学位論文要旨



No 217333
著者(漢字) 犬丸,淳
著者(英字)
著者(カナ) イヌマル,ジュン
標題(和) 噴流床石炭ガス化炉における溶融灰の飛散現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 217333
報告番号 乙17333
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17333号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 堤,敦司
 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 准教授 鹿園,直毅
内容要旨 要旨を表示する

石炭ガス化複合発電(IGCC)は,高効率で環境性に優れた新たな発電方式として,低炭素社会の実現に向け,その実用化および普及が強く期待されている.噴流床石炭ガス化炉においては,図1に示すような溶融灰の飛散に起因する灰付着トラブルが重大な運転障害を引き起こすことがあるため,その影響因子および現象発生条件を定量的に解明し,それらを一般化することによって,実機ガス化炉に適用可能な溶融灰飛散現象評価技術を開発し,噴流床石炭ガス化炉の最適設計技術やスケールアップ技術の確立に資することが強く求められている.

このため,本研究では溶融灰飛散現象の評価技術の確立に向けて,200t/d石炭ガス化炉で発生した溶融灰飛散現象の分析および従来の研究成果を踏まえた課題の抽出,模擬流体を用いた基礎実験による基本現象の解明およびモデル化,実機と同様の高温高圧の炉内条件を有する小型ガス化炉の実験による灰飛散現象の再現と影響因子の解明,パイロットプラントの実験結果による検証を踏まえた,大型ガス化炉に適用可能な飛散発生限界評価式の開発,ガス化炉数値解析の活用による,ガス化炉スケールアップが飛散発生現象に及ぼす影響の解明などを実施し,以下の結論を得た.

(1)模擬流体を用いた基礎的研究において,従来ほとんど行われていない極めて高粘性な流体による大口径管での液滴発生実験を行い,レーザ蛍光法による液膜流断面の可視化(図2)と計測により,液滴発生条件における液膜界面形状などの液膜挙動を定量的に明らかにした.その結果,波高の影響を適確に評価することで,従来合わなかったRe f ≦ 10の低液膜レイノルズ数領域においても実験結果をよく表現できる,液滴発生限界流速Ugcに関する新たな評価式,ならびに実用的な液滴発生評価指標として,ウェーバー数の評価式を提案し,限界ウェーバー数Wec =1.73を得た(図3).

(2)高温高圧条件下の2t/d石炭ガス化炉を用いて,パイロットプラントで発生した灰飛散現象の再現実験を成功させ,本現象は,ガス化炉スロート部における「垂直方向平均ガス動圧Pd 」および「液膜レイノルズ数Ref 」の影響を強く受け,これらが共に大きい条件において発生することを明らかにした.

(3)パイロットプラント運転結果の解析も加えて,飛散現象に対する影響因子である「垂直方向平均ガス動圧Pd 」および「液膜レイノルズ数Ref 」について,飛散発生限界に及ぼす影響を定量的に解明し,飛散現象のモデル化により灰飛散現象予測式を開発した.また,気液界面のせん断力τiに着目することで,図4に示すように高粘性流体による基礎実験から実際のガス化炉実験にも適用可能な,τiと無次元波高h0 / y0の関係を明らかにした.これにより,飛散発生限界動圧Pdcおよびウェーバー数Weに関する評価式を提案し,大型ガス化炉へも適用可能で実用性の高い飛散発生限界の評価手法を初めて開発した(図5および図6).

(4)数値シミュレーション技術を用いた解析研究において,独自に開発した数値シミュレーション手法により,ガス化炉スケールアップに伴う炉形状の変化が炉内流動に及ぼす影響を解明すると共に,ガス化炉のスケールアップにより,灰飛散の発生限界流速Ugcが相対的に低下するため,大型ガス化炉の設計時には配慮が必要であることを明らかにした.

本研究により,噴流床石炭ガス化炉におけるスラッギングトラブルを防止するための,灰飛散評価手法を確立することができた.本研究の成果は,IGCC技術の実用化と本格普及に向けた,噴流床石炭ガス化炉の最適設計技術やスケールアップ技術の確立に資するものである.

Fig.1 Outline of the gasifier and slagging phenomena

Fig.2 Image of entrainment of a disturbance wave (Glycerol 99%, Reg=8.6×104, Ref =1.88)

Fig.3 Critical Weber number

Fig.4 Non-dimensional wave amplitude and interfacial shear stress

Fig.5 Dynamic pressure at a throat and liquid film Reynolds number of falling slag

Fig.6 Weber number and liquid film Reynolds number of falling slag

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「噴流床石炭ガス化炉における溶融灰の飛散現象に関する研究」と題し,次世代の高効率発電技術として実用化が強く期待されている石炭ガス化複合発電(IGCC)において,その中核技術である噴流床石炭ガス化炉で重大な運転障害を引き起こす溶融灰の飛散現象について,その影響因子および現象発生条件を定量的に解明し一般化することで,実用規模ガス化炉に適用可能な飛散現象評価技術を開発したものである.溶融灰飛散現象の評価技術の確立に向け,従来にない高粘性流体による気液二相流実験に基づく基本現象の解明とモデル化,実機と同様の高温高圧の炉内条件を有する2t/d小型ガス化炉実験による飛散現象の再現と影響因子の解明,大型ガス化炉に適用可能な飛散発生限界評価式の提案と200t/dパイロットプラント試験データによる検証,数値解析技術による飛散現象に及ぼすガス化炉スケールアップの影響解明を行ったものであり,論文は全5章よりなっている.

第1章は,「序論」であり,IGCCや石炭ガス化炉の技術開発状況と課題を述べると共に,噴流床石炭ガス化炉における灰付着現象を整理し,200t/d石炭ガス化炉で発生した溶融灰飛散現象の分析を行っている.また,研究目標の達成に向けた課題を抽出すると共に,それを解決する手法を議論し,論文全体の流れを述べている.

第2章は,「高粘性流体による液滴飛散現象発生条件の解明」である.従来ほとんど行われていない極めて高粘性な流体による大口径管での液滴発生実験を行い,レーザ蛍光法による液膜流断面の可視化と計測により,液滴発生条件における液膜界面形状などの液膜挙動を定量的に明らかにした.その結果,波高の影響を適確に評価することで,従来合わなかったRef ≦ 10の低液膜レイノルズ数領域においても実験結果をよく表現できる,液滴発生限界流速Ugcに関する新たな評価式,ならびに実用的な液滴発生評価指標として,ウェーバー数の評価式を提案し,限界ウェーバー数Wec = 1.73を得た.

第3章は,「ベンチスケール石炭ガス化炉による溶融灰飛散現象の解明」である.高温高圧条件下の2t/d石炭ガス化炉を用いて,ガス化炉の過負荷運転や石炭灰の過給などにより,200t/dパイロットプラントと同様の炉内運転条件を設定することで,パイロットプラントで発生した灰飛散現象の再現実験を成功させた.その結果,本現象は,ガス化炉スロート部における「垂直方向平均ガス動圧Pd 」および壁面を流下する溶融灰の「液膜レイノルズ数Ref 」の影響を強く受け,これらが共に大きい条件において発生することを明らかにした.

第4章は,「溶融灰飛散現象のモデル化と発生限界評価指標の開発」である.パイロットプラント運転結果の解析も加えて,飛散現象に対する影響因子である「垂直方向平均ガス動圧Pd 」および「液膜レイノルズ数Ref 」について,飛散発生限界に及ぼす影響を定量的に解明し,飛散現象のモデル化により灰飛散現象予測式を開発した.また,気液界面のせん断力τiに着目することで,高粘性流体による基礎実験から実際のガス化炉実験にも適用可能な,τiと無次元波高(平均波高/平均液膜厚さ)の関係を明らかにした.これにより,飛散発生限界動圧Pdcおよびウェーバー数Weに関する評価式を提案し,パイロットプラント試験データでの検証により,大型ガス化炉へも適用可能で実用性の高い飛散発生限界の評価手法が確立された.また,数値シミュレーション技術を用いた解析によって,ガス化炉スケールアップに伴う炉形状の変化が炉内流動に及ぼす影響を解明すると共に,ガス化炉のスケールアップにより,灰飛散の発生限界流速Ugcが相対的に低下するため,大型ガス化炉の設計時には配慮が必要であることを明らかにした.

第5章は,「結論」であり,上記の研究結果をまとめたものである.

以上を要するに,本論文では,噴流床石炭ガス化炉で重大な運転障害を引き起こす溶融灰の飛散現象について,気液二相流実験や2t/dおよび 200t/d石炭ガス化炉を用いた実験等により,その影響因子および現象発生条件を定量的に解明し一般化することで,噴流床石炭ガス化炉における灰飛散トラブルを防止するための評価手法を確立している.本論文は気液二相流における液滴発生現象に関する新たな知見を与えており熱流体工学の発展に寄与すると共に, IGCC技術の発展と実用化に大きく貢献するものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク