学位論文要旨



No 217360
著者(漢字) ジェイ,リン
著者(英字) Jie,Lin
著者(カナ) ジェイ,リン
標題(和) Cdk6-サイクリンD3複合体はサイクリン依存性キナーゼ阻害タンパクによる抑制を受けず、細胞の増殖能を特異的に促進する
標題(洋) Cdk6-cyclin D3 complex evades inhibition by inhibitor proteins and uniquely controls cell's proliferation competence
報告番号 217360
報告番号 乙17360
学位授与日 2010.05.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17360号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 准教授 石井,聡
内容要旨 要旨を表示する

哺乳動物細胞では、細胞周期の開始にサイクリンD依存性キナーゼが必要である。しかしながら、多くの間質系細胞では、機能が重複していると思われる3種のD型サイクリンと同様に構造がよく似たCdk4とCdk6がパートナーキナーゼとして発現している。Cdk6は発現が低くCdk4と類似の構造を持つことから、線維芽細胞では、重要な機能を担っていないと考えられてきた。しかしながら、私は、Cdk6とサイクリンD3複合体は、他の組み合わせと異なり、サイクリン依存性キナーゼ阻害タンパクであるp21(Cip1)やp27(Kip1)による阻害を受けず、増殖抑制下やストレス受容下での細胞の増殖能を制御できる極めて重要な役割を果たしていることを見出した。

Cdk6-D3 複合体のみが、足場消失によって引き起こされるG1期停止時に活性を保持している。

発癌刺激による細胞周期開始制御機構の解明を進めていくなかで、Cdk4と異なりCdk6キナーゼが、p21(Cip1) and p27(Kip1) サイクリン依存性キナーゼ阻害タンパクが豊富に発現している、足場消失に伴うG1期停止の状態で活性を維持していることを見出した。用いた細胞は、Cdk4あるいはCdk6を3-5倍高発現するように発現cDNAを導入したNRK-49F 細胞株のクローンである。足場の無いメチールセルロース培地で培養すると細胞はG1期に停止するが、その後発癌刺激となるEGFとTGF-βで刺激すると足場が無い状態でS期に進行し増殖することができる。EGFとTGF-βで刺激した後3時間までは、Cdk4はサイクリンDと結合し、活性を抑えるチロジン残基のリン酸化がないにもかかわらず、活性を持たなかった。これに対して、Cdk6はすでに0時間で活性化されていて、発癌刺激を加えてもほんの少し活性の上昇が見られるのみであった。このNRK細胞には、サイクリンD1, D2, D3のいずれも発現しているが、Cdk6と複合体を形成し活性を保持しているのは、D3のみであった. このことは、Cdk6の過剰発現細胞に更にサイクリンD3 あるいはD1を過剰発現させた細胞の解析によって確認された。Cdk6とD3を過剰発現させた細胞から回収したD3と複合体を形成したキナーゼは、0時間および3時間でフルの活性を持っていたのに対し、Cdk6とD1を過剰発現細胞では、D3およびD1と複合体を形成したキナーゼいずれも活性を持たなかった。なお、Cdk4を高発現させた細胞では、いずれのサイクリンの高発現と組み合わせても、Cdk4は活性をもたなかった。

Cdk6-D3複合体はp27(Kip1) and p21(Cip1)とほとんど結合せず、不活化を免れる。

足場消失によるG1期停止時、p27KipはCdk4およびCdk6を高発現したNRK細胞で発現が誘導されるが、発癌刺激時には、次第に減少する。そこで、サイクリンD依存性キナーゼの選択的不活化にp27(Kip1)やp21(Cip1)が関与している可能性を検討した。両高発現細胞から免疫沈降させたサイクリンD3と結合したp27はD1と結合したp27より著しく少なかった。とくに、Cdk6と結合したD3にはほとんど結合しなかった。一方、p21は、キナーゼパートナーには関わり無くD1とのみ結合が認められた。更に、p27の免疫沈降実験から、ほとんどのCdk6-D3複合体は、足場消失によるG1期停止にp27が大量に発現誘導されるにもかかわらず、p27には結合していなかった。更に、試験管内でのp27添加による不活化実験から、Cdk6-D3の複合体は不活化されなかった。

Cdk6とD3を高発現している細胞は、接触阻止や血清飢餓に抵抗性を示す。

Cdk6-D3複合体が阻害因子による不活化を免れることから、Cdk6, Cdk4,共にシングル、およびCdk6/D3, Cdk6/D1, Cdk4/D1 あるいは Cdk4/D3の二重高発現株の性状について検討した。増殖培地では、ものもとのNRK細胞は3x104 cells/cm2の細胞濃度で増殖が停止したのに対して、Cdk6/D3高発現株では、2~4倍の細胞密度まで増殖した。Cdk6の単独高発現株では、1.5倍程度であった。これに対して、D1を更に高発現した株では、Cdk6の高発現の効果が打ち消され、もとものとNRK細胞より増殖できる細胞密度は低下した。一方、Cdk4の高発現株では、増殖できる細胞密度は、NRK細胞の半分程度であった。このCdk4高発現効果は, D3の過剰発現では打ち消すことはできなかった。

これらの高発現株は、血清飢餓に対しても同じような挙動を示した。0.05%の血清中でCdk6/D3株は、血清刺激中のNRK細胞とほぼ同じ割合でS期に進行し、血清飢餓に抵抗性を示した。上記と同様に、Cdk4単独およびCdk4/D3高発現株では、むしろG1期停止が促進された。Cdk6-D3の効果は、更にBalb/c3T3 細胞やNIH3T3 細胞でも再現された。

Cdk6タンパクは増殖因子刺激によって誘導される。

Cdk6-D3複合体は、p27やp21による不活化を受けないことから、増殖抑制時に外界からの増殖刺激に応答し細胞の増殖開始の初発制御因子としての役割が浮かび上がった。そこで、血清飢餓でG0期に停止した細胞を増殖因子で刺激し増殖開始時のCdk6-D3の役割を検討した。G0期に停止した BALB/c 3T3 および C3H10T1/2 細胞は、S期に進行するのに二つの増殖因子を必要とする。一つは、コンピテンス因子と呼ばれ、platelet-derived growth factor (PDGF) がそれに当たる。他方は、進行因子と呼ばれ、EGFがそれに当たる。G0期のBALB/c 3T3 細胞および C3H10T1/2 細胞をPDGFで処理すると, Cdk6 が著しく誘導され、同時にCdk6-D3の活性化が起こった。したがって、少なくとも一部の線維芽細胞では、Cdk6-D3が増殖開始の初発制御因子として重要な役割を果たしていることが明らかになった。

結論

私は、Cdk6-cyclin D3 複合体が、1)他のD型サイクリンとパートナーキナーゼとの組み合わせのうち極めてユニークな性質を持ち、p27やp21キナーゼ阻害タンパクによる不活化を受けないこと、2)したがって、増殖抑制状況下で細胞の増殖能を制御する役割を果たしていること、3)少なくとも一部の線維芽細胞では増殖因子による誘導を受け、増殖開始時の初発制御因子として働いていること、を明らかにした(図1)。その後、関連実験の共著者によって、この複合体を高発現させると紫外線発や化学物質による発癌の頻度が飛躍的に上昇することが明らかとなった。この発見によって、増殖抑制化の細胞のG1-S期遷移制御機構の解明に、重要な突破口を開くと共に、ヒトの多段階発癌機構の一端の解明にも重要な手掛かりを得られる物と期待される。

図1. Cdk6-cyclin D3複合体は、p27(Kip1)やp21(Cip1)による不活化を受けず、増殖抑制下で細胞の増殖能を制御できる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、Cdk6-cyclin D3複合体が、

1)他のD型サイクリンとパートナーキナーゼとの組み合わせのうち、極めて ユニークな性質を持ち、p27やp21キナーゼ阻害タンパクによる不活化を受けないこと、

2)その性質によって、増殖抑制状況下で細胞の増殖能を制御する役割を果たしていること、

3)少なくとも一部の繊維芽細胞ではCdk6が増殖因子による誘導を受け、当複合体が増殖開始時の初発制御因子として働いていること、

を明らかにした。

その後、関連実験の共著者によって、この複合体を高発現させると紫外線や化学物質による発癌の頻度が飛躍的に上昇することが明らかとなった。

この発見によって、本研究は、これまで未知の部分であった増殖抑制化の細胞のG1-S期遷移制御機構の解明に重要な突破口を開くと共に、ヒトの多段階発癌機構の一端の解明にも重要な手掛かりを得られるものと期待され、学位の授与に値すると考えられる。

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