学位論文要旨



No 217340
著者(漢字) 林,炯延
著者(英字)
著者(カナ) イム,ヒョヨン
標題(和) 韓国の公共図書館における児童教育的役割と児童教育プログラムにおける構成主義教授学習モデルの設計
標題(洋)
報告番号 217340
報告番号 乙17340
学位授与日 2010.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第17340号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 根本,彰
 東京大学 教授 牧野,篤
 東京大学 教授 影浦,峡
 東京大学 教授 秋田,喜代美
 東京大学 准教授 針生,悦子
内容要旨 要旨を表示する

伝統的に公共図書館の役割として資料保存機能と資料提供機能が強調されてきた。しかし現代社会において公共図書館は学習の場として、その地域の文化的教育的活動を支援する機能が強調されている。現代社会では生涯を通じて多様な形態の学習が必要とされ、そうした活動を支えるために図書館の役割は拡大している。

韓国は図書館法において、公共図書館を情報および文化、教育センターとして読書会、生涯教育プログラム、講演会、文化的な行事を主催および奨励する場として規定している。またソウル市が設立したソウル文化財団では2004年から「本を読むソウル」と2008年から実施している「2008 一館の図書館一冊の読書」プロジェクトを通じて、図書館の教育的機能を地域住民の生活の中で広げる試みを行っている。このような法的基盤と社会的状況を土台に、韓国の公共図書館は資料の収集、整理、保存という図書館の基本的機能だけでなく読書および生涯教育としての教育的機能および地域特性にともなう文化行事等を通して、地域の文化拠点としての役割を拡大しつつある。本研究はこのような背景を出発点とするものである。

本研究は公共図書館で活発に行われるようになっている児童教育プログラムに対して構成主義的観点を接続させることである。構成主義(constructivism)は、既存の客観主義(objectivism)認識論の相対的概念であり、問題意識を持つ学習者が主体的に情報を探索し問題を解決していく過程を強調している。すなわち、公共図書館の読書教育プログラムに参加した児童がより主体的に思考し知識を構成して創造力を育んでいく教育的示唆を発見し、その方法論を提示することに目的がある。

教育機関としての公共図書館の児童教育プログラムは、参加者である児童の興味を高めて児童が学習の主体者として教育されるように構成されなければならない。したがって児童を対象にする読書教育プログラムの計画、構成において児童の知的、情緒的、身体的発達に合う教育方法が重要な要素になる。

このような観点から本研究では韓国における公共図書館の児童教育的役割を分析し、公共図書館で行われている児童のための読書教育プログラムにおいて構成主義教授学習を実践するための教授学習モデルを設計提案し、これを実証的に検証した。さらに本研究における分析を通じて、韓国公共図書館の今後の教育的機能の発展に重要な論点を導き出した。

本研究では最初に関連文献および関連法規の検討を行った。さらに韓国およびアメリカ公共図書館において児童教育プログラムの事例調査および観察分析、児童教育プログラムへの4ヶ月間の参観による深層的観察調査、そしてアンケート調査を通した実証的研究を行った。本研究の主題である韓国の公共図書館の児童教育的役割と児童教育プログラムにおける構成主義教授学習モデルの設計および分析のため、全体を9章から構成した。

第1章では、研究の背景と研究目的、研究方法と構成を述べた。

第2章では、公共図書館の教育的機能に関する理論的検討と分析の枠組みを述べた。図書館は特定の社会に存在しており、その機能と役割はその社会のパラダイムと構成員のニーズによって変わる。したがって公共図書館の機能と役割を探るため文献を通じて理論的考察を行った。また韓国公共図書館の法的な基盤を考察することで、韓国における公共図書館の機能を検討した。

第3章では、アメリカのマサチューセッツ州のボストン周辺の公共図書館の児童教育プログラムに対する事例分析および訪問調査の結果を整理した。アメリカ公共図書館は韓国公共図書館の設立から現在に至るまで幅広く影響を与えている。アメリカ最初の公共図書館といえるボストン公共図書館が1854年に設立されたボストン地域の公共図書館の機能と役割を調べることは、図書館教育的機能を把握するために重要な意味を持っている。そこでボストン周辺にある7館の公共図書館を対象として、児童のために行なわれている教育プログラムを観察調査した。

ボストン周辺の公共図書館は、児童の総合教育センターとして機能しており、児童教育において重要な役割を果たしていた。短期間に多くの成長、発達が生じる児童期は知識習得の基本能力と情緒的領域の発達、社会文化の遺産、伝統、規範などに対する体系的教育と習得が必要であり、公共図書館における児童の発達に合わせた適切な教育プログラムの実施は重要な価値を持つといえる。

第4章では、韓国公共図書館における児童読書教育プログラムの現況および運営実態調査の結果を記述した。韓国のソウルと首都圏の公共図書館11館で実施している教育プログラムの観察調査を通じて、児童読書教育プログラムの実態を考察した。その結果、韓国はプログラム構成に関して、体系化されたモデルと児童サービスを専門とする司書の拡充および教育が必要であることが明らかになった。

実施されていたプログラムは、体系化された構成主義的枠組みを持たず、主にプログラムの指導者の一方的な知識伝達とクイズ形式の質問応答に依存しており、協同学習や自我省察的思考を向上させる具体的プログラムの内容が不足していた。すなわち韓国の公共図書館は情報提供機能から教育機能へ移行の初期段階に留まっていることが明らかになった。

第5章では、3章で観察分析されたボストン周辺の公共図書館の児童教育プログラムの事例調査と4章の韓国公共図書館における児童読書教育プログラムの運営実態を基に、構成主義学習モデルに基づいた児童読書教育プログラムの教授学習モデルを設計提案した。ここで提示された構成主義教授学習モデルは、児童にとって幼い時から持ってきた好奇心と持続的な探求心を維持させ学習の効果を高めるために有効である。

第6章では設計提案された構成主義教授学習モデルの有効性を検証するために、提案された教授学習モデルに基づき、アメリカのマサチューセッツ州のレキシントンにある図書館の読書教育プログラムを観察調査し分析した結果を述べた。構成主義学習要素に対する分析内容を土台に、構成主義教授学習モデルを適用してその有効性を分析した。

第7章では、韓国の児童読書教育プログラムに対する構成主義教授学習モデルの有効性を分析するために、ソウル市松坡図書館で実施された4ヶ月間のプログラム全過程への参観結果について述べた。韓国公共図書館の児童教育プログラムで拡大しつつある教育的活動に対して構成主義的観点を組み合わせることで、学習者である児童がより主体的に思考し、知識を構成し、創造力を伸ばしていく教育上の重要性を見出し、本研究で設計された構成主義教授学習モデルの有用性を検討した。

構成主義教授学習の観点の指導者と教育環境を設定し「お話読書体験教室」を実施した結果、構成主義の観点から設計した図書館の読書教育プログラムが児童の反省的思考を活性化すること、知識の明瞭化を活性化すること、知識への探求を活性化することで児童が主体的な学習者になることが明らかになった。

第8章では、設計されたモデルの実証研究のため因果関係モデルを用いて統計分析を実施し、今後、公共図書館の児童教育プログラムの効果を高めるための論点を導出した。各概念に対する操作的定義を基に、公共図書館の構成主義読書教育プログラムの特性を反映させたアンケート用紙を作成した。アンケート調査は教育者の役割の要素、教育環境の要素、学習者の主体的学習態度要素そして学習者の教育効果からなり、全体12項目を5点尺度で構成した。アンケート調査は2005年1月から2月までソウル市公共図書館の読書教育プログラムに参加した児童を対象に実施した。

分析の結果、公共図書館の読書教育プログラムでは構成主義教育観点に基づく指導者の役割と教育環境が、参加した児童の教育内容の明瞭化、反省的思考、持続的探求、積極的かつ主体的な探求から成立する教育的効果を向上させることが明示された。したがってこれらの要素は、実際に公共図書館において児童読書教育プログラムを計画する際、考慮すべき要素であるといえる。

第9章では、以上の内容を統合、整理して、結論を導き出した

本論文は公共図書館の教育的機能に対する理論的検討を行い、アメリカ公共図書館において構成主義教授学習の実践に対する事例分析を行い、韓国公共図書館において児童読書教育プログラムに対する実態調査を実施した。以上の調査分析を通じて、韓国の公共図書館は教育的機能に関して初期段階にあり、プログラムの内容の補完が必要であることを明らかにした。すなわち、韓国公共図書館の児童読書教育プログラムは構成主義教授学習概念に即して精度を上げる必要があり、本研究では構成主義教授学習モデルを提案した。

さらに韓国公共図書館児童読書教育プログラムに対して観察調査および構造方程式モデルの分析を通じてそのモデルの妥当性を検証した。最終的に本論文は、初期段階にある韓国の公共図書館の児童教育プログラムの問題点を克服するために、本研究で提案した構造主義教授学習モデルが方法論的枠組みとして有効であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

図書館情報学において公共図書館の児童教育機能とは,よい資料を提供することに加えて,読み聞かせ,ストーリーテリング,ブックトークなどの働きかけを通じて本好きな子どもを育てるところにあるとされてきたが,教育学的な検討に乏しかった。本論文は,学習理論をベースに著者が米国の図書館で観察したことを踏まえて新たに読書教育プログラムを作成し,韓国において実施したプロセスを記述・評価することで,公共図書館が教育機能を積極的に果たすための新しい方法を提案したものである。

第1章では,公共図書館の歴史的・法的位置づけをもとに教育機能を検討しようとする本論文の背景を述べた。第2章では,公共図書館の児童教育機能に関する先行研究をレビューし,韓国では生涯学習政策の進展に応じてインフォーマル教育の場としての公共図書館が注目されていることを述べ,続く第3章では,児童読書教育の場として公共図書館を取り上げる理由を公共図書館がもつサービスの公共性の観点から検討し,学校図書館との差異についても言及した。

第4章,第5章では新しい読書教育プログラムをつくるにあたって,構成主義教授学習理論の観点を導入するための理論的な考察を行った。個人の内面の自我省察に焦点をあてた認知構成主義と,学習者と教授者,学習者相互,学習者と学習環境などの外的な側面に焦点をあてた社会構成主義を検討した上で,両者を相互補完的に扱い,学習者の好奇心と持続的な探求心を維持しつつ,学習効果を高めるための学習者-教授者-学習環境の相互関係を重視する読書教育プログラムモデルを作成した。

第6章では,アメリカのボストン周辺の公共図書館の読書教育プログラム実践を観察することを通してこのモデルがよくあてはまっていることを確認し,第7章では韓国の公共図書館の読書教育プログラムで行われている実践をこのモデルの観点から分析・評価した。第8章では,アメリカの学校で実施されている読書教育プログラムをこのモデルに照らして検討しつつモデルの有効性の検討も行った。第9章は,著者自身がソウル市の公共図書館児童室において構成主義学習理論に基づくプログラムを準備しこれを長期間実施したうえで評価した過程を記述したもので,各学習要素別の観察をもとに読書教育としての効果が上がったことを実証している。第10章では,以上の結果をまとめたうえで,韓国の図書館関係機関に対して本論文が示唆する諸点について述べた。

著者は,長年,家庭での読書振興や公共図書館での児童サービスの運営に関わり,現場での実践活動を続けてきた。本論文では,そうした豊富な経験に裏打ちされた実践意識が教育学における学習理論を応用した読書教育プログラム構築に生かされている。児童図書館のもつ教育機能を検証しこれをより効果的に実現する方法を具体的に提案した本論文は,博士(教育学)に値するものと認められた。

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