学位論文要旨



No 217354
著者(漢字) 五條,渉
著者(英字)
著者(カナ) ゴジョウ,ワタル
標題(和) 建築基準法に基づく構造方法基準の備えるべき要件と評価方法に関する研究 : 鉄筋コンクリート造の構造方法基準を例として
標題(洋)
報告番号 217354
報告番号 乙17354
学位授与日 2010.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17354号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 藤田,香織
内容要旨 要旨を表示する

建築基準法第20条に基づく構造安全性に関する要求を定めた技術基準は、同法施行令およびそれに基づく大臣告示により規定されているが、それらは、大きく、構造方法基準と構造計算基準の2つの部分により構成されている。そのうち、構造計算基準については、1981年(昭和56年)施行の新耐震設計法の導入の施行令改正、2000年(平成12年)施行の性能規定の導入に伴う限界耐力計算の新設などの法令改正、2007年(平成19年)施行の構造計算書偽装事件を受けた法令改正などにおいて、全体的な構成や内容について、大幅な見直しがなされている。それに対し、構造方法基準については、それらの改正により構造関係規定における構造方法基準の位置づけや役割に変更がなされたにもかかわらず、いくつかの個別の規定について、地震被害の再発防止や、技術の進歩に応じた見直しがなされ、また、2000年改正において、判断基準の明確化のため、相当数の規定に対して抽象的規定の明確化(大臣告示への委任)などが行われているものの、例外的に数次にわたり相当程度の改正がなされている木造の基準を除けば、全体的な構成や個々の規定の基本的な内容については、それほど大きな見直しはなされていない。

これらの近年の構造関係規定の改正については、構造計算基準を中心に、規定内容が詳細化され、複雑・難解なものとなったことなどに関し否定的な見解も示されており、その内容の評価や今後目指すべき方向性などについては、建築確認などの適合性の審査の仕組みや運用、建築士法などに基づく関連する制度のあり方も含め、今後も積極的に議論や研究がなされるべきであるといえるが、本研究では、そういった議論などが主として構造計算基準を対象に行われているのに対し、あまり着目されることのなかった構造方法基準について、その本来の目的や役割、あるいは建築関係者および一般国民のニーズに照らして見た場合の現状と課題を分析し、構造方法基準が備えるべき要件の明確化を行った上で、同基準の適切性の評価方法の提案を行っている。構造方法基準が、建築基準法の技術基準として、構造安全性の確保という目的を達成するために、その役割に応じて適切な内容であるべきことを基本としつつ、その他の要請への対応として、それが円滑に運用され得ること、設計の自由度を過度に阻害しないこと、構造方法基準が果たしている構造安全性の確保以外の役割についても支障が生じないことなどにも留意し、また、必ずしもすべての必要な基準を定めるのではなく他の手段により代替するという選択肢の採用の可能性も含め、分析・考察を加えている。

なお、本論文においては、鉄筋コンクリート造の構造方法基準を対象としての分析・検討等の結果に基づき提案を行っているが、その理由は、日本において近年建築される建築物の主要な構造方法である鉄骨造、鉄筋コンクリート造および鉄骨鉄筋コンクリート造を考えた場合、鉄筋コンクリート造を対象とすることにより、基本的な問題はほぼカバーされると考えられるためである。

上述の2007年施行の法令改正において、建築確認・検査における技術基準の審査の厳格化が行われ、かつ、違反に対する処分や罰則の強化と適用の厳格化もなされている。これらによって、技術基準の内容の「適切性」に対する要求は、従来と比べ極めて高いものとなっているといえる。本論文においては、技術基準の目的、役割、位置付けから、備えるべき要件を明確化し、各規定の対象・要求の内容の表示・分析の手法を示した上で、それらを踏まえた内容の評価方法の提案を行っているが、このようなアプローチは、構造方法基準、あるいは構造関係規定のみならず、基本的に、建築基準法に基づく技術基準すべてに適用・応用が可能な汎用性を備えたものである。本論文で提案された方法が、実際の技術基準や、その制定・改正時における提案の理解や評価のために活用され、技術基準の適切性の改善・向上のために役立つことが期待される。

本論文は、序章とそれに続く5章から構成されるが、そのそれぞれの概要は、以下のとおりである。

第1章「構造方法基準の建築基準法令における位置づけと役割」においては、第2章において構造方法基準に求められる要件を明確化するために必要なものとして、以下の分析と情報の抽出を行っている。まず、構造方法基準が、建築基準法の構造関係規定の構成要素として備えるべき最も基本的な要件である「構造安全性の確保のための要件」を明確化するために把握が必要な、建築基準法令における構造関係規定の全体構成とその中での構造方法基準の位置づけと役割について、法制定以来の変遷とともに整理して示している。重要なポイントとして、法制定当初は、法第20条の規定への適合性を判断するための補足的基準として設けられた構造方法基準が、2000年の法令改正において、同条に基づく要求基準としての位置づけを与えられたこと、構造計算基準のルートの複数化や、検証対象となる構造安全性能項目の増加に伴い、構造方法基準の基本的役割が変化していることなどが明らかにされている。続いて、その他の要件の明確化のために必要なものとして、構造方法基準以外で定められた構造方法に関する規定の項目・内容や、構造方法基準の適合性の審査手続きなどの規定の概要が示されている。

第2章「構造方法基準に求められる要件と評価項目の抽出」では、まず、第1章において整理された構造関係規定における位置づけと役割に基づく分析から、構造方法基準の基本的要件として、構造安全性の確保という目的の達成においてその役割を果たすために必要な要件が抽出される。「構造計算が不要な建築物の構造安全性確保」という要件があり、さらに、「構造計算が必要な建築物」を対象とする要件として、「構造計算では確認できない性能の確保」、「構造計算による直接的性能確保の前提条件の確保」および「構造計算による間接的な性能確保の補完」があることが述べられている。また、建築基準法に基づく「要求」規定として、その運用が円滑になされるために求められる要件と、構造方法基準が構造関係規定以外の領域で副次的に果たしている役割を含むその他の要件とを、それぞれ第1章において整理された関係規定の内容を踏まえて整理している。なお、実際には、構造方法基準のみによって以上の要件のすべてが満足されるものではなく、その他の基準、あるいは、建築基準法令以外の手段によりカバーされる部分が存在しうるが、ここでは、それらを含めて、構造方法基準が、法令上の位置づけに照らし、同法第20条により要求される構造安全性を確保するなどのために本来果たすべき役割を「要件」として捉えることとし、その上で、そのような他の基準・手段による「補完」が許容されるための条件などについて述べている。最後に、以上の内容を踏まえて抽出された、構造方法基準の要件への適合性を評価するための項目が示されている。

第3章「構造方法基準および鉄筋コンクリート造関係基準の改正経緯」では、第4章および第5章において、それぞれ、鉄筋コンクリート造の構造方法基準の試行的評価および構造方法基準の評価方法の提案を行うに先立ち、構造方法基準全体の構成、さらに、同法施行令第3章第6節の鉄筋コンクリート造の構造方法基準および関連するその他の主要な関連規定について、法制定時から現在に至るまでの改正内容を整理して示すとともに、鉄筋コンクリート造の基準および規定については、それぞれの改正内容について、その背景や、第1章で整理した構造方法基準の位置づけ・役割の変遷との関係も含めた詳細な分析を行っている。

第4章「現行の鉄筋コンクリート造の構造方法基準の評価」においては、現行の鉄筋コンクリート造の構造方法基準および関連規定の個々の規定について、その適用対象と要求内容の分析・表示の方法を示すとともに、それを適用した結果としての表示項目の抽出と、それらの詳細な分析・整理を行っている。そして、その結果を用いて、第2章で整理した「評価項目」に従い、鉄筋コンクリート造の構造方法基準の個々の規定の「要件」への適合性についての試行的な評価が行われている。この評価は、日本建築学会の鉄筋コンクリート構造計算規準および建築工事標準仕様書鉄筋コンクリート工事(JASS5)の両者との比較などを根拠としてなされ、結果は、「適切と評価できる」「適切性に疑義がある」などに区分して示されている。

第5章「結論:構造方法基準の評価方法」においては、本論文の結論として、評価を実施する上での法制度の枠組み等に関する前提条件を設定した上で、第2章において整理した構造方法基準の評価項目をベースとし、第4章において行った鉄筋コンクリート造の構造方法基準および関連規定の「要件」適合性の試行的評価結果を踏まえ、構造方法基準が備えるべき要件と、それへの適合性を基準策定者や使用者が評価する際の考え方から構成される「評価方法」を取りまとめ、提案している。

最後の「おわりに」においては、今後取り組むべき残された研究的課題を整理して示している。

審査要旨 要旨を表示する

我国の建築基準法は、建築工学に関する技術的内容を含んでおり、法令として極めて特殊な位置づけを有している。本論文は、建築基準法に含まれている、建築物の構造安全性に関する、1) 構造方法基準と2) 構造計算基準の2つの技術的内容のうち、前者の構造方法基準について建築物の構造安全性の確保という本来の技術的内容を適切に記述するという観点ならびに、設計の自由度を過度に阻害せず、法令が円滑に運用されること等の観点から、技術的内容が法令の構造方法基準として記述される場合の望ましい規定体系のあり方とその評価軸に関して分析・考察を加えたものであり、次の全六章および付録により構成され、それぞれの概要は、以下のとおりである。

序章においては、本論文の背景として建築物に対する法規制の必要性と社会的意義について述べている。さらに、本論文における「構造方法基準」を、建築基準法施行令第3章第1節から第7節の2 までに規定されている諸規定 (同令第80 条の2に基づき定められている大臣告示によるものを含む。)と定義している。そして、本論文の目的は、建築物の構造安全性の確保という本来の目的に鑑み、構造方法基準の目的、役割、位置付け、ならびに、備えるべき要件を明確化し、各規定の対象、要求の内容の表示、および分析の手法を提案し、それらを踏まえた構造方法基準の妥当性の評価方法を提案することであるとしている。

第1章「構造方法基準の建築基準法令における位置づけと役割」においては、法制定以来最近までの法改正、その背景ならびに規定の変更点について時系列的観点から整理して、建築基準法令における構造関係規定の全体構成とその中での構造方法基準の位置づけと役割の変遷を論じている。法制定当初は、法第20 条の規定への適合性を判断するための補足的基準として設けられた構造方法基準が部分改訂の繰返しにより次第に変容してきた過程が論じられ、2000年の建築基準法令改正においては、同条に基づく要求基準としての位置づけを与えられ、構造方法基準の基本的役割が変化していることなどを明らかにしている。

第2章「構造方法基準に求められる要件と評価項目の抽出」では、建築基準法令における構造安全性の確保のための手段として、構造方法基準が備えるべき条件(以下、「要件」という)は、1) 構造計算が不要な建築物の構造安全性確保、2) 構造計算が必要な建築物における構造計算では確認できない性能の確保、3) 構造計算による直接的性能確保の前提条件の確保、および 4) 構造計算による間接的な性能確保の補完の4つが基本であることを明らかにしている。さらに、5) 構造方法基準が法令として円滑に運用されるための要件と、6) 構造方法基準が構造関係規定以外の領域で副次的に果たしている要件もあることを明らかにしている。また、現実の建築物の構造安全性は、建築基準法令の構造方法基準ですべてが満足されるものではなく、その他の法令もしくは建築基準法令以外の手段によりカバーされていることを考慮すれば、「要件」だけでは必ずしも十分でなく、構造計算基準や他の基準による「代替」も重要であることを指摘している。そして、実際の法令に記述される個々の技術的内容が、構造方法基準の要件に応じて分類されることを示し、このような分析を行うことにより、必要な技術的内容が過不足なく適切に法令に盛り込まれているか評価する有力な方法となることを示している。

第3章「構造方法基準および鉄筋コンクリート造関係基準の改正経緯」では、建築基準法令の構造方法基準の中の鉄筋コンクリート造関係の規定を一例として取り上げ、法制定時から現在に至るまでの改正内容を特に詳しく整理して、鉄筋コンクリート造の基準および規定の位置づけ・役割の変遷との関係も含めた詳細な分析の結果について述べている。

第4章「現行の鉄筋コンクリート造の構造方法基準の評価」においては、現行の鉄筋コンクリート造の構造方法基準および関連規定の個々の規定について、その適用対象と要求内容の分析・表示の方法を示すとともに、それを適用した結果としての表示項目の抽出と、それらの詳細な分析・整理を行っている。そして、その結果を用いて、第2章で整理した「評価項目」に従い、鉄筋コンクリート造の構造方法基準の個々の規定の「要件」への適合性についての評価が行われている。なお、技術的内容自体の妥当性の評価は、日本建築学会の鉄筋コンクリート構造計算規準および建築工事標準仕様書鉄筋コンクリート工事(JASS5)の両者の内容が、適切に反映されているかどうかを判定の根拠としてなされている。判定結果は、技術的内容ごとに「適切と評価できる」「適切性に疑義がある」など、区分して示すことにより、鉄筋コンクリート造の構造方法基準および関連規定の今後のあり方について具体的に提案している。

第5章「結論:構造方法基準の評価方法」においては、現行の建築基準に関する法制度の枠組み等が維持されるという前提条件を設定した上で、構造方法基準の妥当性を一般的に評価する方法を、本文およびそれらの解説の形で提案している。

2005年に構造計算書偽造による耐震偽装事件を契機とした一般の建築構造安全性に対する不安は高まっている。そのため、建築基準法による建築確認・検査における技術基準の審査はそれ以前よりも厳格化され、違反に対する処分や罰則の強化と適用の厳格化もなされるようになった。そのため現在の建築基準法における、構造方法基準の個々の規定の「要件」への適合性に対する要求は、従来と比べさらに高くなっている。今までも個々の技術的内容自体の適切性に関する研究は行われてきた。しかし、本論文のような法的拘束力を有する技術基準の適切性に関するシステマティックな方法論に基づいた汎用的な評価法に関する研究は皆無であった。したがって、本論文は従来にない新しい取り組みである。

研究方法は、技術、技術基準の目的、役割、位置付けから、構造方法基準が備えるべき要件を明確化し、各規定の対象・要求の内容の表示・分析の手法を示した上で、構造方法基準の内容の「適切性」を評価する方法を提案するというものである。本論文で提案された方法が、将来、技術基準の制定・改正時における提案の評価のために活用され、技術基準の適切性の改善・向上のために役立つことが期待される。したがって、建築物の耐震安全性能の確保が重要な我が国にとって、適切な技術基準が定められるようにすることは重要な課題であり、そのために極めて有用な研究であり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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