学位論文要旨



No 217321
著者(漢字) 千葉,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) チバ,アキヒコ
標題(和) 住宅地開発に伴う都市内部構造と商業集積の変化に関する地理学的研究
標題(洋)
報告番号 217321
報告番号 乙17321
学位授与日 2010.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17321号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松原,宏
 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 准教授 永田,淳嗣
 東京大学 准教授 梶田,真
 明治大学 教授 川口,太郎
内容要旨 要旨を表示する

本研究の課題は都市の内部空間の構造変化の中に商業集積の立地環境を位置付けて、その変化に対するそれぞれの商業集積の変化や対応のあり方を検討することにある。またこのことから商業集積の停滞や衰退を地域問題として把握し、今後のまちづくりの方向性を検討することにある。

まずはこれまでの都市の内部構造や地域分化、消費者の買物行動パターン、商業集積の類型などについての研究を概観したが、そこでは多くの研究成果がみられる一方、その相互関係やそれらの形成・変化の過程に関する研究は多くはなかった。そこで、本研究の課題の分析視角を理論的に整理したうえで、それに立脚していくつかの事例を検討した。分析視角としては、都市の内部構造変化と商業集積の立地環境に関してそれぞれ理論的な枠組みの整理を試みた。前者に関しては購買力分布を規定する宅地開発の展開パターンを明らかにした。戦後わが国の宅地開発では民間開発業者が果たした役割が圧倒的であったので、まずその行動原理を明らかにした。また、この行動原理はそれぞれの地域の諸条件の下で異なる展開をすることもあるので、現実にアプローチするにあたって、開発に対して強制的な費用負担が生じる場合、地域での販売競争が激化した場合、新しい開発手段が導入された場合などの条件下での民間開発業者の行動原理の変化を考察した。

商業集積の立地環境に関しては、本研究の課題が都市の内部構造の変化との関係であるので、最寄り品取り扱いのウエートが高い商業集積を主要な検討対象とし、それらの集客範囲の想定を整理した。この商業集積の集客範囲をモデル的に設定することもあるが、現実の分析では変数となる要素があまりに多いので、このモデルを直接分析に適用することは困難である。とは言え、モデルで想定されるような範囲の地域社会の変化に関する報告も数多くみられるので、この成果を用いて商業集積の変化を理解することも可能である。ただ、そのとき注意を要するのは、個々の商業集積の立地変化を説明するために、その周辺地域でみられる居住者の諸属性やその変化を具体的かつ詳細に記述し、検討するようなことは、本研究の目的を考えるならば必ずしも主たる検討事項にはならない。

以上のような分析視角に立脚して第3章と第4章で大規模宅地開発の展開過程を、第5章から第8章で商業集積と立地環境の変化の事例を検討している。いずれの場合も対象とした都市は、検討する内容について他の都市からの影響を受けることが少ないとみられ、それゆえにそれぞれの地域変化をそれ自体として把握できると考えられる。

第3章では仙台大都市圏を、第4章では盛岡都市圏を対象として、開発面積20ha以上の大規模宅地開発の展開を中心に検討した。そこでは、民間開発業者の行動原理を前提としながらも、規模の異なる地域市場においては開発主体の種類の違いや宅地開発地の規模、位置、諸施設整備状況などの違いが生みだされることが確認できた。また、地域市場それ自体もそこでの様々な活動や状況変化などを通じて変化する。このような地域市場での開発主体の活動を契機として、住民の分布や諸属性などが規定され、それぞれの都市の内部構造が変化することになる。

住民の分布を消費者の分布ととらえるならば、その変化は商業集積にとってはその立地環境の変化を意味する。第5章では鶴岡市と白河市での郊外大型店舗の展開を取り上げた。宅地開発に伴う市街地のスプロール化とドーナツ化といった都市の内部構造変化に対応して、最寄り品取り扱いのウエートが高い大型店舗の活発な郊外展開と中心商店街の衰退化を確認することができた。第6章では倒産したスーパーマーケットの青森市内での店舗の譲渡の成否を通じて各々の周辺地域の変化を考察した。各店舗が成立した時にはその周辺地域にはその店舗立地に充分な条件がみられたと仮定するならば、譲渡と言う他社の経営のフィルターを通じて、各店舗の立地環境の変化をみることができる。実際、譲渡されずに閉鎖となった店舗周辺地域では人口減少や高齢化などがみられることが多い。以上のような検討から、最寄り品取り扱いのウエートが高い商業集積に関しては、消費者の分布や諸属性変化と言った立地環境の変化に対応して商業集積が変化することが確認できる。

同様の立地環境と商業集積の変化の関係は仙台大都市圏においてもみられるが、そこではさらに郊外地域での相対的に自立的な商業集積の形成や中心商店街の役割の変化と言ったこれまで検討した都市圏ではみられなかったうごきもみいだされる。例えば、かつて副次的中心地として位置づけられた商業集積地が、大規模宅地開発の郊外展開とそれに伴う交通体系の変更によって、巨大な近隣商店街としての性格を強めている。さらに、その後の大規模宅地開発の遠隔化とそれに伴う交通体系の変更は、郊外での最寄り品取り扱いのウエートが高い商業集積の増加のみならず、ある程度の買回り品を取り扱う商業集積の立地も促した。つまり、仙台大都市圏の郊外ではこれまでみてきた他の都市圏の郊外と比べて膨大な購買力が存在し、このことが鶴岡や青森などとは異なる性格を備えた郊外商業集積の形成を促した。そして、この郊外商業集積の変化は中心商店街での変化も促した。中心商店街の変化は必ずしも本研究の主たる課題ではないが、これまでの商業集積と立地環境の変化の関係から考えるならば、仙台大都市圏自体の人口増加と広域交通体系の利便性向上による集客範囲の拡大によって膨大な需要量の吸引が可能になったことから、より高次な商業集積を形成する契機となったと推測できる。

個々の店舗や商業集積は経営継続のためにこのような立地環境の変化への対応が求められるが、一般的に規模の大きい店舗ほど収益性を確保する店舗展開を進める傾向が強い。つまり、そのような店舗は収益性に基づいて地域を選択する。他方、中小規模の店舗は地域を選択するのは容易ではないし、周辺地域の変化への対応力も大きくない。仙台市内の近隣商店街調査では地域における需給関係のミスマッチ状態がみられたし、中小都市では、そこでの中小規模の存続店舗の約6割で兼業化がみられた。兼業は店舗の立地環境変化への対応ではないが、不動産経営などは都市の内部構造の変化への対応とみることもできる。同様の対応は仙台市中心商店街でも自社ビルの賃貸として確認することができた。

商業集積の立地はその立地環境によって基本的には規定され、立地環境を周辺地域とするならば、商業集積の立地はこの周辺地域によって規定される。この立地環境は都市の内部構造の一部であるし、この都市の内部構造の変化に対しては宅地開発が重要な役割を果たしていた。この宅地開発はそれぞれの地域市場において異なる展開をみせた。つまり、都市の内部構造は地域市場における経済活動が要因の一つとなって変化しているととらえることができる。このような関係から、クリスタラーが中心地の成立は補完地域によって規定されると指摘した関係は、商業集積の立地は経済活動によって形成されるその周辺地域によって左右されると言い換えることもできる。本研究では基本的に人口増加と都市の郊外拡大を議論の前提としてきたが、今日ではこの議論の前提が変わりつつある。いわゆるまちなか居住や食品スーパーなどに特化した中小規模の店舗のまちなか展開が話題になるが、本研究で示した宅地や住宅をめぐる地域市場の変化とそれに基づく商業集積の立地環境の変化の関係からこれらも理解することも可能であろう。

都市の中心市街地や郊外での買物の困難や商業集積の停滞・衰退に対応するためには、上述の関係性を踏まえるならば、店舗経営の問題を別とすれば、商業集積のあり方とともにそれを取り巻く地域社会のあり方も問われなければならない。つまり、中心地の成立がその補完地域に規定されるのならば、個別店舗であれ、商業集積であれ、それらの立地が成立しかつ存続するためには、想定されるその集客範囲との間で需給関係を成立させなければならない。それには、論理的には供給を需要に対応させることと、需要を供給に対応させることの二つが考えられうる。これをまちづくりと称するならば、その取り組みとしては各店舗の活動の周辺地域の消費者への対応、近隣型商店街での必要最小限の業種をワンセット確保する利便性の提供が必要になるし、さらには人口減少下では、各地域の需給関係を成立させるためにはその周辺地域での需要量の確保が課題となる。つまり、商業集積の立地環境の安定化のためには、スクラップ・アンド・ビルドを抑制するような住宅地形成が不可欠になる。したがって、商店街活性化のためのまちづくりは商業集積によるアイデアやイベント、商品開発、施設整備による取り組みのみを意味するのではなく、居住地域と商業集積の一体的な地域整備が求められることになる。

審査要旨 要旨を表示する

わが国では,中心商店街の衰退,百貨店や大型店の閉鎖など,商業集積の衰退が重大な問題となっている。その一方で,郊外住宅地における人口減少や高齢化が注目されてきている。本論文の目的は,地方都市圏の階層性に注目して,大規模住宅地と商業集積の形成および変化の過程を明らかにするとともに,両者の関係を検討し,今後の都市空間整備の方向性を提示することにある。商業集積の形成と郊外住宅地の拡大とは,これまで別々の現象として捉えられ,研究される傾向が強かったが,本論文では両者を関連づけて解明した点に大きな意義がある。

本論文は,9つの章から成る。まず第1章では,都市の内部構造モデルや商業立地に関する従来の研究が整理され,本研究の目的と方法が述べられる。第2章では大規模宅地開発の展開と商業集積の変化に関する研究が検討され,両者を関連づける視点が提示されている。

第3章から第8章までの章が,本論文の中心をなす実証研究の研究成果である。第3章では仙台大都市圏,第4章では盛岡都市圏が対象地域として取り上げられ,それぞれの都市圏における大規模宅地開発の歴史的展開が明らかにされている。そこでは住宅市場規模の違いを反映して,開発主体や開発規模,施設整備状況に差異がみられる点が明らかにされている。とりわけ,宅地開発指導要綱と住宅地開発との関係が詳細に論じられている点は注目すべき成果といえる。

第5章以降は商業集積の分析が中心となるが,商業集積と立地環境との多様な対応関係が論じられる。まず第5章では,山形県鶴岡市と福島県白河市といった地域中心都市が取り上げられている。宅地開発に伴う都市の内部構造変化と買回り品を中心とした消費者行動の変化が認められ,それらが郊外での大型店の立地と中心商店街の衰退を引き起こしてきたとされている。続く第6章では,青森市における商業立地環境の変化が扱われている。県内最大のスーパーマーケットチェーンの倒産とそれに伴う店舗譲渡の成否を通じて,各店舗の立地環境が分析されており,新たなアプローチとして高く評価できる。

これに対し第7章では,地方中枢都市としての成長が著しい仙台大都市圏を対象に,都市内部構造の著しい変化と商業集積の機能変化が明らかにされている。とりわけ,近隣商店街に着目し,それらの盛衰を大規模宅地や都市交通体系の変化と関係づけて明らかにした点は重要である。さらに第8章では,宮城県内中小都市の商店街の経営実態調査をもとに,地域変化に対する商店街の対応と消費者の反応が明らかにされている。そこでは商店経営者による郊外アパートや駐車場経営などの兼業化が指摘されており,新たな視点が提示されている。

最後の第9章では,これまでの知見が整理されるとともに,郊外化の時代においては住宅地開発と商業集積形成とが一体的に進められたものの,その後の住宅地の成熟化と商業集積の衰退によって,居住と消費との空間的な乖離が生じていると指摘されている。その上で,そうした問題に対して都市空間の全体的設計を見直していくことの必要性が論じられている。

以上のように本論文は,郊外住宅地開発と商業集積とを関係づけ,両者の対応関係の変化を解明したもので,都市地理学と商業地理学との境界領域を発展させた研究成果として高く評価することができる。したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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