学位論文要旨



No 217336
著者(漢字) 樋口,隆信
著者(英字)
著者(カナ) ヒグチ,タカノブ
標題(和) 青紫色半導体レーザを光源に用いた大容量再生専用光ディスクに関する研究
標題(洋)
報告番号 217336
報告番号 乙17336
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17336号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 古澤,明
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 准教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

テレビ放送方式のアナログからデジタルへの移行は世界的潮流であり、日米欧の先進諸国を初めとして、各国でアナログ放送からデジタル放送への転換が起きている。光ディスク分野におけるデジタル化の経緯を辿ると、1996年に動画像など様々なデジタル情報の記録再生に活用することを目的としたDVDが開発されて以降、デジタルテレビ放送の進展にあわせて、HDTV品質をもつ動画像の記録再生に対応する次世代DVDの研究が進められてきた。本論文の筆者は、近年実用化された青紫色半導体レーザを光源に用いた光ディスクシステムであるHD DVDおよびBlu-ray Discに先駆けて、これらの光ディスク規格の原型となる大容量光ディスクの実証研究を行っている。本論文では、主に再生専用光ディスクの大容量化技術に注目して、光ディスク原盤作製技術の高解像度化、大容量再生専用光ディスクの再生特性、基板表面の汚染物質の影響、光ディスク媒体のもつノイズに関する議論がなされている。

本論文は7章からなる。

第1章は本論文の序であり、研究の背景と本論文の構成について述べている。

第2章から第4章では、光ディスク原盤作製技術の高解像度化と大容量再生専用光ディスクの再生特性について述べている。

第2章「光ディスク原盤作製技術の高解像度化」では、光ディスク原盤作製技術の高解像度化に関する手法を比較し課題をまとめている。比較した高解像度化技術の中から、既存の光ディスク原盤記録装置を用いながらプロセス技術の改良によって高解像度化を達成することを特徴とした有機色素の光退色性を利用する方法、および、レーザ光を光源とする原盤記録装置の解像限界を大きく改善する電子線を光源とした原盤記録装置を利用する方法に注目し、これらの高解像度化技術の特徴と課題について述べている。

第3章「DVDとの互換性を重視した大容量再生専用光ディスク」では、DVDとの互換性確保とHDTV品質のデジタル動画像の収録に対応することを目的とした大容量再生専用光ディスクについて述べている。はじめに、光退色性色素を用いた高解像度化技術について、ビーム径縮小効果を解析すると共に、微小ピットを記録し形状を観察することによって解像特性を評価し、光退色性色素を用いたときの解像度改善効果は15%から20%であることを明らかにしている。これを面密度に換算すると1.4倍から1.6倍の改善効果になる。次に、光退色性色素を用いてDVDと同じ厚さ0.6 mmの基板を採用した大容量再生専用光ディスクを作製し、青紫色半導体レーザとNA0.6の対物レンズを搭載した評価装置を用いて再生評価を行った結果、DVDとの比較によって記録密度9.4 Gbit/in2、片面2層合計27 GBの記録容量をもつ再生専用光ディスクが実用水準の性能を示すことを初めて明らかにしている。本章に記された研究成果は、後に実用化されたHD DVDに至る最初の報告であり、HD DVD規格の原型となった。

第4章「薄型保護層をもつ大容量再生専用光ディスク」では、薄型保護層と高NA対物レンズを採用する光ディスクシステムの大容量化の可能性について述べている。解像特性の優れた電子線原盤記録装置を用いて厚さ0.1 mmの薄型保護層をもつ再生専用2層光ディスク試料を作製し、青紫色半導体レーザとNA0.85の高NA対物レンズを採用した評価装置を用いて再生特性の評価を行っている。作製した2層光ディスクの記録密度は18.0 Gbit/in2であり、直径120 mmの光ディスク媒体1枚あたりの記録容量50 GBを初めて実現している。実験の結果、基板傾きや焦点位置ずれなどの外乱に対して実用的なマージンが得られ、薄型保護層と高NA対物レンズを採用した光ディスクシステムにおいて、2層50 GBの記録容量は概ね実用可能な水準にあり、HDTV品質の動画像の記録再生が4時間以上可能になることを初めて明らかにしている。本章に記された研究成果は、後に実用化された再生専用Blu-ray 2層ディスクに至る最初の報告であり、Blu-ray Disc規格に大きな影響を与えた。

第5章「光ディスクの大容量化と保護層表面の汚染物質」では、薄型保護層の表面に付着する汚染物質の影響について述べている。薄型保護層と高NA対物レンズを採用する光ディスクシステムでは、従来の光ディスクシステムと比較して保護層表面に付着する汚染物質が光ディスクシステムの安定性に与える影響が格段に大きくなる。そこで、保護層表面に指紋汚れを付着させた光ディスク試料を用意し、指紋汚れによるサーボ信号の変動を測定している。測定の結果、光量で規格化したフォーカスエラー信号変動量の分散が概ね10%を超えた場合、また、光量で規格化したトラッキングエラー信号変動量の分散が概ね15%を超えた場合は、サーボが破綻する傾向が顕著になることを明らかにしている。一方、指紋汚れの形状とサーボの安定性に着目し、指紋汚れを構成する線の幅をピッチで除算した値、すなわち、指紋汚れの占有面積比率がサーボの安定性を見極める指標となることを見出し、指紋汚れの占有面積比率が70%を超えるとサーボが不安定になることを明らかにしている。また、光線追跡法を用いて指紋汚れの影響を解析することにより、従来の光ディスクで用いられてきた遮光体で近似するモデルでは、光量の減衰を伴わずにフォーカスサーボやトラッキングサーボが破綻する現象を説明できないことを示している。これらの知見をもとに、矩形断面を持つ透明体によって近似する新たなモデルを提案し、指紋汚れに対する撥油性表面保護処理の有効性を実証している。本章で述べた研究成果は、Blu-ray Disc規格の策定において活用された。撥油性表面保護処理の導入により汚染物質の付着によって発生する問題を回避する目処がたち、カートリッジをもたない第二世代Blu-ray Discが実用化された。また、本研究の応用として、光ディスク記録再生装置や記録媒体の開発に活用することを目的とした人工指紋について述べている。

第6章「光ディスク媒体の低ノイズ化」では、光ディスク媒体の大容量化と媒体ノイズの関連ついて述べている。短波長光源や高NA対物レンズの採用による光学系の解像度向上に伴い、光ディスク媒体のもつノイズの影響が増大している。また、従来の光ディスク媒体を構成する材料は、媒体ノイズ、コスト、環境負荷などの課題のすべてを満足する材料が無く、新たな材料が求められている。そこで、潤沢で安価であり環境負荷が低い物質であるアルミニウムを主原料として、結晶粒子を微細化かつ均一化することによって、媒体ノイズ、コスト、環境負荷などを満たす反射膜材料の実現を試みている。アルミニウムにパラジウムおよび酸化錫を添加して作製した反射膜は、従来のアルミニウム合金と比較して、表面粗さ、高低差、粒子径ともに約1/3を実現している。新規アルミニウム合金薄膜の性能確認として、Blu-ray Disc規格に準じた追記型光ディスクと再生専用光ディスクを作製し、従来のアルミニウム合金を用いた場合よりも優れた記録再生特性を示すことを実証している。また、反射膜表面の平均表面粗さや最大高低差といった起伏の大きさを表す指標と媒体ノイズの間に相関があることを確認し、結晶粒子を微細化かつ均一化することによって媒体ノイズを低減する方法論が正しいことを示している。

第7章は結びで、本論文の研究成果を総括している。

以上を要約すると、本論文は、HDTV品質のデジタル動画像の収録に対応する次世代光ディスクの実証研究に関する成果をまとめたものである。筆者は本論文において、実用水準の再生特性を有する、記録密度9.4~18.0 Gbit/in2、27~50 GBの記録容量をもつ再生専用2層光ディスクを初めて実現した。本研究報告は後に実用化されたHD DVDおよびBlu-ray Discに至る最初の報告であり、これらの光ディスク規格の原型となった点で大きな意味をもつ。また、光ディスク媒体の保護層表面に付着する汚染物質に対する解析、媒体ノイズやコストおよび環境負荷の低減を両立する反射膜材料の開発において新しい成果をあげ、光ディスク分野の発展に多大の貢献を成し遂げている。

審査要旨 要旨を表示する

CD、DVDに次ぐ第3世代の光ディスクとして、回折限界の光スポットの径を縮小するため、波長405nmの青紫色半導体レーザと高NA(開口数)の対物レンズの組み合わせを用いたシステムが考えられ、最終的にHD-DVDとBlu-ray discという2つの規格が作られた。いずれも、HDTV品質のデジタル動画像を直径120mmの光ディスク媒体に2時間以上記録することを目標として作られたシステムである。本研究は、これら第3世代光ディスクの2つの規格の策定に先駆けて、大容量光ディスクの実証研究を行ったものである。特に、再生専用光ディスクの大容量化技術に注目して、光ディスク原盤作製技術の高解像度化、大容量再生専用光ディスクの再生特性、基板表面の汚染物質の影響、光ディスク媒体の持つノイズに関する議論を行った。

本論文は以下の7章からなる。以下に各章の内容を要約する。

第1章では、本論文の序論として、まず研究の背景、光ディスクに対する応用分野からの要請、大容量化技術、環境負荷に対する要請、などについて述べられ、さらに本論文の目的と概要がまとめられている。

第2章では、光ディスク原盤作製技術の高解像度化に関して、光ディスク媒体の製造技術の概要、その高解像化の方法の一般論、および光退色性色素を用いる方法と電子線露光による方法の概要が述べられている。

第3章では、DVDとの互換性を重視した大容量再生専用光ディスクの実現方法として、光退色性色素を用いたレーザスポット径の縮小方法に関して、まず色素に求められる特性が論じられている。ついで、光退色の実測とそれによるレーザスポット径の縮小効果の予測の関して論じられている。さらに実際に微小ピットを原盤に記録し、レーザスポット径の縮小効果を実証した。最後に、光退色性色素を用いて再生専用の2層光ディスクを作製し、詳細に信号評価を行っている。この章での結果は、後に実用化されたHD DVDに至る最初の研究成果報告であり、HD DVD規格の原型となった。

第4章では、薄型保護層を持つ大容量光ディスクに関して、再生専用2層ディスクを作製し、再生特性を検討している。原盤は電子線による記録装置を用いて作製し、記録再生信号特性、サーボ信号のSN比、チルトマージン等を実験的に検討している。本研究での結果は、後のBlu-rayの規格の最短マーク(ピット)長、トラックピッチ、保護層厚さ、中間層の厚さなどの決定に大きな影響を与えることとなった。

第5章では、光ディスクの保護層表面の汚染物質の影響が論じられている。ディスク表面の指紋汚れに関して、従来の遮光体モデルではなく、透明で有限厚みを持つ透明体モデルを考え、保護層の厚みが薄い場合には、後者がより実際のエラーを適切に説明できることを明らかにした。ここで得られた知見により、ディスク表面を發油性処理することにより、油膜を液滴化して散乱体とすることにより、エラーの発生を抑えられることが明らかとなった。

第6章では、光ディスク記録媒体の反射膜材料の結晶粒サイズとノイズの関係に着目し、結晶粒サイズを小さくする合金組成の検討を行った。アルミニウムをベースとし、さまざまな添加元素を加えることにより、結晶粒サイズ、表面粗さ等の予測と、実験による検証を行っている。

第7章では本研究の結果をまとめると同時に、課題と今後の展望を述べている。

以上のように本研究は、再生専用の高密度光ディスクに関して、原盤作製技術から記録メディアの諸特性まで、幅広く検討、実験、考察を行っており、後のHD-DVD、Blu-ray discの実現に大きく貢献した。またこの研究の延長として、現在では20層で総容量500 GBiteのBlu-ray discも実験室レベルで実現されている。本研究により得られた知見は、今後の更なる大容量光ディスクの研究に対する基盤となり、今後の物理工学の発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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