学位論文要旨



No 217334
著者(漢字) 菊池,信彦
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,ノブヒコ
標題(和) 光遅延検波を用いた光多値伝送方式に関する研究
標題(洋) Study on Optical Multilevel Transmission using Optical Delay Detection
報告番号 217334
報告番号 乙17334
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17334号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 廣瀬,明
 東京大学 教授 山下,真司
 東京大学 准教授 何,祖源
 東京大学 講師 五十嵐,浩司
内容要旨 要旨を表示する

近年のインターネットの爆発的な拡大に伴い、都市間や都市内を結ぶ通信回線の情報伝送容量は年々増大を続けている。このような大容量・高速の情報伝送は光ファイバを用いた通信ネットワークが担っており、その大容量化には情報信号を高速の光変調信号に変換して送受信する超高速光送受信器が必須となる。このような光送受信器の情報伝送速度(ビットレート)としては、現在は10Gbit/sが広く用いられているが、数年内に40Gbit/sの普及や100Gbit/sの導入が進むと考えられている。しかしながら、従来の光送受信器で用いられていた2値強度変調では、ビットレートの高速化に伴う受信感度の低下や最大伝送距離の急激な縮小などの性能の低下が大きく、新たな光伝送方式が必要となっていた。

光多値伝送は、光の波の性質を利用し、光電界の振幅や位相状態を組み合わせて変調することで、1変調シンボルあたり数ビットの情報を伝送する技術である。多値変調を用いることで、光信号の変調速度をビットレートの数分の一に低減し、同時に消費電力やコストの低減が可能となる。また信号スペクトル幅を狭窄化して光スペクトル利用効率を向上し、総伝送容量を数倍に高めることも期待できる。このような光多値伝送としては、デジタルコヒーレント光多値伝送方式が注目を集めている。これは受信器内に局発レーザ光源を備え、受信光を局発光と干渉させて電気信号に変換して受信する方式である。受信光電界を線形検出できることから、光ファイバ伝送による劣化をデジタル信号処理によってほぼ完全に等化できるという大きな利点を持つ。しかしながら、局発光源の必要性や受信光の偏波依存性などによって送受信器のコスト・サイズ・消費電力の低減が難しいなど、解決の困難な課題も存在している。

そこで本研究では、直接検波の一種である「光遅延検波」を用いる光多値伝送方式の実用化を目指すものとした。光遅延検波は受信した光信号を、過去の受信信号自身と干渉させて電気信号に変換する受信方式であり、光多値受信器を低コスト・簡素化できる点で有望な技術である。しかしながら、「多値数の高い、伝送効率の良い多値変調方式が利用困難である」、「受信特性が非線形であり、デジタル信号処理による伝送劣化の等化が困難である」、「受信感度が劣化が著しい」など多くの課題を持ち、実用化には大幅な性能改善が必要であった。そこで本研究は、これらの問題を抜本的に解決し、光遅延検波を用いた光多値伝送の性能改善と実用性の向上を図ることを目的とした。その遂行にあたっては、はじめて光遅延検波へのデジタル信号処理の導入を行い、これを用いて上記の課題の解決を図ることで、以下の成果を挙げることができた。

(1)本研究では、光遅延検波にデジタル信号処理を導入した「デジタル直交結合型光遅延検波受信方式」を提案し、その動作を実験的に実証するとともに、各種の光多値受信器の構成の出力信号や雑音の特性を明確化し、系統的に整理を行った。

本研究ではさらに光遅延検波を用いた光多値伝送で最大の問題となる「直前のシンボルからの符号間干渉」の影響について下記の3つのアプローチで解決を図り、同時に受信感度や伝送距離などの伝送性能の改善を試みた。

(2)光遅延検波を用いても信号点配置が変化しないという特徴を持つ振幅・位相変調(APSK; Amplitude- and Phase-Shift Keying)方式を利用した光多値伝送方式について検討を行い、その限界を追求した。まず光多値変調波形の高精度観測法、ならびに符号間干渉をほぼ完全に抑圧可能な光多値変調方式の提案を行い、従来に無い高精度な光多値変調信号の生成に成功した。ついでこれらの技術を用いて、APSK信号で多値数が過去最多の50Gbit/s32値光多値信号の変復調と100km伝送実験に成功した。さらにAPSK信号の長距離光ファイバ伝送において問題となる光ファイバの非線形効果の受信側デジタル補償方式を提案し、その実証に成功した。

(3)次に直前のシンボルの符号間干渉を抑圧する2通りの受信側デジタル信号処理方式の検討を行った。第一に、光受信器内部に位相積算器を配置して受信光電界を再構築する光電界再生受信器を提案し、受信器内部の信号処理で波長分散補償が可能であることをはじめて実証した。第二に符号間干渉の影響下でも理想的な判定が可能なMLSE法(Most Likelihood Sequence Estimation;最尤系列推定)を光多値伝送に適用し、光遅延検波でも8QAM(Quadrature Amplitude Modulation;直交振幅変調)信号が利用できることをはじめて実証した。

(4)最後に直前のシンボルの符号間干渉を、送信側のデジタル信号処理で抑圧する手法の検討を行った。第一に、光送信器内部で位相予積算演算を行う手法を提案し、40Gbit/sの16QAM信号までの光多値信号の変復調が実現可能であることをはじめて実証した。次に送信側のデジタル信号処理を拡張し、8QAM~16QAMまでの高次の光多値信号の波長分散の予等化伝送をはじめて実証した。さらに、光遅延検波で大きな問題となっていた光SNR感度の改善を行い、コヒーレント受信に0.5~2.5dB程度に迫る良好な受信感度が実現可能であることを示した。

以上のように、本研究では光遅延検波を用いた光多値伝送におけるさまざまな課題を解決し、その実現可能性を多面的に実証することに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,光遅延検波を用いた光多値伝送方式に関する研究Study on Optical Multi-level Transmission using Optical Delay Detection" と題し,7章からなる。

近年のインターネットの爆発的な拡大に伴い,都市間や都市内を結ぶ光通信回線の情報伝送容量は年々増大を続けている。情報伝送速度ビットレートは,現在は10Gbit/s が広く用いられているが,数年内に40Gbit/s の普及や100Gbit/s の導入が進むと考えられている。しかしながら従来の光送受信器で用いられていた2値強度変調では,ビットレートの高速化に伴う受信感度の低下や最大伝送距離の急激な縮小などの性能の劣化が大きく,新たな光伝送方式の開発が必要となっていた。

この中で,光多値伝送は,光電界の振幅や位相状態を組み合わせて変調することにより,1変調シンボルあたり数ビットの情報を伝送する技術である。多値変調を用いれば,光信号の変調速度をビットレートの数分の一に低減することが可能となるので,ビットレートの高速化による性能の劣化を防ぐことができる。本研究は,直接検波の一種である光遅延検波を導入した光多値伝送方式の開発を目的として行われている。光遅延検波は受信した光信号を,過去の受信信号自身と干渉させて電気信号に変換する受信方式であり,光多値受信器を低コスト・簡素化できる点で有望な技術である。しかしながら,多値数の高い伝送効率の良い多値変調方式に適用が困難であるなどの多くの課題を持ち,実用化には大幅な性能改善が必要であった。そこで本研究では,光遅延検波へのデジタル信号処理の導入を行い,これらの課題を解決することにより,光遅延検波を用いた光多値伝送の性能改善を図ることに成功している。

第1 章は緒言" であり,光多値伝送の重要性について論じ,先行する研究を総括した後,本論文の目的と構成について述べている

第2 章は光多値伝送方式" と題し,光多値伝送方式の概念や分類について説明を行う。光多値伝送の概念とその利点,信号点配置による光多値信号の分類,光多値信号の変調方式の分類,光多値信号の復調方式の分類が体系的に説明される。さらに,光多値信号を長距離光ファイバ伝送の重要な特性である光SNR 感度,周波数利用効率,波長分散耐力に関して,これまで報告された結果をまとめている。

第3 章は光遅延検波を用いた光多値伝送方式" と題し,光遅延検波を用いた受信器の特徴を検討,整理した後,本研究で提案する基本技術であるデジタル直交結合型光遅延検波受信方式" を提案し,その原理を説明する。次に,この受信器の課題を述べた後,これらの課題を克服するための本研究のアプローチについて説明を行う。

第4 章はAPSK 変調を用いた光多値伝送の研究" と題し,従来の多値数の最高値である16値を越える多値数を実現するたに,多値変調に起因する符号間干渉の抑圧に取り組んでいる。まず,光多値変調波形の高精度観測法を提案し、次に符号間干渉をほぼ完全に抑圧可能な新しい光多値変調方式を提案する。さらに,これらの技術を用いて,APSK信号で多値数が最多となる32値光多値信号の変復調の実証を行う。また,APSK 信号の長距離光ファイバ伝送において問題となる光ファイバの非線形効果を,受信側でデジタル補償する方式の提案と実証を行う。

第5 章は光遅延検波に因る符号関干渉の抑圧法の検討" と題し,直前のシンボルの符号間干渉を抑圧する2通りの受信側デジタル信号処理方式の提案と検討を行う。まず,検出した差動位相を受信側で積算し光電界を再生する光電界再生受信器を提案し,特に波長分散の補償の可能性について原理実証を行う。次に,符号間干渉の影響下でも理想的なシンボル判定が可能となる最尤系列推定(受信方式の実証を行う。

第6 章は送信側位相予積算方式の研究" と題し,送信側でのデジタル信号処理を利用して,直前のシンボルの符号間干渉を抑圧する手法について検討を行う。まず,位相予積算法の提案を行い,16値までのQAM信号の変復調を実証する。また,送信側のデジタル信号処理を拡張して,高次の光多値信号の波長分散の予等化技術を実証する。さらに,光遅延検波を用いた光多値伝送で大きな問題となっていた光SNR 感度の改善法について提案と実証を行う。

第7 章はまとめ" であり,本論文で得られた成果をまとめ,今後の展望について述べている。

以上のように本研究では,光多値伝送への適用を目的として,光遅延検波にデジタル信号処理を導入したデジタル直交結合型光遅延検波受信方式" を提案した。新しい構成の多値光変調器,受信側での位相積算による光電界再生,送信側での分散予等化などの技術を用いて,符号間干渉を抑圧することにより,受信感度や伝送距離などの伝送性能の改善に成功した。将来の大容量光ファイバ伝送技術の発展に大きく寄与し,電子工学への貢献が多大である。

よって本論文は博士(工学) の学位請求論文として合格と認められる。

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