学位論文要旨



No 217347
著者(漢字) 小畑,亮
著者(英字)
著者(カナ) オバタ,リョウ
標題(和) 滲出型加齢黄斑変性に対する経瞳孔温熱療法およびステロイド併用光線力学療法についての実験的検討
標題(洋)
報告番号 217347
報告番号 乙17347
学位授与日 2010.04.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17347号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 准教授 天野,史郎
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 講師 高澤,豊
 東京大学 講師 菅谷,誠
内容要旨 要旨を表示する

加齢黄斑変性は高齢者の黄斑部に滲出性または萎縮性変化を生じる疾患である。特に脈絡膜新生血管を伴う滲出型は発症早期に著明な中心視力の低下を生じ、日常生活動作の低下をもたらす。脈絡膜新生血管の発生機転においては、加齢による網膜色素上皮細胞の変性および血管新生促進作用や、ブルッフ膜の脆弱化などが関与しているとされているが、完全に解明されてはいない。欧米では現在本症は中途失明原因の第1位であり、本邦においても5大原因疾患の一つであるだけでなく、近年増加傾向を示している。様々な治療法が現在までに開発され、一部の治療法ではその有効性が臨床的に立証されているものの、効果は限定的である。

本検討においては、まず光温熱反応を用いた従来型のレーザー治療である経瞳孔温熱療法の問題点を検証した。中心窩を含む病変を有する滲出型加齢黄斑変性に対する治療としては、弱出力レーザーの照射によって凝固壊死を生じない程度の光温熱反応を利用する、いわゆる経瞳孔温熱療法が行われてきた。しかしながら臨床使用においては効果が不十分であったり、過量照射による重篤な合併症を生じる事があった。経瞳孔温熱療法の治療効果が限定的である背景には、眼底におけるレーザー光吸収率の個体差のために、レーザー照射時の網膜温度上昇にばらつきが生じるという原因が考えられる。そこで、経瞳孔温熱療法装置の光学系を改造し、眼底のレーザー光吸収率の指標として非侵襲的に反射光出力を測定する装置を試作した。そして、in vitroおよびin vivoにおいて、異なる程度の色素沈着を有する眼底に関して、反射光出力、網膜温度上昇、およびレーザー照射後の網膜組織変化を検討した。その結果、第1に、in vitro実験において、経瞳孔温熱療法装置による最低のレーザー出力(50mW)で得られた反射光出力は、眼底モデルとして用いたチャート紙の反射率と直線関係にあった。第2に、白色および有色家兎を用いたin vivo実験において、両者における眼底色素沈着の差に応じた反射光出力、レーザー照射時の網膜温度上昇、およびレーザー照射後の網膜組織変化に関しての有意な差を認めた。第3に、加齢黄斑変性症例に対して反射光出力を測定したところ、約3.5倍の個体差を認めた。今回の実験から、眼底におけるレーザー光吸収率の差により、レーザー照射時の網膜温度上昇には個体差が存在する可能性が高いこと、そのために網膜凝固壊死などの望ましくない合併症が生じうることが推察された。

次に、新たに開発されたレーザー治療法である、verteporfinを用いた光線力学療法について検討した。本法は光化学反応を利用するためレーザー出力が経瞳孔温熱療法に比して小さく、網膜熱障害の危険性が少ない。臨床試験における視力維持効果も示されている。しかしながら、再発が多く多数回のレーザー施行を必要とし、また照射後に滲出性変化の一過性増悪を呈することもある。その問題点の背景として、光線力学療法による網膜色素上皮細胞および脈絡膜血管の組織障害により、網膜色素上皮細胞が血管新生促進反応を呈する可能性が推察されていたものの、詳細は不明であった。さらに、その後ステロイド局所投与を併用した光線力学療法が、単独療法に比して再発しづらく治療回数が少ないと報告され、多く臨床使用されるに至っているが、その作用機序に関する検討はなされていなかった。本検討においては、ヒト網膜色素上皮細胞株を用いたin vitroモデルを構築し、光線力学療法後の網膜色素上皮細胞の反応について検討した。その結果、まず網膜色素上皮細胞に対するベルテポルフィン暴露後の光照射は、細胞死を生じない濃度において、血管新生促進因子である血管内皮成長因子(VEGF)の発現を亢進させ、血管新生抑制因子である色素上皮由来因子(PEDF)発現を低下させた。次に、光線力学療法後に生じる脈絡膜新生血管閉塞に伴うと考えられる低酸素によって、網膜色素上皮細胞のVEGF発現は亢進した。さらに、これら2種のモデルにおける血管新生促進反応は、ともにステロイドを添加することにより抑制された。

この結果から、ステロイドの併用が、光線力学療法後のVEGF発現およびPEDF発現低下を抑制することで、滲出性変化の一過性増悪を予防し、さらには新生血管の再発のリスクを減弱させることで再治療率低下に関与している可能性が示唆された。

結論として、光線力学療法は、網膜熱障害を生じうるという問題点を有した従来のレーザー治療法である経瞳孔温熱療法よりもごく低いレーザー出力によって効果を示すため安全性が高いと考えれる治療法であるが、光線力学療法単独では照射後に網膜色素上皮細胞における血管新生促進反応が生じる懸念がある。しかし、ステロイド投与を併用することにより、その反応を抑制でき、臨床使用における有効性および安全性の改善に寄与すると考えられる。

(図:有色家兎(■)および白色家兎(●)のレーザー照射時の網膜温度上昇)

(図:家兎における、70(×)、130(●)、および250(▲)mWレーザー照射辞の反射光出力と網膜表面温度上昇の分布)

(図:光線力学療法後におけるタンパクレベルのVEGFおよびPEDF発現変化)

(図:低酸素刺激後のタンパクレベルおよびメッセンジャーRNAレベルのVEGF発現変化)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は中途失明の主要原因疾患である加齢黄斑変性に対して用いられるレーザー治療法について、まず経瞳孔温熱療法に関してはその問題点を検証するために、次に光線力学療法に関してはその問題点を検証した後にステロイド投与併用の効果を評価する目的で、in vitroおよびin vivoにおける実験を行った。結果は以下に要約される。

1.経瞳孔温熱療法における眼底レーザー光吸収率の定量的指標として、レーザー反射光出力測定を導入した。すなわち、経瞳孔温熱療法施行時には、眼底におけるレーザー光吸収率の個体差のために、レーザー照射時の網膜温度上昇にばらつきが生じる可能性が推測されていたものの、レーザー光吸収率の非侵襲的かつ定量的評価方法は確立されていなかった。本検討では、レーザー照射時の反射光出力を測定する装置を試作し、反射光出力とin vitroモデル眼底の光吸収率あるいは家兎眼底色素との間に有意な関連が認められる事を示した。この結果より、反射光出力はレーザー光吸収率の指標となりうる可能性が示唆された。

2.経瞳孔温熱療法における、眼底レーザー光吸収率の多寡に起因した網膜温度上昇の変化を実験的に示した。すなわち、経瞳孔温熱療法施行時の温度上昇については過去には十分検討されていなかったが、本検討では、in vitroモデルおよび有色・白色家兎において、in vitroモデル眼底の光吸収率あるいは家兎眼底色素、レーザー反射光出力、およびレーザー照射時の眼底温度上昇に有意な関連が認められた。さらに、加齢黄斑変性症例に対して反射光出力を測定したところ、約3.5倍の個体差を認めた。これらの結果は、臨床上経瞳孔温熱療法の治療効果が限定的であった背景には、眼底におけるレーザー光吸収率の個体差のために、レーザー照射時の網膜温度上昇にばらつきが生じ、不十分な効果や過量照射といった問題が生じている可能性があることを示唆している。

3.光線力学療法施行時の、網膜色素上皮細胞における血管新生関連因子の発現変化を示した。すなわち、光線力学療法による網膜色素上皮細胞での光化学反応または脈絡膜血管の閉塞に伴う低酸素により、治療後副次的に血管新生促進反応が生じる可能性が推察されていたものの、詳細は不明であった。本検討では、ヒト網膜色素上皮細胞株を用いたin vitroモデルを構築し、光線力学療法後の網膜色素上皮細胞の反応について検討した。その結果、網膜色素上皮細胞での光化学反応は、細胞死を生じない濃度において、血管新生促進因子である血管内皮成長因子(VEGF)の発現を亢進させ、血管新生抑制因子である色素上皮由来因子(PEDF)発現を低下させた。次に、網膜色素上皮細胞に対する低酸素刺激によって、VEGF発現は亢進していた。これらの結果より、臨床における、光線力学療法における再発または照射後の滲出性変化増悪という問題点の背景として、光線力学療法施行時の網膜色素上皮細胞における血管新生促進因子の発現亢進および血管新生促進因子の発現低下が寄与する可能性が示唆された。

4.ステロイド併用光線力学療法の併用効果に関するメカニズムを示した.すなわち、上述の光線力学療法モデルにおいてステロイドを添加すると、光線力学療法後のVEGF発現亢進およびPEDF発現低下はいずれも有意に抑制されていた。この結果より、ステロイド投与を併用した光線力学療法が、単独療法に比して再発しづらく治療回数が少なくすむ背景に、光線力学療法後の網膜色素上皮細胞におけるVEGF発現およびPEDF発現低下を抑制することで、新生血管の再発のリスクを減弱させている可能性が示唆された。

以上、本論文は加齢黄斑変性に対するレーザー治療法について、まず経瞳孔温熱療法の問題点に関して、従来試みられなかった手法を用いて解明した。さらに、光線力学療法に関しては、レーザー施行後の副次的な血管新生関連因子発現変化という、過去には検討されていなかった問題点を提示し、またその問題に対する解決法としてのステロイド併用療法に関して、初めて分子基盤からその利点の一部を明らかにした。本研究は加齢黄斑変性に対する治療法のさらなる進歩に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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