学位論文要旨



No 217355
著者(漢字) グレゴリー アーロン ハイアット
著者(英字)
著者(カナ) グレゴリー アーロン ハイアット
標題(和) 間欠切削における生産性の向上に関する研究
標題(洋) Optimizing Productivity in Intermittent Machining Operations
報告番号 217355
報告番号 乙17355
学位授与日 2010.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17355号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 帯川,利之
 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 准教授 杉田,直彦
 東京大学 特任教授 松島,克守
内容要旨 要旨を表示する

旋削加工は、移動する工具で、回転する棒状の金属塊の外周を連続的に削るものである。被削材上の切削点は円周方向に移動するが、工具上の切削点は常にある一点である。したがって、切削により生ずる熱は常に工具上の刃先の微小領域に加えられる。工具の温度が限界を超えれば、酸化などの熱化学的変化により、摩耗もしくは欠損により刃物としての機能を失う。「常に工具の一点に加工熱が加えられる」という特性が、長い近代金属加工の歴史を通じて、旋削加工における加工条件を限定する要因であった。

工具が回転し被切削材は静止しているミリング加工は、対照的な特性を持っている。すなわち、工具は金属を削り取った後ほぼ一周金属と接触せず回転し、その後再び金属を削る。刃先は金属と接触し削る時間に比べ、接触せず回転している時間は長く、冷却の時間を持つ。このような切削方法を間欠切削と呼び、冒頭述べた旋削加工は連続切削に分類できる。

筆者が開発したADRLT(Actively Driven Rotary Lathe Tool)と呼ぶ回転する円筒状の工具は、間欠切削同様の冷却過程を与え、工具の熱負担を軽減し、それにより重切削と刃先の長寿命を両立させる。本研究はその効果の検証と物理的現象を解明するものである。

この加工方法においては、工具は、円筒端面を円筒中心軸周りに回転しながら被削材に当たる。その際、被削材と工具との相対位相は変わらないが、切削点はその回転とともに工具円筒端面の外周を移動することとなり、加工熱を工具の外周に分散させる。更に、切削点を通り過ぎた工具円筒端面上の特定の一点は、一周の後再び切削点に達するまでに冷却の時間がある。すなわち連続切削でありながら、断続切削と同様の熱的サイクルにより冷却時間もたらす。

上記の着想は古くからあり、1938年C.Kraus、1941年B.Bannister らにより最初の特許が出ている。しかし、これまでの試みは、工具を回転させる力を切削によって生ずる被削材と工具の間に生ずる力に求めた。そのため、工具を支える構造の最も先端に円筒状の工具の自由回転を許す機構を作り込まねばならず、限定された空間のため、加工条件の向上を支える機構上の強度と安定が実現できなかった。また、切削力により工具の回転を得るため、工具円筒端面の切削方向に対する角度と工具の回転数は一定の関係に拘束され、切削に適した工具の取り付け角と回転数を最適化することができなかった。筆者は、この加工方法を加工力自体によって工具を回転させるという意味で、SPRLT (Self Propelled Rotary Lathe Tool)と呼んでいる。一方、1980年代から普及が進んだ複合加工機と呼ばれる工作機械は、旋削加工とミリング加工を一台の機械で行うことができる。それを可能とするため旋削工具を支える背後の構造は、ミリング加工を行う必要から旋削工具をも回転させることができる。筆者はこの点に注目し、発想は良いが実用性に課題があったSPRLTを改良し、駆動力を用いて能動的に工具を回転させるADRLTを開発した。開発された工具や手法は、US7,611,313B2 以下、39件の筆者の米国特許として登録されている。

本研究では、このADRLTの有効性を証明するために数々の切削試験を行なった。旋削正面に対して少しずつ送り方向に工具円筒端面を傾けていくと、傾斜10度までは同じ切削条件でも発生する加工温度の低下が見られ、更に傾斜を強めると逆に温度は上昇する。また工具を回転させる速度を上げていくと、工具円筒外周部の速度において50m毎分までは顕著な加工熱の低減が見られ、以後漸増することを確認した。

さらに、熱的現象を可視化するため、発熱源からの赤外線を画像とする装置を用いて切削プロセスを観察した。工具円筒正面を捉えた映像は、切削点をピークとし円筒の回転に沿って次第に冷却され、再び切削点に戻ってくる熱的サイクルを可視化した。しかし、装置の特性と、映像では工具の温度と切り屑の温度を見分けられないため、より直接に工具の温度を測定数値化する方法を考案した。切削点での温度を測定する熱伝対を用いた手法と、切削点を過ぎた冷却過程にある工具の温度をも測定できるパイロメーターを用いた手法で、切削から冷却を経て再び切削にいたる熱的サイクルを計測して数値化した。工具回転速度と工具取り付け角度を適切に選べば、切削点の温度を摂氏で100度以上、低下することができることを確認した。工具の熱的化学的変質を防ぐ上で、この冷却効果は極めて重要である。

本加工方法による加工能率の改善は大きく、特に高温環境に強い材料として省エネの観点から多用されるようになったニッケル系の合金の加工では、従来比約3倍もの加工能率向上を可能にする。ニッケル系の材料は、熱伝導率が低く、したがって切削時せん断面でのミクロな溶解と金属組織のすべりの進行が遅い。そのため、より大きなせん断熱を発生させることが能率の良い加工には必須であり、切削点での発熱を効果的に冷却する本加工方法はそれに耐えることが証明された。

このADRLTの優位性を多様な加工に応用するための実用化研究も、重要である。例えば、回転する工具円筒端面に切り込みを入る、あるいは端面中心部の一般の工具で言うすくい面に点対称ではなく突起を与えるなどをして、切り屑を短く刻むこと機能を付加することも有効であろう。また、工具先端を円筒ではなく楕円円筒とし、被切削材料を回転させる速度と工具を回転させる速度を選び、精密に同期させることにより、内燃機関ピストンなどに要求される微妙な楕円形断面形状の生成、または複数の隆起を持ったたとえば「三角おむすび」のような断面形状を創成する加工も可能である。ADRLTの開発は、数百年の歴史がある旋削加工に、新たな発想で大きな可能性をもたらすものである。

本研究は、ADRLTと呼ぶ新開発の工具と、それを使用する加工方法が、旋削加工の能率を大幅に向上させる重切削を可能にすることを確認し、さらにその熱サイクルの実験的分析で、その物理的なモデルを確認して、今後の多様な活用の基礎知識を創成した。即ち、旋削加工における切削点での工具の発熱に起因する加工条件の限界を押し広げ、特に従来極端に短い工具寿命を余儀なくされた難削材の旋削加工に大きな進歩をもたらすものである。

審査要旨 要旨を表示する

宇宙航空産業やエネルギー関係の高温機器の部品加工、または化学反応機器の切削加工においては難削材の高効率の加工は永年、重要な課題であった。切削加工の生産性を向上させるために工具材質の改良がされてきたが耐熱合金の加工では、未だ極めて低速の切削速度、小さな切削断面の切削条件を余儀なくされてきた。本論文では、耐熱合金の切削加工の生産性を向上させるため、円盤形状の工具を回転させるという革新的な工具形状を提案し、画期的な切削加工の生産性向上を、工業的な有効性として確認した。そして多くの関連する特許を取得しているが、この円盤回転式の工具の切削過程の物理的な解析は先行研究を含め殆どされてきていなかった。本論文はこの円盤式の工具の切削過程の物理的な原理を実験により解明することを目的とする。この目的に対して、本論文ではお切削点の工具温度の測定に新たな手法を開発し、様々な切削条件において動的な温度変化や切削抵抗を測定して回転する円盤工具の間欠的切削が工具の冷却過程が工具寿命の改善に効果的であることを確認するとともに、この工具の積極的な応用についてもいくつかの手法を提案している。

第1章では、本論文が対象とする円盤回転式の工具の構造の先行研究を論じている。また、現在の難削材の旋削加工における課題を詳細に分析して本論文の研究の背景を論じている。それらの課題に対して、本論文の目的である切削加工の生産性の向上のための新型工具の発明についてその重要性を論じている。

第2章では、本論文の対象となっている、円盤回転式の新型工具(ADRLT:Actively Driven Rotary Lathe Tool)の発明に至る道筋と、関連する知財及び特許について解説している。筆者が発明したADRLTと呼ぶ回転する円筒状の工具は、間欠切削同様の冷却過程を与え、工具の熱負担を軽減し、それにより重切削と刃先の長寿命を両立させる。この加工方法においては、工具は、円筒端面を円筒中心軸周りに回転しながら被削材に当たる。その際、被削材と工具との相対位相は変わらないが、切削点はその回転とともに工具円筒端面の外周を移動することとなり、加工熱を工具の外周に分散させる。更に、切削点を通り過ぎた工具円筒端面上の特定の一点は、一周の後再び切削点に達するまでに冷却の時間がある。すなわち連続切削でありながら、断続切削と同様の熱的サイクルにより冷却時間もたらす。

第3章では、発明したADRLTがいくつかの企業において画期的な生産性の改善を実現した事例を提示することにより、本論文の研究対象となっている円盤回転式の工具の工業的な有効性を実証的に分析している。例えば、工具先端を円筒ではなく楕円円筒とし、非切削材料を回転させる速度と工具を回転させる速度を選び、精密に同期させることにより、内燃機関ピストンなどに要求される微妙な楕円軽断面形状の生成、または複数の隆起を持ったたとえば「三角おむすび」のような断面形状を創成する加工が可能である事を提示した。

第4章では、ADRLTの切削モデルの考察を行い間欠的な切削過程が工具先端に冷却時間を与えこれにより通常の連続切削では工具破損を起こす重切削でも工具温度が上昇せずこれによって画期的な重切削を可能にしている仮説を論じている。

第5章で、実験方法について詳細に解説した後、第6章では、切削抵抗の実験、第7章では、切削温度と冷却サイクルの実験、第8章では、切削点の工具温度という極めて困難な実験について詳細な実験結果を提示している。第9章では、回転する工具であるADRLTと被削材回転数との干渉に関する動的な安定性の実験と解説をしている

第10章では実験結果の全体を統合する議論を展開し、第11章で結論を述べている。

本論文は、ADRLTと呼ぶ新開発の工具と、それを使用する加工方法が、難削材の旋削加工の能率を大幅に向上させる重切削を可能にすることを確認し、さらにその熱サイクルの実験的分析で、その物理的なモデルを確認して、今後の多様な活用を導く基礎知識を創成した。即ち、旋削加工における切削点での工具の発熱に起因する加工条件の限界を押し広げ、特に従来極端に短い工具寿命を余儀なくされた難削材の旋削加工に大きな進歩をもたらすものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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