学位論文要旨



No 217358
著者(漢字) 鈴木,善継
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヨシツグ
標題(和) 選択表面酸化制御による自動車用高強度鋼板の合金化溶融亜鉛めっき処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 217358
報告番号 乙17358
学位授与日 2010.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17358号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京工業大学 教授 丸山,俊夫
内容要旨 要旨を表示する

高強度鋼板の適用による車両の軽量化による燃費の向上が、地球環境問題の解決のための、重要かつ緊急性の高い課題となっている。さらに、鋼材の耐食性を向上させ、地球資源の有効活用するため、溶融亜鉛めっきによる防錆処理が不可欠である。しかしながら、高強度化させるために添加する易酸化性のSi, Mn等が再結晶焼鈍時に選択外部酸化した酸化皮膜が溶融亜鉛めっき濡れ性を劣化させるため、亜鉛が被覆せずに鋼板が露出する、いわゆる不めっき欠陥が発生させることが知られている。そのためめっき品質に優れる高強度溶融亜鉛めっき鋼板の開発が喫緊の課題となっている。

これまでにいくつかの溶融亜鉛めっき濡れ性改善手法が提案されてきたが、これまで提案された何れのプロセスも工程数の増加や新たな設備投資などの観点から、安定的に工業的にこれらの技術を摘要することに対する課題は残されたままであった。

本研究では、高強度化に必要なSi, Mnを含む高強度鋼板の選択酸化挙動及び、溶融亜鉛めっき濡れ性を改善する手法を検討した。さらに、再結晶焼鈍時の選択酸化挙動について、熱力学的原理に基づいて反応機構を解明し、安定的に工業生産する方法の開発を目的とした。

まず高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の必要性、現行の溶融亜鉛めっき処理技術の問題点と課題について、選択外部酸化現象のメカニズムの説明を含めて総括した。次に、高強度鋼板の溶融亜鉛めっき処理を工業的に可能とする技術について冶金学的に検討し、鋼板の表面を内部酸化させて純鉄層を導入して表面改質することで、再結晶焼鈍時の選択外部酸化の抑制による溶融亜鉛めっき濡れ性の改善と合金化処理特性の改善のための解決方法を提起した。

次に、Si, Mn, Bを含む鋼板について不めっき欠陥部の分析および発生因子の特定について行った。その結果、不めっき欠陥部は焼鈍時の選択酸化物が溶融亜鉛濡れ性を劣化させることで発生することを確認した。また不めっき欠陥部近傍では、主としてAlが選択外部酸化物を還元することでFe-Al金属間化合物の生成が抑制し、さらに選択外部酸化物が還元されずに残存することでFe-Zn初期合金相が欠落する。同様な現象は、溶融亜鉛浴の表面に生成する亜鉛を主体とするいわゆる浴面酸化物によっても引き起こされ、めっき層と鋼板表面に存在し、鋼板表面と溶融亜鉛の反応性を阻害するSi, Mn選択外部酸化物やこの浴面酸化物が、不めっき欠陥等の表面欠陥発生の支配因子であることが明らかになった。ここで熱力学的に浴面酸化物を完全に消失させることは困難であるため、不めっき欠陥をなくすためには、再結晶焼鈍時における選択外部酸化の抑制が必須であることが結論した。

また二次加工脆性を改善するために添加されるBに着目して、Bが選択外部酸化挙動及び溶融亜鉛めっき濡れ性に及ぼす影響を調査した。極低炭素系Mn鋼にBが添加されると溶融亜鉛めっき濡れ性が劣化したり、選択外部酸化挙動が変化する現象が認められた。またSi, Mn添加鋼にBを複合添加すると、Si, Mn, B複合酸化物の融点が低下するために、膜状に成長するSiO2が融解し、下地の鉄表面が露出する。このために鋼板への酸素の供給が増加し、Si, Mn選択酸化が促進することが明らかになった。このように、鋼中にBを多量に添加すると溶融亜鉛めっき濡れ性や、Si添加鋼にBを複合的に添加するとSiの選択外部酸化を促進することを明らかにした。そのため、高強度鋼板を溶融亜鉛めっき処理するためには、鋼中へのB添加量を適切に制御することが必須であることを明らかにした。

同様に高強度鋼板に添加される代表的な元素であるSi, Mnの添加量および焼鈍雰囲気中における露点を変化させたときの選択外部および内部酸化挙動について解析し、それぞれの元素の添加量比や複合的に添加された場合や、露点などの種々の焼鈍条件が変化した場合における、選択酸化挙動やそのメカニズムについて検討した。その結果、1mass%Si鋼において、鋼中Mn添加量が1mass%までの場合は、鋼組成の相違による選択酸化物の保護性が選択酸化挙動を支配すること、鋼中Mn添加量が1mass%以上の場合は、さらに露点の変化による内部酸化挙動を加味することで、選択酸化挙動が説明できることが分かった。以上のことから、Si, Mn添加鋼の選択酸化挙動が露点によって大きく影響することが明らかになった。

以上の結果を受けて、鋼板表層の選択酸化反応を制御して内部酸化させることによって、実際に種々の化学組成の高強度鋼板のめっき特性を改善する技術について検討した。まず熱延工程における内部酸化に着目し、熱延鋼板表面のミルスケールを酸素の供給源として熱処理することで、鋼板表面を内部酸化出来ること、この内部酸化層がミルスケール酸洗、冷間圧延後に鋼板表層に残存して選択外部酸化を抑制するため、0.3mass%Si-1mass%Mn添加鋼の溶融亜鉛めっき性やFe-Zn合金化挙動促進による合金化溶融亜鉛めっき鋼板のめっき密着性の改善が出来ることを明らかにした。さらには焼鈍工程の露点を高く制御する方法でも同様に鋼板表面に内部酸化層を導入することが出来ることがわかった。その結果1.4mass%Si-1.5masss%Mn添加鋼の表面選択酸化挙動が抑制され、Si, Mnを多量に含有する鋼板の溶融亜鉛めっき性を改善出来ることを明らかにした。

さらに、この選択酸化挙動について、鋼板表層で局所的に平衡状態が成立するモデルを仮定して熱力学的な解析手法を導入し、不めっき欠陥が発生しない表面状態を確保する必要条件の導出を行った。その結果、酸素分圧や化学組成が変化した時のSi, Mn添加鋼の反応経路や選択酸化挙動が熱力学的にシミュレートした結果が実験結果と良く合致し、Si, Mn添加高強度鋼板の表面酸化状態を予測できることが分かり、従来実験的に求めていたSi, Mn添加高強度鋼板の選択酸化挙動が熱力学的に予測可能であることが分かった。さらに、溶融亜鉛めっき濡れ性に劣るSiO2の皮膜形成を抑制する条件の熱力学的な解析手法を見いだし、任意の化学組成を有する高強度溶融亜鉛めっき鋼板を工業的に製造するプロセス制御モデルを提案した。

最後に、本研究の工業的な成果と今後の技術的な展望を及び本研究の総括を示し、論文のまとめとした。

以上のように、本論文で示した選択酸化制御によって鋼板表面に純鉄層を導入する表面改質技術が、高強度鋼板の溶融亜鉛めっき処理するためにきわめて優れていることが明らかになった。以上の研究の結果として、高強度鋼板の総合的な表面制御技術が確立した。そのため、本論文は地球環境保全に期待できる高強度溶融亜鉛めっき鋼板を工業的に製造に資する技術開発成果であると言える。

審査要旨 要旨を表示する

高強度鋼板を車両等に適用して軽量化をはかり,燃費を向上させることが地球環境向上のための喫緊の課題である.このような高強度鋼板の実用には,耐食性を付与するための溶融亜鉛めっきによる高強度鋼板の防錆処理が重要な技術課題となっている.高強度鋼板は添加するSi, Mn等の易酸化性元素が再結晶焼鈍時に選択外部酸化して酸化皮膜を形成し,溶融亜鉛との濡れ性を劣化させるために,亜鉛が被覆せずに鋼板が露出する「不めっき欠陥」等の問題を起こすことが知られている.これまでにいくつかの溶融亜鉛めっき濡れ性改善手法が提案されてきたが,何れのプロセスも工程数の増加や新たな設備投資などの問題があり,実用化に至っていない.

本論文は,高強度化に必要なSi, Mnを含む高強度鋼板表面に,選択酸化を利用して溶融めっき処理が可能な表面改質層を形成する手法を提案し,反応機構の解析に基づいて安定に工業生産する技術を開発したものであり,その内容は8章から構成されている.

第1章では,高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の必要性,現行の溶融亜鉛めっき処理技術の問題点と課題について総括した.次に,高強度鋼板の溶融亜鉛めっき処理を工業的に可能とする冶金学的方法について検討し,内部酸化を利用して鋼板の表面に純鉄層をあらかじめ形成することにより,再結晶焼鈍時の選択外部酸化を抑制して溶融亜鉛めっきの濡れ性と合金化処理特性を改善する方法を提案した.

第2章では,Si, Mn, Bを含む鋼板について不めっき欠陥部の詳細な分析を行い,焼鈍時に生成する選択酸化物が溶融亜鉛濡れ性を劣化させるために不めっき欠陥部が発生することを明らかにした.また,不めっき欠陥部近傍では主としてAlが選択外部酸化物の還元により消費されるためにFe-Al金属間化合物生成が抑制されること,選択外部酸化物が還元されずに残存する場合にはFe-Zn初期合金相が欠落することを示した.同様な現象は溶融亜鉛浴の表面に生成する亜鉛を主体とする浴面酸化物によっても引き起こされ,めっき層と鋼板表面に存在する酸化物が不めっき欠陥等の表面欠陥発生の主な要因であることを明らかにして,不めっき欠陥をなくすためには再結晶焼鈍時における選択外部酸化の抑制が必要と結論した.

第3章では,二次加工脆性を改善するために添加されるB添加の影響に着目し,B添加が選択外部酸化挙動及び溶融亜鉛めっき濡れ性に及ぼす影響を調査した.極低炭素系Mn鋼にBが添加されると溶融亜鉛めっき濡れ性の劣化や選択外部酸化挙動が変化すること,Si,Mn添加鋼にBを複合添加すると,Si, Mn, B複合酸化物の融点が低下して液相が発生すること,その結果下地の鉄表面が露出して鋼板への酸素の供給が増加し,Si, Mn選択酸化が促進することを明らかにした.以上より,溶融亜鉛めっき処理を行う上では高張力鋼中のB添加量を適切に制御することが必要と結論した.

第4章では,Si, Mn添加量および焼鈍雰囲気中における露点を変化させたときの選択外部酸化および内部酸化挙動に関する実験的解明の結果をまとめている. 1mass%Si添加鋼においては,Mn添加量が1mass%以下の場合には生成する選択酸化物の保護皮膜特性が選択酸化挙動を支配すること,Mn添加量が1mass%を越える場合は焼鈍雰囲気中の露点が内部酸化挙動に影響を与えることを示した.

第5章では,前章までの結果をもとにして,鋼板表層の選択酸化反応の制御により内部酸化反応が支配的になる条件を実現して,種々の化学組成の高強度鋼板のめっき特性を改善する2種類の方法について提案・検討した.第1の方法は熱延鋼板表面のミルスケールを酸素の供給源として鋼板表面付近を内部酸化するものであり,この内部酸化層を冷間圧延後に鋼板表層に残留させて選択外部酸化を抑制することにより,0.3mass%Si-1mass%Mn添加鋼板のめっき密着性の改善を実現した.第2の方法として焼鈍雰囲気を高い露点に制御する方法を検討した.この場合も,鋼板表面に内部酸化層を導入することにより選択外部酸化の抑制が可能であり,高合金組成である1.4 mass%Si-1.5mass%Mn添加鋼に対しても溶融亜鉛めっき処理を実現した.

第6章では,前述の選択酸化挙動に関する計算状態図的方法によるシミュレーションを試みている.ここでは,鋼板表層における局所平衡状態を仮定したモデルによる熱力学的解析を行い,合金初期組成と熱処理雰囲気中の酸素分圧が反応経路や選択酸化挙動に与える影響をシミュレートすることに成功し,Si, Mn添加高強度鋼板の選択酸化挙動を予測する方法を確立した.

第7章では,本研究の成果の工業プロセスへの応用を示すと共に,本研究結果が高強度鋼板表面処理プロセス技術に与えたインパクトとその技術的意義,今後の展望についてまとめた.

第8章では,本研究の全体を総括した.

以上のように本研究は,選択酸化プロセスの制御によって鋼板表面に純鉄層を導入する表面改質技術を用い,工業的スケールでの高強度鋼板の溶融亜鉛めっき処理を実現したものであり,表面処理技術,高温酸化ならびに材料化学分野への貢献は大きい. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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