学位論文要旨



No 217331
著者(漢字) 山代,悟
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシロ,サトル
標題(和) 仮設環境による都市再生像の生成に関する研究
標題(洋)
報告番号 217331
報告番号 乙17331
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17331号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 内藤,廣
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 隈,研吾
 東京大学 准教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

本論文は筆者が1993年以来とりくんでいるインスタレーション・アートやパフォーマンス、ワークショップなどにおける、イベントの総合的なデザインを「仮設環境」と定義し、それをボトムアップのアーバンデザインの手法の一つとして位置づけ、その可能性や課題を検討するものである。

都市再生においては、様々な異なる立場の人々の間で相反する利害を調整することが必要になる。またそこで目指される計画像は前例のないものも多く、合意形成にはより大きな困難がともなう。本論文でとりあげる仮設環境は比較的簡便な構造体や、照明、映像、音響などの装置を用いて生成することが可能であり、それをともに体験することで意見や立場を超えて人々の間に議論のベースとなる共通体験を作り出すことができる。これは市民参加型の都市計画でもちいられる、ワークショップ、社会実験の概念とも共通性をもち、有効な手法として位置づけられるものと考えている。

本論文は、資料編を含む全8章で構成されている。

序章においては、筆者がこれまで取り組んできたインスタレーション・アート、パフォーマンスの実践(Responsive Environment、以下RE)、それをアーバンデザインに接続する実践(urban dynamics laboratory)、それを踏まえた建築設計の実践について概説し、研究の背景として1960年代以降の建築家の「都市からの撤退」から、都市を「使い」利用していく対象として再定義していく「都市を遊ぶ」視点への変化を論じ、その手法の一つとしての仮設環境を位置づける。仮設環境とは、設営撤去の容易な物理的な構造体、映像・照明・音響など装置によって発生させられる現象、それらをもちいた様々な時間軸にそった演出の総体と定義できる。

第1章においては、日本の都市空間の特質としてのかいわい(界隈)性に注目し、江戸東京の橋詰にみられるかいわい性、また現代的なかいわい性を論じた磯崎新による「ソフト・アーキテクチュア」をとりあげる。かいわい性は都市空間を物理的地理的に限定せず、そこで営まれている活動やそれを支える設えをも包含したものとしてとらえる概念であり、仮設環境という概念が日本の都市空間の基本的性質とも強い関連をもつものであることを論じる。

第2章においては1960年代以降繰り広げられた、トップダウン式の都市計画に対するジェーン・ジェイコブスやクリストファー・アレグザンダーらの議論をとりあげ、そういった反省を受けて展開されてきたローレンス・ハルプリンらのワークショップの試みの展開や日本のまちづくりにおけるワークショップの導入について記述する。ワークショップに加えて、近年日本でも取り組みの始まっている社会実験(social experiment)の制度、シビックプライドの概念など、市民参加型の都市計画においてどのような取り組みがなされてきたのかを紹介し、ボトムアップのアーバンデザインへの系譜を論じる。

第3章においては、筆者自らが共同主宰者として参加してきたアート・ユニットREにおけるインスタレーション・アート、パフォーマンスの実践を中心として、そこで用いている軽量な構造デザイン、映像や照明による立体的な空間のデザイン、音響による空間デザイン、イベントの開始から終了までのトータルな時間のデザインなどについて、技術的な面を含めて記述する。REは1993年に結成され、近年は筆者山代悟の他、日高仁(東京大学大学院)、西澤高男(東北芸術工科大学)、河内一泰、亀井寛之、酒井聡(仙台高等専門学校)らを中心に運営されている。これまでにREが主として用いてきたのは、アルミフレームとナイロン・メッシュによるスクリーン、ビデオプロジェクター、LED照明、工事用仮設照明、白熱電球、それらをコントロールするためのパーソナルコンピュータと制御用のアプリケーション、制御信号用のオリジナルの無線通信装置などである。近年実践している照明や音響による建築スケールの空間デザイン「ソフト・アーキテクチュア」、あるいは広がりのある都市景観の中で展開する「メディアスケープ」などを紹介し、仮設環境の計画と実践の中で見えてきた可能性と課題について論じる。

第4章においては、近年日本において交通行政やまちづくりの手法として導入が進んでいる社会実験について、その発生や日本での展開について論じる。社会実験とは大きな社会影響を与える可能性のある施策を導入する際に、場所と期間を限定して、その施策を試験的に実施することであり、実験の実施を通じて地域住民・利害関係者から意見を聴取し、施策の有効性の検証と問題点の把握を行い、本格的に導入するか否かの判断材料としようとするものである。

第5章では海外におけるアーティスト主導によるアートセンターやアートNPOなど、Artist Run Initiative(以下ARI)の関係者へのインタビューをもとに、運営面からボトムアップの活動を分析する。シドニー、メルボルンにおける調査からは、公的な助成と活動の活力維持の両立の難しさ、草の根の活動をサポートする草の根の活動という戦略的な階層性の可能性、草の根の活動と地域や行政や大学とのコラボレーションの重要性などが浮かび上がってきた。ARIの生成・成長・消滅の一連の流れには、仮設環境の持つものと同じダイナミズムが良くあらわれており、都市再生の一端を担うボトムアップの活動の良きモデルとなると考える。

第6章においては、ここまでの論を受けて、社会に対してある地域の課題や可能性、そしてその地域の都市再生像を提案し、その可能性を仮設環境の生成を通して体験・共有する手法について、4つの実践を中心に記述した。オーストラリア・シドニーにおける都市再生のワークショップ「Urban Islandプロジェクト」ではシドニー湾の廃墟の島の中の特徴的な場所を見つけ出しその場所の魅力を体験できる食事のための環境をデザインすることをテーマとした。イベントの最後には島の中の巨大なタービン工場の廃屋に水面とキャンドル、音といった要素を使い、その場所のポテンシャルを表現するインスタレーションを制作した。実際にインスタレーションを通じてその場所を体験した多くの観客の中からその場所の利用方法などについて多くの意見が寄せられたことは、共通した実体験をもとに活発な意見交換が可能になることを示している。

東京理科大学の設計製図課題としてとりくんだ、日本橋地区におけるプロジェクトでは、建物の増改築や減築などによる都市再生のデザインとともに、その再生によって生まれる空間の魅力やそこで生じるであろうアクティビティを疑似体験できる仮設環境のデザインを課題とした。最終的には履修学生全員でひとつのイベント「Candle Night @ Kandagawa」を企画・実施し、神田川沿いの水面のある環境の魅力を伝えると同時に、その場に都市再生の提案のパネルや模型、ビデオを展示し、来場者に伝えることができた。

東京大学大学院と中国・大連理工大学の合同スタジオとして実施したプロジェクト「港口再生」は、大連港に現存するNo.15倉庫とよばれる建物とその周辺の再生をテーマとした。プロジェクトの成果を関係者のみならず、ひろく市民にも伝わるものとすべく、計画対象であるNo.15倉庫でパネルや模型による再生提案の展覧会を実施すると同時に、主として照明をもちいてNo.15倉庫の特徴である長大なスケールを表現するインスタレーションを計画した。実施直前にNo.15倉庫の改修工事の遅れによって、現地での展覧会とインスタレーションは不可能となり、「Mediascape @ Dalian」は大連理工大学構内での実施となった。残念ながら再生像を提示するための仮設環境の実現という主旨は実現できなかったが、再生像の提案作成、仮設環境のデザインは行うことが出来た。

島根県出雲市で実施したワークショップ「City Switch 2008出雲」は、市内の3地区を対象地域とし、複数の大学、大学院、高専の学生の参加を得て実施された。一週間ほどのワークショップの期間中に、調査、提案の作成を行うものであったが、極めて短期間に準備を行い、実際に一夜のイベントを実現させたグループもあり、その地域の魅力をあらためて表現した。ワークショップで制作された都市再生像の提案するだけでなく、イベントや作業風景そのものが場所の可能性を表現するものとなった。また、ワークショップの後に、地元地域関係者、行政、地元主催者などへのインタビューを実施し、イベントの意義や課題、今後の可能性を議論することができた。

これまでの実践の中で、ある地域の課題や可能性の提示、都市再生像の提案作成、仮設環境のデザインと実践、その評価やフィードバックの仕組みの構築と行ったすべてのプロセスを満足するものは残念ながらない。しかし、この4つの取り組みのなかから、本論文で論じる、社会に対してある地域の課題や可能性、そしてその地域の都市再生像を提案し、その可能性を仮設環境の生成を通して体験・共有する手法、いい換えれば仮設環境による「都市実験」をボトムアップのアーバンデザインの手法としてもちいる可能性と課題が見えてきたといえるのではないか。

第7章においては「仮設環境による都市実験」をボトムアップのアーバンデザインの手法としてもちいる可能性と課題を論じている。ここに収録した「仮設環境年表」は、メディア技術、メディアアート、建築、都市デザイン、関係法規などの年表となっており、相互に比較分析するための資料としている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はインスタレーション・アートやパフォーマンス、ワークショップなどにおける、イベントの総合的なデザインを「仮設環境」と定義し、それをボトムアップのアーバンデザインの手法の一つとして位置づけ、その可能性や課題を検討するものである。

本論文は、資料編を含む全8章で構成されている。

序章においては、筆者がこれまで取り組んできたインスタレーション・アート、パフォーマンスの実践、それをアーバンデザインに接続する実践などについて概説し、研究の背景として1960年代以降の建築家の都市への視点の変化を論じ、その手法の一つとしての仮設環境を位置づけている。仮設環境は、設営撤去の容易な物理的な構造体、映像・照明・音響など装置によって発生させられる現象、それらをもちいた様々な時間軸にそった演出の総体と定義される。

第1章においては、日本の都市空間の特質としてのかいわい(界隈)性に注目し、仮設環境という概念が日本の都市空間の基本的性質とも強い関連をもつものであることを示した。

第2章においては1960年代以降の都市計画に対するジェーン・ジェイコブスやクリストファー・アレグザンダーらの議論をとりあげ、そういった反省を受けて展開されてきたローレンス・ハルプリンらのワークショップの試みの展開や日本のまちづくりにおけるワークショップの導入について歴史的な経緯を示した。近年日本でも取り組みの始まっている社会実験の制度、シビックプライドの概念など、市民参加型の都市計画におけるボトムアップのアーバンデザインへの系譜を論じた。

第3章においては、筆者自らが共同主宰者として参加してきたアート・ユニットにおける実践を中心として、そこで用いている軽量な構造デザイン、映像や照明による立体的な空間のデザイン、音響による空間デザイン、イベントの開始から終了までのトータルな時間のデザインなどについて、技術面・制作面を中心に記述している。近年実践している照明や音響による建築スケールの空間デザイン「ソフト・アーキテクチュア」、あるいは広がりのある都市景観の中で展開する「メディアスケープ」などを紹介し、仮設環境の計画と実践の中で見えてきた可能性と課題を示している。

第4章においては、近年日本において交通行政やまちづくりの手法として導入が進んでいる社会実験について、その発生や日本での展開について論じている。

第5章では海外におけるアーティスト主導によるアートセンターやアートNPOなど、Artist Run Initiativeの関係者へのインタビューをもとに、運営面からボトムアップの活動を分析している。シドニー、メルボルンにおける調査からは、同種の活動の生成・成長・消滅のサイクルが明らかになり、都市再生の一端を担うボトムアップの活動組織としての良きモデルが示された。

第6章においては、ここまでの論を受けて、社会に対してある地域の課題や可能性、そしてその地域の都市再生像を提案し、その可能性を仮設環境の生成を通して体験・共有する手法について、4つの実践を中心に記述している。

オーストラリア・シドニーにおける都市再生のワークショップではワークショップ参加者とともに島の中の巨大なタービン工場の廃屋にその場所のポテンシャルを表現するインスタレーションを制作した。観客の中から今後の再生像に関する活発な議論を引き出すなど、仮設環境によって共通した実体験をもとに活発な意見交換が可能になることを示した。

日本橋地区におけるプロジェクトでは都市再生のデザインとともに、その再生によって生まれる空間の魅力やそこで生じるであろうアクティビティを疑似体験できる仮設環境のデザインを実践した。

島根県出雲市で実施したワークショップはワークショップの成果をイベント形式で示すと同時に、イベントや作業風景そのものが場所の可能性を表現するものであった。ワークショップの後に、地元地域関係者、行政、地元主催者などへのインタビューを実施し、イベントの意義や課題、今後の可能性を議論し、仮設環境のもつ都市再生への応用の可能性を検証した。

これらの取り組みのなかから、本論文で論じる、社会に対してある地域の課題や可能性、そしてその地域の都市再生像を提案し、その可能性を仮設環境の生成を通して体験・共有する手法、いい換えれば仮設環境による「都市実験」をボトムアップのアーバンデザインの手法としてもちいる可能性と課題を明らかにした。

第7章においては「仮設環境による都市実験」をボトムアップのアーバンデザインの手法としてもちいる可能性と課題を論じている。ここに収録した「仮設環境年表」は、メディア技術、メディアアート、建築、都市デザイン、関係法規などの年表となっており、相互に比較分析するための資料としている。

以上、本論文は、仮設環境という概念によって、都市再生像を都市空間のなかにつくり出し、市民のなかに共有体験をつくりだすことで市民参加型の都市デザインの可能性を拡張する社会的な意義の高い研究である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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