学位論文要旨



No 217356
著者(漢字) 本橋,裕之
著者(英字)
著者(カナ) モトハシ,ヒロユキ
標題(和) パイプライン用X80鋼管の周溶接部の継手性能と延性き裂発生限界評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217356
報告番号 乙17356
学位授与日 2010.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17356号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 粟飯原,周二
 東京大学 教授 高橋,淳
 東京大学 准教授 岡部,洋二
 東京大学 教授 酒井,信介
 上智大学 教授 萩原,行人
内容要旨 要旨を表示する

近年の地球環境保全への要請の高まりを受け,環境負荷の少ないエネルギー源である天然ガスの需要が,国内外問わず増加傾向にあり,今後も世界的に拡大していくことが見込まれている.このような天然ガス需要の増大に伴い,より効率的な天然ガスの輸送を目的としたパイプライン用鋼管の高グレード化が進んでいる.欧米では既に複数のパイプラインに高グレード鋼管が適用されており,その延長も1500kmを超えるまでになっている.このように,欧米のパイプラインでは高グレード鋼管の適用が徐々に標準的となりつつあるものの,我が国において高グレード鋼管を適用する際には,欧米との敷設環境の違いを考慮した諸検討が不可欠である.中でも,我が国においては大規模地震に対するパイプラインの健全性の確保は極めて重要な課題である.

日本のパイプラインは想定される地震動に対して健全性を確保するために,ひずみベースの耐震設計が取り入れられている.ひずみベース設計におけるパイプラインの現地周溶接継手には,遅れ割れや水素応力割れに対する抵抗,および破壊靭性に加えて,一般にオーバーマッチングが要求される.しかしながら,これまでの高グレード鋼管を用いたパイプラインは,主に大規模地震を考慮する必要の無い国・地域に敷設されてきたため,オーバーマッチングは得られていないのが現状である.そのため,高グレード鋼管に対してひずみベース設計に適用可能な溶接条件は明らかとはなっていない.

さらに,より合理的なパイプラインの建設を実現するためには,諸外国と同様に周溶接継手に対して許容欠陥寸法の概念を取り入れることが望まれる.そのためには,鋼管を対象とした大規模地震に対するひずみベース設計である現行の耐震設計に加えて,周溶接欠陥を対象としたひずみベース設計手法を構築することが必要である.周溶接欠陥からの破壊特性は,強度不均質をはじめとする周溶接継手の材料特性や幾何学的形状など種々の因子の影響を受けることが予想されるが,これらの影響については十分明らかとはなっておらず,周溶接継手のひずみベース設計手法に関する研究が進められている状況である.

このような背景から,本論文では高グレード鋼管X80を対象に,ひずみベース設計に適用可能な現地周溶接の施工条件を明らかにするとともに,溶接金属降伏応力の支配因子の解明を試みた.さらに,周溶接欠陥を対象としたひずみベース設計手法の構築に向け,まず周溶接欠陥からの破壊特性に及ぼす強度不均質の影響を実験的に検討し,次いで破壊特性に及ぼす種々の因子の影響を,有限要素解析を用いてパラメトリックに評価した.加えて,強度不均質を有する周溶接部の延性き裂発生限界評価手法を検討し,その結果に基づき溶接欠陥からの延性破壊防止のためのひずみベース設計手法を提案するとともに,要求破壊靭性や要求強度マッチングについて検討を行った.以下に本論文で得られた結論を述べる.

第3章では,耐震性が求められる高グレード鋼管X80の現地周溶接に適用可能な溶接施工条件を明らかにすることを目的として,自動MAG溶接および手動被覆アーク溶接により,種々の溶接条件下で試験溶接を行い,継手の機械的特性を評価した.その結果,適切なシャルピー衝撃特性ならびに硬さを確保しつつ,鋼管の強度のばらつきを考慮してオーバーマッチングを達成可能なX80鋼管の溶接条件を,入熱量を指標として以下の通り明らかにした.

・自動MAG溶接溶接ワイヤーS-A(590MPa級鋼用)約1.0~1.3kJ/mm

溶接ワイヤーS-B(690MPa級鋼用)約1.0~1.6kJ/mm

・手動被覆アーク溶接溶接材料E-B(780MPa級鋼用)約1.6~2.6kJ/mm

第4章では,混合組織である溶接金属の降伏応力に及ぼす溶接金属組織の影響を明らかにすることを目的として,金属組織の定量化および降伏応力との関係について評価を行った.自動MAG溶接および手動被覆アーク溶接により作製した溶接継手に対して,金属組織の組織分率および結晶粒径の定量化を行い,溶接金属の降伏応力との関係を調べるとともに,複合組織である溶接金属の降伏応力の支配因子の解明を試みた.以下に得られた結果をまとめる.

(1)X80材の溶接金属は,微細なアシキュラーフェライトを主体とし,微量の粒界フェライト,フェライトサイドプレートおよび島状マルテンサイトを含む金属組織であった.

(2)組織分率ならびにアシキュラーフェライトのラス幅に及ぼす入熱量の影響は溶接手法により異なり,手動被覆アーク溶接において小さく,入熱量感受性が小さいことが確認された.

(3)ナノインデンターによる微小硬さから推定したフェライトマトリックスと島状マルテンサイトの材料物性を考慮した二次元FEM解析を行い,各相の組織分率と降伏応力の関係を調べた.その結果,島状マルテンサイトの組織分率が20%程度より小さい場合,降伏応力は島状マルテンサイトの組織分率の影響を受けず,また混合則を下回ることが確認された.

(4)降伏応力の結晶粒径依存性について,主体組織であるアシキュラーフェライトのラス幅の影響を調べた結果,針状組織であるアシキュラーフェライトに対してもHall-Petch則が適用可能であることが明らかとなった.したがって,本検討で対象としたX80周溶接部の降伏応力は,島状マルテンサイトの影響をほとんど受けず,主体組織であるアシキュラーフェライトのラス幅に主に支配されると考えられる.

第5章では,強度不均質を有する周溶接継手の破壊特性を明らかにすることを目的として,強度マッチングの異なる3種類の周溶接継手を対象に,表面切欠きを付与した広幅引張試験を行った.さらに,周溶接継手のき裂進展駆動力に及ぼす各種因子の影響を明らかにすることを目的として,広幅引張試験を対象とした有限要素解析によるパラメトリックスタディーを行った.以下に得られた結論をまとめる.

(5)広幅引張試験の結果,いずれの継手においても切欠き先端から延性き裂が発生,進展した後,破断に至った.き裂の進展経路は強度マッチングにより異なり,強度の弱い部位を選択的にき裂が進展した.

(6)破断時の標点間ひずみは,強度マッチングの低下に伴い顕著に低下した.これは強度マッチングが小さい場合には,応力遮蔽効果が減少するために,溶接部へのひずみ集中が大きくなり,切欠きの開口が促進されるためであると考えられた.

(7)表面切欠き付き広幅引張試験を対象とした有限要素解析結果より,周溶接継手のき裂進展駆動力を低減させるためには,強度マッチングを大きくすることに加えて,(1)母材の加工硬化能を大きくする,(2)母材のSSカーブに降伏棚を導入する,(3)HAZ軟化を小さくする,(4)ベベル角度を大きくすることが有効であると考えられる.ただし,アンダーマッチングの場合には,母材の加工硬化能の影響を除いて,これらの因子の影響はあまりみられないことから,き裂進展駆動力の低減には強度マッチングを大きくすることが重要である.

第6章では,強度不均質を有する周溶接継手の延性き裂発生限界評価手法の提案と,延性破壊防止の観点から,周溶接継手の強度特性を考慮可能なひずみベース設計手法を提案することを目的として,3種類の強度不均質を有する周溶接継手を対象に,引張負荷を受ける周溶接継手を模擬した表面切欠き付き広幅引張試験と3点曲げ破壊靭性試験を行った.両者の延性き裂発生限界を比較することにより,切欠き先端からの延性き裂発生限界評価手法を検討した.以下に得られた結論をまとめる.

(8)強度不均質を有する3種類の周溶接継手の延性き裂発生時の切欠き先端の相当塑性ひずみは,曲げ負荷を受ける3点曲げ試験と引張負荷を受ける広幅引張試験でよく一致した.したがって,負荷様式が異なり,かつ強度不均質を有する周溶接継手においても,相当塑性ひずみを用いて表面切欠きからの延性き裂発生限界が評価できることが実証された.さらに,3点曲げ試験の限界相当塑性ひずみを用いて,広幅引張試験の延性き裂発生限界を精度良く推定できることが示された.

(9)周溶接継手における切欠き先端からの延性き裂発生限界が,相当塑性ひずみ一定条件により評価できることを利用して,延性き裂発生を防止するための強度不均質を有する周溶接継手における要求破壊靭性の決定方法を提案した.すなわち,設計ひずみに対して定まる実管周溶接継手のCTODに対応する相当塑性ひずみを求め,3PB試験の相当塑性ひずみが実管周溶接部のそれと一致するときのCTODが,延性き裂発生防止に必要な3PB試験によるCTODとなる.さらに,この概念を用いることにより,3PB試験による限界CTODが既知の場合,想定される条件に対して必要な強度マッチングレベルを定めることができる.

(10)提案した手法を用いることにより,想定される外力条件や許容欠陥寸法,または継手形状に応じて,要求される破壊靭性仕様や強度マッチングレベルを決定することが可能となり,また継手の材料特性や幾何学的特性などが与えられれば,延性き裂発生に対する許容欠陥寸法を定めることも可能である.切欠き位置の影響やき裂状欠陥に対する適用性などさらなる検討が必要ではあるものの,本手法は延性き裂発生防止の観点から,パイプライン周溶接継手の合理的なひずみベース設計を可能とするものと期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本学位請求論文は、国内の天然ガス需要増加に対応でき、且つ、信頼性の高いパイプラインの実現を最終目標として、高グレード鋼管X80を対象に、ひずみベース設計に適用可能な現地周溶接の施工条件を明らかにするとともに、溶接金属降伏応力の支配因子の解明を試み、さらに、周溶接欠陥を対象としたひずみベース設計手法の構築に向け、まず周溶接欠陥からの破壊特性に及ぼす強度不均質の影響を実験的に検討し、次いで破壊特性に及ぼす種々の因子の影響を、有限要素解析を用いてパラメトリックに評価し、加えて、強度不均質を有する周溶接部の延性き裂発生限界評価手法を検討し、その結果に基づき溶接欠陥からの延性破壊防止のためのひずみベース設計手法を提案するとともに、要求破壊靭性や要求強度マッチングについて検討を行ったものである。以下に、論文の要旨を示す。

まず、耐震性が求められる高グレード鋼管X80の現地周溶接に適用可能な溶接施工条件を明らかにすることを目的として、自動MAG溶接および手動被覆アーク溶接により、種々の溶接条件下で試験溶接を行い、継手の機械的特性を評価した。その結果、適切なシャルピー衝撃特性ならびに硬さを確保しつつ、鋼管の強度のばらつきを考慮してオーバーマッチングを達成可能なX80鋼管の溶接条件を明らかにした。

次に、混合組織である溶接金属の降伏応力に及ぼす溶接金属組織の影響を明らかにすることを目的として、金属組織の定量化および降伏応力との関係について評価を行った。自動MAG溶接および手動被覆アーク溶接により作製した溶接継手に対して、金属組織の組織分率および結晶粒径の定量化を行い、溶接金属の降伏応力との関係を調べるとともに、複合組織である溶接金属の降伏応力の支配因子の解明を試みた。以下に得られた結果をまとめる。(1)X80材の溶接金属は、微細なアシキュラーフェライトを主体とし、微量の粒界フェライト、フェライトサイドプレートおよび島状マルテンサイトを含む金属組織であった。(2)組織分率ならびにアシキュラーフェライトのラス幅に及ぼす入熱量の影響は溶接手法により異なり、手動被覆アーク溶接において小さく、入熱量感受性が小さいことが確認された。(3)ナノインデンターによる微小硬さから推定したフェライトマトリックスと島状マルテンサイトの材料物性を考慮した二次元FEM解析を行い、各相の組織分率と降伏応力の関係を調べた。その結果、島状マルテンサイトの組織分率が20%程度より小さい場合、降伏応力は島状マルテンサイトの組織分率の影響を受けず、また混合則を下回ることが確認された。(4)降伏応力の結晶粒径依存性について、主体組織であるアシキュラーフェライトのラス幅の影響を調べた結果、針状組織であるアシキュラーフェライトに対してもHall-Petch則が適用可能であることが明らかとなった。したがって、本検討で対象としたX80周溶接部の降伏応力は、島状マルテンサイトの影響をほとんど受けず、主体組織であるアシキュラーフェライトのラス幅に主に支配されると考えられる。

さらに、強度不均質を有する周溶接継手の破壊特性を明らかにすることを目的として、強度マッチングの異なる3種類の周溶接継手を対象に、表面切欠きを付与した広幅引張試験を行った。また、周溶接継手のき裂進展駆動力に及ぼす各種因子の影響を明らかにすることを目的として、広幅引張試験を対象とした有限要素解析によるパラメトリックスタディーを行った。以下に得られた結論をまとめる。(1)広幅引張試験の結果、いずれの継手においても切欠き先端から延性き裂が発生、進展した後、破断に至った。き裂の進展経路は強度マッチングにより異なり、強度の弱い部位を選択的にき裂が進展した。(2)破断時の標点間ひずみは、強度マッチングの低下に伴い顕著に低下した。これは強度マッチングが小さい場合には、応力遮蔽効果が減少するために、溶接部へのひずみ集中が大きくなり、切欠きの開口が促進されるためであると考えられた。(3)表面切欠き付き広幅引張試験を対象とした有限要素解析結果より、周溶接継手のき裂進展駆動力を低減させるためには、強度マッチングを大きくすることに加えて、(1)母材の加工硬化能を大きくする、(2)母材のSSカーブに降伏棚を導入する、(3)HAZ軟化を小さくする、(4)ベベル角度を大きくすることが有効であると考えられる。ただし、アンダーマッチングの場合には、母材の加工硬化能の影響を除いて、これらの因子の影響はあまりみられないことから、き裂進展駆動力の低減には強度マッチングを大きくすることが重要である。

最後に、強度不均質を有する周溶接継手の延性き裂発生限界評価手法の提案と、延性破壊防止の観点から、周溶接継手の強度特性を考慮可能なひずみベース設計手法を提案することを目的として、3種類の強度不均質を有する周溶接継手を対象に、引張負荷を受ける周溶接継手を模擬した表面切欠き付き広幅引張試験と3点曲げ破壊靭性試験を行った。両者の延性き裂発生限界を比較することにより、切欠き先端からの延性き裂発生限界評価手法を検討した。以下に得られた結論をまとめる。(1)強度不均質を有する3種類の周溶接継手の延性き裂発生時の切欠き先端の相当塑性ひずみは、曲げ負荷を受ける3点曲げ試験と引張負荷を受ける広幅引張試験でよく一致した。したがって、負荷様式が異なり、かつ強度不均質を有する周溶接継手においても、相当塑性ひずみを用いて表面切欠きからの延性き裂発生限界が評価できることが実証された。さらに、3点曲げ試験の限界相当塑性ひずみを用いて、広幅引張試験の延性き裂発生限界を精度良く推定できることが示された。(2)周溶接継手における切欠き先端からの延性き裂発生限界が、相当塑性ひずみ一定条件により評価できることを利用して、延性き裂発生を防止するための強度不均質を有する周溶接継手における要求破壊靭性の決定方法を提案した。すなわち、設計ひずみに対して定まる実管周溶接継手のCTODに対応する相当塑性ひずみを求め、3PB試験の相当塑性ひずみが実管周溶接部のそれと一致するときのCTODが、延性き裂発生防止に必要な3PB試験によるCTODとなる。さらに、この概念を用いることにより、3PB試験による限界CTODが既知の場合、想定される条件に対して必要な強度マッチングレベルを定めることができる。(1)提案した手法を用いることにより、想定される外力条件や許容欠陥寸法、または継手形状に応じて、要求される破壊靭性仕様や強度マッチングレベルを決定することが可能となり、また継手の材料特性や幾何学的特性などが与えられれば、延性き裂発生に対する許容欠陥寸法を定めることも可能である。切欠き位置の影響やき裂状欠陥に対する適用性などさらなる検討が必要ではあるものの、本手法は延性き裂発生防止の観点から、パイプライン周溶接継手の合理的なひずみベース設計を可能とするものと期待される。

以上の研究により、周溶接欠陥を対象としたひずみベース設計手法を構築することができた。本研究成果は、大規模地震にも耐えうる信頼性の高い高圧ガスパイプラインの実現に大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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