学位論文要旨



No 217338
著者(漢字) 宮脇,成生
著者(英字)
著者(カナ) ミヤワキ,シゲナリ
標題(和) 日本の河川域における外来植物の管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 217338
報告番号 乙17338
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17338号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鷲谷,いづみ
 東京大学 教授 高村,典子
 東京大学 准教授 宮下,直
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
 東京大学 准教授 吉田,丈人
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

経済活動の国際化に伴い、地球規模での人や物資の移動が活発になるとともに、生物が意図的・非意図的に元来の生息域外に導入される機会および量が増大している。その結果、多くの生物が導入先の生態系において「外来種」として定着している。導入先における外来種の侵入は、生息・生育場所の改変、気候変動、過度の資源利用、および汚染とともに、生物多様性を脅かす重要な要因の1つとして認識されている。外来種による生物多様性や人間活動への多岐にわたる深刻な影響を回避・低減するための対策は急務である。

外来植物による侵入が特に顕著な生態系は温帯の湿地を含む河川域であり、日本の河川域においても植物相の1~3割は外来植物で占められるに至っている。日本の河川域は平野部に残された数少ない自然であり、外来植物の侵入は河川域の生物多様性および生態系が置かれている窮状に対してさらに追い打ちをかけている。

河川域における生物多様性および健全な生態系の保全のためには、外来植物、そのなかでも侵入に伴う影響が大きい「侵略的外来植物」を対象とした対策を優先させる必要がある。その対策としては、侵略性の高い種の動向の把握・予測、その侵入の防止、すでに侵入したものに対しては侵入範囲の予測に基づく管理があげられる。

本研究では、「侵略的外来植物」を植生において優占(あるいは共優占)する維管束植物と定義した。生態系の栄養的基盤と物理的構造を決める優占種は、生態系全体の性格を強く規定するため、侵略性の強い外来種であると判断できる。このような種は、在来種を競争的に排除することが多いため、少なくともこれらが侵略的であると仮定することは管理上の矛盾を生じないと考えられる。

本研究は、日本の河川域における外来植物管理のより効果的な実施に寄与するために、以下の項目について検討した。

1. 全国の河川における侵入状況 (第2章)

2. 侵略的外来植物となる種に共通する特性 (第3章)

3. 侵略的外来植物の原産地における分布特性 (第4章)

4. 侵略的外来植物種に侵入されやすい場所の予測 (第5章)

5. 侵略的外来植物種の管理戦略 (第6章)

第2章 日本の河川における侵略的外来植物の侵入状況

外来植物の管理においては、対策を優先すべき「侵略的外来種」の侵入状況を把握することが重要である。

本章では、全国109水系の国が管理する直轄河川区間において実施されている「河川水辺の国勢調査」の1992~1999年のデータをもとに、侵略的外来植物の侵入状況を優占群落面積により把握した。その結果、1999年までに直轄河川で確認された外来植物の19.6%(87種/444種)が優占群落を形成していた。外来植物優占群落の合計面積は11910 haであり、これは集計された全植生面積の14%を占めており、この面積の8割はわずか10種類の侵略的外来植物が優占する群落によって占められていることが明らかになった。

第3章 日本の河川域における侵略的外来植物の特性

本章では、第2章において抽出した日本の河川域における侵略的外来植物に共通する特性を把握するために、河川水辺の国勢調査において確認された外来植物について、種の属性(分類、生活型、原産地)、直轄管理区間における優占群落面積を統合したデータベースを作成し、侵略的外来種であるか否かとこれらの属性との関係を解析した。このとき、既往の研究より侵略性が高いと考えられている種群(緑化種、農耕地雑草、水耕種)の侵略的外来種の種数への寄与を検証するとともに、これらの種群ごとに侵略的外来種であるか否かと種の属性の関係を解析した。その結果、緑化種、農耕地雑草は、その他の外来植物と比較して、侵略的外来植物になりやすい傾向が認められた。また、農耕地雑草においては、特に北アメリカを原産地とする種がより侵略的外来植物となる可能性が高い傾向が認められた。

外来植物が優占する植生面積は、侵略的農耕地雑草、緑化種、水耕種は、それぞれ、62.5%、45.6%、1.1%を占めていた。一方、生活型でみると、多回繁殖型多年生草本の群落面積が最大であり、60.3%を占めた。原産地別では北アメリカ原産の侵略的外来種の群落面積が最大で72.3%を占めた。分類群に関しては、キク科、イネ科、マメ科の3科で群落面積全体の95.5%を占めた。

第4章 原産地における分布特性が日本の河川域における外来植物の侵略性に与える影響

外来植物の侵入のプロセスのうち、原産地に生育している状態から導入先に個体・散布体が持ち込まれるまでの侵入前の段階は、これ以降の段階における散布体圧を規定する段階であるため、侵略性に影響を与える要因に関する解析においてはこの段階を考慮することが重要である。

本章では、日本の河川域における外来植物の侵略性と原産地における分布および生態特性の関係について検討した。ここでは、アメリカ合衆国(以下、米国)を原産地とする全ての植物種を対象として、原産地における分布特性(農耕地における雑草ステータス、湿地選好性、分布範囲)が、導入経路や侵入後期間とともに侵入成功に与えた影響を河川水辺の国勢調査の植物・植生データをもとに一般化線形混合モデル(GLMM)を用いて検証した。その結果、農耕地における雑草ステータス、分布範囲、湿地選好性、意図的導入の有無が侵入の成功に大きく寄与することが明らかになった。侵入後期間は、いずれの侵入段階においても影響が認められなかった。一方で、非意図的導入の種において、侵入後期間の長い種は米国における分布範囲が広く、分布範囲が狭い種は侵入後期間が短い傾向が認められたことから、日米間の貿易量が近年と比較して少ないため、散布体圧が小さかった年代においては、日本に到達・定着する種は、導入される種の中でも相対的に散布体圧の多い種に限られたものと考えられる。

第5章 千曲川における侵略的外来植物の侵入範囲予測

地域の生態系に侵入した侵略的外来植物への対策を効果的・効率的に実施するためには、対策を優先的に実施する場所を抽出する手法が必要である。本章では、千曲川における侵略的外来植物4種(オオブタクサAmbrosia trifida L.、アレチウリSicyos angulatus L.、シナダレスズメガヤEragrostis curvula (Schrad.) Nees、ハリエンジュRobinia pseudoacacia L.)の侵入場所を予測するモデルを作成し、各種の侵入可能性を地図化した。モデルは千曲川の河川区域を5m×5mの格子に分割したデータと、CART(Classification And Regression Tree)により作成し、その予測性能をROC分析の曲線下面積(AUC)等の指標により評価した。モデルの応答変数は、「対象種優占群落の有無」、説明変数の候補は、「比高(計算水位からの相対的な地盤高)」、「植被タイプ」、「農地からの距離」、「半径25m内供給源格子数」、「半径50m内供給源格子数」、「半径100m内供給源格子数」および「上流供給源面積(1km区間)」、「同(3km区間)」、「同(5km区間)」である。

解析より得られた各対象種のモデルは、いずれも説明変数に「比高」を含み、河川域での外来植物侵入場所におけるこの変数の重要性が示された。また、得られたモデルの予測性能は、学習データおよび検証データのいずれにおいてもAUC > 0.7という値を示し、いずれも実用的な予測性能を持つだけでなく、生態学的知見ともよく整合していた。

第6章 河川域における侵略的外来植物の管理戦略

本章では、生物多様性および健全な生態系の保全を目指す立場から、河川における外来植物管理戦略および手法について、前章までの結果および既往の研究・事例に基づいて論じた。

本研究より、日本の河川域において侵略的外来植物として振る舞う可能性の高い種は、土壌浸食防止等の目的で導入される緑化植物、北アメリカ原産の農耕地雑草であることが示された。今後の河川域における侵略的外来植物の管理においては、緑化植物および北アメリカ原産の農耕地雑草への対策が重要と考えられる。緑化植物については、すでに導入されている種に加えて、新たな種の導入を避けるとともに、すでに導入された個体群を排除することが重要である。北アメリカ原産の農耕地雑草については、すでに侵略的外来植物として振る舞っている種については、今後も継続的に大量の散布体(種子等)が導入される可能性が高いため、優先的に排除等の管理が必要である。

外来植物管理を成功に導くには、河川管理における様々な課題と併せ、広域・長期的視点から生態系管理の一環として外来植物管理を位置づけ、戦略・計画を立案することが重要である。先述のとおり、外来植物の侵入は河川における他の問題と密接に関連しているためである。併せて考えるべき課題としては、生物多様性保全に関連して、絶滅危惧種の保全、河川域に特有なハビタットの保全、エコロジカル・ネットワークの確保、治水等に関連して、洪水時流量確保のための河道管理、拡大する河道内樹林の管理などがあげられる。

本研究の成果は、河川管理における上述のような戦略・計画の検討において寄与するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

侵略的外来植物の侵入は、富栄養化、気候変動、ダム建設による連結性の阻害などの人為的環境変化とも相まって、河川域の生物多様性および生態系に大きな影響を与えている。その影響は急速に拡大しつつあるが、日本においても例外ではない。日本の河川にも侵略的な外来植物が急速に蔓延しつつあり、その管理法を確立することは、河川環境保全のための喫緊の課題となっている。

申請者は、日本の河川域における外来植物管理の効果的な実施に資するため、全国の国直轄管理河川における侵入実態および侵略性の把握、侵略性に寄与する生態特性の解明、原産地における分布等の特性と日本の河川における侵略性との関係の把握、個別河川におけるミクロスケールでの侵入予測手法などに関する一連の研究を行い、既存の知見ともあわせて、侵略的外来植物の管理戦略の提案を行った。

侵入実態の把握では、全国109水系の国が管理する直轄河川区間で実施されている「河川水辺の国勢調査」の1990年代のデータを分析し、確認された外来植物種のうち19.6%(87種/444種)が優占群落を形成しており、1万2千haにおよぶ外来種優占群落の面積の8割は特にセイタカアワダチソウなど、特に侵略性の高い10種類の外来植物で占められていることを明かにした。優占群落を形成する外来植物を侵略的外来植物と定義すると、緑化用に意図的に導入される種(群落面積比で45%以上)や非意図的に侵入する農耕地雑草(60%以上)が大半を占め、農耕地雑草においては、大豆等の穀物の日本への主要な輸出国であるアメリカ合衆国を原産地とする種が圧倒的に多いことが示された。さらに、同国を原産地とするすべての外来植物種を対象として、一般化線形混合モデル(GLMM)を用いて、原産地における分布特性等(農耕地における害草度合い、湿地選好性、分布範囲)が導入経路および侵入後期間とともに侵入成功にもたらす効果を分析したところ、農耕地における害草度合い、分布範囲、湿地選好性、意図的導入の有無が侵入成功に大きく寄与していることが示された。

侵略的外来植物への効果的・効率的な対策には、対策を優先的に実施する場所を特定することが欠かせない。申請者は、モデルとして取り上げた千曲川における侵略的外来植物4種(オオブタクサAmbrosia trifida L.、アレチウリSicyos angulatus L.、シナダレスズメガヤEragrostis curvula (Schrad.) Nees、ハリエンジュRobinia pseudoacacia L.)の侵入場所予測モデルを作成して侵入可能性を地図化する方法を提示した。さらに、これらの知見と既往の研究・事例を参照することで、河川における外来植物管理のための保全生態学的な戦略および手法について論じた

申請者は,このように,日本の直轄管理河川における外来植物の広域データの分析・評価と個別河川における対策に資する予測法を研究し、侵略性に寄与する生態的な特性を科学的に解明するとともに、いくつもの有用な知見を得て、日本の河川における外来植物管理に関する指針を確立する上で欠かせない統合的な情報整理を行った。ここでまとめられた知見は,今後の河川環境管理に具体的に活用されることが期待される。したがって,本研究は,学術的にも社会的にも十分な成果をあげたといえる。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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