学位論文要旨



No 217322
著者(漢字) 笠,明美
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,アケミ
標題(和) 一重項酸素による紫外線皮膚障害の発生機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 217322
報告番号 乙17322
学位授与日 2010.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17322号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

活性酸素は様々な疾病に関与することが知られているが、皮膚においても、日焼けや光毒性などの紫外線皮膚障害やアトピー性皮膚炎、乾癬などの皮膚疾患に関わっており、活性酸素は皮膚障害の原因のひとつと考えられている。

皮膚に作用する紫外線には、290-320mmの中波長紫外線UVBと320-400mmの長波長紫外線UVAがある。UVBは、直接DNAを傷害し発癌の原因となるほか、急性の日焼けによる紅斑形成や色素沈着に関わる。一方、UVAは太陽光紫外線に占める割合が9割以上であることや長波長であるため真皮の奥まで到達することから、慢性的な皮膚障害への関与、特に皮膚のしわやたるみなどの老化症状を引き起こす原因として注目されている。

また、皮膚において、紫外線はその直接作用だけでなく活性酸素の発生源として重要である。紫外線により発生する活性酸素の中でも、一重項酸素は、化学的な反応性が高い上に光増感反応により容易に発生すると考えられるため、皮膚への作用が注目されてきたが、具体的な皮膚障害への関与はほとんど明らかにされていない。

そこで、本研究では、一重項酸素による紫外線皮膚障害の発生機序を明らかにすることを目的とした。まず、一重項酸素による脂質過酸化と皮膚障害について解析した。次いで、一重項酸素によるコラーゲンの構造変化と皮膚光老化への関与について解析した。

2.結果

2-1.一重項酸素による脂質過酸化と皮膚障害

皮膚常在菌であるアクネ菌が代謝産物として菌体外に排出するコプロポルフィリンは、皮脂とともに皮膚表面に分泌される。紫外線ランプ照射下で顔面にポルフィリン由来の橙色の蛍光が観察されたことから、健常人の皮膚表面にコプロポルフィリンが存在することが明らかになった。コプロポルフィリンは紫外線照射により一重項酸素を発生し、その一重項酸素発生能はヘマトポルフィリンなどのポルフィリン類と同等であり、リボフラビンやローズベンガルなどの光増感剤より高かった。

コプロポルフィリン存在下で脂質溶液にUVA照射して、生成する過酸化脂質を測定した結果、スクワレンは他の皮脂構成脂質より極めて多くの過酸化物を生成した。コプロポルフィリン非存在下でUVA照射しても過酸化物が生成しなかったことから、コプロポルフィリンから発生する一重項酸素が脂質過酸化を引き起こすことが明らかになった。太陽光紫外線中に占める割合でUVAまたはUVBを照射した結果、UVAにより促進されるスクワレンの過酸化反応はUVBではほとんど起こらなかった。

次いで、一重項酸素により生成したスクワレン過酸化物の皮膚に対する作用を解析するため、モルモット皮膚にスクワレン過酸化物を塗布した。その結果、スクワレン過酸化物は皮膚の色素沈着を引き起こし、組織観察から表皮の肥厚やメラニンの増大が認められた(Fig.1)。スクワレン過酸化物は培養メラノサイトのメラニン産生を亢進させることはなく、逆に、濃度依存的にメラニン量を減少させた。一方、培養ケラチノサイトのプロスタグランジンE2(PGE2)産生を亢進させた(Fig、2)。また、スクワレン過酸化物は脂腺細胞の脂質産生量を濃度依存的に増大させた。

2-2.一重項酸素によるコラーゲンの構造変化と皮膚光老化への関与

加齢により起こる"自然老化"に対して、紫外線により促進される"光老化"は全く異なる症状を示すが、紫外線を照射した光老化モデルにおいて抗酸化剤がしわの形成を抑制したことから、光老化の原因に活性酸素の関与が示唆されてきた。そこで、UVAにより発生する一重項酸素が、しわの原因となるコラーゲンの変性に関与する可能性について解析した。

ヘマトポルフィリンにUVA照射して発生させた一重項酸素をコラーゲン溶液に暴露した結果、コラーゲンの高分子量化が認められた(Fig.3,control)。これは、一重項酸素の消去剤であるアジ化ナトリウムで抑制されたことから、一重項酸素がコラーゲン分子内に架橋を形成し高分子量化することが示された。また、スーパーオキサイド、過酸化水素、ヒドロキシラジカルはコラーゲンの架橋形成を起こさなかった。

一重項酸素が反応するアミノ酸はヒスチジン、メチオニン、トリプトファン、システイン、チロシンであることが知られているが、コラーゲンにはトリプトファンやシステインが含まれていないことや中性pH領域で反応が進行することから、ヒスチジンを攻撃する可能性が高いと考えた。ヒスチジンの一重項酸素付加体と反応しやすいセミカルバジドを共存させた場合に架橋形成が阻害されたことから、一重項酸素により酸化されたヒスチジンがコラーゲンの架橋形成に関わる可能性が示された(Fig.3)。

次いで、UVA照射して作製した光老化モデルにおいて、顕著なしわの形成が観察されたと同時に、総コラーゲン量および不溶性コラーゲンすなわち架橋したコラーゲン量の増大が認められた(Fig.4)。このとき、真皮では好中球エステラーゼ陽性部位およびハロゲン化チロシン陽性部位が検出された。

さらに、カフェイン、テオフィリン、テオブロミンなどのキサンチン誘導体を塗布すると、UVAによる真皮内への好中球の浸潤が抑制され、コラーゲンの架橋形成およびしわ形成が抑制された。

3.考察および総括

本研究の結果から、紫外線により皮膚で発生する一重項酸素の皮膚障害や老化への関わりについて、次のような機序が示唆された。

一重項酸素による脂質過酸化と皮膚障害において、日常紫外線に占めるUVAが皮脂中のコプロポルフィリンに作用し、そこから発生する一重項酸素が皮脂成分の一つであるスクワレンを効率よく酸化させることを明らかにした。スクワレン過酸化物は皮膚の色素沈着を起こしたが、その機序は、スクワレン過酸化物がケラチノサイトからのPGE2分泌を充進させ、それがメラノサイトに作用しメラニン産生を亢進させたと考えられた。また、スクワレン過酸化物は脂腺細胞の脂質産生を亢進させたことから、スクワレン過酸化物がにきびの原因となるばかりでなく過酸化物を増大させ皮膚障害を悪化させる可能性を示した。

次いで、一重項酸素によるコラーゲンの構造変化と皮膚光老化との関わりにおいて、一重項酸素がコラーゲン分子内に架橋を形成し高分子量化させることを明らかにした。また、UVA照射した光老化モデルにおいて、しわの形成とともに不溶性コラーゲンの増大及び真皮への好中球の浸潤を認めた。このとき真皮に検出されたハロゲン化チロシンは、真皮内に浸潤した好中球ミエロペルオキシダーゼによる次亜塩素酸の産生を示すことから、好中球が産生する過酸化水素と次亜塩素酸が反応して一重項酸素が発生する可能性が考えられた。また、初vitroの実験において、スーパーオキサイドや過酸化水素などの活性酸素種はコラーゲンの架橋形成を起こさなかったことから、紫外線照射により真皮に浸潤した好中球が産生する一重項酸素が、コラーゲンの架橋形成に関わっている可能性が示唆された。さらに、カフェイン、テオフィリン、テオブロミンなどのキサンチン誘導体が、UVAによる真皮内への好中球の浸潤を抑制し、コラーゲンの架橋形成およびしわ形成を抑制したことからも、真皮への好中球の浸潤がコラーゲンの架橋生成およびしわ形成に深く関わることが示された。

これまで、UVAはUVBに比べるとその皮膚への作用は重要視されてこなかった。本研究により、UVAが一重項酸素を介して、にきび、色素沈着及びしわの形成に関与する可能性を示唆した。今後、実際の皮膚における反応プロセスをより詳細に解明することが、皮膚障害や老化の予防策を講じるためにも重要であると考える。

Fig.1スクワレン過酸化物の色素沈着作用矢印:表皮の厚さ,矢頭:メラニン

Fig.2スクワレン過酸化物のPGE2産生亢進作用*p<0.05,**p<0.01

Fig.3一重項酸素によるコラーゲンの架橋形成とセミカルバジドによる阻害

Fig.4UVA照射による総コラーゲン量および不溶性コラーゲン量の増大**p<0.01

審査要旨 要旨を表示する

皮膚に作用する紫外線には、290-320nmの中波長紫外線UVBと320-400nmの長波長紫外線UVAがある。UVBは、直接DNAを傷害し発癌の原因となるほか、急性の日焼けによる紅斑形成や色素沈着に関わる。一方、UVAは太陽光紫外線に占める割合が9割以上であることや長波長であるため真皮の奥まで到達することから、慢性的な皮膚障害への関与、特に皮膚のしわやたるみなどの老化症状を引き起こす原因として注目されている。また、紫外線はその直接作用だけでなく活性酸素の発生源として重要である。紫外線により発生する活性酸素の中でも、一重項酸素は、化学的な反応性が高い上に光増感反応により容易に発生すると考えられるため、皮膚への作用が注目されてきたが、具体的な皮膚障害への関与はほとんど明らかにされていなかった。

本研究において笠は、一重項酸素による紫外線皮膚障害の発生機序を明らかにすることを目的とし、一重項酸素による脂質過酸化と皮膚障害について解析し、さらに、一重項酸素によるコラーゲンの構造変化と皮膚光老化への関与について解析した。

皮膚常在菌であるアクネ菌が菌体外に排出するコプロポルフィリンは、皮脂とともに皮膚表面に分泌される。笠は、紫外線ランプ照射下で顔面にポルフィリン由来の橙色の蛍光が観察されたことから、健常人の皮膚表面にコプロポルフィリンが存在することを示した。コプロポルフィリンは紫外線照射によウー重項酸素を発生し、その一重項酸素発生能はヘマトポルフィリンなどのポルフィリン類と同等であり、リボフラビンやローズベンガルなどの光増感剤より高いことを示した。

次いで、笠は、一重項酸素により生成したスクワレン過酸化物の皮膚に対する作用を解析するため、モルモット皮膚にスクワレン過酸化物を塗布した結果、スクワレン過酸化物は皮膚の色素沈着を引き起こし、組織観察から表皮の肥厚やメラニンの増大することを見出した。

加齢により起こる"自然老化"に対して、紫外線により促進される"光老化"は全く異なる症状を示すが、紫外線を照射した光老化モデルにおいて抗酸化剤がしわの形成を抑制したことから、光老化の原因に活性酸素の関与が示唆されてきた。そこで笠は、UVAにより発生する一重項酸素が、しわの原因となるコラーゲンの変性に関与する可能性について解析した。ヘマトポルフィリンにUVA照射して発生させた一重項酸素をコラーゲン溶液に暴露した結果、コラーゲンが高分子量化することを見出した。これは、一重項酸素の消去剤であるアジ化ナトリウムで抑制されたことから、一重項酸素がコラーゲン分子内に架橋を形成し高分子量化することが示された。

一重項酸素が反応するアミノ酸はヒスチジン、メチオニン、トリプトファン、システイン、チロシンであることが知られているが、コラーゲンにはトリプトファンやシステインが含まれていないことや中性pH領域で反応が進行することから、ヒスチジンを攻撃する可能性が高いと笠は考えた。ヒスチジンの一重項酸素付加体と反応しやすいセミカルバジドを共存させた場合に架橋形成が阻害されたことから、一重項酸素により酸化されたヒスチジンがコラーゲンの架橋形成に関わる可能性を示した。

次いで笠は、UVA照射して作製した光老化モデルにおいて、顕著なしわの形成が観察し、さらに、総コラーゲン量および不溶性コラーゲンすなわち架橋したコラーゲン量の増大を認めた。また、真皮では好中球エステラーゼ陽性部位およびハロゲン化チロシン陽性部位が検出した。さらに、カフェイン、テオフィリン、テオブロミンなどのキサンチン誘導体を塗布,すると、UVAによる真皮内への好中球の浸潤が抑制され、コラーゲンの架橋形成およびしわ形成が抑制されることを見出した。

本研究の結果から、笠は、紫外線により皮膚で発生する一重項酸素の皮膚障害や老化への関わりについて、.次のような機序を示唆した。

一重項酸素による脂質過酸化と皮膚障害において、日常紫外線に占めるUVAが皮脂中のコプロポルフィリンに作用し、そこから発生する一重項酸素が皮脂成分の一つであるスクワレンを効率よく酸化させることを明らかにした。スクワレン過酸化物は皮膚の色素沈着を起こしたが、その機序は、スクワレン過酸化物がケラチノサイトからのPGE2分泌を亢進させ、それがメラノサイトに作用しメラニン産生を亢進させたと考えられた。また、スクワレン過酸化物は脂腺細胞の脂質産生を亢進させたことから、スクワレン過酸化物がにきびの原因となるばかりでなく過酸化物を増大させ皮膚障害を悪化させる可能性を示した。

次いで、一重項酸素によるコラーゲンの構造変化と皮膚光老化との関わりにおいて、一重項酸素がコラーゲン分子内に架橋を形成し高分子量化させることを明らかにした。また、UVA照射した光老化モデルにおいて、しわの形成とともに不溶性コラーゲンの増大及び真皮への好中球の浸潤を認めた。このとき真皮に検出されたハロゲン化チロシンは、真皮内に浸潤した好中球ミエロペルオキシダーゼによる次亜塩素酸の産生を示すことから、好中球が産生する過酸化水素と次亜塩素酸が反応して一重項酸素が発生する可能性が考えられた。また、invitroの実験において、スーパーオキサイドや過酸化水素などの活性酸素種はコラーゲンの架橋形成を起こさなかったことから、紫外線照射により真皮に浸潤した好中球が産生する一重項酸素が、コラーゲンの架橋形成に関わっている可能性が示唆された。さらに、カフェイン、テオフィリン、テオブロミンなどのキサンチン誘導体が、UVAによる真皮内への好中球の浸潤を抑制し、コラーゲンの架橋形成およびしわ形成を抑制したことからも、真皮への好中球の浸潤がコラーゲンの架橋生成およびしわ形成に深く関わることが示された。

これまで、UVAはUVBに比べるとその皮膚への作用は重要視されてこなかったが、本研究により、UVAが一重項酸素を介して、にきび、色素沈着及びしわの形成に関与する可能性を示した意義は深く、博士(薬学)に充分値するものと判断した。

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