学位論文要旨



No 217342
著者(漢字) 樫村,芳記
著者(英字)
著者(カナ) カシムラ,ヨシキ
標題(和) 1-メチルシクロプロペンの効率的処理方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217342
報告番号 乙17342
学位授与日 2010.04.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17342号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 根本,圭介
 東京大学 准教授 高野,哲夫
 東京大学 准教授 河鰭,実之
内容要旨 要旨を表示する

果樹は,日本の主要な農作物の一つであり,中山間地域等における農業振興に不可欠な作目となっている。しかしながら,果実の購入数量は年々減少しており,日本の果樹産業を維持・発展させるには,国産果実の消費拡大が喫緊の課題となっている。国産果実は主に生鮮果実として出荷・消費されることから,消費拡大を図るためには外観・食味ともに優れた高品質な果実を安定的に,かつ低コストで消費者へ提供することが重要である。

近年開発された強力なエチレン作用阻害剤である1-メチルシクロプロペン(1-MCP)は,種々の果実において顕著な品質保持効果を示すことが認められており,高品質果実の安定供給に大きく寄与するものと期待されている。米国等では既にリンゴを中心に利用が広がっており,日本でもリンゴ,ニホンナシおよびカキを対象に実用化に向けた検討が進められている。しかしながら,1-MCPによる品質保持効果を確実に得るためには,収穫後速やかに,約1日をかけて処理しなければならない。このため,集出荷施設等が本技術を導入するには,1日の集出荷量を一度に処理可能な気密性の高い施設を整備する必要があり,生産農家や規模の小さな組織が導入することは必ずしも容易ではない。

そこで,日本における1-MCP処理の円滑な導入を支援するため,リンゴおよびニホンナシを対象として,果実の収穫状況等に応じて機動的に実施可能な短時間処理技術,小規模な出荷形態に適した処理技術,リンゴ'ふじ'における処理可能期間延長技術を開発した。

減圧下における1-MCP処理がリンゴおよびニホンナシの品質に及ぼす影響

マンゴーでは,1-MCPを減圧下で処理することにより1時間の処理でも果肉軟化を抑制できることが知られている。そこで,リンゴおよびニホンナシにおける1-MCPの処理時間を短縮するため,減圧下における1-MCP処理が日持ち性および貯蔵性に及ぼす影響を検討した。その結果,リンゴ,ニホンナシともに,1-MCPの品質保持効果は,処理時の気圧が低いほど,また暴露時間が長いほど高かった。リンゴでは,20 kPa以下にまで減圧後,1-MCPを容器内部における濃度が1 μLL-1となるように注入し,1分間以上暴露処理することにより,貯蔵中の果肉軟化,滴定酸度の減少,果心内エチレン濃度(IEC)の増加,果皮の油あがりの発生が顕著に抑制された。一方,ニホンナシでは,10 kPaまで減圧後,1-MCPを容器内部における濃度が1 μLL-1となるように注入し,30分間以上暴露処理することにより,貯蔵中の果肉軟化等の品質低下が顕著に抑制された。ニホンナシにおける処理効果は,1-MCPの処理濃度を1 μLL-1から4 μLL-1に高めることで高まった。減圧処理による処理時間の短縮効果は,樹種および品種により異なったが,その要因は果実内のガス拡散性の相違である可能性が示唆された。リンゴおよびニホンナシにおける1-MCPの減圧処理は,処理時間を大幅に短縮できることから,小規模な集出荷組織等が機動的に実施可能な手法として活用が期待される。

MA包装における1-MCP処理がリンゴ果実の品質に及ぼす影響

既存のMA包装用資材について1-MCPの透過性を検討したところ,低密度ポリエチレン(LDPE)と比較して,酸素および二酸化炭素の透過性は同等でありながら1-MCPの透過性が低い資材を見出した。そこで,MA包装における1-MCPの同時処理の実用性を明らかにするため,本資材を用いたMA包装内への1-MCPの封入がリンゴの日持ち性および貯蔵性に及ぼす影響を検討した。その結果,'ジョナゴールド'および'王林'では気密性容器を用いる通常の処理とほぼ同等の品質保持効果を得られたが,'ふじ'では通常処理の効果を下回った。いずれの品種でも,MA包装単独では包装内部の酸素濃度が十分に低下せず,品質保持効果は得られなかった。1-MCPを封入したMA包装の内部における酸素濃度および二酸化炭素濃度の推移から,'王林'における呼吸およびエチレン生成は,常温において貯蔵4週間後まで1-MCPにより抑制されたものと考えられた。1-MCP処理果では呼吸が顕著に抑制されるため,ガス透過性のより低い資材を用いてMA包装することにより,品質保持効果はさらに高まるものと考えられる。

MA包装用段ボール箱を利用したリンゴおよびニホンナシの1-MCP処理

MA包装用資材として,ライナーにLDPEをラミネートすることによりガス透過性を抑制した出荷用段ボール箱が市販されている。そこで,消費者への直接販売等における利用を想定し,リンゴおよびニホンナシを対象に,本段ボール箱を用いた出荷過程における1-MCP処理の実用性を検討した。その結果,果実を本段ボール箱に詰め,1 μLL-1または2 μLL-1の濃度になるように1-MCPを封入した後, H貼りまたはI貼りにより封緘し24時間密封することにより,気密性容器を用いる通常の処理とほぼ同等の品質保持効果が得られた。リンゴ,ニホンナシともに,本段ボール箱を用いた1-MCP処理の効果に封緘方法および1-MCP濃度による違いは認められなかった。I貼りにより封緘したMA包装用段ボール箱を用いた1-MCP処理は,消費者への直接販売等において利用可能な簡易処理技術として期待できる。ただし,リンゴ,ニホンナシともに,本手法による1-MCPの処理効果は通常処理の効果を下回る場合があったことから,処理方法の改良が必要と考えられた。

収穫から処理までの日数および保管温度がリンゴ'ふじ'における1-MCPの品質保持効果に及ぼす影響

日本におけるリンゴの主力品種である'ふじ'では,大量の果実が連日にわたって収穫されることから,収穫後速やかに1-MCPを処理することは困難である。そこで,リンゴ'ふじ'を対象に,常温または低温における処理までの保管日数が1-MCPの品質保持効果に及ぼす影響を検討した。その結果,収穫3日後または収穫7日後まで20℃で保管した後に処理した1-MCPの効果は収穫翌日における処理効果よりも低く,貯蔵後の果肉硬度と処理時におけるエチレン生成量の対数との間には負の相関関係が認められた。また,収穫後2℃または20℃で保管した果実に1-MCPを処理し,2℃で収穫153日後および収穫209日後まで貯蔵したところ,2℃で保管した場合は,収穫22日後までに1-MCPを処理すれば,処理までの品質低下が小さいことに加えて処理効果も収穫翌日処理と変わらないため,果実品質は高く維持された。一方,20℃で保管した場合は,処理までの日数が延びるに伴い,処理時の滴定酸度が減少し,かつ1-MCPの処理効果も低下するため,長期貯蔵後の果実品質,特に滴定酸度は著しく低下した。収穫後におけるIECの上昇は,2℃で保管することにより抑制された。以上のことから,'ふじ'における1-MCPの処理効果は処理果実のエチレン生成に左右されるものと考えられた。

以上要するに,リンゴおよびニホンナシでは,10~20 kPaまで減圧した後に1-MCPを処理することにより,大気圧では16~18時間かかる処理をリンゴでは1~10分間,ニホンナシでは30~60分間に短縮できることを明らかにした。また,リンゴの果実を1-MCPの透過性が低い資材で包装し,1-MCPを封入することにより,気密性容器を用いる通常の処理とほぼ同等の品質保持効果が得られることを明らかにした。さらに,リンゴおよびニホンナシの出荷箱としてMA包装用に開発されたガス透過性の低い段ボール箱を用い,1-MCPを封入すると,簡易なI貼りで封緘しても通常の処理とほぼ同等の品質保持効果が得られることを明らかにした。一方,リンゴ'ふじ'では,収穫後1-MCPを処理するまで低温で保管すると,処理までの品質低下が抑制されることに加え,1-MCPの処理効果も低下しないため,長期貯蔵における果実品質は収穫後速やかに処理した場合と同等に保持されることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

近年開発されたエチレン作用阻害剤である1-メチルシクロプロペン(1-MCP)は,種々の果実において顕著な品質保持効果を示すことが認められており,高品質奥実の安定供給に寄与するものと期待されている。米国では既にリンゴを中心に広く利用されており,わが国でもリンゴやニホンナシを対象に実用化に向けた検討が進んでいる。1-MCP処理には約1日を要するが,高い効果を得るた酬こは収穫後速やかに処理を行う必要がある。したがって,本技術を導入するためには,一度に大量処理が可能な気密性の高い施設を整備しなければならず,規模の小さな出荷団体が導入することは容易ではない。本研究は,わが国における1-MCP処理技術の円滑な導入を支援するため,リンゴとニホンナシを対象として,果実の収穫状況等に応じて機動的に実施できる短時間処理技術,小規模な出荷形態に適した処理技術,リンゴ'ふじ'における処理可能期間延長技術を開発したものである。

1.減圧下における1-MCP処理がリンゴ.ニホンナシの品質に及ぼす影響

リンゴとニホンナシにおける1-MCPの処理時間を短賭するため,減圧下における処理の影響を検討した。その結果,リンゴ,ニホンナシともに,1-MCPの品質保持効果は,処理時の気圧が低いほど,また暴露時間が長いほど高かった。リンゴでは,20kPa以下に誠圧し,1pm-1の1-MCPで1分間以上暴露処理するこ・とにより.貯蔵中の果肉軟化,滴定酸度の減少が抑制され ニホンナシでは,10kPaまで減圧後,4μLL-1の1-MCPで30分間以上暴露処理することにより,果肉軟化が抑制された。また,減圧処理による処理時間の短縮効果が樹種および品種によって異なった原因は果実内のガス拡散性の相違であることが示唆された。1-MCPの減圧処理は,処理時間を大幅に短縮できることから小規模な集・出荷組織等が機動的に実施可能な手法として活用できると考えられた。

2.MA包装における1-MCP処理がリンゴ果実の品質に及ぼす影響

既存のMA包装用資材について1-MCPの透過性を検討し,酸素と二酸化炭素の透過性は低密度ポリエチレンと差がないが,1-MCPの透過性は低密度ポリエチレンよりも低い資材を見出した。そこで,阻包装と1-MCPとを組合せた処理の実用性を明らかにするため,MA包装内への1・MCPの封入がリンゴの貯蔵性に及ぼす影響を検討した。その結果,'ジョナゴールド'および'王林'では気密性容器を用いる通常の処理とほぼ同じ効果が得られたが,'ふじ'では通常処理の効果を下回った。

3. MA包装用段ボール箱を利用したリンゴ,ニホンナシの1-MCP処理

MA包装用資材として,ライナーに低密度ポリエチレンをラミネートし,ガス透過性を抑制した出荷用段ボール箱が市販されているので,リンゴとニホンナシを対象に,この段ボール箱を用い出荷過程で1-MCPを処理する方法の実用性を検討した。その結果,1または2μLL-1の濃度になるように1-MCPを封入した後,H貼りまたはI貼りにより封鍼し24時間密封した場合には,気密性容器を用いる通常の処理とほぼ同等の品質保持効果が得られることが明らかになった。しかし,リンゴ,ニホンナシともに,本手法による1-MCPの処理効果は通常処理の効果を下回る場合があったので,実用化のためにはさらに処理方法を改良する必要があると考えられた。

4.収穫から処理までの日数と保管温度がリンゴ'ふじ'における1-MCPの品質保持効果に及ぼす影響

わが国におけるリンゴの主力品種である'ふじ'では,大量の果実が連日にわたって収穫されるので,収穫後速やかに1-MCPを処理することは困難である。そこで,'ふじ'を対象に,常温または低温下における,処理までの保管日数が1-MCPの品質保持効果に及ぼす影響を検討した。その結果,2℃で保管した場合には,収穫22日後までに1-MCPを処理すれば,処理までの晶質低下が軽微で,処理効果も収穫翌日処理と変わらず,果実品質は高く維持された。一方,20℃で保管した場合は,処理までの日数が延びるに伴い,処理時の滴定酸度が減少し,かつ1-MCPの処理効果も低下するため,長期貯蔵後に満定酸度は著しく低下した。したがって.収穫後の果実を低温で保管することによって1-MCPの処理適期を拡大することが可能になると考えられた。

以上要するに,本研究は1-MCPによってリンゴおよびニホンナシの品質保持を図ることを目的に,わが国の栽培,出荷条件に適合した1-MCPの処理条件や処理方法を明らかにしたもので,実用上,応用上資するところが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)を授与されるに相応しいと認めた。

UTokyo Repositoryリンク