学位論文要旨



No 217324
著者(漢字) 伊藤,弦太
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ゲンタ
標題(和) 家族性パーキンソン病病因遺伝子産物LRRK2の活性制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 217324
報告番号 乙17324
学位授与日 2010.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17324号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 一條,秀憲
内容要旨 要旨を表示する

【序諭】

パーキンソン病(Parkinson'sdisease;PD)は、安静時振戦、筋固縮、寡動、姿勢反射障害を主症状とする進行性の神経変性疾患である。PDの大部分は孤発例であるが、一部に家族性にパーキンソニズムを発症する家系が知られている。Leucine-richrepeatkinase2(LRRK2)は、優性遺伝性家族性パーキンソン病(FPD)の一型であるPARK8の病因遺伝子として2004年にクローニングされた。LRRK2は2527アミノ酸からなる可溶性蛋白質で、同一分子内に低分子量GTP結合蛋白質Ras様のROC(Rasofcomplexproteins)ドメインとキナーゼドメインを併せ持つユニークな構造を有している。現在までに、FPD患者に最も高頻度に同定されるG2019S変異はキナーゼ活性を異常に上昇させること、G2019S変異型LRRK2を神経系細胞に過剰発現するとキナーゼ活性依存的に細胞毒性が生じることが知られており、PARK8ではLRRK2のキナーゼ活性の異常な上昇による基質蛋白質の過剰リン酸化が神経変性を引き起こすという仮説が想定された。そこで、私はLRRK2の活性制御機構を解明することを目的に、LRRK2のGTP結合活性と自己リン酸化に着目して本研究を行った。

【本論】

1.LRRK2のGTP結合活性

まずLRRK2のROCドメインがGTP結合活性を有するか否かを検討した。HEK293細胞に過剰発現させた3xFLAG-LRRK2を、抗FLAG抗体で免疫沈降した。沈降したLRRK2を[α-32P]GTPとインキュベートした後、薄層クロマトグラフィー(TLC)により結合した[α一32P]GTPを解析したところ、野生型LRRK2ではGTPの結合が見られた(図1A)。一方、多くのGTP結合蛋白質においてGTP結合活性喪失変異に相当するT1348N変異をROCドメイン内に導入した変異体では、結合が全く見られなかった。これらの結果から、LRRK2のROCドメインはinvitroにおいてGTP結合活性を有することが示された。

次に、培養細胞内におけるGTP結合活性について検討した。HEK293細胞あるいはマウス神経芽細胞腫由来のNeuro-2a細胞に3xFLAG-LRRK2を過剰発現させ、[32P]リン酸で代謝ラベリングした。抗FLAG抗体で免疫沈降されたLRRK2からヌクレオチドを溶出し、TLCにより解析したところ、野生型LRRK2からは主にGTPのシグナルが観察された(図1B)。また、T1348N変異体は、培養細胞内においてもGTP結合活性が見られなかった。さらに、キナーゼ活性喪失型であるK1906M変異体は、野生型と同等のGTP結合活性を有していた。これらの結果から、LRRK2は培養細胞内においてもGTP結合活性を有し、その活性にキナーゼ活性は必要でないことが明らかになった。

2.LRRK2のGTPase活性

前項において、LRRK2が細胞内において主としてGTP結合型として存在したことから、LRRK2がGTPase活性を有さない可能性が考えられた。そこで、まずinvitroにおいてLRRK2のGTPase活性を解析した。免疫沈降したLRRK2に[α一32PlGTPを結合させ、30°Cでインキュベーションしたところ、GTPの加水分解はほとんど見られなかった(図2A)。以上の結果から、LRRK2はinvitroにおいてGTPase活性をほとんど有さないことが明らかになった。

LRRK2のROCドメインは低分子量GTP結合蛋白質において保存されたサブドメイン構造を有しているが、GTPの加水分解に必要とされる2つのアミノ酸がLRRK2では保存されていない。そこで、この2つのアミノ酸をRas型に置換した(T1343G/R1398Q;TGRQ)変異体を作製し、細胞内におけるGTPIGDP結合状態を解析したところ、TGRQ変異体ではGTP結合型に加えて、GDP結合型LRRK2が観察された(図2B)。この結果から、野生型LRRK2は細胞内でもGTPase活性を持たず、その結果GTP結合型として存在している可能性が示唆された。

3.GTP結合活性とキナーゼ活性の関係

LRRK2は1分子内にROCドメインとキナーゼドメインを併せ持つことから、ROCドメインのGTP結合状態がキナーゼ活性の制御に関与している可能性を考えた。野生型、キナーゼ活性喪失型(K1906M)、GTP結合活性喪失型(T1348N)LRRK2をHEK293細胞にそれぞれ過剰発現させ、抗FLAG抗体で免疫沈降した後、invitroにおけるキナーゼ活性を測定した。その結果、野生型LRRK2がキナーゼ活性を示したのに対し、T1348N変異体はK1906M変異体と同様にキナーゼ活性を示さなかった(図3)。これらの結果から、LRRK2のROCドメインへのGTP結合は、キナーゼ活性に必要であることが示された。

4.自己リン酸化によるLRRK2活性制御

多くのキナーゼが自己リン酸化によって活性調節を受けることから、次に自己リン酸化部位の同定を目指した。これまでに同定されているアミノ末端側のリン酸化残基を欠く変異体△N-LRRK2(1326-2527aa)を用いた。

GST-△N-LRRK2をSf9細胞に発現させ、大量精製した。精製した△N-LRRK2をinvitroにおいて自己リン酸化させた標品を用いて、SDS-PAGEゲル内においてトリプシン消化した。リン酸化ペプチドを選択的に濃縮するため、得られたトリプシン消化物を、リン酸基と強い親和性を有することが知られているFe3+ビーズとインキュベートし吸着したペプチドをリン酸で溶出した。MALDI-TOF質量分析の結果、△N-LRRK2の自己リン酸化部位として、ROCドメイン内にSer1403,Thr1404,Thr1410,Thr1491を、キナーゼドメイン内にThr1967,Thr1969を同定した(図4)。Thr1967に関してリン酸化特異抗体(anti-pThr1967)を作出し、全長LRRK2のイムノブロット解析を行ったところ、野生型LRRK2およびG2019S変異体は認識されたのに対し、K1906M変異体は認識されなかった(図5A)。T1967A変異体に対するanti-pThr1967の反応性は、K1906M変異体と同程度であり(図5B)、phosphataselこより脱リン酸化すると、anti-pThr1967の反応性が消失した(図5C)。以上の結果から、anti-pThr1967がLRRK2のThr1967における自己リン酸化を特異的に認識すること、全長LRRK2もThr1967を自己リン酸化することが明らかになった。

同定した自己リン酸化の機能的意義を明らかにするために、それぞれのアミノ酸置換体を作製し、invitroキナーゼ活性を測定した。その結果、恒常的な自己リン酸化状態を模倣するT1491D変異体において野生型に比して有意な活性低下が見られた(図6A)。また、細胞内におけるGTP結合活性を解析したところ、T1491D変異体においてGTP結合型の減少が認められた(図6B)。これらの結果から、Thr1491の自己リン酸化はGTP結合活性を低下させ、その結果キナーゼ活性が低下するという活性制御機構を形成している可能性が示唆された。

次に、T1967AおよびT1969A変異体のキナーゼ活性を解析したところ、T1967A変異体で野生型に比して有意な活性の低下が見られた(図6C)。T1967D変異体のキナーゼ活性が野生型と同程度であったことから、Thr1967の自己リン酸化がキナーゼ活性の維持に重要である可能性が示唆された。

【結語】

本研究において、私はLRRK2のROCドメインへのGTP結合がキナーゼ活性の発揮に必要であること、LRRK2のThr1410およびThr1967の自己リン酸化はキナーゼ活性の調節、維持にそれぞれ重要な役割をもつことを示した。LRRK2の異常活性化がPARK8における神経変性の原因であるとすれば、本研究で見だしたLRRK2の活性制御機構に関する知見は、LRRK2の異常活性化のメカニズムを解明するにあたり重要である。今後さらに研究を進め、PDの分子病態においてLRRK2の果たす役割を明らかにしたい。

[図1]LRRK2のGTP結合活性

[図2]LRRK2のGTPase活性

[図3]GTP結合活性とキナーゼ活性の関係

[図4]△N-LRRK2の自己リン酸化部位の同定

[図5]自己リン酸化特異抗体anti-pThr1967の作出

[図6]自己リン酸化によるLRRK2活性制御mean±SEM;*p<O.05,**p<O.005,***p<O.OO1

審査要旨 要旨を表示する

パーキンソン病(Parkinson・sdiseaselPD)は、安静時振戦、筋固縮、寡動、姿勢反射障害を主症状とする進行性の神経変性疾患である。PDの大部分は孤発例であるが、一部に家族性にパーキンソニズムを発症する家系が知られている。Leucine-richrepeatkinase2(LRRK2)は、優性遺伝性家族性パーキンソン病(FPD)の一型であるPARK8の病因遺伝子として2004年にクローニングされた。PARK8家系の患者が孤発性PDに近い臨床、病理像を呈することや、アジア人において孤発性PDの危険因子となる遺伝子多型(G2385R)が知られていることなどから、LRRK2はPARK8のみならず孤発性PDの発症にも重要な役割を果たすと考えられている。

LRRK2は2527アミノ酸からなる可溶性蛋白質で、同一分子内に低分子量GTP結合蛋白質Ras様のROC(Rasofcomplexproteins)ドメインとキナーゼドメインを併せ持つユニークな構造を有している。現在までに、FPD患者に最も高頻度に同定されるG2019S変異体はキナーゼ活性を異常に上昇させること、G2019S変異型LRRK2を神経系細胞に過剰発現するとキナーゼ活性依存的に細胞毒性が生じることが知られており、PARK8ではLRRK2のキナーゼ活性の異常な上昇による基質蛋白質の過剰リン酸化が神経変性を引き起こすという仮説が想定された。申請者・伊藤弦太はLRRK2の活性制御機構を解明することを目的に、LRRK2のGTP結合活性と自己リン酸化に着目して本研究を行った。

1.LRRK2のGTP結合活性

ROCドメインはLRRK2以外にもROCOproteinfamilyと呼ばれる一群のファミリー蛋白質において保存されているが、ROCドメインがGTP結合活性を有しているか否かはこれまで明らかでなかった。

そこで、まずinvitroにおけるLRRK2のGTP結合活性について検討を行った。アミノ末端に3xFLAGタグを付加した全長LRRK2をHEK293細胞に過剰発現させ、杭FLAG抗体で免疫沈降した。沈降した3xFLAG-LRRK2を【α-32P】GTPとインキュベートした後、LRRK2に結合した【α-32P】GTPを溶出し、薄層クロマトグラフィー(TLC)により解析したところ、野生型LRRK2では【a-32P]GTPの結合が見られた。一方、多くのGTP結合蛋白質においてGTP結合活性喪失変異に相当するT1348N変異をROCドメイン内に導入した変異体では、結合が全く見られなかった。これらの結果から、LRRK2のROCドメインはGTP結合活性を有することが示された。また、野生型LRRK2に対する【α-32P]GTP結合実験において、放射標識されていない(cold)GTPもしくはGDPを【α-32P]GTPと同時に加えると、coldGTP1GDPの濃度依存的に[α-32P]GTPの結合が阻害された。この結果から、LRRK2がGDP結合活性も有することが示唆された。

次に、【32P】リン酸による代謝ラベリングにより、LRRK2の培養細胞内におけるGTP結合活性について検討した。HEK293細胞あるいはマウス神経芽細胞腫由来のNeuro.2a細胞に3xFLAG-LRRK2を過剰発現させ、【32P】リン酸で代謝ラベリングした。抗FLAG抗体で免疫沈降されたLRRK2からヌクレオチドを溶出し、TLCにより解析したところ、野生型LRRK2からは主にGTPのシグナルが観察された。また、invitroにおいてGTP結合活性を喪失したT1348N変異体は、培養細胞内においてもGTP結合活性が見られなかった。さらに、キナーゼ活性喪失型であるKl906M変異体は、野生型と同等のGTP結合活性を有していた。これらの結果から、LRRK2は培養細胞内においてもGTP結合活性を有し、その活性にキナーゼ活性は必要でないことが明らかになった。

2.LRRK2のGTPase活性

Rasをはじめとする低分子量GTP結合蛋白質は、定常状態においては、自身のGTPase活性により主としてGDP結合型として存在することが知られている。LRRK2が細胞内において主としてGTP結合型として存在したことから、LRRK2がGTPase活性を有さない可能性が考えられた。そこで、まずinvitroにおいてしRRK2のGTPase活性を解析した。HEK293細胞に過剰発現させ免疫沈降したLRRK2に[α一32P】GTPを結合させ、30℃でインキュベーションしたところ、GTPの加水分解はほとんど見られなかったc同様の条件下において、野生型FLAG-Rasは30分間のインキュベーション後にGDPへの加水分解が見られ、GTPase活性喪失変異体(G12V)ではGTPの加水分解は見られなかった。以上の結果から、LRRK2はinvitroにおいてGTPase活性をほとんど有さないことが明らかになった。

LRRK2のROCドメインは低分子量GTP結合蛋白質において保存されたサブドメイン構造を有しているが、GTPの加水分解に必要とされるアミノ酸(RasにおけるGiyl2,Gln61)がLRRK2ではそれぞれThr1343とArg1398であり、保存されていない。そこで、この2つのアミノ酸をRas型に置換した(Tl343GIR1398Q;TGRQ)変異体を作製した。HEK293細胞に野生型LRRK2およびTGRQ変異型LRRK2を過剰発現させ、【32P】リン酸による代謝ラベリングにより細胞内におけるGTPIGDP結合状態を解析したところ、野生型LRRK2の85%程度がGTP結合型として存在するのに対し、TGRQ変異体はGTP結合型の割合が50%程度にまで低下し、GDP結合型LRRK2が観察された。この結果から、野生型LRRK2は細胞内でもGTPase活性を持たず、その結果GTP結合型として存在している可能性が示唆された。

3.GTP結合活性とキナーゼ活性の関係

MitogenactivatedkinasekinasekinaseであるRaf-1は、低分子量GTP結合蛋白質であるRasのGTP結合型と特異的に相互作用し、活性化されることが知られている。LRRK2は1分子内にROCドメインとキナーゼドメインを併せ持つことから、ROCドメインのGTP結合状態がキナーゼ活性の制御に関与している可能性を考えた。野生型、キナーゼ活性喪失型(K1906M)、GTP結合活性喪失型(T1348N)LRRK2をHEK293細胞にそれぞれ過剰発現させ、抗FLAG抗体で免疫沈降した後、【Y-32PIATPを用いたinvitrokinaseassayによりキナーゼ活性を測定した。その結果、野生型LRRK2が自己リン酸化活性および人工基質であるミエリン塩基性蛋白質(myelinbasicprotein;MBP)に対するリン酸化活性を示したのに対し、T1348N変異体はK1906M変異体と同様にキナーゼ活性を示さなかった。以上の結果から、しRRK2のROCドメインへのGTP結合は、キナーゼ活性に必要であることが示された。

4.リン酸化によるLRRK2の活性制御

【32P】リン酸による代謝ラベリングにより、全長LRRK2が細胞内においてリン酸化を受けることが示された。キナーゼ活性喪失型K1906M変異体でも野生型と同程度のリン酸化が見られることから、この細胞内リン酸化はLRRK2以外のキナーゼにより生じる可能性が示唆された。GTP結合活性喪失型T1348N変異体の細胞内りン酸化を検討したところ、全くリン酸化を受けなかった。この結果から、LRRK2がGTP結合依存的にリン酸化を受け、活性化される可能性が示唆された。そこで、LRRK2のリン酸化部位を同定し,その機能的意義を解析することにした。

全長3xFしAG-LRRK2を恒常発現するHEK293細胞株から全長LRRK2を精製し、SDS-PAGEで分離後、ゲル内においてトリプシン消化した。リン酸化ペプチドを選択的に濃縮するため、得られたトリプシン消化物を、リン酸基と強い親和性を有することが知られているFe3+ビーズとインキュベートし、吸着したペプチドをリン酸で溶出した。MALDI-TOF質量分析の結果、Ser910,Ser973をはじめ、LRRドメインアミノ末端側にクラスター状に存在する複数のりン酸化部位を同定した。しかしながら、これらのリン酸化残基を全てアラニンに置換した6xSA変異体は、野生型と同程度のキナーゼ活性を保持しており、これらのリン酸化はキナーゼ活性に必要でないことが明らかになった。

5.自己リン酸化によるLRRK2活性制御

多くのキナーゼが自己リン酸化によって活性調節を受けることから、次に自己リン酸化部位の同定を目指した。全長LRRK2は、細胞内において他のキナーゼにより高度にリン酸化されることから、自己リン酸化部位の同定は適さないと考え、これまでに同定したアミノ末端側のリン酸化残基を欠く変異体△N-LRRK2(1326-2527aa)を用いた。△N-LRRK2をGST融合蛋白質としてHEK293細胞に発現させ、代謝ラベリングにより細胞内リン酸化を解析すると、野生型△N-LRRK2は細胞内でリン酸化を受けるのに対し、キナーゼ活性喪失型K1906M,D1994A変異体はリン酸化を受けなかった。この結果から、△N⊥RRK2は細胞内において他のキナーゼによるリン酸化を受けず、自己リン酸化のみを生じるものと考えられた。

次に、bacutovirusを用い七GST-△N-LRRK2をSf9細胞に発現させ、大量精製した。精製した△N-LRRK2をinvitroにおいて自己リン酸化させた標品を用いて、全長LRRK2と同様にMALDI-ToF質量分析を行った。その結果、△N-LRRK2の自己リン酸化部位として、ROCドメイン内にSer1403,Thrl404,Thr1410,Thr1491を、キナーゼドメイン内にThrl967,Thrl969を同定した。Thr1967に関してリン酸化特異抗体を作出し、全長LRRK2においてもThrl967が自己リン酸化されることを確認した。

同定した自己リン酸化の機能的意義を明らかにするために、それぞれのアミノ酸置換体を作製した。まず、ROCドメイン内のThr1410およびThr1491の置換体について、代謝ラベリングを用いて細胞内におけるGTP結合活性を解析した。その結果、T1410AおよびT1491A変異体は野生型と同様にGTP結合型として存在することが明らかになった。一方、恒常的な自己リン酸化状態を模倣するT1410DおよびT1491D変異体について同様の解析を行ったところ、T1491D変異体においてGTP結合型の減少が認められた。さらに、自己リン酸化活性および人工基質であるGST-Moesin550.564のリン酸化活性を指標としてinvitroキナーゼ活性を測定したところ、T1491D変異体において野生型に比して有意な活性低下が見られた。これらの結果から、Thr1491の自己リン酸化はGTP結合活性を低下させ、その結果キナーゼ活性が低下するというネガティブフィードバック機構を形成している可能性が示唆された。

次に、キナーゼドメイン内のThr1967,Thr1969について、T1967AおよびT1969A変異体のキナーゼ活性を解析したところ、T1967A変異体で野生型に比して有意な活性の低下が見られた。T1967D変異体のキナーゼ活性が野生型と同程度であったことから、Thr1967の自己リン酸化がキナーゼ活性の維持に重要である可能性が示唆された。

本研究において、申請者・伊藤弦太はLRRK2のROCドメインへのGTP結合がキナーゼ活性の発揮に必要であること、LRRK2のThr1410およびThrl967の自己リン酸化はキナーゼ活性の調節、維持にそれぞれ重要な役割をもつことを示した。LRRK2の異常活性化がPARK8における神経変性の原因であるとすれば、本研究で見出したLRRK2の活性制御機構に関する知見は、LRRK2の異常活性化のメカニズムを解明するにあたり重要である。今後の課題としては、自己リン酸化抗体を用いたLRRK2の上流の活性制御機構の探索、過剰リン酸化が神経変性のトリガーとなるような基質蛋白質の探索などが挙げられる。

以上のごとく、本研究はパーキンソン病の分子病態におけるLRRK2の役割について、多くの新知見をもってその基盤を解明したものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定する。

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