学位論文要旨



No 217332
著者(漢字) 今井,公太郎
著者(英字)
著者(カナ) イマイ,コウタロウ
標題(和) 障害付ボロノイ図を用いた施設の圏域策定と最適配置に関する研究
標題(洋)
報告番号 217332
報告番号 乙17332
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17332号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 准教授 大月,敏雄
内容要旨 要旨を表示する

本研究は障害付ボロノイ図(Voronoi diagram with Barriers)という幾何学的モデルを、現実の都市や建築空間における施設の圏域策定や最適配置問題に応用する研究である。

都市には多種多様の施設が存在する。都市のユーザーである私たちは、この間の往来によって生活している。このことから施設をどのように配置させると良いかという問題は、私たちの生活に多大な影響を与えるばかりでなく、施設の繁栄にとっても死活問題であることは明らかである。このときの施設は、特定の施設に限定されることはなく、郵便局、病院、コンビニ、公園など都市空間や建築空間に配置される任意の機能を持った複数の要素ならば何でもあてはまる。

ユークリッド距離を前提に、理想的な無限平面上で施設の最適配置を考えた場合には、単純な六角形グリッドの幾何学的パターンが解として導き出される。ところが、これでは、さまざまな諸条件を取り扱うことは難しく、使い物にならない。なぜなら、都市や建築は均質ではなく、様々な障害や制約が存在するからである。例えば、都市には河川や、地形、崖地、森などの自然や、線路、高速道路といった長大な人工物、塀で閉ざされた街区など、人々の行く手を阻む多くの障害物が存在する。抜け道の存在や、開かずの踏み切りといった現象が、私たちの移動行動に与える実際の効果を考えれば、障害物の影響は歴然としている。したがって、障害や制約を無視して、仮に理想的な施設配置を求めることができても、現実への適用が難しいのは当然のことである。私たちは、すでに存在している空間の中で生活しており、施設の計画は今ここにある空間を前提になされなければならないのである。

本論では、このような問題意識に基づき、ユークリッド距離ではなく、障害付距離に基づいた圏域モデルである障害付ボロノイ図を取り扱う。それは、一般化されたボロノイ図の中でも、他のヴァリエーションを包含する汎用性の高い幾何学的モデルである。障害付ボロノイ図を用いて、さまざまな制約がある都市や建築空間に適用可能な、施設配置の解法を確立できれば、より現実的でかつ客観的な解析が技術的に可能になり、極めて有用な効果がもたらされる。

本論文は、序章と終章を除き、準備編(part 1)、基本編(part 2)、応用編(part 3)の3篇7章より成る。準備編(part 1)では、1章で、本論で用いる幾何学的概念を整理し、2章で既往研究の整理と本論の位置づけを行っている。基本編(part 2)では、3章で障害付ボロノイ図の独自の新しい解法を提案し、4章でそのケーススタディとして公共空間におけるAEDの配置を検討している。これにより、提案する方法が分析手法として有効であることを明らかにしている。応用編(Part3)では、基本編(part 2)で示した障害付ボロノイ図による分析手法が最適配置問題の解法へ発展、応用可能であることを明らかにする。5章で、障害付ボロノイ図を用いた一点配置問題として、距離が重み付けられた領域における一点ウェーバー問題の近似解法を提案し、面的要素のボロノイ図への応用を検討している。また6章では、その多点配置問題として、障害付マルチウェーバー問題の近似解法を提案し、7章でそのケーススタディとして大学キャンパスにおけるAEDの最適配置を提案している。各章の概要を以下に述べる。

□準備編(part 1)

第1章では、2章以降で用いる主要な幾何学的概念・用語・定義を予め解説している。さらに、本論を進める上で用いた基本的な計算機のアルゴリズムについて整理している。

第2章では、本研究に関連する既往研究を俯瞰しつつ、本研究の位置づけを行っている。具体的にはネットワークの膨張(Dilation)に関する研究、障害付距離に関する研究、障害付ボロノイ図に関する研究、そして、制約付ウェーバー問題(ミニサム基準による最適配置問題)に関する既往研究について俯瞰し、本研究の主題である障害付ボロノイ図による圏域分割問題と最適配置問題の位置づけを行っている。

□基本編(part 2)

第3章では、自由形状の障害物の配置された平面におけるボロノイ図を、現実的で簡単な計算機アルゴリズムにより、近似解を求める独自の方法を提案している。アルゴリズムには、多数のランダムな母点を元に作図したドローネ網(rDn)を用いる。rDnにより平面をセグメント化し、迂回距離を測定することにより障害付ボロノイ図の近似解を求めている。そのため、利用するrDnの等方性とrDn上の最短経路距離とユークリッド距離の比の安定性を計算機実験により検証している。また、厳密解が求められる単純な事例において、計算機実験により障害付ボロノイ図の近似解を求めている。これを厳密解と比較して得られた境界の信頼性を分析し、この方法の有効性を示している。さらにボロノイ領域における厳密な距離分布が、rDn上の最短経路距離の分布とほぼ一致することも明らかにしている。そして厳密解を求めるのが困難な例に対して障害付ボロノイ図を作図している。なお第3章の内容は、(査読付論文)今井 公太郎・藤井 明:障害物の配置された平面におけるボロノイ図に関する研究- ドローネ網における最短距離を用いた作図法の提案, 2007年度(第42回)日本都市計画学会学術研究論文集, pp. 457~462の内容に加筆・修正を加えまとめたものである。

第4章では、前章で提案した方法を、実際の都市・建築空間に適用している。3章の方法を適用するケーススタディとして、上野公園におけるAED(自動体外式除細動:Automated External Defibrillator)の配置について分析と検討を行っている。AEDの整備は個々の建物に任されており、統一的な配置計画の指針が存在しておらず、具体的な方法が必要である。AEDは突然の心停止の発症者を発見してから、できるだけ早く使用する必要がある装置である。発作を起こした場所から装置へのアクセス距離を短くすることで、発症者の生存率を高めることができる。上野公園には、池や上野動物園などの大きな領域があり、植栽や塀などが多く、直線距離と現実的なアプローチのための最短経路距離が大きく異なる。こうした状況を考慮し、障害付ボロノイ図を用いて、現状のAED配置の圏域を策定、分析している。その際に、アクセス距離をアクセス時間に換算すると、心停止の発症者に対してAEDを使用した場合の生存率が求められるので、AEDによる救助プロセスを分析し、障害付距離と生存率の関係を定式化している。そして、AEDによる生存率を地図上にプロットし、その偏りや平均生存率を算出している。具体的には、AEDを母点とする障害付の各ボロノイ圏域において、AEDへのアクセス距離の分布を調べて、AED配置の手薄なところをあぶりだしている。この結果に基づき、手薄なところへAEDを追加配置すると仮定した場合の、圏域の変化やアクセス距離の変化を計量している。その結果、現在、平均アクセス距離343mの配置状況をAED追加により、平均アクセス距離119mまで改善する(平均生存率18パーセントの改善)配置の提案を行っている。なお、第4章の内容は、(査読付論文)Kotaro Imai, Akira Fujii and Kenji Nabeshima, AED Location in Public Spaces: A Case Study in Ueno Park Using Voronoi Diagrams with Obstacles, Journal of Asian Architecture and Building Engineering, vol.7, no.2, November 2008, pp. 271~278の内容に加筆・修正を加えまとめたものである。

□応用編(part 3)

応用編では、基本編で提案する分析手法の最適配置問題への応用を提案している。第5章では、重み付けられた領域における制限付き(一点)ウェーバー問題の近似解法へ発展させている。まず、ランダムなドローネ網(rDn)の、重みづけられた各領域の辺長に重み付けをしたネットワーク上における最短経路が、厳密解と同じように、スネルの法則やレンズメーカーの式に従って屈折することを明らかにし、近似解として有効であることを検証している。この方法によって、得られた最短経路をメッシュの全ての点に対して求めることによって、一点ウェーバー問題の近似解を導く手法を明らかにしている。さらに、この手法を応用して、重み付けられた領域の重みを無限大にした領域を障害物、重みを0とした領域を母領域と見なすことによって、一般的なボロノイ図の実用的な構築方法を提案している。また、最適性基準とその幾何学的解釈について述べている。なお、第5章の内容は、(査読付論文)今井 公太郎・藤井 明:重み付けられた領域における制限付きウェーバー問題の近似解法, 2008年度(第43回)日本都市計画学会学術研究論文集, pp. 85~90の内容に加筆・修正を加えまとめたものである。

第6章では、3章の解法のさらなる発展として、障害付多点ウェーバー問題への近似解法を提案している。連続平面状におけるウェーバー問題をrDn上におけるpメディアン問題に変換した上で、模擬焼きなまし法を独自に応用した方法で近似解法を提案している。その方法を用いて、単純な形状の障害物が配置されたモデルに対して実験を行い、厳密解と比較する事で方法の有効性を検証している。

第7章では、前章の方法を用いて、大学キャンパスにおけるAEDの最適配置問題への適用事例を示している。まず、現状のAED配置の評価、および、障害物が配置されていない場合と比較している。そして、焼きなまし法の安定性を確認するために、初期値を変化させても、ある程度安定した結果が導き出されていることを確認している。さらに、供給点の数を変化させた場合の平均距離の変化を調べて、現状の配置の最適性を評価し、より少ない供給点で同じ平均距離を満たす最適配置の提案をしている。そして、供給点の数と平均距離の関係を回帰分析し、障害物が配置された状況においても最適配置において、供給点密度と平均距離に一定の関係があることを明らかにしている。なお、第6章および第7章の内容は、(査読付論文)今井 公太郎・藤井 明:障害付多点ウェーバー問題の近似解法- 大学キャンパスにおけるAED配置のスタディ -, 2009年度(第44回)日本都市計画学会学術研究論文集, pp.805~810の内容に加筆・修正を加えまとめたものである。

終章では、本論の結論を述べ、成果を整理している。そして、今後のこの研究の発展の可能性について論じている。また、本論の脚注ならびに、本論で参照した文献についても巻末に掲載している。

審査要旨 要旨を表示する

都市・建築空間にはさまざまな幾何学的な秩序が内在している。この空間的な秩序を読み解き、その生成因を明らかにすることは計画学の重要な課題である。距離に基づく幾何学的な秩序の代表的なものにVoronoi分割がある。均質なサービスが得られる施設が複数存在する場合、人々は特別な理由がない限り、より近くの施設を利用する。この最近隣距離という判断基準に基づく領域区分がVoronoi分割で、施設間の垂直二等分線がその境界になる。ポストのように単純な機能を持ち、均質に分布している施設の場合は、距離として地図上での直線距離を考えればよいが、より複雑な状況を想定すると、移動に伴う実距離を算定しなければならない。道路網や建築物などの人工物や、地形や地勢などの自然条件を考慮しないと精緻な分析ができない場合がある。

都市・建築空間には移動に対して支障となる障害物が沢山ある。障害物の存在を考慮した実距離に基づく領域分割を一般に障害付ボロノイ図と呼ぶが、本論文は、障害付距離で測定すべき都市・建築空間の事象を統一的に扱う新たな手法を提案し、これまで一般的な解法が不可能とされてきたいくつかの問題に対して、その近似解を提示したものである。

具体的には、Voronoi分割と双対関係にあるDelauney網に着目する。2次元平面において、障害物以外の領域にDelauney網を描いた場合、この網目上の2つのノード間の最短経路は、網目を小さくすると障害付距離に漸近する。これを利用すると、不整形な障害物が配置された平面に対しても、障害付距離を近似的ではあるが、確実にかつ簡便に求めることが可能になる。平面上におけるさまざまな障害付問題に対してこの手法を適用すると、複数の母点(あるいは母領域)に対するボロノイ分割や、ウェーバー問題など、距離に依存した圏域策定や最適配置問題が容易に解け、その結果を図示することが可能になる。

本論文では、先ず、障害付の平面に乱数を用いて多数の点を発生させ、そのDelauney網を描き、これをランダム・ドローネ網(rDn)とする。次に、rDn上において、あるノードから最短距離にあるノードを順次確定して行くと最短経路木が得られるが、この最短経路木に沿う距離をノード間の実距離の近似値と考える。近似距離は実距離より常に大きいが、その迂回比はノードの数を増加するとある一定の値に収束するので、これを障害付距離として用いる。この近似手法で、実用上大きな支障は生じない。

論文全体は、序章と終章を除き、準備編(第1、2章)、基本編(第3、4章)、応用編(第5、6、7章)の3篇7章より成る。

序章は、研究の背景と目的についての説明で、本論の構成についてまとめている。

第1章では、使用する幾何学的概念や用語を整理し、計算幾何学の観点から、Voronoi分割、Delauney網、Dijkstra法のアルゴリズム等について解説している。

第2章は、関連する既往研究のレビューで、ネットワークの膨張と障害付ボロノイ図、制約付ウェーバー問題等に関するこれまでの研究を概観し、障害付ボロノイ問題を圏域策定と最適配置の視点から位置づけている。

第3章は、障害付ボロノイ図の近似解法の提案で、自由形状の障害物が配置された平面におけるボロノイ図をrDnを利用して描くアルゴリズムについて説明している。この解法の妥当性を示すために、rDnの等方性とrDn上の最短経路距離とユークリッド距離の迂回比が一定の値に収束することを計算機実験により示している。

第4章は、障害付ボロノイ図の実際の都市・建築空間への適用事例である。ここでは、上野公園におけるAED(自動体外式除細動)の配置に着目して、それが適正であるかを検討し、改善案を提示している。AEDは心臓発作後、できるだけ早く使用する必要があるが、走ってとりに行くことを想定すると、発作を起こした場所と装置が置いてある地点までの障害付距離が発症者の生存率に大きく影響する。上野公園には、池や動物園、美術館などさまざまな障害物があり、最短経路距離と直線距離の乖離が大きいが、こうした事象において実距離を求め、複数のAEDが担当すべき圏域を策定するには障害付ボロノイ図が不可欠である。

第5章は重み付けられた領域における制限付き一点ウェーバー問題の近似解法の提案である。一点ウェーバー問題は、ひとつの供給点に対して、複数の需要点を想定した場合に、どこに供給点を置くと最も距離の総和が小さくなるかという問題であるが、これに障害物を導入すると、一般的に厳密解を求めることはできない。しかし、障害物をその属性に応じて距離に重みが付い領域と解釈すると、重み付けた距離に基づく最短経路木を描くことができ、近似的な最適解を求めることが可能になる。この重みづけた領域という考え方は一般化でき、障害物には無限大の、母領域には0の重みを想定することにより、障害物が配置された平面上で、母領域が策定するボロノイ図を描くことができる。

第6章は、第3章の解法の展開で、障害付多点ウェーバー問題の近似解法を提案している。平面上におけるウェーバー問題は、rDnにおけるpメディアン問題に変換できるが、これに模擬焼きなまし法を適用すると近似解を求めることができる。その方法を厳密解がわかっているいくつかの問題に適用して、その有効性を確かめている。

第7章は、前章の応用で、大学キャンパスにおけるAEDの最適配置についてのケース・スタディである。先ず、現状のAED配置を生存率から評価し、次いで、設置台数を変化させたときに、どのように配置するのが最も合理的かについて検討している。その結果として、より少ない数でも現状とほぼ同じ基準値になる配置があることを明らかにしている。

終章は、本論の結論で、研究の成果を整理し、今後の発展の可能性について述べている。

以上要するに、本論文は、ランダム・ドローネ網(rDn)に着目し、ノードの数を増やすと、その最短経路木が等方性と安定した迂回比をもつことを利用して、従来では求めることができなかった障害付距離を障害の数や形態に依存しない方法で近似的に求めることが可能であることを示し、これを利用して、障害付ボロノイ図やウェーバー問題の一般的な解法を提案したものであるが、極めて独創的な研究として計算幾何学の進展に大いに寄与するもので、実際の都市・建築空間への適用の可能性の大きさから、汎用性の高い、すぐれた方法論といえる。この手法の出現により、さまざまな事象における圏域策定や最適配置が、より現実的な条件の下で解けるようになり、その適用範囲は広い。これは都市・建築の計画学の分野に新たな方法論を導入するものとして、その意義は極めて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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