学位論文要旨



No 217320
著者(漢字) 松本,努
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ツトム
標題(和) 高分子担持型ルテニウム触媒の設計および効率的酸素酸化反応に関する研究
標題(洋) Design of Novel Polymer-supported Ruthenium Catalysts and Investigation on Efficient Oxidative Transformations with Molecular Oxygen
報告番号 217320
報告番号 乙17320
学位授与日 2010.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17320号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 特任教授 松尾,豊
 東京大学 准教授 辻,勇人
 東京大学 准教授 佐竹,真幸
 東京大学 准教授 狩野,直和
内容要旨 要旨を表示する

アルコールの酸化によるカルボニル化合物の合成は、有機合成上最も有用な官能基変換反応の一つである。実験室においては、クロムやマンガン等の金属酸化物、あるいはジメチルスルホキシドに代表される有機酸化剤が古くから用いられているが、一般に化学量論量以上の酸化剤が必要であり、工業スケールにおいては試薬の毒性や反応後に生じる重金属の処理が大きな問題となる。一方、分子状酸素を用いる触媒的酸化反応は、水のみを副生物とする原子効率の高いクリーンな反応系であり、回収・再使用可能な固定化触媒を用いることが出来れば、環境適合の側面のみならず経済的観点からも優れた手法の一つと成り得る1)。このような背景のもと、筆者はまずアルコールの酸素酸化反応を指向した高分子担持型ルテニウム触媒の開発を行った。さらに、多相系反応において各相間の効率的な物質移動が期待されるマイクロチャネルリアクターに着目した。既に当研究室から報告されている高分子カルセランド型金触媒を用い、これをガスクロマトグラフィ用のキャピラリーカラム内壁に固定化することにより、アルコールの酸素酸化に適した金担持型マイクロチャネルリアクターを開発したので以下詳述する。

1.高分子カルセランド型ルテニウム触媒を用いる酸素酸化反応の開発2)

既に当研究室では、ポリスチレン基盤の高分子担体1およびRuCl2(PPh3)3から調製した高分子カルセランド型ルテニウム触媒(PI Ru A)が、NMO(N-methylmorpholine-N-oxide)を酸化剤とするアルコールの酸化反応に有効に機能することを報告している3)。しかしながら、約2当量のNMOを用いており原子効率の点で改善の余地を残していたため、本研究では分子状酸素を用いる反応系の構築を試みた。PI Ru Aは、触媒量のTEMPO(2,2,6,6-tetramethylpiperidine N-oxyl)存在下アルコールの酸素酸化を触媒するものの、ルテニウム金属の漏出と触媒再使用時の活性低下が問題となっていた。一方、ルテニウム源としてRuCl3・nH2Oを用い、水酸化ナトリウム水溶液による処理工程を導入して調製した触媒(PI Ru B)が、触媒活性の向上とルテニウム金属の漏出抑制に効果的であることを見出した(Scheme 1,Table 1)。本触媒は、種々の1級および2級アルコールを効率よく対応するアルデヒドまたはケトンに変換可能である(Table 2)。反応後の濾過により回収した触媒は、特別な再生処理を施すことなく再使用が可能であり、4-methoxybenzyl alcoholをモデル基質とした実験において、反応収率の低下を全く伴うことなく少なくとも10回の回収・再使用が可能なことを見出した(1st:98%, 5th:97%, 10th:97% yield)。触媒中のCl含有量はRuに対して約3当量(フラスコ燃焼-イオンクロマトグラフ法)であり、X線光電子分光法(XPS)より価数を有するRuが主成分として検出されているため、RuCl3の構造を維持した状態で担持されたものと考えている。

2.高分子ハイブリッド型ルテニウム触媒を用いる酸素酸化反応の開発4)

前項で述べたPI Ruは回収・再使用性に優れた触媒であるが、触媒量ではあるものの添加剤としてTEMPOを必要とした。また、用いる基質によってはごく微量ではあるもののルテニウムの漏出が観測されたことから、添加剤を必要としない高活性な新規固定化触媒の創製を新たな研究課題として設定した。材料化学の分野において有機物と無機物の分子レベルでの複合体であるハイブリッド材料は、有機物または無機物単独の材料に比べて優れた機能が発現することが知られている。筆者は、有機高分子に無機成分を導入することによって化学的・機械的刺激への耐性が増加し、有機・無機単独の担体に比べて優れた触媒活性が発現する可能性があるのではないかと推察した。そこで、トリアルコキシシリル基を導入したポリスチレン基盤の高分子担体を用い、ルテニウム源およびアルミニウム源と共に均一な溶液を調製した後、ゾル-ゲル法による加水分解と重縮合反応を経て、種々の溶媒に不溶な有機-無機ハイブリッド固定化ルテニウム触媒の調製を試みた。触媒調製条件の検討より、RuCl2(PPh3)3とAl(OiPr)3を高分子担体2に溶解し、水酸化ナトリウム水溶液を用いて不溶化した触媒(HB Ru)が良好な酸化反応活性とルテニウムの漏出抑制効果を示した(Scheme 2)。本触媒は、種々のアルコールの酸化反応に適用可能であり、対応するアルデヒドおよびケトンが良好な収率で得られることを見出した(Table 3)。生成物は反応後の濾過等の簡便な操作によって容易に分離可能であり、回収した触媒については、炭酸カリウムによる触媒再生工程を経て、触媒活性の低下を全く伴うことなく、繰り返し再使用可能なことを明らかにした(Scheme 3)。HB Ruの無機成分含有量は、熱重量分析(TGA)により約30%であり、Cl含有量は0.1 wt%未満であった(フラスコ燃焼-イオンクロマトグラフ法)。Pについては、約0.3 wt%残存(ICP分析)していることが判明したが、31P Swollen-resin magic angle spinning (SR-MAS) NMR解析5)によって、トリフェニルホスフィンオキシドとして担持されていることが明らかとなった。また、X線光電子分光法(XPS)より価数を有するRuが主成分として検出された。

3.微小空間を活用する効率的酸素酸化反応の開発6)

マイクロチャネルリアクターによって提供される微小空間においては、単位体積あたりの表面積が大きくなり、 (1) 温度制御が効率よく行える、(2) 界面での反応が効率よく起こる、(3) 高速かつ効率的な混合が行えるといった特長があることから、化学合成における新しい反応場として注目されている。固体触媒を用いる多相系の反応では飛躍的な接触面積の向上が期待され、既に当研究室では、マイクロチャネルの内壁にパラジウム触媒を固定化したリアクターを用いる効率的な水素添加反応を報告している7)。筆者は、高分子担体3およびAuCl(PPh3)から調製したミセル溶液を、前もってアミノ基で修飾したマイクロキャピラリー内に導入し、最後に加熱架橋することによって金固定化マイクロキャピラリーを調製した。次に、Scheme 4に示す方法で1-Phenylethanolをモデル基質とした酸化反応を行った。基質のジクロロエタン溶液と炭酸カリウム水溶液を導入した後、酸素ガスをもう一方からキャピラリーに合流させる方法を採用した。その結果、アルコールの酸素酸化反応がほぼ定量的に進行し、96時間の連続使用において触媒活性は低下せず、金の漏出も観測されないことを見出した。その他の2級アルコールにおいても高収率で反応は進行し、金-パラジウム固定化キャピラリーでは1級ベンジルアルコールを効率よく対応するアルデヒドに変換することが可能となった(Table 4)。本成果は、マイクロチャネルリアクターを用いた高活性なアルコール酸素酸化反応の初めての例である。

以上、筆者は固定化触媒を用いるアルコールの酸素酸化反応が、今後の持続可能な社会の実現に不可欠な要素技術であるとの認識に立ち、有機高分子担体を基盤とするルテニウム触媒の開発を行った。また、より効率的な酸素酸化反応を行うことを目的として、金担持型のマイクロキャピラリーリアクターを構築し、アルコールの酸素酸化反応が高収率で進行することを見出した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、高分子担持型ルテニウム触媒の設計および効率的酸素酸化反応の研究に関して、三章に渡り述べたものである。

まず、第一章では、高分子カルセランド型ルテニウム触媒を用いる酸素酸化反応について述べている。アルコールの酸化によるカルボニル化合物の合成は、有機合成化学の分野では、最も有用な官能基変換反応の一つである。酸化剤としてはこれまで、クロムやマンガン等の金属酸化物、あるいはジメチルスルホキシドに代表される有機酸化剤が用いられてきたが、一般に化学量論量以上の酸化剤が必要であり、試薬の毒性や反応後に生じる重金属の処理が大きな問題となってきた。一方、分子状酸素を用いる触媒的酸化反応は、水のみを副生物とする原子効率の高いクリーンな反応系であり、回収・再使用可能な固定化触媒を用いることが出来れば、環境適合の面のみならず経済的観点からも優れた手法と成り得る。このような背景のもと、本論文ではまず、アルコールの酸素酸化反応を指向した高分子担持型ルテニウム触媒の開発を行っている。すでに、ポリスチレン基盤の高分子担体およびRuCl2(PPh3)3から調製した高分子カルセランド型ルテニウム触媒(PIRuA)が、NMO(N-methylmorpholine-N-oxide)を酸化剤とするアルコールの酸化反応に有効に機能することが知られているが、約2当量のNMOを用いており原子効率の点で改善の余地を残している。本論文ではこの問題を解決すべく、分子状酸素を用いる反応系の構築を試みている。その結果、ルテニウム源としてRuCl3・nH20を用い、水酸化ナトリウム水溶液による処理工程を導入して調製した触媒(PIRuB)が、触媒活性の向上とルテニウム金属の漏出抑制に効果的であることを見出している。本触媒は、種々の第一級および第二級アルコールを効率よく対応す特別な再生処理を施すことなく再使用が可能であり、4-methoxybenzylalcoho1をモデル基質とした実験において、反応収率の低下を全く伴うことなく少なくとも10回の回収・再使用が可能なことを明らかにしている。

続いて第二章では、高分子ハイブリッド型ルテニウム触媒を用いる酸素酸化反応の開発について述べている。有機高分子に無機成分を導入することによって化学的・機械的刺激への耐性が増加し、有機・無機単独の担体に比べて優れた触媒活性が発現する可能性があるのではないかという仮説を立て、トリアルコキシシリル基を導入したポリスチレン基盤の高分子担体を用い、ルテニウム源およびアルミニウム源と共に均一な溶液を調製した後、ゾルーゲル法による加水分解と重縮合反応を経て、種々の溶媒に不溶な有機一無機ハイブリッド型固定化ルテニウム触媒の調製を試みている。その結果、触媒調製条件の検討より、RuC12(PPh3)3とA1(OiPr)3を高分子担体に溶解し、水酸化ナトリウム水溶液を用いて不溶化した触媒(HBRu)が良好な酸化反応活性とルテニウムの漏出抑制効果を示すことを見いだしている。本触媒は、種々のアルコールの酸化反応に適用可能であり、対応するアルデヒドおよびケトンが良好な収率で得られることを明らかにしている。また、生成物は反応後の濾過等の簡便な操作によって容易に分離可能であり、回収した触媒については、炭酸カリウムによる触媒再生工程を経て、触媒活性の低下を全く伴うことなく繰り返し使用可能なことを明らかにしている。

最後に第三章では、微小空間を活用する効率的酸素酸化反応の開発について述べている。マイクロチャネルリアクターによって提供される微小空間においては、単位体積あたりの表面積が大きくなり、温度制御が効率よく行える、界面での反応が効率よく起こる、高速かつ効率的な混合が行えるといった特長があることから、化学合成における新しい反応場として注目されている。固体触媒を用いる多相系の反応では飛躍的な接触面積の向上が期待される。本論文は、高分子担体およびAuCl(PPh3)から調製したミセル溶液を、前もってアミノ基で修飾したマイクロキャピラリー内に導入し、最後に加熱架橋することによって、金固定化マイクロキャピラリーを調製に成功している。次に、1-Phenylethano1をモデル基質とし、基質のジクロロエタン溶液と炭酸カリウム水溶液を導入した後、酸素ガスをもう一方からキャピラリーに合流させる方法により、アルコールの酸素酸化反応がほぼ定量的に進行し、96時間の連続使用において触媒活性は低下せず、金の漏出も観測されないことを見出している。その他の第二級アルコールにおいても高収率で反応が進行することを明らかにしている。本研究は、マイクロチャネルリアクターを用いた高活性なアルコール酸素酸化反応の初めての例である。

以上、本論文は、固定化触媒を用いるアルコールの酸素酸化反応が、今後の持続可能な社会の実現に不可欠な要素技術であるとの認識に立ち、有機高分子担体を基盤とするルテニウム触媒の開発を行い、また、金担持型のマイクロキャピラリーリアクターを構築し、アルコールの酸素酸化反応が高収率で進行することを見出している。よって、有機合成化学、触媒化学の分野に貢献するところ大であり、また、研究内容に関しては共同研究で行ったが当人の貢献が極めて高く、博士(理学)の学位に値するものと判定した。

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