No | 217319 | |
著者(漢字) | 小久保,雅也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コクボ,マサヤ | |
標題(和) | スカンジウム・銅錯体を用いる水溶媒中での触媒的有機合成反応に関する研究 | |
標題(洋) | Study of Catalytic Organic Reactions using Scandium or Copper in Aqueous Media | |
報告番号 | 217319 | |
報告番号 | 乙17319 | |
学位授与日 | 2010.03.05 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第17319号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 水はわれわれにとって最も身近な液体である。しかし、精密有機化学合成において水を溶媒に用いることはほとんどなかった。それは、水には有機化合物が溶解しないこと、水が高い反応性を示すことから触媒や反応基質の分解が起こり、反応がうまく進行しないことが主な理由である。しかし、その一方で生物の体内では、水溶媒中でさまざまな化学反応が行われ、生命維持を行っている。生体内では酵素やタンパク質が触媒として作用するばかりではなく、有機化合物を取り込むための疎水性反応場を構築している。今回、著者はこの生体内の酵素反応を模したルイス酸-界面活性剤一体型触媒を用いた触媒的有機合成に関する研究を行った。その結果、水中で反応を行うことが困難であると考えられていた水溶性基質を用いた不斉合成を達成した。また、これまでに触媒的使用の報告例がないフッ化スカンジウムを用いた反応を見出した。さらに、水の高い反応性に着目し、水を反応剤として用いるNazarov型反応を行った。最後に、水中での金属-不斉配位子の構造に着目し、金属の違いによる立体反転現象を見出した。 1.スカンジウム触媒によるホルムアルデヒド水溶液を用いる水溶媒中でのケイ素エノラートのヒドロキシメチル化反応1) ルイス酸-界面活性剤一体型触媒(LASCs)は水溶媒中でミセルを形成し、有機化合物をミセル内に取り込むことで水溶媒中での有機合成反応を達成している。このような反応機構であるために、疎水性の化合物同士の反応は円滑に進行するが、水溶性の高い化合物はミセルに取り込まれないために反応が進行しないことが予想される。実際に、水溶性基質を用いると反応はあまり進行しないことがわかっている。今回、最も水溶性の高い有機化合物の一つであるホルムアルデヒドを用いたヒドロキシメチル化反応を検討した。触媒にスカンジウムトリスドデシルサルフェート(Sc(DS)3)-光学活性ビピリジンL-1を用い、ケイ素エノラートの不斉ヒドロキシメチル化を検討した。種々反応条件を検討した結果、5等量のホルムアルデヒドを用いることで反応は円滑に進行することがわかった。反応条件最適化の後、反応基質一般性の検討を行った。種々のケイ素エノラートを用いても良好な収率・選択性で目的とするヒドロキシメチル化体を得た(Table 1)。さらに、水溶媒中での不斉触媒の可能性を探索するために種々の不斉配位子の探索を行った。その結果N-オキシド配位子L-2が良好な結果を与えた。このことより、水溶媒中で不斉環境を維持するためには多点で金属と相互作用することが出来る配位子の構造が重要であると考察した。さらに、水溶性の高いホルムアルデヒドで反応が達成できた理由として、ルイス酸とホルムアルデヒド(ルイス塩基)の相互作用によってホルムアルデヒドがミセル周辺にとどまることが重要であると考察した。このように、これまで達成が困難であると考えられた水溶性基質を用いた水溶媒中での反応を達成した。さらに、本反応の応用として合成香料18の合成を行った。本合成においてはヒドロキシメチル化反応の後に反応溶液を遠心分離することで有機溶媒を用いずにヒドロキシメチル化体を取り出し、高分子固定化パラジウム触媒を用いてケトンの還元を行うことで目的とする化合物18を収率56%、光学純度91%で得た(Scheme 1)。本合成法においては有機溶媒をほとんど用いていないために環境負荷の少ない合成プロセスを提供できると考えられる。 2.フッ化スカンジウムを用いる水系溶媒中のケイ素エノラートのヒドロキシメチル化反応2) 金属のフッ化物を触媒に用いて水系溶媒中で反応を行うと、その触媒サイクルにおいて金属の水酸化物を生じることが予想される。金属の水酸化物は安価で入手が容易であること、最も安定な金属種であることから金属の水酸化物を直接触媒に用いることが出来ればその意義は大きい。この様な理由から金属水酸化物の前駆体である金属フッ化物を触媒として用いることは金属水酸化物の反応性を解明する上で興味深い。今回、著者はフッ化スカンジウムを触媒に用いたケイ素エノラートのヒドロキシメチル化反応を検討した。これまでフッ化スカンジウムを用いた触媒的合成の報告はなく、フッ化スカンジウムの反応性は低いことが予想された。検討を行った結果、有機溶媒の添加が必要であったが、フッ化スカンジウムを触媒としたヒドロキシメチル化反応が進行することがわかった。興味深いことに、本反応においては用いるケイ素エノラートのケイ素上の置換基が重要であり、ジメチルシリル基のケイ素エノラートのみが反応するという結果を得た。この反応性は他のルイス酸・ルイス塩基・フッ素イオンのどれとも異なる特異な反応性であった。また、本反応はフッ化スカンジウムを触媒として用いた初めての反応例である。 3.スカンジウム触媒を用いる水溶媒中でのNazarov型反応3) 水は環境にやさしい溶媒であるだけではなく、その特異な物理的性質・高い反応性にも興味がある。この水の高い反応性を利用した合成法に興味を持ち、スカンジウム触媒を用いたNazarov反応の検討を行った。Nazarov反応は1,4-ペンタジエン3-オン誘導体に酸を作用することにより生じるペンタジエニルカチオンが環化反応を起こすことによりオギザリルカチオンを生じ、続く脱プロトン化・プロトン化を経てシクロペンテノン誘導体を合成する反応である(Scheme 2)。この反応において中間体のオギザリルカチオンを水で補足することが出来れば、新たなNazarov型反応が行えると考え、検討を行った。反応基質に2-アルコキシ1,4-ペンタジエン-3-オン誘導体を用い、触媒にSc(DS)3を用いて反応を検討した。その結果、予想した通り中間体のオギザリルカチオンが水で補足された化合物とNazarov環化した化合物を混合物として得た。種々条件検討を行った結果、水付加体の生成は反応濃度に依存し、反応濃度が低いほど水付加体が選択的に生成することがわかった。最適化条件で反応基質一般性の検討を行った(Table 3)。その結果、環状基質では良好な収率で水付加体を得た。一方で、鎖状基質では収率が中程度のものもあったが、ほとんどの基質において良好な収率で反応が進行した。さらに、水以外の反応剤で中間体カチオンを補足することを考え、さまざまな求核剤の添加を検討した。その結果、残念ながら目的とする化合物は得られなかった。しかし、本反応系にジイソプロピルアミンを添加すると、水付加体はまったく得られず、通常のNazarov反応が進行した化合物21が良好な収率で得られることがわかった(Scheme 3)。最後に、本反応の不斉反応を検討した。種々不斉配位子を用いて検討を行った。その中で、光学活性ビピリジン配位子の誘導体が最も良い結果を与えたが、その不斉収率は32% eeと低いものであり、不斉収率の向上が今後の課題である。 4.界面活性剤一体型銅触媒を用いるメソエポキシドの不斉開環反応4),5) 反応性の高い水溶媒中で不斉触媒の構造を維持するためには先に述べたような光学活性ビピリジン配位子L-1やN-オキシド配位子L-2のような金属と多点相互作用するような配位子を用いることが重要である。このように多点相互作用する配位子は、用いる中心金属の違いによってさまざまな錯体を形成することが予想される。そこで、メソエポキシドの不斉開環反応を例に中心金属の違いによる錯体構造の変化について検討した。種々金属のLASCを合成し、L-1を用いたスチルベンオキシドのアニリン誘導体による開環反応を検討した(Table 4)。その結果、スカンジウム・銅・亜鉛触媒が高い反応性を示した。また、スカンジウムと銅・亜鉛を用いた時に生成物の立体が反転することがわかった。この違いを説明するためにスカンジウムと銅の臭化物とL-1より水系溶媒中で得た結晶のX線結晶構造解析を行った(Figure 1)。その結果、スカンジウム錯体は7配位構造、銅触媒は5配位構造をとっていた。この、錯体構造の違いによって生成物の立体が反転することが説明できる(Figure 2)。次に、銅触媒を用いた反応基質一般性を検討した。メソエポキシドとしてスチルベンオキシド誘導体を用いるとアニリン・インドールいずれの求核剤を用いても良好な収率・選択性で目的物が得られることがわかった。一方で、アルキルエポキシドを用いると収率が低下するか、選択性が低い結果をえた。アルキルエポキシドの反応の改善が今後の課題であるさらに、本反応は有機溶媒中で行うよりも水溶媒中で行う方が反応速度の向上が見られた。この点からも本反応を水溶媒中で行うことの意義であるといえる。 Table 1 Hydroxymethylation of silicon enolates Scheme 1 Synthesis of Odorant without Organic Solvent Work-up Table2 Hydroxymethylation using various catalysts Scheme 2 Mechanism of Nazarov reaction Table 3 Substrate scope of water-trapping Nazarov reactions1 Scheme 3 Nazarov reaction with diisopropylamine in water Table 4 Metal screening for asymmetric ring-opening reaction of meso-epoxide using aniline as a nucleophile Figure 1 X-ray structure of [CuBr2・1] (left) and [ScBr2・2O・1]+ moiety in the X-ray structure of [ScBr2・H2O・1]・Br・H2O (right). Hydrogen atoms are omitted for clarity. Figure 2 Assumed transition state of Sc(III) and Cu(II)-catalyzed Reactions. | |
審査要旨 | 本論文は、スカンジウム・銅錯体を用いる水溶液中での触媒的有機合成反応に関する研究について、四章に渡り述べたものである。 まず第一章では、スカンジウム触媒存在下、ホルムアルデヒド水溶液を用いる水溶媒中でのケイ素エノラートのヒドロキシメチル化反応について述べている。すでに、ルイス酸一界面活性剤一体型触媒(LASCs)を用いると水溶媒中で疎水的な反応場が形成されることが知られているが、水溶性の高い基質を用いると反応はあまり進行しないことが実験的に示されている。本論文はこの問題に取り組み、最も水溶性の高い有機化合物の一つであるホルムアルデヒドを用いたヒドロキシメチル化反応を検討し、触媒にスカンジウムトリスドデシルサルフェート(Sc(DS)3)一光学活性ビピリジン配位子を用い、ケイ素エノラートの不斉ヒドロキシメチル化を検討している。種々反応条件を検討した結果、過剰量(5当量)のホルムアルデヒドを用いることで反応は円滑に進行すること、種々のケイ素エノラートを用いても良好な収率・選択性で目的とするヒドロキシメチル化体を得られることを明らかにしている。さらに、水溶媒中での不斉触媒の可能性を探索するために種々の不斉配位子の探索を行い、N-オキシド配位子が良好な結果を与えることを見いだしている。水溶媒中で不斉環境を維持するためには多点で金属と相互作用することができる配位子の構造が重要であること、また、ルイス酸とホルムアルデヒド(ルイス塩基)の相互作用によって、水溶性のホルムアルデヒドが疎水場にとどまることが重要であることを述べている。 第二章では、フッ化スカンジウムを用いる水系溶媒中のケイ素エノラートのヒドロキシメチル化反応について述べている。本論文は、フッ化スカンジウムの水溶液中での触媒作用を初めて示し、ケイ素エノラートのヒドロキシメチル化反応が円滑に進行することを述べている。 続いて第三章では、スカンジウム触媒を用いる水溶媒中でのNazarov型反応について述べている。本論文は、この反応において中間体のオギザリルカチオンを水で捕捉することができれば、新たなNazarov型反応が行えるという仮説を立て、検討を行っている。反応基質に2-アルコキシ1,4一ペンタジエンー3一オン誘導体を用い、触媒にSc(DS)3を用いて反応を検討した結果、予想した通り中間体のオギザリルカチオンが水で捕捉された化合物と、Nazarov環化した化合物が混合物として得られることを見いだしている。種々条件検討を行った結果、水付加体の生成は反応濃度に依存し、反応濃度が低いほど水付加体が選択的に生成することを明らかにし、良好な収率で水付加体のみを得る最適条件を見いだしている。さらに、水以外の反応剤で中間体カチオンを捕捉することを考え、さまざまな求核剤を検討し、本反応系にジイソプロピルアミンを添加すると、水付加体はまったく得られず、通常のNazarov反応が進行した化合物が良好な収率で得られることを明らかにしている。さらに、種々の不斉配位子を用いて検討を行い、光学活性ビピリジン配位子の誘導体を用いると、不斉収率は32%eeながら有意の不斉誘起が水中で起こることを見いだしている。 最後に第四章では、界面活性剤一体型銅触媒を用いるメソエポキシドの不斉開環反応について述べている。反応性の高い水溶媒中で不斉触媒の構造を維持するためには、先に述べたような光学活1生ビピリジン配位子やN一オキシド配位子のような金属と多点相互作用するような配位子を用いることが重要である。このように多点相互作用する配位子は、用いる中心金属の違いによってさまざまな錯体を形成することが予想される。そこで、本論文では、メソエポキシドの不斉開環反応を例に取り、中心金属の違いによる錯体構造の変化について検討している。種々金属のLASCを合成し、ビピリジン配位子を用いたスチルベンオキシドのアニリン誘導体による開環反応を検討した結果、スカンジウム・銅・亜鉛触媒の高い反応性を明らかにしている。また、スカンジウムと銅・亜鉛を用いた時に生成物の立体化学が反転することを見いだし、この違いを説明するためにスカンジウムと銅の臭化物とビピリジン配位子より水系溶媒中で得た結晶のX線結晶構造解析を行っている。その結果、スカンジウム錯体は7配位構造、銅触媒は5配位構造をとっていることを明らかにし、この錯体構造の違いによって生成物の立体化学が反転することを説明している。次に、銅触媒を用いた反応基質一般性を検討し、メソエポキシドとしてスチルベンオキシド誘導体を用いるとアニリン・インドールいずれの求核剤を用いても良好な収率・選択性で目的物が得られることを明らかにしている。さらに、本反応は、有機溶媒中で行うよりも水溶媒中で行う方が反応速度の向上することも示している。 以上、本論文は、水溶液中での有機反応に関する極めて重要な知見を得たものであり、有機合成化学、触媒化学の分野に貢献するところ大である。また、研究内容に関しては共同研究で行ったが、当人の貢献が極めて高い。よって、博士(理学)の学位に値するものと判定した。 | |
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