学位論文要旨



No 217335
著者(漢字) 早田,裕
著者(英字)
著者(カナ) ソウダ,ユタカ
標題(和) テープ装置に於けるMR/GMRヘッドの静電気破壊対策の研究
標題(洋)
報告番号 217335
報告番号 乙17335
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17335号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
 東京大学 准教授 小野,亮
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

デジタル化されたデータの最終的な保存先として、テープ磁気記録装置が使われている。磁気記録分野における記録密度の向上は、再生ヘッドとしてMRヘッドやGMRヘッドが採用されることにより、記録密度の向上がなされて来た。一方、これらのヘッド素子は静電気に弱く、MR素子は10-8Joule、GMR素子は 10-10Joule程度の放電エネルギーで破壊に至る。このような磁気ヘッドの静電気破壊は接触放電を原因とすることが多く、その特徴は、放電インピーダンスが低く、微小電荷の放電であっても、短時間の大電流放電になり易いことである。テープ装置内には、樹脂や金属部品、抵抗性のテープに至る広範囲な材料が使われている。テープからヘッドへの静電気放電は、接触摺動するテープ装置特有の問題であり、製品の設計のときから対応しておく必要がある。ヘッド端子への静電気放電は、生産ラインの問題であり、部品や治工具の選定、静電気環境の管理などで対応する必要がある。

2. テープからの放電

2.1 テープ・ヘッド間の絶縁破壊電圧

テープ装置では、テープとヘッド素子が接触した状態で摺動するため、ヘッドの駆動回路は、絶縁破壊電圧を超えない範囲で動作させる設計が必要である。ヘッド素子とテープ間の印加電圧と電流の関係から、低抵抗のME (Metal Evaporated) テープでは、2Vを超えると絶縁破壊により電流が増加する。したがってMRヘッド素子の駆動電圧は2V以下に設計する必要がある。

2.2 テープ表面の摩擦帯電

テープ表面が摩擦帯電すると、ヘッド素子への放電により静電気破壊を引き起こす原因となる。テープ走行による摩擦帯電の測定では、抵抗の低いMEテープ上では1~2Vに安定し、絶縁破壊の起こる電圧よりも低い値であった。抵抗の高いMP (Metal Powder) テープでは、走行による摩擦帯電の変動が起こり、ピーク電圧値は10V~20Vに到る。

2.3 テープからヘッドへの放電

抵抗が低く導体の特性を持つMEテープは、電荷の蓄積と放電電流路としての働きを持つ。テープ上の分布電荷がヘッドへ放電するときの電流は、テープの表面抵抗率を高くすることにより制御することができる。30V印加で2.1nC~2.6nCの電荷がテープの切片上に蓄積され、ヘッドへの放電においては、表面抵抗率100~200・/sq. のテープからの放電電流は80mA~120mAに達する。一方、1.1k・/sq.のテープからは17.8mAであった。電荷量とMRヘッドの特性変化の測定では、202・/sq.のテープは、15nCの電荷量から抵抗変化を起こしたが、1.1kΩ/sq.のテープは、100nCの電荷量においても抵抗変化を起こさなかった。ESDガンを用いた電流路試験により、テープの表面抵抗率と放電源の帯電電圧およびヘッドとの距離に関する環境指針が得られた。GMRヘッドの使用条件として、30V程度のESD電圧に対しては、1・104 ・/sq. 以上が、300V程度のESD電圧に対しては、1・105・/sq. 以上が望ましい。

2.4カセットの帯電

樹脂で作られているカセットは、人が持ち歩くことで摩擦により表面が帯電する。カセット中のテープに誘導電荷が生じ、ヘッドが接触したときには、放電による静電気破壊の危険性がある。カセットの摩擦帯電を抑えるため、従来の高抵抗樹脂1・1012 ・/sq. から制電性樹脂1・1010・/sq. へ変更し効果を確認した。低温低湿環境下において、摩擦帯電は-1kV~-3kVから-70V~-150Vに低下し、繰り返し摩擦帯電においても、誘導電荷量は2nC~6nCから0nC~1nCに減少した。

3. ヘッド端子からの放電

3.1被覆電線からの放電

デバイスやIC、実装基板の接続には、被覆電線やフラットケーブルなどが用いられている。これらの線材は被覆が絶縁性の高い材料で作られているため、表面上の摩擦帯電が芯線上に誘導電荷を発生させる。このような電線とデバイスが接触したときには、放電により静電気破壊を引き起こすことがある。代表的な電線による、被覆の摩擦帯電は1kV以上になり、放電電流は800mAに達する。電線からGNDやヘッドへの放電実験で、電流波形に違いが見出された。全電荷が放電するGNDへの放電は、半値幅の電線長依存性があるのに対し、ヘッドへの放電は、半値幅の電線長依存性は少なかった。電線からヘッドへの電荷移動では、ヘッドポテンシャルの上昇によって放電が停止するためと考えられる。このように浮いた物体間の放電においては、電位差により電荷が移動し分割される過程と考えることで理解される。

3.2ヘッドキャパシタンスと放電

ヘッドの簡単な等価回路は、磁気素子である抵抗と2つの電極パターンである静電容量で表される。電線からの放電によりこの等価回路へ流れ込む放電電流と素子電流を同時観測した。帯電電線からシングル容量への放電では、3pFから0.1・Fの範囲では、ピーク電流値は印加電圧にほぼ比例して増加する。抵抗と2個の容量からなる等価回路への放電では、容量値と電線長に依存する放電波形となる。電線からの全放電電流と抵抗素子へ流れる電流を見積もると、容量比と接触点によって抵抗素子を流れる電流は変化し、全電流値の29・~60・の範囲となっている。PSPICE回路シミュレータを用いて接触放電系の計算を試みたところ、放電電流波形、デバイス内部での分流波形、素子に流れる電流などが計算でき、実験結果との対応により接触放電系に対する理解が進んだ。

3.3 ヘッドの電位変化と放電

接触放電系においては、デバイスの容量変化が電位変化を引き起こし放電電流に影響を与える。5pFの容量を用いた実験では、GND面からの距離が10mm上昇すると、電位は20Vから200Vにまで上昇する。それにともない放電のピーク電流値は、100mAから600mA程度に増加する。1pF容量になると浮遊容量の存在により電位上昇が抑えられた結果、電流の増加率は2倍程度にまで減少する。実際のGMRヘッドを用いた実験においても、持ち上げ効果による耐圧の低下現象が見られ、5mmの持ち上げで50V~60Vから25V~35Vに低下した。数pF容量の微小デバイス間の放電においては、放電源と放電先の回路構成、それぞれの電位とGNDからの位置関係、浮遊容量などが接触時の放電電流波形を決める要素となる。

4. ヘッド材料による対策

ヘッドの基板材料とギャップ材料の導電化を行い、ヘッド素子の静電気破壊対策を進めた。放電電流のバイパス路をヘッド素子の近傍に設けるため、導電性フェライト基板材を開発した。放電の元となっているヘッドコア間の電位差を解消するため、ギャップに用いられているアルミナ膜の導電化を行った。

4.1導電性フェライト基板

耐磨耗特性に優れたフェライトを基本に、抵抗性で静電気拡散的な導電性フェライト材料を開発した。テープ上電荷のヘッドへの放電実験を用い、素子電流と基板バイパス電流を同時計測した。絶縁的な従来の・-Fe2O3基板のヘッドでは、素子電流が多く流れ136mAに達し、基板電流は25mAであった。導電性のALTIC基板のヘッドでは、素子電流は28mAと少ないが、基板電流は114mAに達する。導電性フェライト(5.0・102・/sq.)基板のヘッドでは、素子電流は6.4mAにまで減少し、基板電流も1.4mAに減少した。基板のバイパス効果により素子電流を1/4以下に低下させる効果が得られた。

4.2白金ドープアルミナ膜

GMR素子とシールド膜の電位が絶縁破壊電圧を超えると、素子や端子とシールド間に微小なESDが発生する。この電位差発生を防止するため、白金ドープアルミナ膜を開発した。膜厚方向抵抗は108・ ~ 102 ・に調整でき、100Vからの減衰時間は1msec~1secとなった。I-V特性では、アルミナ膜は、膜厚33nm~180nmに伴い、絶縁破壊電圧は18V~148Vであった。白金ドープアルミナ膜では、膜厚60nm~180nmにおいて、数Vからの電圧上昇と共に連続的な電流の増加を示し、絶縁破壊の特性を示さなかった。パルス応答特性では、アルミナ膜は、絶縁破壊電圧を超えたところから放電電流が流れ始めるが、白金ドープアルミナ膜は、膜厚によらず5mA程度の電流値に留まり、放電電流を約1/40に抑制することが解かった。白金ドープアルミナ膜をヘッドギャップに用いたGMRヘッドで、透過電子顕微鏡(TEM)と元素分析(EDX)を行い、数nmの Ptが分布している微細構造が観察された。このPt分布にもとづき、電流経路モデルにより I-V特性をシミュレートしたところ、電流密度J(r) 関数による電流分布が、V1.5の率で半径方向に広がって行く特性が、実験によるI-Vカーブと良い相関を示した。

5. 静電気放電と要因

静電気放電とその要因を、エネルギー移動の観点から見直し、磁気ヘッドの各部を放電の要素として表現した。また、物体の接地の有無と放電電流の放電経路によって分類した。

6. 静電気破壊対策の指針

磁気ヘッドの静電気破壊対策は、接触時の放電電流を制御することが基本である。各種の放電形態に対して、帯電源、放電源、放電先、放電経路、接地の有無により分類し、静電気破壊対策の方針を示した。

7. 結論

テープ装置における磁気ヘッドの静電気破壊の特徴は、その容量が小さく微小なエネルギーでも破壊することにある。テープ装置におけるヘッドの静電気破壊対策の指針と対策内容を表にまとめた。次世代ヘッドや一般的なデバイスの静電気破壊対策にも応用できるように、指針を示すと共に評価方法についても提案している。

表. テープ用磁気ヘッドの静電気破壊対策と注意事項

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「テープ装置に於けるMR/GMRヘッドの静電気破壊対策の研究」と題し、磁気テープ記録装置における静電気障害、特に、近年、高密度磁気記録を読み出すMR/GMRヘッドの静電気破壊現象を基礎実験、シミュレーションを通じて詳細に検討し、具体的な静電気障害対策指針の確立を目指したもので、全部で7章から構成されている。

第1章は、序論であって、研究背景、本研究以前の従来の研究、テープ用磁気ヘッドの静電気障害の実情、問題点などをまとめると共に、本研究を進める上での重要なデバイスであるGMRヘッドの概要等を詳細に説明してある。特に、MR磁気ヘッドは、10-8J台、GMR磁気ヘッドは、10-10J台の極めて微小の放電エネルギーで故障することなどが示されている。

第2章は、「テープからの放電」と題し、回転ドラムに取り付けられたヘッドと走行テープとの接触摺動状態での帯電と、それに伴う絶縁破壊現象を詳細に検証している。金属蒸着(ME)テープでの接触帯電電圧は1-2Vであるのに対し、磁性粉塗布(MP)テープでは、10-20Vの帯電となることを明らかにしている。一方、同じ帯電電圧であれば、テープの表面抵抗が大きいほど放電電流は小さくなり、結果としてMRヘッドの損傷も少ないことなどを実験的に確かめている。ちなみに、帯電電圧が30Vの場合、テープの表面抵抗は1×104Ω/sq以上が望ましいと結論づけている。また、テープの容器、カセットの帯電も問題であることを確認している。これは、カセットの帯電がテープに誘導電荷を発生させることによるものである。ちなみに、カセット容器の材質を変え、従来の表面抵抗率が1012Ωの高抵抗樹脂から1010Ωの静電製樹脂に換えることでカセットの摩擦帯電が1-3kVから70~150Vに低減すること、誘導電荷量も2~6nCから0~1nCに減少させることができたとしている。

第3章は、「ヘッド端子からの放電」についてまとめたものである。帯電原因として、配線の被覆導線やフラットケーブルの帯電を取り上げ様々な場合について実験的に検証している。優れた絶縁材料で被覆された電線は、摩擦等で容易に1kV以上に帯電する。この被覆外側の電荷によって導線表面にも電荷が誘起される。この導線がヘッドなどに接触すると、ヘッドに大きな電流が流れることになる。1kV程度の帯電で800mAもの電流が観測されている。この現象を詳細に調べたところ、接地への放電では、電線の長さによって電流波形(特に、半値幅)が異なること、ヘッドへの放電では、半値幅等に電線長の影響は認められないとしている。接地されていないヘッドへの放電では、電流が流れ込むことでヘッド自身の電位が変化し、放電が短時間で終了することが認められると報告している。また、ヘッドと接地との間の静電容量によってヘッドとの間の放電電流は大きく変化することを見いだし、接地との距離や浮遊容量が帯電電圧を変化させ放電電流に影響することを実証している。

第4章は、「ヘッド材料による対策」と題し、ヘッドの基板材料とギャップ材料の導電かを進めることによる静電気破壊防止対策効果を検証している。その一つは、導電性フェライトを開発し、テープ上にある電荷がヘッドへ放電電流として流れるのをバイパスして減少させる効果をねらったものある。従来型の絶縁性の高いα-Fe2O3基板から導電性の高いALTIC基板に変えた結果、ヘッドに流れる電流を1/5に減少させることができたが、基板電流は4-5倍に増加する弊害があるが、導電性フェライト基板を用いると、素子電流は、ALTIC基板の場合の電流の1/4、また、基板電流は、前者の1/8に下げることに成功した内容を報告している。また、GMR素子とシールド間のギャップ膜についても、従来の絶縁性の高いアルミナ膜から新規開発の白金ドープアルミナ膜に変えることで電荷が貯まる前に放電可能となり、結果として静電気放電による膜破壊を防ぐことに成功した結果について記述してある。

第5章は、「静電気放電と要因」で、これまでの研究結果から、磁気ヘッドの静電気放電要因と解析し、方電路と共に整理した結果を示している。

また、第6章は、「静電気破壊対策の指針」と題し、これまでの実験結果や解析を元に、静電気破壊に対する対策を考える上でのガイドラインを示したものである。

第7章は、「結論」で、本研究成果を再度まとめ上げたものである。

以上、これを要するに、本論文は、磁気テープ記録装置にける静電気破壊問題を取り上げ、高密度記録を読み出し可能なMR/GMRヘッドの劣化、破壊現象を多くの基礎実験、装置模擬実験、モデル化によるシミュレーションなどを通じて、詳細に検討し、更に、構成素材の導電率を制御することで静電気破壊を大幅に減少させる技術の開発などにより磁気テープ記録における静電気対策指針をまとめ上げたものであり、電気電子工学、特に、静電気工学に貢献するところが大きい。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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