学位論文要旨



No 217339
著者(漢字) ベンチュリーニ マリア セシリア
著者(英字) Venturini Maria Cecilia
著者(カナ) ベンチュリーニ マリア セシリア
標題(和) アルゼンチン国における家畜のトキソプラズマ症に関する血清学的ならびに疫学的研究
標題(洋) Serological and epidemiological studies on toxoplasmosis in domestic animals in Argentina
報告番号 217339
報告番号 乙17339
学位授与日 2010.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17339号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 中山,裕之
 帯広畜産大学 教授 五十嵐,郁男
 鹿児島大学 教授 藤崎,幸蔵
 東京大学 准教授 松本,芳嗣
内容要旨 要旨を表示する

トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)は家畜、野生動物をはじめヒトにも感染し、トキソプラズマ症を引き起こす。トキソプラズマ症は家畜では流産、死産など経済的な損失が大きく畜産学的に重要な問題となるが、それ以上に人獣共通感染症としてヒトへの感染がとくに大きな課題であり、解決の急がれる疾患である。T. gondiiは猫ならびに猫科動物が終宿主であり、豚、犬ならびにヒトは中間宿主に位置づけられる。終宿主である猫では腸管上皮で発育し、最終的に糞便中に未成熟オーシストを排泄する。排泄されたオーシストは成熟オーシストとなり感染の機会を待つこととなる。豚、犬、ヒトなどの中間宿主への感染は、中間宿主の筋肉内の組織オーシストを摂取する、感染猫の糞便で汚染された土壌、植物、野菜などから成熟オーシストを摂取する、あるいは垂直感染による。ヒトへの感染では中間宿主の肉のうちとくに豚肉が問題となる。1980年代では全世界の約半数のヒトがT. gondiiに感染しており、アルゼンチン国(ア国)では妊婦の約半数が抗体陽性である。人獣共通感染症の観点からT. gondii感染を疫学的に検討する上では猫の抗体陽性率を調査することが最も重要である。しかしながら、ア国における猫のT. gondiiに対する抗体陽性率に関する情報は少なく、また人獣共通感染症の観点から検討したものはほとんどない。

そこで、ア国におけるトキソプラズマ症の血清学的ならびに疫学的検討を、第一章では猫におけるトキソプラズマ症について、第二章では豚におけるトキソプラズマ症について、第三章では犬におけるトキソプラズマ症について検討した。

第一章: 猫におけるトキソプラズマ症

ア国においては猫のT. gondiiに対する抗体の検出では蛍光抗体法(IFAT)あるいはラテックス凝集法(LA)が用いられている。ア国における猫の抗体陽性率は1987年の35 % から1993年の19.5 % と低下していると報告されているが、その測定法により陽性率は異なる。そこでまず、ア国、ブエノスアイレス州、ラ・プラタ市の猫延べ168頭の血清についてその抗体陽性率を調査した。またその内68頭についてはIFATとLAで測定し、その有用性を比較検討した。IFATでは68頭中17頭(25 %)がT. gondiiに対する抗体が陽性で、LAでは9頭(13.2 %)が陽性であった。IFATとLAでは用いる抗原が異なっており、IFATに用いる抗原は原虫の膜抗原で、LAでは原虫の粗抗原であることから、猫の抗体調査にはIFATが優れているものと考えられた。IFATでは168頭中72頭(41.9 %)が抗体陽性で、ア国における猫の陽性率は東南アジア(8-9 %)、とくに日本に比較して高い陽性率を示した。また、ラ・プラタ市に比較してブエノスアイレス市の抗体陽性率が高いと考えられた。ア国における成人女性のT. gondii抗体陽性率(50-70 %)は東南アジア(4-39 %)に比較して著しく高値であると報告されている。ヒトへの感染経路としては終宿主から排泄された成熟オーシストを含む糞便、それに汚染された土壌、野菜、果物などの経口摂取が重要な経路であり、猫の陽性率の高値はヒトの感染率に関連しているものと考えられた。

第二章:豚におけるトキソプラズマ症

トキソプラズマ原虫のヒトへの感染経路では、生肉あるいは良く調理していない豚肉を食することで、中間宿主である豚筋肉中に存在するT. gondiiのシストを経口摂取してしまう経路が重要と考えられている。また、中間宿主である豚が感染する上ではその飼育環境が問題となる。そこでア国の屠畜場に搬入された豚230頭について、その抗体陽性率を凝集法(MAT)で測定した。また、飼育環境の異なる2つの牧場の豚について検討した。

屠畜場に搬入された豚230頭中87頭(37.8 %)が抗体陽性であった。またブエノスアイレス州では62.8 %、コルドバ州では24.6 %、ラ・パンパ州では58.7 %、サンタフェ州では37.1 %、サン・ルイス州では3.3 %とブエノスアイレス州とラ・パンパ州が他の州と比較して高い陽性率を示し、第一章で述べたように猫の陽性率と同様の傾向を示した。1990年代の報告でア国、ブラジルなど中南米では43-90 %、ドイツ、イタリアなどヨーロッパでは8-64 %、日本など東南アジアでは3-13 %、米国では10-29 %と報告されている。今回の結果を併せて考えてみてもア国における豚の抗体陽性率は東南アジアに比較して高いと考えられた。また、第一章で述べたヒトにおける抗体陽性率を考えてみると豚におけるT. gondiiの抗体陽性率は、ヒトにおけるT. gondii抗体陽性率と密接に関連すると考えられた。また、飼育環境の良好な牧場1では88頭中4頭(4.5 %)が抗体陽性であるのに対し、飼育環境の悪い牧場2では112頭中45頭(40.2 %)が抗体陽性で、その陽性率は有意な高値であった。豚舎あるいは餌が猫の糞便などで汚染されない飼育環境と飼育管理がT. gondiiの抗体陽性率に影響していると考えられた。

第三章:犬におけるトキソプラズマ症

犬は、豚やヒトと同様T. gondiiの中間宿主ではあるが、その生活環境がほぼヒトと同様であるため、ヒトへの感染源というよりはむしろ、ヒトにおけるT. gondiiの感染状況を反映する動物として捉えることが出来ると考えられる。そこで、1997年から2007年の10年間にわたり神経症状を呈した犬、延べ1001頭についてT. gondiiの抗体陽性率を調査した。また、抗体陽性率に年齢による差異が考えられるので年齢に基づき3群(1群:12ヵ月未満、2群:13-60ヵ月、3群:61ヵ月以上)に分類した。延べ1001頭中303頭(30.3 %)の犬がT. gondiiに対する抗体が陽性であった。また1群では16.6 %(44/264)、2郡では31.1 %(135/434)、3群では40.9 %(124/303)と加齢に伴って抗体陽性率が増加した。神経症状を伴う犬の抗体陽性率は犬全体の抗体陽性率よりも高いと推測されるが、ア国における犬のT. gondii抗体陽性率は約30 %と考えられた。これまで、犬のT. gondiiの抗体陽性率はア国で60 %、ブラジルで46-84 %、イスラエルで36 %、スペインで47 %、中国で5 %、台湾で8-25 %と報告されており、ア国における犬の陽性率は今回の結果を加えて考えても、ヨーロッパや東南アジアの国に比較して高い。また、第一章、第二章に述べたようにヒトのT. gondii抗体陽性率の傾向と同様で、犬におけるT. gondii抗体陽性率は、同様にT. gondiiの中間宿主であるヒトの感染状況を反映しているものと推測された。

以上の結果、T. gondii感染はア国の動物に広く蔓延していることが明らかとなった。また猫ならびに豚のT. gondii抗体陽性率はヒトにおける陽性率を反映しており、猫と豚がヒトへの感染源として重要なことが再認識された。さらに、豚のT. gondii抗体陽性率は飼育牧場の施設や飼育環境によることが明らかとなった。したがって、ヒトのトキソプラズマ症を予防する上では、猫の清浄化とともに豚の飼育環境や飼育方法の改善が必要であると考えられた。

このように、本論文は未だ明らかにされていない虚血環境における神経細胞のミトコンドリアDNA D-loopの変異を明らかにしたものである。その内容は、獣医学の学術上貢献するものであり、よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

審査要旨 要旨を表示する

トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)は家畜、野生動物をはじめヒトにも感染し、トキソプラズマ症を引き起こす。トキソプラズマ症は家畜では流産、死産など経済的な損失が大きく畜産学的に重要な問題となるが、それ以上に人獣共通感染症としてヒトへの感染がとくに大きな課題であり、解決の急がれる疾患である。T. gondiiは猫ならびに猫科動物が終宿主であり、豚、犬ならびにヒトは中間宿主に位置づけられる。終宿主である猫では腸管上皮で発育し、最終的に糞便中に未成熟オーシストを排泄する。排泄されたオーシストは成熟オーシストとなり感染の機会を待つこととなる。豚、犬、ヒトなどの中間宿主への感染は、中間宿主の筋肉内の組織オーシストを摂取する、感染猫の糞便で汚染された土壌、植物、野菜などから成熟オーシストを摂取する、あるいは垂直感染による。ヒトへの感染では中間宿主の肉のうちとくに豚肉が問題となる。1980年代では全世界の約半数のヒトがT. gondiiに感染しており、アルゼンチン国(ア国)では妊婦の約半数が抗体陽性である。人獣共通感染症の観点からT. gondii感染を疫学的に検討する上では猫の抗体陽性率を調査することが最も重要である。しかしながら、ア国における猫のT. gondiiに対する抗体陽性率に関する情報は少なく、また人獣共通感染症の観点から検討したものはほとんどない。本論文は、ア国におけるトキソプラズマ症の血清学的ならびに疫学的検討を行なったもので、緒論、総括を除き、三章から構成されている。

第一章では猫におけるトキソプラズマ症似ついて検討している。ア国においては猫のT. gondiiに対する抗体の検出では蛍光抗体法(IFAT)あるいはラテックス凝集法(LA)が用いられている。ア国における猫の抗体陽性率は1987年の35 %から1993年の19.5 %と低下していると報告されているが、その測定法により陽性率は異なる。そこでまず、ア国、ブエノスアイレス州、ラ・プラタ市の猫延べ168頭の血清についてその抗体陽性率を調査した。またその内68頭についてはIFATとLAで測定し、その有用性を比較検討した。IFATでは68頭中17頭(25 %)がT. gondiiに対する抗体が陽性で、LAでは9頭(13.2 %)が陽性であった。IFATとLAでは用いる抗原が異なっており、IFATに用いる抗原は原虫の膜抗原で、LAでは原虫の粗抗原であることから、猫の抗体調査にはIFATが優れているものと考えられた。IFATでは168頭中72頭(41.9 %)が抗体陽性で、ア国における猫の陽性率は東南アジア(8-9 %)、とくに日本に比較して高い陽性率を示した。また、ラ・プラタ市に比較してブエノスアイレス市の抗体陽性率が高いと考えられた。ア国における成人女性のT. gondii抗体陽性率(50-70 %)は東南アジア(4-39 %)に比較して著しく高値であると報告されている。ヒトへの感染経路としては終宿主から排泄された成熟オーシストを含む糞便、それに汚染された土壌、野菜、果物などの経口摂取が重要な経路であり、猫の陽性率の高値はヒトの感染率に関連しているものと考えられた。

第二章では豚におけるトキソプラズマ症を検討している。トキソプラズマ原虫のヒトへの感染経路では、生肉あるいは良く調理していない豚肉を食することで、中間宿主である豚筋肉中に存在するT. gondiiのシストを経口摂取する経路が重要と考えられている。また、中間宿主である豚が感染する上ではその飼育環境が問題となる。そこでア国の屠畜場に搬入された豚230頭について、その抗体陽性率を凝集法(MAT)で測定した。また、飼育環境の異なる2つの牧場の豚について検討した。屠畜場に搬入された豚230頭中87頭(37.8 %)が抗体陽性であった。またブエノスアイレス州では 62.8 %、コルドバ州では24.6 %、ラ・パンパ州では 58.7 %、サンタフェ州では37.1 %、サン・ルイス州では3.3 %とブエノスアイレス州とラ・パンパ州が他の州と比較して高い陽性率を示し、第一章で述べたように猫の陽性率と同様の傾向を示した。1990年代の報告でア国、ブラジルなど中南米では43-90 %、ドイツ、イタリアなどヨーロッパでは8-64 %、日本など東南アジアでは3-13 %、米国では10-29 %と報告されている。今回の結果を併せて考えてみてもア国における豚の抗体陽性率は東南アジアに比較して高いと考えられた。また、第一章で述べたヒトにおける抗体陽性率を考えてみると豚におけるT. gondiiの抗体陽性率は、ヒトにおけるT. gondii抗体陽性率と密接に関連すると考えられた。また、飼育環境の良好な牧場1では88頭中4頭(4.5 % )が抗体陽性であるのに対し、飼育環境の悪い牧場2では112頭中45頭(40.2 %)が抗体陽性で、その陽性率は有意な高値であった。豚舎あるいは餌が猫の糞便などで汚染されない飼育環境と飼育管理がT. gondiiの抗体陽性率に影響することを明らかとなった。

第三章では犬におけるトキソプラズマ症について検討している。犬は、豚やヒトと同様T. gondiiの中間宿主ではあるが、その生活環境がほぼヒトと同様であるため、ヒトへの感染源というよりはむしろ、ヒトにおけるT. gondiiの感染状況を反映する動物として捉えることが出来ると考えられる。そこで、1997年から2007年の10年間にわたり神経症状を呈した犬、延べ1001頭についてT. gondiiの抗体陽性率を調査した。また、抗体陽性率に年齢による差異が考えられるので年齢に基づき3群(1群:12ヵ月未満、2群:13-60ヵ月、3群:61ヵ月以上)に分類した。延べ1001頭中303頭(30.3 %)の犬がT. gondiiに対する抗体が陽性であった。また1群では16.6 %(44/264)、2郡では31.1 %(135/434)、3群では40.9 %(124/303)と加齢に伴って抗体陽性率が増加した。神経症状を伴う犬の抗体陽性率は犬全体の抗体陽性率よりも高いと推測されるが、ア国における犬のT. gondii抗体陽性率は約30 %と考えられた。これまで、犬のT. gondiiの抗体陽性率はア国で60 %、ブラジルで46-84 %、イスラエルで36 %、スペインで47 %、中国で5 %、台湾で8-25 %と報告されており、ア国における犬の陽性率は今回の結果を加えて考えても、ヨーロッパや東南アジアの国に比較して高い。また、第一章、第二章に述べたようにヒトのT. gondii抗体陽性率の傾向と同様で、犬におけるT. gondii 抗体陽性率は、同様にT. gondiiの中間宿主であるヒトの感染状況を反映しているものと推測された。以上の結果、T. gondii感染はア国の動物に広く蔓延していることが明らかとなった。また猫ならびに豚のT. gondii抗体陽性率はヒトにおける陽性率を反映しており、猫と豚がヒトへの感染源として重要なことが再認識された。さらに、豚のT. gondii抗体陽性率は飼育牧場の施設や飼育環境によることが明らかとなった。したがって、ヒトのトキソプラズマ症を予防する上では、猫の清浄化とともに豚の飼育環境や飼育方法の改善が必要であると考えられた。

このように、本論文はア国におけるトキソプラズマ症の実態を明らかにしたもので、その内容は、獣医学の学術上貢献するものであり、よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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