナ) カミヤ,ナツミ
標題(和) 炭酸カルシウムおよびZSM-5ゼオライトの結晶成長に及ぼす共存イオンの影響
標題(洋) Effects of coexisting ions on crystal growth of calcium carbonate and ZSM-5 zeolite
報告番号 217318
報告番号 乙17318
学位授与日 2010.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17318号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 蒲生,俊敬
 東京大学 准教授 中井,俊一
内容要旨 要旨を表示する

炭酸カルシウムは堆積岩や海洋堆積物中に多く存在し、貝殻や有孔虫などの生体鉱物としても広く知られている。炭酸カルシウムには常温常圧下で安定領域を持つカルサイトと準安定相であるアラゴナイト、ファーテライトの3つの多形が存在する。現在、表層海水はカルサイトに対して5倍程度過飽和状態であることがわかっており、それは不純物の存在によって炭酸カルシウムの生成および溶解に影響を与えているためだと考えられている。本研究では不純物効果を及ぼす物質の1つとして、La3+に着目した。なぜならLa3+の添加によりカルサイトの溶解度が上昇することが報告されており(Akagi and Kono,1995)、La3+を含む過飽和溶液からの炭酸カルシウムの析出に際して、準安定であるファーテライトが安定に存在することが知られているためである(Tsuno et al.,2001)。

一方、環境触媒として知られているゼオライトの結晶骨格内における、触媒反応機構に関して盛んに議論が行われており、特にZSM-5ゼオライトは高活性触媒として着目されている。しかし、従来の方法ではZSM-5単結晶を合成する際には多量の副生成物が得られるため、目的物の収率向上のために合理的な合成法の改良が期待されている。

以上より、(1)炭酸カルシウムの結晶成長および溶解過程においてLa3+が結晶表面上で与える影響および各多形に対する影響を検討し、結晶成長でLa3+による不純物効果が表れるタイミングを明らかにすること、(2)従来のZSM-5合成法で多量に生じる副生成物、アナルサイムの生成を抑制するような合成法の改良を行うこと、を目的として研究を進め、以下に述べる成果を得た。

1.蛍光分光法を用いた炭酸カルシウムの溶解過程におけるpH変化の観測

炭酸カルシウムの溶解過程においてSNARF-1(R)(seminaphthorhodafluors)を添加し、その蛍光スペクトルを3msごとに得ることで、溶液内のpH変化を高時間分解能で測定した。その結果、5pMのLa3+添加条件ではカルサイトのみに対して溶解阻害効果が見られ、ファーテライトには不純物効果は確認されなかった(Kamiya et al.,2004)。

2.原子間力顕微鏡(AFM)を用いたカルサイト単結晶の溶解及び結晶成長過程の観察

AFMによるカルサイト単結晶溶解観察において、5pMのLa3+添加溶液中でステップエッジに微小な析出物が生じ、その部分におけるステップの進行が停止することがわかった。水溶液中に存在するイオン種からイオン活量積(IAP)を計算したところ、観察された析出物は難溶性物質であるLa2(CO3)3である可能性が示唆された。La3+添加過飽和溶液中(Ω=1.2)におけるカルサイト単結晶の成長過程を図i-aに示す。La3+無添加条件下ではエッチピットの消失およびステップの進行が見られたのに対し、開始から180分経過しても見掛け上結晶成長は起こらなかった(図1-a-3)。そこで、成長後180分の状態からLa3+溶液を抜き取り、そこへ純水を流して観察を行ったところ、結晶表面に析出物が残った状態で他の部分だけが溶解を開始した(図1-b-2}。以上より、結晶成長過程においてもLa2(CO3)3と見られる難溶性塩が析出することで結晶成長阻害を引き起こしていることが示唆された(Kamiya et al.,2004)。

3.動的光散乱法(DLS)を用いた炭酸カルシウム結晶成長過程における粒径成長の観測

炭酸カルシウムが過飽和溶液(Ω=18)から核発生、結晶成長する過程における粒径分布の時間変化を測定した。過飽和溶液はNaHCO3溶液とCaCI2溶液の混合により作製し、La3+添加の影響を見る際はLaCl3溶液をCaCl2溶液に添加した上でNaHCO3溶液と混合した。溶液混合後、一定時間ごとにシリンジにて溶液を採取してDLS測定を行い、相関計を用いて得られた自己相関関数とアインシュタインストークス式より溶液内に存在する粒子の粒径分布を求めた。なお、粒径1μm以上の炭酸カルシウム粒子は重力効果により正確な粒径を求めることができないため、本装置では検出できなかった。DLS測定によって得られた自己相関関数における強度の積算値(測定で得られた全散乱体積に相当する)の時間変化を図2に示す。両条件ともに測定開始から10分後において積算値の増加が見られているが、La3+添加条件では無添加条件より積算値の値が低かった。積算値は粒子の総体積を示しているため、La3+存在下では核発生段階において阻害効果を受けたことを示している。本装置における全散乱体積の測定可能限界を100とすると、La3+無添加条件では結晶成長開始より25分で積算値が100まで達しているが、La3+添加条件下では約10倍である270分の反応時間を必要とした。これよりLa3+存在下では結晶成長の段階でも阻害の影響を受けていることがわかった。図3には結晶成長過程における粒径分布の時間変化を示した。La3+無添加条件では時間とともに粒子が成長し、開始23分後における粒径は200-500nmであった。La3+添加条件においても時間とともに粒子の成長は見られるが、La3+無添加条件と比べると粒径が200nmに達するのに約5倍の時間を要している。反応終了後の試料を採取してSEM観察とXRD測定を行った。La3+無添加条件のSEM写真ではDLS測定結果と一致する200-500nmの粒子が観察された。また、XRD測定結果ではファーテライトに対応する回折線が得られ、カルサイトに関しては(104)面に相当する最強線のみが観測された。La3+添加条件においてもSEM写真からはDLS測定結果と一致する200。500nmの粒子が観察された。本実験の条件下でIAPを計算したところ、水酸化ランタンが生成することがわかったため、水酸化ランタンの存在により核発生および結晶成長が阻害されたと考えられる。また、ファーテライトが析出すると考えられる結晶成長初期の段階からランタンイオンによる影響が出ていることから、ランタンイオンはカルサイトだけでなくファーテライトの結晶成長にも抑制効果を示すことがわかっta。

4.ポルサイの結晶構造解析および水酸化カリウムを用いたZSM-5単結晶の合成

従来のZSM-5の合成法における副生成物のアナルサイムと同じトポロジーを持つポルサイトの結晶構造を理解し、アナルサイムの生成を抑制する合成法について検討を行った。ポルサイトの単結晶XRD解析結果より、空間群はC2/c、組成式はCs11.5Na2.5Al14.3Si33.7O96・4.6H2Oであった。ポルサイトではアナルサイムと比べてNa+の含有量が少なく、Sodiumサイト(Sサイト)は殆ど空であることがわかった。また、Cs+と水分子はWaterサイト(Wサイト)を占有していることがわかった(Kamiya et al.,2008)。200℃までの水熱合成条件下においてはNa+以下のイオン半径を持つイオンがSサイトを占有しなければアナルサイムファミリーのゼオライトは生成しない。従ってアナルサイムはNa+の存在によって安定に生成し、Na+よりもイオン半径の大きいK+を用いると構造が不安定となる可能性が示唆されたため、NaOHの代わりにKOHを用いてZSM-5の合成を行った。XRD測定により得られた試料の同定を行ったところ、アナルサイムは一切生成せず、代わりにゼオライトWが得られた。しかしゼオライトWは熱力学的にアナルサイムよりも準安定であり、ZSM-5単結晶が生成するとともに溶解し、ZSM-5が結晶成長に必要なシリカ源を供給する働きをしていることがわかった。合成開始より120時間で約100pmの良質なZSM-5単結晶が得られ、収率はNaOHを用いた時の3倍以上となった。NaOH、KOHを用いた合成における結晶成長プロセスの比較を図4に示す(Kamiya et 従来のZSM-5の合成法における副生成物のアナルサイムと同じトポロジーを持つポルサイトの結晶構造を理解し、アナルサイムの生成を抑制する合成法について検討を行った。ポルサイトの単結晶XRD解析結果より、空間群はC2/c、組成式はCs11.5Na2.5Al14.3Si33.7O96・4.6H2Oであった。ポルサイトではアナルサイムと比べてNa+の含有量が少なく、Sodiumサイト(Sサイト)は殆ど空であることがわかった。また、Cs+と水分子はWaterサイト(Wサイト)を占有していることがわかった(Kamiya et al.,2008)。200℃までの水熱合成条件下においてはNa+以下のイオン半径を持つイオンがSサイトを占有しなければアナルサイムファミリーのゼオライトは生成しない。従ってアナルサイムはNa+の存在によって安定に生成し、Na+よりもイオン半径の大きいK+を用いると構造が不安定となる可能性が示唆されたため、NaOHの代わりにKOHを用いてZSM-5の合成を行った。XRD測定により得られた試料の同定を行ったところ、アナルサイムは一切生成せず、代わりにゼオライトWが得られた。しかしゼオライトWは熱力学的にアナルサイムよりも準安定であり、ZSM-5単結晶が生成するとともに溶解し、ZSM-5が結晶成長に必要なシリカ源を供給する働きをしていることがわかった。合成開始より120時間で約100pmの良質なZSM-5単結晶が得られ、収率はNaOHを用いた時の3倍以上となった。NaOH、KOHを用いた合成における結晶成長プロセスの比較を図4に示す(Kamiya et al.,2007)。

以上の結果から、本研究では以下の2つの結論を得た。(1)蛍光分光法を用いた高時間分解能pH測定より、カルサイトにのみLa3+の不純物効果が確認された。また、5pMのLa3+存在下においてはLa2(CO3)3のカルサイト結晶表面への析出により溶解、結晶成長の阻害が起こることがAFM観察よりわかった。さらにDLS測定結果より、核発生の段階からLa3+による阻害効果が生じ、結晶成長過程でも影響を受けることが明らかとなった。また、ファーテライトの結晶成長においてもLa3+は阻害剤として働くことがわかった。(2)ポルサイトの結晶構造解析結果より、Na+が存在することで副生成物であるアナルサイムの安定化を招いていることが明らかとなった。この結果よりNaOHの代わりにKOHを合成に用いたところ、ZSM-5の収率が大幅に上がった。

図1.カルサイト単結晶の結晶成長一溶解過程の連続観察結果

a-1)5pMLa3+添加過飽和溶液における成長開始時

a-2)30分後

a-3)180分後

b-1)純水注入による溶解開始時

b-2)10分後

b-3)15分後

図2.強度積算値の時間変化

図3 各反応時間における粒径分布(a)La3+無添加、(b)5pMLa3+添加

図4 NaOHとKOHを用いた合成プロセスの比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる。第1章は序論であり、炭酸カルシウムの溶解、結晶成長の研究の地球化学的な背景を述べた後、不純物効果に関するこれまでの研究をまとめて述べ、さらにゼオライト研究の地球環境研究における意義と過去の合成研究をまとめている。

第2章から第4章では、炭酸カルシウムの溶解、結晶成長に対するランタンイオンの不純物効果の研究が述べられている。まず第2章では炭酸カルシウムの溶解過程を高時間分解能で観測するため、蛍光試薬SNARF-1を添加して蛍光スペクトルからpH測定を行ったことが述べられている。この方法によって、pH電極を用いると応答時間が10 s 程度かかっていたpH測定が、3 msの時間分解能でできるようになり、溶解過程の追跡が可能になった。その結果,5μMのLa3+添加条件下では炭酸カルシウムの多形の中でカルサイトには溶解阻害効果が見られたが、ファーテライトには確認できず、不純物効果が結晶形によって異なることを見つけた。

第3章では、カルサイト単結晶の溶解と結晶成長過程の観察を、AFM(原子間力顕微鏡)を用いて行った結果が述べられている。その結果,5μMのLa3+添加条件下の溶解実験ではステップエッジに微小な析出物ができステップの進行が阻害されることを見つけた。この難容性析出物は、溶液中に含まれるイオン種とその量をもとにイオン活量積を計算して求めると、La2(CO3)3の可能性が高いことを示した。同様に結晶成長においても、La3+存在下では難溶性塩の析出がステップの進行を阻害することを観察し,不純物効果を原子レベルで物質化学的に明らかにしたことは評価できる。

第4章ではさらに炭酸カルシウムの核発生から結晶成長の時間的な変化をDLS(動的光散乱法)で追跡することに成功したことが述べられている。論文提出者は本実験ために、炭酸カルシウム結晶成長の臨界核の大きさに相当する約2nm以上の粒径分布が測定できるDLS装置を自作し、試料導入系や、散乱光の取り出しなどに独自の工夫を凝らした。CaCl2(+LaCl3)溶液とNaHCO3溶液を混合して作るCaCO3過飽和溶液から結晶を析出させるが、一定時間ごとに抜き取った溶液中の粒径分布をDLSで測定した。その結果,5μMのLa3+添加条件下では、核発生段階ですでに阻害効果を受けていること、粒径が数nmから200nmへの成長速度が無添加に比べ一桁遅くなることを発見し、La3+による阻害効果のダイナミクスを始めて明らかにできた。

第5章、第6章では、ZSM-5ゼオライト合成法の改善に関わる研究が述べられており、まず第5章では従来の合成法の問題点であった副生成物アナルサイムの生成を抑制するための方法を確立するために、アナルサイムと同じ骨格構造(アナルサイムファミリー)のゼオライトであるポルサイトの結晶構造を明らかにしたことが述べられている。ポルサイト単結晶のXRD(X線回折法)解析結果から、ポルサイトはアナルサイムに比べNa+含有量が少なく、Na+が入るはずのSサイトがほとんど空になっていることが示された。このことはアナルサイムの安定化にはNa+が寄与していることを示唆しており、その結果にヒントを得てZSM-5ゼオライト合成法の改良を述べているのが第6章である。従来のZSM-5ゼオライト合成法では鉱化剤としてNaOHを使ったが、そのかわりにKOHを使って合成をおこなうと、アナルサイムは一切生成せず、合成開始から120時間で約100μmの良質な単結晶が得られ、収率は従来法の3倍以上であった。この結果にもとづき、NaOHを使った場合とKOHを使った場合の合成プロセスのモデルも提案している。新しく提案された合成法は、すぐれた着想にもとづいており、実用性の点からも高く評価できる。

第7章はこれらの成果をまとめている。本研究では、炭酸カルシウムの溶解や結晶成長において共存イオンが阻害を起こすこと、ZSM-5ゼオライト合成におい溶存イオンが収率に影響することのメカニズムを、どちらも精密かつ先端的な分析装置を用いた実験と考察から明らかにしている。その結果は、結晶化学の分野に大きな貢献をすることが出来、さらに応用面での貢献ができる点でも評価できる。

なお、本論文の第2章は鍵裕之、野津憲治、津野宏、赤木右との、第3章は鍵裕之、角森史昭、津野宏、野津憲治との、第4章は鍵裕之、角森史昭、野津憲治との、第5章は鳥居悠希、佐々木正博、西宏二、横森慶信との、第6章は西宏二、横森慶信との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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